決済市場の先にあるもの──中国と北米から学んだ“なめらか”な信用・消費・意思決定とは #merpay_nextpay

インタビュイー
松本 龍祐
  • 株式会社biplane 代表取締役 

大学在学中よりカフェ経営などを通じて起業。2006年にコミュニティ企画・運営に特化したコミュニティファクトリーを設立。2012年にヤフー株式会社へ同社を売却。2015年よりメルカリに参画。新規事業を担当する株式会社ソウゾウの代表取締役や株式会社メルペイの取締役CPOなどを歴任後、2019年6月に退任。OMO事業を手掛ける株式会社カンカクを設立、2023年5月に同社を売却。同月にKITASANDO COFFEE等を手掛ける株式会社biplaneを設立、代表取締役に就任(現職)。

家田 昇悟

上海の日本酒コンサルティング会社で営業やイベント企画を担当。その後、株式会社メルカリにて、ID連携やアプリUX改善のプロジェクトにPMとして従事する。新規事業立案のための調査活動を中国で行った後、株式会社メルペイに出向。 株式会社メルペイでは、Product Management Officeにて顧客調査や業界分析、全社のドメイン知識強化施策を主に担当。 個人では、大学在学中から中国のインターネットの動向を追い続け、中国インターネット企業に関わる執筆、リサー

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国内の電子決済事業が白熱している。

FinTechの台頭もあり、ここ数年で次々とサービスが登場してきた。7月にはヤフー・ソフトバンク傘下のPayPayが発表。8月にはAmazon擁するAmazon Payが実店舗展開を開始するなど、大手・スタートアップ問わず電子決済市場を奪い合う動きがしている。

この決済市場を押さえるのはどのような企業なのか。そして市場の変化した先には何があるのか。そんな未来予想図を考えるため、メルカリ傘下の金融事業会社メルペイは『【決済の次に来ること】メルペイCPO/PM公開対談〜ChinaとUSを題材に〜』を開催。“決済の次”をテーマにトークイベントを行った。

決済をはじめとする金融サービスが圧倒的に成長する中国、そしてスタートアップが次々と生まれ続ける北米のトレンドをリサーチする中で見えた、『決済の次に来ること』が語られた。

  • TEXT BY KAZUYUKI KOYAMA
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中国・北米の事例から“決済の次”を探る

イベントに登壇したのは、メルペイCPO(Chief Product Officer)の松本龍祐氏と、同社PM(Product Manager) /中国インターネット研究所所長を勤める家田昇悟氏の二人だ。

松本氏は中国企業のSNS立ち上げや、ソーシャルアプリ開発会社の起業、バイアウトを経て2015年にメルカリへジョイン。傘下の新規事業開発を行うソウゾウの代表を経て、メルペイの取締役CPOへ就任した。

対する家田氏は大学時代から中国のインターネット事情の調査、執筆、講演、コンサルティングを行ってきた。新卒でメルカリへ入社した後は中国への深い造詣を活かし、メルペイでの事業立案へ向けた調査活動等を中国で行った後、メルペイへ出向。プロダクトマネジメントを行っている。

両者はメルペイの事業開発にあたり、上海、杭州、深セン、シアトル、ニューヨーク等へ3−4ヶ月間現地視察・調査へ渡っていたという。本イベントではその現地調査の中で得られた知見が紹介された。

セッションは全3つ。それぞれ「信用」「消費」「意思決定」をテーマに、各領域を変化させている海外の事例が語られていった。

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決済データが集まることで、信用がなめらかに

まず語られたのは、決済によって変わる「信用」だ。この分野は中国が抜きん出ている。

中国の決済・金融領域では現在、Alibaba(阿里巴巴/アリババ)とTencent(騰訊/テンセント)が覇権を争う。中でも信用を測る技術はAlibaba傘下の信用スコアのプラットフォーム「Zhima Credit(芝麻信用/ジーマ・クレジット)」がデファクトスタンダードといっても過言ではない。

