【トレンド研究】日本発、グローバルスタンダードを狙える新市場「リテールメディア」とは

インタビュイー
伊丹 順平
  • 株式会社フェズ 代表取締役 

岡山県出身。2009年東京理科大学工学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社に入社。営業担当として大手流通会社を担当。2012年グーグル合同会社に入社。消費財メーカーや小売流通業界へのデジタルマーケティングの企画立案や広告営業、またオムニチャネル戦略に従事。2社での経験から小売業界におけるデジタルの可能性を確信し、2015年12月に株式会社フェズを創業。

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「リテールメディア」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ここ2〜3年の間に小売業界やメーカーで聞かれるようになった新しい言葉であり、概念だ。

Webで検索してみると、「リテールメディアとは小売企業が保有する広告媒体だ」「店頭に設置するデジタルサイネージのことだ」といった説明を見かける。それらもリテールメディアを構成するパーツであることは確かだが、全体像を捉えているとはいえない。

では、リテールメディアとは何なのか。どのように捉えると分かりやすいのか。

国内ではまだ珍しい「リテールメディア」を軸に事業を展開している、フェズの代表取締役・伊丹順平氏の助けも借りながら、リテールメディアの全体像と本質的な価値、将来性について理解を深めていこう。

  • TEXT BY YASUHIRO HATABE
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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リテールメディアとは、メーカー&小売が共創して小売DXを加速させる挑戦

フェズでは、リテールメディアを以下のように定義している。

「店舗に商品を展開している『メーカー』が、広告・販促費用を用いて利用するメディアプラットフォームであり、その対象の店舗の購買データを用いて、効果検証・改善が行えるもの」

提供:株式会社フェズ

ここでいう「メディア」とは、テレビやソーシャルメディアだけを指すのではない。ECサイトやメルマガはもちろんのこと、店舗のデジタルサイネージや商品棚など、メーカーと消費者を繋ぐあらゆる媒体の総称として用いられている。

そしてこれらのメディアを通じて得られる情報をデジタル化し、購買データと紐づけて効果検証を行えるようにしたプラットフォームが、「リテールメディア」というわけだ。

いわゆる小売DXの延長線にあるものとして捉えてもらうと良いのだが、単に小売DXを促進するだけではなく、このプラットフォームが生み出すインパクトは大きく、以下のような価値を生み出している。

リテールメディアの活用事例

  • イオンリテール株式会社(GMS:総合スーパー)
    2017年より提供開始したスマホアプリ「イオンお買物アプリ」を軸に、リテールメディア「イオンAD」を展開。チラシやクーポンの配信や、キャンペーン情報など、顧客の店舗での購買を促す情報を発信している。
    https://markezine.jp/article/detail/44431

  • 株式会社マツキヨココカラ&カンパニー(ドラッグストア)
    Googleの広告ソリューションやマーケティングプラットフォームを活かしたリテールメディア「Matsukiyo Ads(マツキヨアド)」を2019年より展開。メーカーとマツキヨが共同で販促を行える仕組みを構築している。
    https://www.thinkwithgoogle.com/intl/ja-jp/marketing-strategies/video/matsukiyo-ads/

  • 株式会社ヤマダデンキ(家電量販店)
    2021年よりサイバーエージェントと共同で広告サービス「ヤマダデジタルAds」を提供開始。自社ECサイトやスマホアプリ「ヤマダデジタル会員」などへ広告を配信。
    https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00729/00003/

この「リテールメディア」がなぜ今注目されているのか。その背景には近年の社会情勢の変化が関係している。

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リテールメディア台頭の裏にある「人口減少」「消費者ニーズの多様化」「原価費の高騰」

提供:株式会社フェズ

伊丹リテールメディアが台頭している背景には、大きく3つの要因があります。1つは、「人口の減少」です。周知の通り、現代の日本は少子高齢化が進み、すでに人口減少局面に入っています。人口の絶対数が減少するということは、その他の条件が違わなければ、メーカーにとっては自社ブランドを購入する消費者の数も減少してしまうということと同義です。

2つ目は、「消費者ニーズの多様化」です。スマホの普及で常時ネット接続が当たり前の世の中になり、旧来のテレビ、新聞、雑誌などに加え、WebメディアやSNSといったメディアの多様化が進みました。

