「スタートアップと共に事業を創る」
顧客志向・脱サイロ化・変化適応力の3つを携え、三菱地所が描く未来とは

インタビュイー
石井 謙一郎
  • 三菱地所株式会社 経営企画部 DX推進室(現在はDX推進部に改組)主事 
  • spacemotion株式会社 代表取締役社長 

ラ・サール高校、東京大学工学部を卒業後、2008年に三菱地所株式会社に入社。ビル運営事業部、物流施設事業部、中国語語学留学派遣、経営企画部を経て、DX推進室新設。

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あらゆる領域で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は至上命題になりつつある。

さまざまな業界でデジタルテクノロジー活用の必要性が高まると共に、デジタルテクノロジーによるビジネスモデルの革新も余儀なくされつつある。このDXの名の下、スタートアップと共に新たな可能性を模索すべく動き出したのが、不動産業界大手の三菱地所株式会社だ。

不動産業界には「WeWork」をはじめ、「cowcamo」を運営する株式会社ツクルバ、先日ヤフーと合弁で日本上陸を果たしたインド発の「OYO Rooms」、ソフトバンクが44億ドルを出資する米・不動産仲介支援の「Compass」など、国内外でスタートアップが盛り上がりを見せている。

この時代の変化の中、三菱地所では2018年11月、デジタルテクノロジーを活用することで新たな中核事業を創造する特命部隊として、「DX推進室」を立ち上げた。創業100年を超える老舗不動産企業は、スタートアップと手を取り、何を目指そうとするのか。同社経営企画部 DX推進室(現在は、DX推進部に改組)石井謙一郎氏に話を伺った。

  • TEXT BY TOMOKO TSUTSUI
  • PHOTO BY KAZUYA SASAKA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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次の事業の柱を。命を受けた「DX推進室」とは?

三菱地所は1890年、明治政府から東京駅と皇居に挟まれた丸の内エリア約10万坪という広大な土地の払い下げを受けたことに端を発する大手不動産デベロッパーだ。オフィスビルや商業施設、マンション、物流倉庫、ホテルなど、様々な不動産の開発を軸に、事業を拡大してきた。

しかし、少子高齢化やテクノロジーの進歩によって不動産や“場”自体の価値が変化し、改めて自社の在り方を見つめ直すフェーズが着々と近づいていたという。

石井テクノロジーの進化によって家やカフェでも仕事ができる環境において、一等地に固定化したオフィススペースを構える必要性がどれだけあるのか。ECでいつでもどこでも購買できる中、商業施設の価値はどこにあるのか。

我々が主に手掛ける事業領域は、着実に変化を余儀なくされつつあります。好調な不動産市況の中、大規模開発が続くため、足元の業績は好調ですが、その先の姿を描くのが喫緊の課題になってきているのです。

三菱地所に限らず各社がこの課題へのアプローチを探る過程において、石井氏はベンチマークとして自動車業界を見据えている。

石井自動車業界は長年、ものづくりに強いこだわりと誇りを持っていました。しかし、その先陣を切ってきたトヨタ自動車の豊田章男社長は『トヨタは移動に関わるあらゆるサービスを提供する会社に変わる』と語り、車ではなく移動を軸に、次々と新たな事業へ挑戦、投資を始めています。

不動産業界も全く同じで、『建物を作って売る』『床を貸す』というプロダクトアウト型のビジネスモデルをリデザインし、顧客視点に立ち『サービスを提供する』ビジネスモデルへと戦略転換しなければいけないのです。

提供しているのは単なるハードウェアではない。そのコアバリューを理解・再定義し、価値を提供できるか。三菱地所がその手段として見いだしたのがデジタルテクノロジーというアプローチだ。

2018年末、BANKの光本勇介氏heyの佐藤裕介氏といったスタートアップの重鎮が、注目領域に不動産を挙げたのも記憶に新しい。業界内でも、「一般社団法人不動産テック協会」という業界団体が設立されるなど、テクノロジー活用に向け積極的に動きを見せている。

この領域を牽引するのがWeWorkだ。不動産業界ではこれまで貸し出す部分(テナント専有部)に踏み込むのはご法度と言われ、あくまでハードを貸すことが中心だった。しかし、WeWorkは単なるコワーキングスペースではなく、スペースというハードに多様な価値観やコミュニティ、福利厚生といったソフト面をパッケージとしてサービス化し、顧客に提供している。

石井オフィススペースを探すお客様は床そのものが欲しくて不動産を探すのではなく、そこで快適に業務できることを求めています。WeWorkのビジネスモデルはそんな顧客の真のニーズに寄り添っている。彼らの存在は、不動産業界の常識を見つめ直す良い契機となりました。

デジタルテクノロジーを用いたアプローチとして、三菱地所は2018年11月、全社横断的なデジタル変革の専属組織として経営企画部傘下に「DX推進室」を新設した。専任担当は、当時経営企画部内でデジタルテクノロジー全般を統括していた石井氏とその部下の2名。そこに、各事業ドメインよりビジネスサイドの深い経験値を持った人員が兼任メンバーとしてアサインされ、総勢約20名にて走り始めた。

