Googleやメルカリも導入する「OKR」は、なぜスタートアップの成長に不可欠なのか──BEENEXT 前田ヒロ氏が語る

インタビュイー
前田 ヒロ

シードからグロースまでSaaSベンチャーに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2015年には日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」を設立。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。

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会社には、ミッションがある。描いたビジョンを実現するために、新しい市場に参入したり、既存サービスの競争力を高めたりと、あの手この手で挑戦を続ける。

事業を進める中では、会社が理想とする姿に近づいているかを確認するための仕組みが必要となる。ビジネスシーンで最もよく耳にするのはKPIだろうか。Peter Drucker(ピーター・ドラッカー)が提唱したMBOも有名だろう。

これらの目標管理指標の代わりに、最近注目されている新たなフレームワークがある。それが「OKR」だ。投資先にも積極的にOKRの導入アドバイスをしている「BEENEXT」マネージングパートナー 前田ヒロ氏に、スタートアップのためのOKR実践術について話を伺った。

  • TEXT BY MARIE NISHIBU
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KOTARO OKADA
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野心的なO(Objective)を掲げ、それを達成するためのKR(Key Result)を設定する

「OKRが大好きだ」と公言する投資家の前田ヒロ氏は、早くからOKRについて自身のブログでも発信を行ってきた。

前田氏は、日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」のマネージングパートナーだ。

これまで100社を超すスタートアップを支援してきており、SmartHRやFril、Refcome、delyといったスタートアップも前田氏の投資先であり、いずれもOKRを導入している。

「OKR」とは「Objective and Key Result(目標と主な結果)」の略。組織とそのチームメンバーそれぞれの目標と期待値に対する結果を明確にし、組織のオペレーションとコミュニケーションを効率化するためのシステムだ。

「O」は成し遂げたいこと、「KR」はそれを実現できているかを判断するための指標になる。目標というと定量的な数値を掲げることが多いが、OKRにおけるOは、メンバーがワクワクするような定性的なものでOKだ。

例えば、「イベントを成功させる」「ヒット商品を発売する」など。それに対するKRは「来場者1万人」「1日10万円の売上」「取り扱いショップを100店舗まで拡大する」といった、数字で示せる指標を設定する。

約3カ月を1タームとし、経営者であれば組織のOに対するKRを、マネージャーであればチームやメンバー自身のOに対するKRの達成率を確認していく。そうすることで、目標に対する現在地が明確になり、ゴールを単なるスローガンで終わらせることなく事業を推進できる。

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なぜ、OKRが支持されるのか?

OKRが急速に注目されるきっかけとなったのは、なんといってもGoogleだろう。また、東証マザーズへの上場を果たしたメルカリが実践している手法ともあって、彼らの躍進の秘訣を知りたいという企業は多いはずだ。

OKRのメリットはいくつかあるが、大きく分けると次のようなものが挙げられる。

①ゴールが明確になり「やるべきこと」にフォーカスしやすい

経営者も従業員も、多くの業務を抱えている。OKRを設定すると、どれも何となく取り組むのではなく、仕事に優先順位がつけられるようになる。「やらないこと」を決めることで、理にかなったリソースの配分ができる。

②組織の目標と個人の目標が紐付きやすい

自分の努力が会社の成長に貢献できている実感がないままでは、従業員はモチベーションを保ちにくい。組織・チーム・個人それぞれのレイヤーでのOKRを明確にすることで、自分の成果が組織に寄与できていると分かれば、達成感を得られやすい。

③コミュニケーションが活性化、そして円滑に

OKRを設定するとき、そしてフィードバックするときには、上司やメンバーとの話し合いが必須だ。それだけでなく、OKRはオープンにされる。メンバーそれぞれに求められる役割が周知でき、「この分野はあの人に聞こう」と社内のインタラクティブなコミュニケーションが促される。

OKRにはこれらの特徴がある。では、これまでの目標管理手法である、KPIやMBOとはどう違うのだろう。

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KPIやMBOとの違い

KPI(Key Performance Indicator)は、最終目標を達成するために必要なプロセスと定義されており、その指標の達成が重要になる。OKRの「KR」は、設定目標の7割ほどに着地すると想定される。KPIはプロセスチェック、OKRはコミュニケーションの促進が目的となっており、性質が異なるといえよう。