Zhima Creditは身分特徴、信用履歴、消費行動、約束履行能力、人脈関係という5つの軸で信用情報を分析し、定量的な“スコア”としてはじき出す。この技術は、社会インフラとして中国のあらゆるサービスに組み込まれている。

家田氏はモバイルバッテリーのレンタルサービスを例に挙げた。

家田モバイルバッテリーのレンタルは日本ではあまり馴染みがないかも知れません。ただ、中国ではそこら中にレンタルのためのスタンドが設置されています。加えて圧倒的に安い。日本では据え置きの充電器で20分200円くらいの価格設定ですが、中国では30分20円ほどしかかりません。この価格を実現する背景にあるのがZhima Creditです。

日本の場合、バッテリーを使うにも決済は現金がメインで履歴が残らない。本人確認もなく、信用情報も計測されない。一方、中国ではQRを利用したサービス「Alipay(アリペイ)」で決済されるため履歴が蓄積されていく。加えて、AlipayアカウントがIDとなり、Zhima Creditで信用情報も参照できるため、全てがトレーサブルなのだ。

家田中国の場合、決済と信用、IDの全てがモバイルに接続されているので、その人がレンタルすることにどれくらいリスクがあるかが可視化されます。加えて返却されない場合には、実費をあとからAlipayアカウントに請求もできる。信用が可視化されることで、より低価格で簡単にサービスを利用できるわけです。日本はそのリスクが計測できないため全てを価格に転嫁せざるを得ないんですね。

ただ、現状はこの信用情報は全てをカバーできているわけではない。抜け漏れが起こる場面も存在している。

家田信用を確認できても上手くいっていないのがシェアサイクルです。中国の場合、利用後は好きなところに止めて利用終了となるので、返却の定義が曖昧になり、あちこちに自転車が放置されている状態が問題になっています。

トレースできるところでは真面目にやる分、できないところでは怠ける。「これは人間の本質」だと家田氏。放置されたシェアサイクルは安い人件費を盾に事業者側が回収しているが、家田氏はここに日本で活かせるビジネスの種があると述べる。

家田人が怠ける部分を別の人でカバーできるのは、人件費格差がある中国だからできる手法です。日本でこの方法は使えないので、仕組みやテクノロジーでの解決が必ず求められてくる。つまり、日本で電子決済や信用システムが進化していく場合には、中国よりもより高度なプラットフォームを生み出せる可能性があるんです。

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決済前後の体験が変わり、消費がなめらかに

2つ目のセッションでは「OMO(Online Marge Offline)」のトレンドによって変化する「消費行動」が語られた。

IT産業で飛躍的な成長を遂げた中国は今、オフラインへの拡大を進めているという。この背景には前述の電子決済の台頭がある。

松本オフラインとオンラインを繋げる動きは中国以外でも行われています。それが、電子決済の台頭によってあらゆる業界へと拡大しているのが「OMO」です。

決済とは、言わば「サービスの提供者と受給者の接点」です。これまでは、商品の提供と代金の受給が同じタイミングで発生する、“同期した状態”が一般的でした。しかし、受給者が電子決済によって事前に支払いを済ませ、あとからサービスを提供してもらうといった“非同期な状態”を実現できるようになった。この変化によって、決済にともなう様々な行動が不要になり、より便利でストレスの無い体験が生まれようとしているのです。

国内でも事前オーダーの店舗が徐々に増えているように、非同期な購買体験は広がってきている。もっとも、既存のサービスはいずれもアプリをインストールしたり、サービスに登録したりといった事前の手間が必要だ。中国の場合、Tencent傘下のメッセンジャーアプリ「WeChat(ウィーチャット)」によって、こういった作業がほぼ不要になっているという。

家田中国ではWeChat内で動くアプリのような「ミニプログラム」というツールが存在します。ミニプログラムはQRコードを読むと自動で立ち上がり、WeChatの会員情報を全て引き継いで動かせます。なので店舗の注文などはWeChat上で全て完結できるんです。注文・決済を済ませると、受け取り番号や受け取りタイミングがWeChat上で表示されます。あとは店舗へ行き、物を受け取るだけ。店舗側もレジや会計のための人員を置く必要が無く効率化が図れます。

