SaaSを進化させる新規事業、カギは「ステークホルダーとの対話」だ──プラットフォーム化への1歩目を、Rehab for JAPAN村治に学ぶ
Sponsored「ワンプロダクト」にこだわるスタートアップが、以前はもっと多かったように感じられる。昨今は、第二、第三の事業を創業期から当たり前のように仕込み、非連続成長を描こうとする例がとにかく増えている。そこで、「各スタートアップが、どのような“2手目”を打っているのか」を見ていきたい。
おそらく、特に印象が強いのは、「SaaSから、プラットフォームへの進化」だろう。この2022年、SmartHRが開発を本格化させ、アンドパッドもその戦略を明らかにした。Chatworkは2021~2024年の中期経営計画に明確に盛り込んでいる。10Xもプラットフォームを開発・提供していくとの発信を、2021年ごろから細かく進めている。
さて、この記事では介護という大きな業界でバーティカルSaaSを展開してきたRehab for JAPAN(以下、Rehab)の事例に迫りたい。インタビュイーは、NTTデータやPwCコンサルティングを経てリクルートでいくつもの新規事業開発を経験してきた村治氏だ。
現在は介護業界のバーティカルSaaSを開発・提供し、順調な成長を遂げている同社。だが、見据える先はどんどん広がっており、「人がより良く生きていく社会創りへの課題解決」のための取り組み拡大中だ。新たな事業がまさに”大本命”になるかもしれない。そんな環境でプレッシャーを感じつつ「法規制との折衝や、行政との連携を乗り越えての課題解決は、たまらなく面白い」と笑顔で語るその内情から、「プラットフォーマー」へ変貌を遂げるRehabの挑戦の最前線を学びたい。
- TEXT BY REI ICHINOSE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
介護事業所だけでなく、行政も、エンドユーザーも……
プラットフォーム化では、社会を俯瞰せよ
村治介護リハビリテックのスタートアップとして、これまでは介護事業所向けのバーティカルSaaSを開発・提供してきました。と言っても私たちが大切にしてきたのは、「リハビリを実際に受ける高齢者さんたちのためのサービス」として洗練させ続けることです。
今、私が取り組んでいる新規事業はまさに、「高齢者さんに大きな価値を直接届ける」ようなものであり、事業全体の社会的価値が大きく向上する可能性を持っています。これをRehabの事業の大本命にする、というくらいの強い気概を持っています。
村治氏が担っているのは、「オンラインリハビリ」の事業化だ。詳細は後ほど紹介するが、要するに「高齢者介護における、施設の現場で行われるリハビリを、オンライン配信で行えるようにするサービス開発」である。
「高齢者がオンラインでリハビリを行う時代が、そんなにすぐに来るのだろうか?事業として成り立つのだろうか?」と感じる読者が少なくないことだろう。FastGrowの取材陣も、そんな想いを抱いてしまっていた。だが、村治氏の説明で、そうした想いは少しずつ消えていった。
むしろ、「新規事業の醍醐味」を強く味わえる現場なのではないだろうか。そんな想いが膨らむ。ポイントは2つ。「多様なステークホルダー間での調整という難しさ」そして「産業DXの基盤となるプラットフォーム化への重要な一手」だ。
村治日本の医療・介護保険制度の中で「CureからCareの時代へ」という言葉が数年前から言われています。疾患の治療だけでなく、慢性疾患を抱えていたり介護が必要な状態だったりしていても、生活の質を維持・向上させて、精神的・社会的な意味も含めた健康を保つことを目指す考え方です。エムスリーさんやエクサウィザーズさんなどの他社も同様の取り組みを開始されていますが、どちらかというと「Cure=治療」にフォーカスされているように感じています。
私たちは「Care」の部分に取り組んでいます。これができないと、日本でこれからさらに本格化していく高齢社会での課題解決にはつながりません。できる限り先回りしてオンラインリハビリのような事業を創出していくことで、社会課題が深刻になっていくことを防ごうとしているんです。社会的なインパクトは非常に大きいはずです。