ビジネスの現場の知見を持ち、かつ最先端のデジタルテクノロジーをインテグレートできる体制が整備され、全社横断的なDX推進が始まったのだ。※2019年4月よりDX推進部として改組。

石井我々は「デジタルテクノロジーを利活用したビジネスモデル革新の主導」「業界を超えた協業・業務提携により、顧客価値を共創するエコシステムを構築」をテーマとして掲げています。つまり、社内・社外問わず様々なプレイヤーとコラボレーションし、事業のトップラインを伸ばすDXです。

既存事業の効率性を上げるためのIT活用といった文脈も勿論大事ですのでしっかりと足固めはしつつ、更にその先の「0→1」で成果を上げることをミッションとして掲げています。

既存事業とのシナジーを図りつつ、次の柱となる新規事業に取り組む。ないしは、全く新しい次世代の事業を見つけていく。デジタルテクノロジーを味方につけ、これまでの「建物を作って売る・貸す」商売だけでなく、顧客に長く寄り添い、選び続けてもらえるサービスプロバイダーに変革することが、三菱地所の「デジタルトランスフォーメーション」と位置づけられている。

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社内外との対話を通し、DXをドライブしていく必要性

DX推進室では社内外の様々なプレイヤーと対話を重ね、持っている可能性や課題を聞き、バリューを発揮できる場所はないかと策を考えている。立ち上げから約半年。現状は地道に種をまき続ける段階だが、着実に手ごたえを感じている。

石井社外で発信する際、基本的にシンプルに「今までの三菱地所でやっていないことは、何でも検討します」と語っています。組織名に「デジタル」を冠しているので、「AI・IoT・ビッグデータ等を研究している人たち」と思われがちですが、三菱地所の未来を支える事業の柱を作ることがゴールです。

あくまでビジネスオリエンテッドのスタンスで、そのための手段として、デジタルテクノロジーを活用する姿が理想です。その想いや使命感を伝えつつ、スタートアップから大企業まで、様々な方とお話をさせていただいています。

会話を重ねる中で、動き出しているものもある。直近では、2019年2月からトヨタ自動車とソフトバンクの共同出資会社MONET Technologies株式会社(モネ・テクノロジーズ)と共に「オンデマンド通勤シャトル」の実証実験をスタートした。

石井オンデマンド通勤シャトルでは、吉祥寺、豊洲、川崎、上野、等々力といったエリアから丸の内までの通勤用にシャトル運行を実験的に提供しています。

これまで住宅やオフィス、商業施設などのアセットタイプごとに閉じたサービスを提供・検討してきましたが、より生活者に快適な体験を提供するためには、移動も含めて各不動産アセット同士を繋いだUXを考えていく必要があると考えています。

まずはその第1弾として、次世代モビリティ社会がすぐそこに迫る中、住宅とオフィスを繋ぎ、また、その移動空間を有効活用できるサービスの在り方を検証することが狙いです。今回は「1時間かけて丸の内まで通勤されていた方が、いかに時間を有効活用できるか、その体感値はどれほどか」を実感してもらう意図も含め、少し距離のあるエリアからスタートしました。

言うまでもなく、これは今までの不動産業から一歩はみ出た新しいサービスの創出です。

提供:三菱地所株式会社

既存事業とのシナジーを考えた領域での挑戦もある。ビーコンのプラットフォームを提供する株式会社unerry(ウネリー)とは、横浜のみなとみらいエリアにある三菱地所グループの3施設(MARK IS みなとみらい、ランドマークプラザ、スカイビル)を舞台に、顧客の動向・志向に合わせたクーポンや、スマートフォンを活用したスタンプラリーなどを行える実証実験をスタートさせた。

石井消費トレンドがモノ消費からコト消費に変化し、また嗜好が多様化する中、商業施設の在り方も考え直さなければいけないフェーズに来ています。単にモノを売るだけではなく、オフラインの場を使って新しい顧客体験を提供できないか? 今回の実験はその検証の意味もあります。

データの利活用が競争優位性の源泉になっていることは今の時代言うまでもありませんが、我々にとってオフラインデータはとても重要なアセットになる。リアルな場を持っている三菱地所だからこそ取れるデータのはず。実証実験は、データを新しいサービスにつなげる第一歩です。

また、社内アセットの活用も、DX推進室が意識する役割のひとつだ。三菱地所はDX推進室を立ち上げる以前から、スタートアップと深い関係性を築き続けてきた。500 Startupsや、同パートナーが立ち上げたCoral CapitalへのLP(リミテッドパートナー)としての参画、「EGG JAPAN(エッグジャパン)」「FINOLAB(フィノラボ)」、「グローバルビジネスハブ東京」といったコワーキング・インキュベーション施設の運営。直近では2019年2月に新たなインキュベーションオフィス「Inspired.Lab」をSAPジャパンと共同で開設した。DX推進室としても、これらのアセットを活用しない理由はない。