MBO(Management By Objectives)は、個人やチームごとに決められた目標に対する達成度合いで評価を決めるという仕組み。MBOは人事情報の一部と見なされるためクローズドに扱われるが、OKRはフルオープン。そして、OKRは給与に直結しないという点も異なる。

KPIやMBOといった手法から、企業が次々とOKRへ切り替える背景を前田氏は次のように分析する。

前田なぜOKRの必要性が高まっているかというと、働き方が変わったからということに尽きます。MBOは、一人当たりのアウトプット量を最大化させるための仕組みなので、高度成長期の製造業っぽいんですね。今はクリエイティビティが求められます。そんな中では、ボトムアップでストレッチ性のあるOKRのほうが、今の時代に適していると言えます。

達成率が給与に直結するMBOは、一見チームメンバーのモチベーションを高めそうにも思えるが、そこには落とし穴があった。「目標を低く見積もる」という落とし穴だ。アグレッシブなゴール設定をしたり、別領域と共創するアイデアはMBOからは生まれにくい。

より野心的な目標に向き合い、達成するためには、MBOよりもOKRのほうが適していると言えるだろう。

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OKRは、各レイヤーごとに連動している

OKRは、次の図のように組織・チーム・個人のOKRが連動してできている。そもそもOKRは会社のミッションを達成するためのものだ。方向性がズレてしまっては意味がない。それを防ぐため、組織、チーム、個人の順番でOKRを設定していく。そのとき、Oが一つ上のレイヤーのKRと連動したものでなければならない。

また、Oに対するKRは、チームメンバーが考え抜きリーダーに提案する、ボトムアップが基本形だ。そうすることで、メンバーは目標に責任を持つ。業務に対する責任感は、組織の成長に直接関与している感覚を得られやすく、組織に対するエンゲージメントも高まるのだ。

前田事業を進める上では色んな“やるべきこと”が出てきますが、時間は有限です。OKRによって優先順位が明確化すると、“しないこと”を積極的に決められるようになります。一人ひとりのすべきことに整合性を持たせることができるのです。

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OKRを成功に導くための4つの運用術

理論が分かったところで、「名ばかりOKR」にならないよう運用するにはどうすべきか。前田氏は、OKRを成功に導くためのポイントを4つ挙げた。

①組織のコアバリューを定義する

会社のミッションを、OKR導入前に改めて確認する。自分たちのコアバリューは何かを思い出せば、自ずと組織のOが決定される。

前田コアバリューを定義するときに大切なのは、経営層がいい背中を見せること。経営者が背伸びせずとも自然と体現できている行動指針になっているかどうか。コアバリューを自然に行動レベルに落とし込めることが長続きのポイントです。

前田氏の投資先であるSmartHRにおいて、OKRが上手く働いている最も大きな理由には、コアバリューの浸透があるという。同社の360度評価に前田氏も関わっているが、コアバリューの浸透率が極めて高いのだとか。

前田業務で何か悩んだとき、どのような基準で解決法を選んでいくか、どのような場面で自分の価値を感じるかといった質問への回答から、メンバーの中のコアバリューの存在の大きさが透けて見えます。SmartHRの場合は、メンバーが数名という早い段階で“自律駆動”や“早いほうがカッコイイ”といったバリューを共有していたのが良かったのではと見ています。

②OKRの設定に、十分な時間を割く

小規模なスタートアップと、階層がいくつも重なる大企業では、いささか事情が違うかもしれないが、規模に関わらずOKRに整合性を持たせることはとても重要だ。OとKRの関係性にズレが生じていては、やってもやってもOの達成に繋がらない状況に陥る。自分の努力が組織のOに微塵のインパクトももたらさないとなると、その人はモチベーションを削がれてしまうだろう。

OKRの設定には十分な時間をかけることを前田氏は勧めている。

前田GoogleのLarry Page(ラリー・ペイジ)ですら、OKRの設定には2日間を費やすと言われています。従業員規模やレイヤーの数、ミッションやコアバリューによっても、Oの設定は変わるもの。じっくりと時間をかけて考えてほしいです。上位のレイヤーでOの設定を誤ると、そこから下のレイヤー全てが狂ってしまいますから。