すると多くの人々が情報の受け手から送り手になる機会を得て、従来の世の中にはない新しい価値観が生まれていきました。それに伴い消費者のニーズもますます多様化し、そのニーズを捉えようと多種多様なブランドが生まれるようになります。結果、市場にはモノが溢れ、各ブランドにとっては競争相手が増えることになり、自ずと自社のブランドが消費者に選ばれる確率は下がっていくという現象が起きています。

3つ目は、「原価費の高騰」です。戦争などの世界情勢や、国内では円安の影響によりさまざまなモノやサービスの値段が上がりました。原材料費が高騰すると、当然ながらモノを提供するブランド側の利益は圧迫されてしまいます。

これらの社会的な変化により、今やメーカーは“三重苦”の状況に立たされている。この状況を打破するためには、売上をアップさせるための広告宣伝費・販売促進費の最適化を今まで以上に精緻に行っていく必要がある。

これまでは「過去の経験による予測」や「商習慣」、そして「一般的なマーケティングデータ」をベースに広告宣伝費・販売促進費を投下してきた。しかしこれからは「購買データ」という実際の購買行動(ファクト)に紐づいた形でPDCAを回していかなければ、メーカーが苦境を脱すること、そしてより効果的なマーケティングROIを実現することは難しい。ゆえに、リテールメディアという概念はこのようなマクロトレンドから立ち上がってきたというわけだ。

加えて、リテールメディアの肝となる購買データ。これは小売に限らない話ではあるが、この「データ」を収集、分析、活用する術が近年のテクノロジーの進化によって発達してきたことも、リテールメディアが注目を集めるようになった大きな要因として挙げられるだろう。

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売上強化を狙う「単一小売」と、認知獲得&ブランディングを狙う「複数小売」。2つアプローチが存在

リテールメディアは、どのようなデータセットを使うかによって大きく2つに分類できる。

提供:株式会社フェズ

1つは「単一小売」タイプだ。ある特定の小売企業における購買データのみを使ったリテールメディアがこれに当たる。小売企業とは、例えば「イオン」のようなGMS(General merchandise store)と呼ばれる総合スーパーを運営するイオンリテールや、「マツモトキヨシ」のようなドラッグストアを運営するマツキヨココカラ&カンパニーなどのことだ。

それに対し、もう1つの「複数小売」タイプは、文字通り複数の小売チェーンのデータを集め、それらを別々に扱うのではなく、一元管理するタイプのリテールメディアである。

このようにアプローチ方法が2つに分かれている理由は、メーカーが求める効果、つまり目的が異なるためだ。

「単一小売」タイプのリテールメディアを使う目的は、その小売企業の店舗における「売上アップ」が目的となる。

従来、メーカーは売上強化を目的に、小売各社に対して取引高に応じたリベート(売り手側が取引代金の一部を買い手側に払い戻すこと、またはその金銭)を払い戻したり、値引きやポイント・クーポン発行の原資、販促品の費用などを「販売促進費」として提供している。

提供:株式会社フェズ

一方の「複数小売」タイプのリテールメディアを利用するメーカーは、市場全体への「認知獲得&ブランディング」を目的としている。

これまでメーカーの認知獲得&ブランディング活動は、テレビ・ラジオ、新聞・雑誌などのマス広告やデジタル広告・SNSマーケティングに対して「広告宣伝費」を投じて行ってきた。「複数小売」タイプのリテールメディアは、その広告宣伝費の投下先として新たに加わることになる。

特定の小売チェーンではなく複数の小売チェーンにおけるデータを使うことで、メーカーは市場全体を捉え、より効率的に認知獲得&ブランディングを展開できるようになる。また、小売企業側は広告宣伝費を得ることで新たな収益源を確保し、企業全体としての利益率の向上や収益構造の変革にも繋げられる可能性がある。

このように、一口にリテールメディアといってもその用途は企業によって異なるというわけだ。

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「単一小売」と「複数小売」の選定は、社会状況や市場の成熟度によって変化する

ここまで、日本でリテールメディアが立ち上がった背景と市場を概観してきたが、海外では様相が少し異なる。

例えばアメリカの場合、人口は増加基調にあり、少なくとも向こう50年は日本のような人口減少が問題とはならないだろう。また、アメリカはその国土ゆえ商圏エリアが広く、消費現場におけるEC化率が約15%で世界6位と高いことが特徴的だ。したがって、リテールメディアとして用いる購買データは実店舗の購買データだけでなく、ECによる購買データも用いるケースが多い。

