感情の自動販売機?
テクノロジー社会で疲弊する人びとのメンタルの救世主が続々登場
あなたは、今日ストレスを感じることがあっただろうか。
時事通信が行った世論調査では、「日常生活の中で精神的疲労やストレスを感じているか」の問いに、「よく感じる」とした人は約45%に上った。
ストレスは私たちの生活上、ごく日常的に存在し、世界保健機関(WHO)が「21世紀の流行病」と呼ぶのも、残念ながら頷ける。
ストレスが蔓延する現代に、自分が納得できる、幸せな暮らしを送るには、心の声に耳を傾け、メンタルを満たすための行動を自らが起こす必要がありそうだ。
- TEXT BY MARI CLOTHIER
Eメール、SNS──テクノロジーが私たちのメンタルを追い詰める
近年、私たちのストレスに拍車をかけているのが、テクノロジーの普及だ。職場であれ、自宅であれ、1日中ずっと何らかの形でテクノロジーに接していることが負担になっている。
仕事面でいえば、国際労働機関(ILO)によると、テクノロジーの発展が企業の成り立ち、就業パターン、仕事の進行スピードなどに変化をもたらし、それがストレスのもとになっているという。ILOが特に懸念するのが、仕事とプライベートの線引きがはっきりしなくなったことだ。インターネットがあるために、就業時間外でも仕事関係の連絡の送受が可能になり、ワーク・ライフ・バランスが揺らぎ、ストレスを誘発している。
プライベート面では、SNS関連の問題が深刻化している。アメリカ心理学会(APA)による調査、『ストレス・イン・アメリカ・サーベイ・2017』によれば、SNS利用者の増加に伴い、激増しているのが、常に着信をチェックしなくては気が済まない人。APAは常に「つながっている」状態でいる人はストレスレベルが高いと指摘する。
APAや、米ビッツバーグ大学医学部は、人と「つながる」のが目的であるはずのSNSに没頭するあまり、実世界での人との関わりから遠ざかり、かえって孤独を感じる人がいる事実に注目している。インディアナ大学の研究者は、SNS上の友人の投稿を見て劣等感を抱く人、フォロワーの多少で落ち込む人が少なくないことを問題視する。
自動販売機から出てきたものは、ジュースでも、チョコバーでもなく?
3月下旬から4月上旬にかけて、オーストラリアはシドニーの中心部に期間限定で、ある自動販売機が設置された。従来の自販機であれば、ジュースやポテトチップス、チョコレートバーが買えるところだが、これは違う。買えるのは、人それぞれの精神的ニーズを満たすためのグッズ入りパックなのだ。
「つながり」 「自発性」 「友情」「勇気」 「安心感」 「想像力」「骨組み」「目的」「帰属」「落ち着き」などの種類があり、価格は2AUドル(約170円)。自販機の前に立った時、自分の心が必要としているな、と感じたものを購入する。
中身は折り紙でできた星や地図、えんぴつ、紙に書かれた元気づけの一言など、パックごとに違う。グッズを見て、心がほっこりしたり、「そうそうその通り」と思ったり、勇気をもらったり。疲れがちな心に、ちょっとしたご褒美をあげることができる。
実はこの自販機は「インタンジブル・グッズ(形なきもの) 」と名づけられたアートワークだ。メンタルヘルスにつきものの「負」のイメージを払拭しようと制作された。手がけたのは、エリザベス・コマンデュアさんと、マークスターマッチさんのアーティスト2人組だ。パックの中身は、メンタルヘルス専門家の協力のもと用意した。
「現代社会では、私たちのフィジカルな欲求を満たすものはごまんとあるが、メンタルを満たすものはない」とマークさん。エリザベスさんも、「人々がストレスや孤独を抱えることは珍しくなく、精神障害と診断される人も増えている。自販機をきっかけに、メンタルヘルスの問題に興味を持ってもらい、オープンに話し合ってもらえればと思う」と制作の意図を説明する。
合計で3,165パックが売れ、全収益金、6,330AUドル(約53万円)は計画通り、地元のメンタルヘルス関係の慈善団体に寄付された。ちなみに、一番人気があったのは、「想像力」。 続いて「勇気」「目的」「友情」「落ち着き」の順だった。シドニーに住む人々の心模様がこれから見てとれそうだ。