Oを設定するとき心に留めておきたいのは、「ストレッチゴール」にするということ。ストレッチゴールとは、その人の能力をわずかにしのぐ目標を指す。

前田人は多少無理をしないと成長しません。同じことを繰り返していては、イノベーションは生まれない。それに、自分の記録を更新している感覚がないと、高みを目指すモチベーションが維持できないのです。工夫次第でギリギリ到達できる、少し無理をする、というのがポイントです。

③とにかく続け、しつこいくらい話す

前田OKRを導入するも上手くいかないのは、途中で諦めてしまうからです。最初から上手く作用する企業なんてありません。結果が現れるのには時間がかかると割り切って、忍耐強くサイクルを回してみないことには、何が原因で結果が現れていないのかを分析することすらできません。

とにかく繰り返すこと。そしてもう一つ、しつこいくらいOKRを話し合い、日常生活の中にOKRを溶け込ませることが重要だという。OKRの設定から日々の進捗報告に至るまで、1on1ミーティングで気軽に話し合える状態が理想的だ。

書籍「OKR シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法」でも、OKRに関する進捗報告をチームミーティングに埋め込んだり、毎週金曜日にOKRに対する小さな成功を共有し讃え合うといった方法で、OKRの日常化を提案している。

④軌道修正のためのフレキシビリティを持つ

最初に設定したOやKRにこだわりすぎる必要はない。時間をかけてOKRを設定しても、実際に運用してみるとOとKRの関係に齟齬を発見したり、そもそものOを変えたくなることもあるだろう。そのときは、過去の決断に固執しすぎず思い切って軌道修正すべきだという。

前田世の中に同じ組織はありません。人が違えばDNAも違い、コアバリューもサービスも違う。Googleにとっての正解が、自社にとっての正解とは限らないのです。特に、小規模なスタートアップはやるべきことが山のようにあるはず。試行錯誤フェースにおいては、違うなと思ったら変えればいいのです。軌道修正を続けるうちに、自社に最適な目標管理方法を見つけることができるはずです。

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目的は会社の成長、OKRの正しい運用ではない

スタートアップは、とにかくやるべきことが多い。事業を育てながら、資金調達や採用活動に奔走する。多忙を極める中で、OKRの導入やコアバリューの定義は本当に必要なのだろうか?

前田コアバリューの浸透や、組織のOの共有は必須ではありません。しかし、それ無くして『最高の組織』は作れないと思います。最初は、成功している他社の真似からでOKです。野球少年も、最初はイチローの素振りを研究するじゃないですか。でも、プロになるには、真似から抜けて自分に合ったスタイルを編み出さなければいけません。組織も同じです。

一方、OKRに真剣に取り組むことで起こりうる“手段の目的化”にも注意が必要だ。

前田言ってしまえば、OKRを100%完璧に運用する必要はないのです。単なる手段の一つですから。目的は会社の成長であるはずです。気負って『OKR、さんはい』と始めるのではなく、経営層からマネジメント層、マネジメント層からメンバーへのコミュニケーションを、次第にフレームワークに当てはめていければいいと思います。

OKRは、従業員数何万人の大企業から、社員わずか数名というスタートアップまで、さまざまな規模・業種で採用され結果を出してきている手法だ。導入を検討している企業は、まず始めてみること、そして続けることだ。組織のミッションが細分化された個人のOKRの積み重ねは、力強い組織への第一歩となるだろう。

こちらの記事は2018年07月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

ニシブ マリエ

フリーライター・広報PR。青山学院大学英米文学科を卒業後、大手人材情報会社の営業と広報を経て、2017年に独立。現在は企業の広報支援をしつつ、「価値観のアップデート」をテーマに、HRやスタートアップといったビジネス領域と、ジェンダーや多様性などの社会的イシューを中心に取材・執筆を行う。趣味は海外一人旅と写真と語学。

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藤田 慎一郎

編集

岡田 弘太郎

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長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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