その点、日本はまだ店頭の売上が90%以上を占めている。アメリカと比べて商圏エリアが狭く気軽に実店舗で買い物を済ませられるため、EC化率が高まりにくいマーケットとなっているのだ。したがって、リテールメディアで取り扱うデータの大部分が実店舗由来という点で、米国とは特性が異なる。

ただし、本質的に「消費者に効率よく動いてもらうための手段」である点は変わらない。

アメリカではリテールメディア導入の成功例としてウォルマートが筆頭に挙げられるが、「ウォルマートのリテールメディア」と聞くと、「単一小売」タイプだと思うかもしれない。

しかし、ウォルマートは全米の30%近くのシェアを押さえているため、市場全体を把握するに十分なデータを集めているとも考えられており、メーカーは「売上アップ」「ブランディング」のどちらの目的にも利用していると推察される。

このように、リテールメディアには「単一小売」「複数小売」という2つのタイプがあるが、市場におけるそれらの比率や使われる目的は、国の状況や市場の成熟度によっても変わってくる。

伊丹小売業界の構造は市場の成熟に伴って変化していきます。日本で言えば、40年くらい前までは地域の商店街に多くの個人商店がありました。ところが、時代が進むにつれてチェーンのスーパーが台頭し、また今では大型のショッピングモールが展開されるなどその時々の市況に応じて形を変えてきました。

このような市場の変化が今、世界的に起こっている。日本より集約が進み最適化されているアメリカなどでは、先に例に挙げたウォルマートのような1つの小売チェーンがマーケット全体と見なせるほどの規模になっているということだ。

半面、日本と比較して市場が成熟していない国では独立系の小売やチェーンのスーパーが多いため、データを一元管理していく「複数小売」タイプのリテールメディアが活躍しやすい状況にあるのだ。

補足

ここではアメリカ・ウォルマートのリテールメディア活用について触れたが、同国では近年、リアル店舗への送客検討も大きな経営アジェンダとなっている。なぜならEC化率が高まると返品や配送などのロジスティクス関連費用が膨らみ、利益を減少させることにも繋がるからだ。そのため、最近ではアプリを活用したリアル店舗への集客を促す販促も始まっている。

もちろん日本においても同様の動きがみられるが、日本の場合はきめ細かい「おもてなし」を軸にしたサービス設計が前提にあることから、USのそれとは似て非なる進化を遂げている。

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国内では本質的な「複数小売」を実現するリテールメディアはほぼ存在しない

リテールメディア市場に関わるプレイヤーとしては、リテールメディアを利用する「メーカー」や「広告代理店」と、メーカーから商品を仕入れて消費者へ売る「小売企業」がある。

そしてその間にリテールメディアの運営主体がいるわけだが、小売企業自身が運営している場合と、第三者が運営している場合がある。ここまで読み進めてきた読者はお分かりのように、前者が「単一小売」タイプであり、後者が「複数小売」タイプだ。

伊丹小売企業が自前のリテールメディアを立ち上げる目的はメーカーにデータを共有して協力関係を築き、より多くの広告費・販促費を投下してもらうことにあります。

仮にリテールメディアが「無い」従来の世界であれば、ある特定の商品を売るために打てる手は値引きなど利益を削るような施策しかありませんでした。

その点、小売企業が取り組む単一小売のリテールメディアは売上を伸ばしながらも利益率を改善し、収益構造を大きく変えることができる。これはリテールメディアの正しい使い方の一つだと思います。

一方で、「複数小売」タイプのプレイヤーはまだ極めて限定的とのことだ。

伊丹複数企業データの「横断化」という考え方を持ちえていなければ、「複数小売」タイプである意味がないんです。

複数の小売企業の購買データを取り扱っている第三者のプラットフォームは我々以外にもあるのですが、こうしたプラットフォームでは単に各小売企業の購買データが個別に管理されているのみで、これらを集約して分析するといったデータの「横断化」まではできていません。つまり、「単一小売」タイプが並列に複数存在している状態で、「複数小売タイプ」とは言い難いわけです。

通常、小売企業は他社のデータと管理される状態は許容しないはずであり、だからこそ「横断化」できているプラットフォーマーはほぼ存在しないと言えるわけです。

その点、フェズが運営しているリテールメディアは複数の小売企業のデータを全て一元管理しています。データをマネタイズしたり、自社の小売データだけでは分からない、市場全体を把握できるようになるというメリットを持ち合わせています。