各所を回るバス内であなたを待ち受ける瞑想の世界
メディテーション・クラスやヨガ教室などに通い始めたのはいいが、忙しくて通い切れず、行くのを断念してしまったという話はよくある。では、メディテーション・クラスが自分のところに来てくれるのならどうだろうか。そんなサービスが「ビー・タイム」。ニューヨークで2月から始まった。
スタジオ仕様に改造されたバスが市内各所を巡回し、できるだけ多くの人に30分間の心のケアを提供する。15歳のころからメディテーションを行ってきたという創設者のカーラ・ハモンドさんは、日にほんの数十分程度の実践で、ストレスや不安が解消され、不眠症や人間関係を改善、生産性や創造性が高まるという、メディテーションの効果を実感してきた人だ。
指導者と共に行うセッションのほかに、各自でメディテーションを行える「オープン・スペース」の時間も取られている。アロマセラピー、カラーライト・セラピーが取り入れられたスタジオには、適度な重さのブランケットも置かれ、バスの中とは思えない、穏やかさに満ちた空間だ。
利用者はバスがどのエリアに来るか、ウェブ上の週間スケジュールで把握し、当日、より詳細なバスの位置をSNSで確認する。30分のセッションは、初回10USドル(約1,100円)、以後22USドル(約2,400円)、オープン・スペースは11USドル(約1,200円)。学生やシニアには割引がある。
習慣を見つめ直すことが、自らを幸せにするための第一歩
「習慣」を、単に毎日無意識のうちに繰り返す行動と思ってはいないだろうか。ハビットネスト社の考えは違う。習慣は自らの意志と関係なく形作られるのではなく、自分が下した決定の産物であり、性格や人生は、習慣の積み重ねで成り立っているとする。マインドフルネスを得るためには、ポジティブな生活習慣をまず築く。それを手助けするのが、『モーニング・サイドキック・ジャーナル』(33.90USドル:約3,600円)だ。
「日記」とはいっても面倒なことをするわけではない。全66日分が3つのステップに分けられており、各々のステップにある質問に答える形で記入する。最初のステップには、就寝・起床時間、行動予定と実行時のメリット、感動したこと、明日の抱負などといった基本的な項目がある。週に1度、1週間を振り返るページも設けられている。ステップが上がると、それまでに築き上げてきたことをもとに、さらに自分を伸ばすための内容にに変わっていく。自分の行動をポジティブな観点で追い、計画を立て、見直すことを繰り返す。
ジャーナルには加えて、1日のはじまりである朝を有効に過ごすためのヒントをはじめ、自分にプラスになる生活習慣を習得するのに役立つ、イラスト入りコラムも掲載されている。どれも3分以内で読め、誰もが実行できることが取り上げられている。
ジャーナルを毎日書き、読むことで、なぜその行動をとるのかや、どれだけ成長したかが明らかになり、自分像が見えてくる。自らが書き込んだジャーナルがあれば、必要な時に生活の軌道修正もしやすい。まだ気づかぬポテンシャルを見出し、理想の人生に近づくための第一歩にもなるだろう。
自分を見つめ直すことの大切さを私たちは知っている。しかし、毎日テンポの速い生活を送るために、それを後回しにしがちだ。
「インタンジブル・グッズ」の自販機の前に立ち、どれを買おうか考える瞬間、「ビー・タイム」のバスでメディテーションを行っている間、そして、『モーニング・サイドキック・ジャーナル』に書き込んでいる時――機会は何であれ、いったん立ち止まり、自分のことを正当評価してあげる。ストレスの多い現代社会で充実した人生を送るのに、重要なことといえそうだ。
こちらの記事は2018年05月24日に公開しており、
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執筆
クローディアー 真理
連載GLOBAL INSIGHT
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