早く入社すれば良いというだけじゃない──転職時にストック・オプションを賢く考える方法
近年のスタートアップコミュニティは高揚感に湧いている。
第4次ベンチャーブームの到来後、総資金調達額は増加を続け、2018年に3,880億円を超えた。2019年秋には自民党が「スタートアップ推進議連」を発足し、官民一体となって“和製デカコーン”の創出を目指している。
この動きに牽引される形で、転職市場でスタートアップの存在感が増しているのは周知の通りだろう。「企業風土を作る側に立てる」「企業の急成長環境で働ける」といった魅力に加え、「ストック・オプション」をはじめとする金銭的付加価値も、優秀な人材が門戸を叩く理由の一つだ。
ただ、ストック・オプションについて、適切にわかりやすく理解できる機会はそう多くはない。そこで、本記事では、2月8日に開催された『Startup Aquarium by Coral Capital』の「スタートアップへの転職に必要なストック・オプションの考え方」トークセッションの模様をレポートする。
- TEXT BY SUZUKI GAKU
- EDIT BY EMI KAWASAKI
どのように利益を得られるのか──権利の仕組みと3つのルール
そもそもストック・オプション(以下、SO)とはどのような仕組みなのか。SOは「株式会社の従業員や取締役が、自社株を決められた範囲で買う権利」のこと。
権利であって、株そのものではない。行使する際には、株を購入する元手が必要だ。また、権利を行使できるのは多くの場合、その会社が上場してからになる。
たとえば、一株5万円で100株購入できるSOを獲得している状態で、上場後に株価が一株50万円になったとしよう。ここで権利保有者が株を購入すれば、差額となる45万円が一株あたりの利益(キャピタルゲイン)だ。100株を500万円で購入する必要はあるが、実際には5,000万円分の価値を持つため、4,500万円にものぼる利益が得られることになる。
ちなみにSOは、権利取得時にお金がかからない「無償型」とお金がかかる「有償型」に分けられる。本記事で触れるのは全て「無償型」であると断っておく。
本セッションに登壇したプルータス・コンサルティングの山本修平氏によると、権利を行使するにあたり、基本的には「行使価格・行使期間・行使条件」の3つのルールが適用されるという。
山本「行使価格」はSOが付与された時のバリュエーション(企業価値評価)がベースになるため、時期によって変動することが一般的です。株式上場後など行使可能な期間になると、SO保有者はこの行使価格分の金額を支払うことで株を購入できます。
次にその「行使期間」ですが、有限で最大10年間です。また、SOが付与されてから当初2年間は行使できないと決められることが多いです。つまり上場したとしても、すぐには権利を行使できない場合もあります。
最後に「行使条件」について。会社によって条件が異なってきますが、例を挙げると「行使の際に在職していること」「1年間に行使できる株数が限られていること」などがあります。たとえば、100株分のSOを保有していても、「1年目は30株、2年目は30株、3年目には40株」と行使できる株数が分割されるパターンもあるのです。
先述のように、SO発行時のバリュエーションによって株式の取得可能金額は変動する。できるだけ安価なうちにSOを付与してもらえば、多くの利益が見込める計算になる。であれば、成長の見込めるスタートアップにいつ入社するのが得策なのだろうか。
ここで、freee、メドレーなど最近IPOを果たした企業を例にSO保有者の利益額の試算が紹介された。山本氏によれば、「基本的には付与のタイミングが創業に近ければ近いほど、利益は大きくなる傾向にある」という。
一般的に企業のバリュエーションはIPOに向けて右肩上がりに上昇していく。つまり、企業価値評価がまだ低いシードやアーリーステージでSOの付与を受けることができれば、それだけ利益は大きくなる。
IPOする半年から1年前でもSOが付与される場合はあるが、企業価値の伸び幅は小さくなるため、利益も相対的には少ない。いち早くリスクをとった人ほど、そのリターンも大きくなる計算だ。
付与できないケースもある? SOを提示されたら考えたい4つのポイント
ここからは実際にスタートアップへ転職するケースを考えてみよう。
あなたがビジョンに共感できるスタートアップに出会ったとする。その企業はSOの付与制度もあり、IPOも十分狙えそうなビジネスモデルだ。幸運なことに「ぜひうちで働いてほしい」と打診を受けた。このようなとき、何に留意するべきだろうか。
山本先ほど述べたように、SOの行使条件は企業によって異なります。入社時に付与を受けるかどうか検討する場合は、以下の4つのポイントに留意しましょう。
1.パーセンテージではなく金額で考える
SOの付与量はパーセンテージで掲示されることがありますが、これでは分かりづらい場合があります。たとえば、「全株式の1%」と掲示されても「それっていくらなの?」と考えてしまいますよね。そこで「1%ならば現時点での100万円分」など金額に換算して考えてみましょう。
2.入社してすぐに得られるわけではない
SOの発行には、株主総会の承認が必要です。株主や役員を交えた報酬決議や発行手続きが必要で、すぐに付与できない場合があります。数カ月から半年程度のタイムラグが生じてしまうこともあるので、何らかの理由で付与を急ぐ場合は注意が必要です。
3.SOの枠には上限があり、付与できないことも
企業によっては株主との取り決めによって、発行枠が決められていることがあります。発行枠を全てを使い切っている場合もありますので、入社時には枠が空いているかを確認するといいでしょう。
4.社外の立場でもらうSOは税金に注意
副業や複業、フリーランス、エンジニアや研究者など、社外の方が報酬としてSOをもらう場合、税率が変わります。社員に比べて利益が少なくなってしまうこともあるので、注意しましょう。
後の入社組にも十分な利益が配分される方法
先述した通り、入社時期が遅いほどSOで得られる利益は小さくなる傾向がある。セッションの最後には、この課題を解消する「信託活用型ストック・オプション」も紹介された。
従来のSOと異なるのは、企業側が付与対象者と付与数を後から決められることと、行使価格が発行時点の価格で固定されることの2点。発行されたSOは銀行や企業などの信託に預けられ、従業員には将来SOに交換できるポイントが割り当てられる。
行使価格が低い状態でキープされるので、一株あたりのキャピタルゲインは変動しない。また、入社時期に関係なく、個人の業績や評価に合わせて付与数を決められるため、後発入社の人も付与を受けるチャンスがある制度だ。導入している企業もあるので、転職先検討基準の一つにしても良いだろう。
SOはスタートアップの数ある魅力の一つにすぎない。けれど、無視できない大きなベネフィットにもなり得る。本記事で伝えたように、付与される場面や行使の際は留意すべき点も多いが、機会に恵まれたならぜひ向き合ってみてほしい。会社の成長が自分ごとになり、より大きなパフォーマンスを発揮できるはずだ。
こちらの記事は2020年04月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
1986年生まれ/日本大学芸術学部卒業 開業から現在まで、400以上のインタビュー記事を手がける。得意領域はスタートアップ・VC・HR・仏教など。著書に『京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)』。
編集
川崎 絵美
編集者。メディアの立ち上げや運営をしています。2006年インプレス入社後、企画営業、雑誌・ムックの編集者を経て、ニュースサイト『Impress Watch』の編集記者に。2014年ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン入社後、スポンサードコンテンツのディレクション、編集、制作に従事。2019年に独立。現在は「ランドリーボックス」などを手がける。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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