エンドユーザーになる高齢者の方の理解は当然のこと、行政への働きかけや各自治体との連携強化も必要になります。
介護事業者やエンドユーザーとしての高齢者だけでなく、政治や法律の現状と変化、地方自治体をはじめとした行政の現場、こうした多様なステークホルダーと共に、大きな社会課題の解決を図っていくわけだ。
もちろん、市場規模やそれに伴う事業規模は非常に大きい。だがそれ以上に、「次の社会をより良いものにしていくための意義」の大きさを常に意識し、取り組んでいる。その姿から、「新規事業の醍醐味」をまた一つ、学んでいこう。
「自分しかいない」と語る村治氏。
リクルートでの立ち上げ失敗経験が大きな糧
ここで村治氏について紹介したい。前職はリクルートで、複数の新規事業開発を担ってきた経験を持つ。
村治2016年にホットペッパーグルメとは別ブランドで、飲食店のネット予約のプロダクトの立ち上げを担当していたのがの新規事業経験です。結果的にぜんぜん立ち上げ切れず、大きな後悔が今も脳裏に浮かびます。
この時の失敗は明確です。立ち上げ初期の限られたリソースのなかで、コンセプトを絞り切れなかったせいで、中途半端な形に。ユーザーや予約数も思うように伸びませんでした。
今や重要な新規事業を一人で推進している村治氏も、過去に大きな失敗をした。しかも、話はこれだけでは終わらない。もう一つ、悔しい思いをした経験がある。
村治2019年にはホットペッパービューティーコスメというサービスを立ち上げました。コスメに関するユーザー投稿型のいわゆる口コミプラットフォームです。テキストベースの口コミが中心の既存サービスに対して、私たちは画像メインの口コミを価値としていたのと、ホットペッパービューティーのユーザー基盤を活用できるのが優位性でした。
勝ち筋は当然あったはず。にもかかわらず、なかなか思うような事業拡大を進められなかった。
ちょうど同じタイミングで、創業から間もないスタートアップが私たちと近いコンセプトのサービスをローンチしていて。プロダクトの開発スピードや思い切りの良さで、早期にユーザシェアを獲得されてしまったことで優位なポジションを取れず、最終的に私がリクルートを退社する頃に、サービスのクローズが決まりました。
とにかく、これまでは苦い経験のほうが圧倒的に多いですね。しかも、立ち上げ時にはむしろリソースやアセットといった面で非常に良い材料がそろっていたはず。にもかかわらず、不利な条件下で立ち上がったように見えた競合に勝てなかった。とにかく、悔しい想いが強いです。
そんな悔しい経験をひっさげて、Rehabへのジョインを決心した村治氏。ホットペッパービューティー時代に先輩だった池上氏(現Rehab取締役副社長)に対して抱いていた憧れが、大きなきっかけとなった。
村治私が美容領域に異動して最初のキックオフの場で、当時統括プロデューサーだった池上のプレゼンを聞いた時に、「この人はすごい、一緒に働いて、学びを得たい」と強く感じさせられたんです。その後ホットペッパービューティーで約1年半一緒に働きましたが、池上はリクルートを卒業。その後Facebookで池上が介護領域のスタートアップにジョインすることを知り、すぐに直接メッセージを送って、Rehabのことを教えてもらったんです。
実は私自身介護領域に前から興味があって、リクルート社でも介護に関する新規事業アイデアを提案していたのですが、なかなか通らず。そんなことも池上とはいろいろ話して、幸いなことに意気投合し、今に至ります。そんな池上と壁打ちしながらこの新規事業を進めていて、「自分こそがやるべき」と強く感じています。
事業を取り巻くステークホルダーを整理し、全体との対話を重ねる
ちなみに村治氏はリクルート以前、NTTデータで大きなシステム開発プロジェクトにおけるディレクションを担ったり、PwCコンサルティングでITコンサルタントとして大企業向けに10以上のプロジェクトを推し進めたりしてきた経歴を持つ。Webサービス全盛のこの時代において、新規事業を担うビジネスパーソンとしてのスキルや経験は申し分ないようにも思える。
だから、Rehabではなく他の企業で、新規事業を担う立場になることだってできただろう。時代の最先端を行くWeb3やAIといったテクノロジーを活用した事業、あるいはITリテラシーが非常に高いビジネスパーソン向けにビジネストレンドを創出するようなBtoB事業など、活躍の場は大きく広がるはず。