石井VC出資の他、スタートアップへの直接投資も15社以上行っているため、広範な領域においてスタートアップとの接点が増えています。我々は、スタートアップの方々の持つ知見を事業や次なる可能性に組織的に落とし込みイノベーション創出に導く、ハブ的存在になれればと考えています。

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三菱地所のDXに必要な3つの力

「もっと様々な方々とディスカッションし、可能性を共に探したい」と語る石井氏の姿勢は、同社のDXのあり方を体現しているようだ。

しかし、不動産業界は非常に“古い”業界である。石井氏自身、経営企画部に移る前に不動産の現場を10年近く経験してきた中で、その空気感を強く感じつつ、それをいかに変えていくかが重要だと考える。

石井三菱地所は、自身のやりたいことを会社全体で本気でバックアップしてくれる会社です。私自身、様々な事業領域において打席に立ち、経験を積ませてくれるありがたさを何度も感じました。ただ、当社ひいては不動産業界は、歴史があるゆえに業界や商慣習といった“構造”の力で固くなっている部分もあります。我々は、そこを内から変えていく役割も担っているんです。

不動産は究極のウォーターフォール開発で、業界のバリューチェーン全体は極端なピラミッド構造。書類文化も強く、デジタルツールの活用にも後れをとっている部分が少なくない。ただ、そのネガティブポイントを語っていても変化は起こらない。石井氏はこの状況を打破するため、3つのマインドセットを全社へインストールしようと画策している。

1つ目は「カスタマーオリエンテッド」、顧客志向だ。

石井「プロダクトアウトからマーケットインへ」と、昔から言われている言葉ですが、不動産業界のように実物がある業界は、どうしてもプロダクトアウトの発想になりがちです。我々に求められるのは、プロダクトドリブンでも、テクノロジードリブンでもなく、いかに顧客を中心に据えたサービスを考えるか。そのゴールに向かう途中の構成要素にデジタルテクノロジーがあるのが理想だと考えています。

当社は以前から、「カスタマーオリエンテッド」という言葉を大切にしてきていましたが、顧客がオンラインとオフラインを自由に行き来する世界観を持つ中で、今まで通りの手法では正確に顧客インサイトを理解することは困難になってきています。

顧客のことを誰よりも理解し、顧客に寄り添った施策を立案するために、デジタルテクノロジーを武器にすることが、我々の重要な役割だと考えています。

2つ目は「脱サイロ化」。境界線を越えていく意識だ。

石井これは社内外を問わずです。グループ連結で約1万人の規模になると、どうしても事業ドメインごとの最適化が起こってしまいます。それをいかに乗り越え、社内の有用なアセットを共有していくかは我々自身の課題感です。加えて、社外とのつながりも欠かせません。

三菱地所は専門的な技術や研究開発機能を持っている会社ではありませんから、外部の方々の力を借りなければ、まだ見ぬ新たな価値は生み出せません。いかに自前主義を乗り越えるかと言っても良いでしょう。見えない壁を一歩超え、外の世界と広く、深く繋がる意識は常に持ち続けなければいけません。

3つ目は「変化適応力」。言うまでもないような言葉だが、石井氏はあえて掲げる必要があると続ける。

石井今、何が起きているかすら分かっていない人に、未来を見据えたサービスは絶対に作れない。常日頃から何が起きているのか変化を捉え、それに適応していく。その力はこれからの激動の時代を生き抜く上で不可欠な要素です。

未来は今の延長線ではなく、予想もしないような変化が当たり前に起こる。約10年前のiPhoneの誕生の時、今ほど普及することを予想できた人は少なかったと思います。特にテクノロジー領域は、これから予想もできないような発展を遂げていくと思いますが、その変化を楽しみ、未来を作っていく意識は、今後欠かせない要素になると考えています。

「100年を越える歴史」「大企業」「不動産」

いずれも、大きな変化とは対極にありそうな言葉だ。ただ、こういった重厚長大な存在が変化したときのインパクトは大きい。

そのプレイヤー自身が変化しようと動き出すとき、社会には大きなうねりが起こる。このうねりを乗りこなし、共に未来を作る側になるにはどうすれば良いか。

石井当社はオフラインの場を様々なエリアにおいて“面”で持っているのが特徴です。街全体を活用すれば、実証実験も容易にスタートできます。もっとスタートアップの皆さんに、三菱地所が持つリアルアセットや、丸の内エリアという環境の活用方法を知ってほしい。

我々だけに閉じ込めるのではなく、多くの方々に開放することで、面白い価値創造が実現できると思うんです。我々自身も、スタートアップの皆さんと連携しながら『事業を一緒に創る企業』へ変貌していきたいと思っていますから。

そう話す彼らの動きは、スタートアップ側も注視しておくべきだろう。

こちらの記事は2019年04月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

筒井 智子

写真

佐坂 和也

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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