この非同期性を活かしているのは事前決済だけではない。無人店舗もこのトレンドによって成立するようになった体験だ。松本氏はシアトルで体験した、Amazonが展開する無人店舗「Amazon GO」の体験を語る。

松本Amazon GOの購買体験はとても利便性が高かったですね。事前にアプリをいれてアカウントの紐付けだけ行っておけば、やるべきことは入場時にQRをかざすだけ。商品を手に取ってそのままお店を出れば、画像認識で商品を判別し、数分後には決済される仕組みになっています。これはサービス(商品)が先に提供され決済が後になる例ですが、中国と同じく非同期であることが人員削減や店舗のスペースの有効活用といった効率化にも寄与しています。

OMOによって変化する消費体験とは、決済とサービスが非同期になるという変化だ。中国・北米とも異なるアプローチでこの非同期性を活かしているが、いずれも人や場所をなるべく省き、消費行動におけるあらゆる手間を取り除くことで、なめらかに変化させようとしている。

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購買データを集約することで、意思決定がなめらかに

最後のセッションで語られたのは、前述の店舗体験の変化に伴う「意思決定」の手間を取り除く動きだ。

事前注文ができれば、購買は便利になる。しかし、その前段階で人には「どれにするか」を考える時間や思考の負担が存在する。中国ではこの意思決定さえ購買データを用いて支援しようとしている。たとえば、毎回同じメニューを頼む人に「これで良いですか?」と先回りしたり、雨の日だけ違うメニューを頼む人には周囲の天気を把握した上で、それをレコメンドする。この領域で先陣を切るのがAlibabaだ。

家田この意思決定の支援には、「何を購入したのか」という購買履歴が必要です。中国は電子決済が進んでいますが、リアルの小売店舗において実は何を購入したかまではAlipayでも追えません。そこでAlibabaは、小売店の株主になりデータを大本から抑えようと動いているのです。

家田氏によると、Alibabaはデジタル家電やアパレル、百貨店、郊外の大型スーパー、ホームセンターといったあらゆる店舗の経営権を握り、在庫情報を統合、顧客のあらゆる消費データを統合して管理しようとしているという。加えて、バイヤー側も統一し世界中のあらゆる商品のサプライチェーンを自分たちで構築する動きも見せている。

家田顧客のデータだけでなく、商品の在庫や流通も統合することで、消費者のニーズと全ての店舗の商品ラインナップ・在庫数・流通の全てを最適化できる。Alibabaのように資本力のある企業だからこそできるパワープレイですが、彼らが描く姿はとても興味深いものではあります。

購買データをオフライン・オンライン双方で取得し、最適化することで意思決定をサポートする——それがAlibabaの目指す未来の姿だと家田氏は語る。手法としては資本力を活かしたものだが、“データで意思決定をサポートする”というAlibabaの考え方は、決済のその先を見据えるうえでは意識しておきたいマインドだ。

決済だけでなく、信用情報やIDが紐付くことであらゆるサービスがなめらかに展開できるようになる。その上で、「消費」をより簡単にできる仕組みが生まれ、そこで集まったデータが「意思決定」をもサポートする。二人が語った“決済の次”は、あらゆる行動がなめらかになる社会だった。

イベントの最後、松本氏は内容を総括して以下のように語り場を締めた。

松本決済はあくまで何かのサービスとお金を交換するひとつのタイミングに過ぎません。それが自由になることが今回のお話ししたかったことでした。これによって、購買体験や顧客の利用体験はガラッと変わる。決済というとFinTech領域の話に見えますが、それ以外のサービスや事業の方が大きな変化を迎えることになる。決済はあくまで通過点にすぎません。その先が本当に面白い領域だと思っています。

こちらの記事は2018年10月09日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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