このように、小売企業にデータを“混ぜる”ことの許諾を取り付けられたのは、国内ではほぼ存在していないという状況にある。それだけ、複数企業データを「横断化」して活用する「複数小売」タイプは難度の高い取り組みと言えるだろう。

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リテールメディアの市場確立には、「正しい定義の浸透」と「プレイヤー同士の協力」が不可欠

ここまで見てきたように、リテールメディアビジネスは「市場」として確立しているかというとまだそうは言い切れない状況だ。そのような中で市場が確立するためにはどんな条件をクリアする必要があるのだろうか。

伊丹リテールメディアの「定義」を確立することだと思います。

現状、リテールメディアの定義として一般化されているものはありません。そのため人によっては「店頭に設置するデジタルサイネージ=リテールメディア」と考える人もいますが、リテールメディアは単に「メディア面」を定義するものではありませんので、こうした本質とズレた認識が広がると市場が確立しないことにもつながります。

なので、冒頭で紹介したリテールメディアの定義は当社が独自に定めたものですが、これに限らず、業界として共通認識をつくることが必要だと思っています。また、新しくでき始めた市場として、より多くの企業に参画いただき、全員で市場そのものを拡大していくことが重要なフェーズにあるとも考えています。

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人類史上最も歴史あるビジネスを、最先端のテクノロジーで進化させる

ここまでの話で理解できたように、リテールメディアの肝となるのは「購買データ」だ。

データベース上で顧客の個人情報と紐づく購買データは個人情報となり、法的にも保護が求められる対象だ。また、「複数小売」タイプの場合は複数企業のデータが一元管理されているが、競合企業のデータが見えてしまうようなことは絶対にあってはならない。

「こうしたデータの扱い方を明確に示すことがプレイヤーである我々の使命でもある。そうしなければ、リテールメディアそのものの信頼が崩れてしまう」と伊丹氏は話す。

その上で、フェズが今後注力していくのは、リテールメディアの効果を測る指標づくりだ。

伊丹メーカーのマーケティング担当が使うすべてのメディアを、小売企業のデータと紐づいた状態で「同じ指標」で効果計測ができるということが、ステップ1だと捉えています。

例えば、TVCMを見た人が商品を買ったのか、YouTubeや各種SNSを見た人が買ったのか、小売企業が展開しているアプリで割引のクーポンをダウンロードして買ったのか、そのような指標は媒体ごとにはありますが、比較はできないですよね。

我々はこれを同じ指標に統一したいと思っていて、すでにいくつかの媒体で実証実験を進めています。こうした媒体が広がってくれば自ずとマーケティングの効率化・最適化が進むと捉えています。

本記事で言及したように、リテールメディア市場はまだ確立されていない。それだけに、今飛び込めば「市場を創り出す」という稀有な経験ができる魅力的な市場だと言えるだろう。

店で消費者に商品を売る。日本全国津々浦々…のみならず世界中のどこに行っても存在する最もクラシックなビジネスだ。はじめておつかいに出された子どもでさえ分かる最も原初的なこのビジネスを底上げすることの、社会に与えるインパクトは途方もなく大きい。FastGrowも今後、リテールメディア市場の隆盛を見届けるのと同時に、フェズが成長する様に注目していきたい。

最後に、より深くリテールメディアを学んでいきたいといった読者に向けて、伊丹氏が1冊の本をおすすめしてくれた。興味を持った人は、ぜひ手にとってみてほしい。

伊丹リテールメディアを理解するのは本当に難しいです。なぜ難しいかは、小売とメーカーの間で行われる専門的な会話や事情がなかなか理解できないからです。

そんな難しさがある中で、業界には「トレードマーケティング」という概念が存在します。この概念は昔からあるが、最近注目を浴びています。リテールメディアに直接的に関わるものではないですが、小売、メーカー間でのマーケティングを学ぶ上で非常に重要な考えだと思うので、私はおすすめです。

当社社員の井本 悠樹が著した『トレードマーケティング 売場で勝つための4つの実践』(宣伝会議刊)では、「小売業で売り上げを上げていく取り組み」としてのトレードマーケティングの全体像を、事例も豊富に解説しています。興味を持った方はぜひ手に取ってみてください。

こちらの記事は2024年05月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

畑邊 康浩

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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兼久 隆行
  • TFHD digital株式会社 取締役執行役員 
  • 東急不動産ホールディングス株式会社 グループDX推進部統括部長 
  • 東急不動産株式会社 DX推進部統括部長 
公開日2024/03/29

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