そうした中で、Rehabの事業を大きく進化させるような新規事業のチャレンジに、どのような面白さを感じているのかを率直に聞いた。すると出てきたのは、技術活用やビジネストレンドとは全く関係ないところにあるのが「新規事業の醍醐味」だということだ。
「オンラインリハビリ」だからこその特徴が、複雑なステークホルダーとの調整という点で、二つある。
村治リハビリをオンライン化するという取り組みは、日本社会に必要不可欠なものであるはずという考えを強く持っているので、とにかく早く正式ローンチしたい。その中で立ちはだかっているのが、二つの大きな課題です。
一つは法規制や行政との調整といった、顧客以外の部分。
オンラインリハビリのサービスは、現時点では介護保険制度の対象外になります。そのため、介護事業者側が費用負担して導入するハードルが高い。一方でエンドユーザーとなる高齢者に費用負担してもらう場合は、保険外サービス提供になり、現状では一定の規制が存在しています。
なので現状の介護保険制度や、法規制をしっかり理解したうえでサービスをかたちづくることが不可欠。価値観や存在意義を、社会にしっかり根付かせていく必要があるんです。そのために、行政との意見交換や調整を常日頃から進めています。
事業として長く成り立たせていくための合意形成は、顧客との間で進めるだけでは不十分なんです。これまで経験した事業とは大きく異なるのがこの点です。
介護業界の中でもリハビリ領域という難しい領域に、『リハプラン』というバーティカルSaaSを少しずつ根付かせてきたRehab。業界内ではある程度のシェアを獲得しつつあり、行政との関係性も非常に良好だ。それでも、新たに進める「リハビリのオンライン化」という、前例のない挑戦は、やはり一筋縄ではいかないらしい。
だが、この難しさにやりがいを感じているのが村治氏である。
村治実際にサービス利用を促進する上では、ケアマネージャーさんをいかに巻き込めるかも重要です。
リハビリは長らく、設備や環境の整った介護施設の中で対面で行われるものでした。それをいきなりオンライン化しようとしても、とにかく勝手が違うので、介護事業所側も、高齢者側も、「便利になるから取り入れよう」とすぐに思えるわけではありません。ケアマネさんから高齢者ご本人に対していいサービスだと勧めてもらったり、オンラインリハビリを導入する介護事業所に積極的に利用者を紹介してもらうことで、新しいサービスに対する不安を排除して、サービス利用に繋げられると考えています。
だから、きめ細かいやり取りを通して信頼を醸成し、この事業で成し遂げたいビジョンへの共感をいただけるようにして、一緒に取り組むような関係性を広く構築していかなければならない。
ここが難しさであり、やりがいを感じる部分です。
ちなみに、進め方にもやや独特な部分がある。行政や介護事業者と連携し、「実証実験」というかたちで立ち上げの準備を進めてきた。
村治経済産業省の補助金をいただくかたちで、神戸市と提携し、連携事業所を少しずつ増やしながらサービスの構築を進めています。2020年に始めた頃は一つの事業所で5名の高齢者さんが対象でしたが、半年ほどで13事業所・100名にまで拡大。
そこからスキームを変えて、2022年に第5回の実証実験を実施しています。
利用者体験に関する満足度やオペレーションの検証はできたため、ここからは、サービス提供のありかたをしっかり磨き込んで提供に向けて急速に進めます。
「実証実験だけで2年もかかる」と受け止めた読者もいるかもしれない。だが、ぜひ違った捉え方をしてほしい。
オンライン化したいというニーズがそもそも現場で表出しにくいこの事業領域で、「この先の日本社会に必要不可欠だ」と先んじて課題とニーズを捉えてMVP(Minimum Viable Product)をまずは1事業所で試行し、じわじわと広げてきた。
既存事業『リハプラン』の基盤をしっかり活用しつつ、エクイティファイナンスだけでなく補助金も利用して着実に進められる体制をつくっている。持続性といった観点で、さすがというほかない。
SaaSの基盤×新たな社会課題でインパクトを更に大きく
ここまでは事業の進め方という観点で話を進めてきたが、村治氏にとってもっと大きな価値を感じるエピソードがあった。「エンドユーザーである高齢者さんたちからもらった、うれしい声」の存在だ。
村治実証実験で直接話をしたあるおばあちゃんが、ものすごく喜んでくれたことがすごく印象に残っています。リハビリや運動ができたというだけでなく、講師となるうちのメンバーや、ほかの高齢者さんと自宅にいても交流ができたのが良かったみたいなんです。
あまり知られていないと思いますが、要介護状態になってもデイサービスってせいぜい週1~2回しか行けない人が多いんです。身体を自由に動かせないと外出も億劫になってしまい、家族以外との交流が減ってQOLが下がってしまうという課題がある。実はこの点で、非常に良い価値提供ができるのかもしれないんです。
デイサービスの施設は地域ごとにあるので、オンラインリハビリではご近所の知人と顔を合わせることになります。つまり、地域のコミュニティを廃れさせずに、むしろ活性化させるような副次効果も発揮できる可能性がある。
行政、高齢者、介護事業者と、ステークホルダーは多く、事業を取り巻く構造は複雑だ。だからこそ、事業が立ち上がり、グロースしていく中で創出できる価値は大きくなる。村治氏も、この点で大きなやりがいを感じながら、難しい課題に日々取り組んでいるのだ。
村治業界課題の話をもう少しお伝えしたいです。2025年には介護人材が32万人不足すると言われてるほど、これから圧倒的に人手不足になるのがほぼ見えています。今はリハビリも全て対面で行われてるため、対応できる人数に限界があるのと、家と事業所間の送迎にもそれなりのコストが生じています。なのでオンライン化が実現した場合のメリットは非常に大きいはず。
今、Rehabだからこそできる大きな社会貢献になります。こんな事業機会はそうそうないと感じ、過去に取り組んだ新規事業とは全く異なる大きなモチベーションを感じながら取り組むことができています。どう考えても、今が一番充実していますね(笑)。
「充実感」について、力強く語り続ける村治氏。
村治新卒でNTTデータという大きなSIerに入社したのは、社会インパクトの大きなプロジェクトにかかわれるだろうと考えてのことでした。確かにそうした経験はできましたが、力を発揮できたのはほんの一部。今のほうが、大きなインパクトを創出する仕事ができていると強く感じます。
そんなRehabでも他のスタートアップと同様に、メンバーの採用が一番の課題となっている。最後に、村治氏率いる事業推進部という組織について聞き、せっかくなのでアピールもしてもらおう。
村治事業推進部は既存事業のグロースも担いながら、オンラインリハビリの新規事業を立ち上げようとしているところです。
いまは実質2人だけで、元理学療法士のメンバーと一緒に進めているので、私の知らない知見や観点をたくさんもらえて刺激だらけです。それに、介護領域でインパクトの大きな仕事をしていくんだ!という想いもピュアでブレないので、常に「コトに向かう」精神で突き進める良い環境ができていますね。
大きな社会課題にまっすぐ取り組む企業であるという点で伝えたいのが、パブリックアフェアーズ活動のプロである村田さんが仲間になってくれたことです(プレスリリースはこちら)。社会をより良い方向に導くための企業活動として拡大していくための基盤が少しずつ整ってきました。
「介護」の仕事をすぐに自分ごと化できる人はあまり多くないとわかってはいます。それでも、一度その詳細について知ってもらえれば、事業家としての経験を積む場所としても魅力は感じてもらえる自信があります。この領域でチャレンジする人をどんどん増やしていくことで、高齢社会の未来を創っていきたいですね。
さまざまな議論が日本でも巻き起こるようになってきた「SaaSからプラットフォームへの進化」をテーマに、村治氏のチャレンジを深掘りしてきた。見えてきたのは、複雑性の高い「介護」という事業領域だからこそ描ける、大きな社会変化を生み出す構想だ。中でも印象的なのは、村治氏が現場で聞いた声に基づき、「リハビリ」だけでなく「地域コミュニティとしての価値」まで同時に追うことができるかもしれないと気づいたストーリー。
社会課題の解決と、現場での手触り感、そして大きなインパクト。これらを同時に追い求めるような新規事業を展開できる場は、そう多くない。実現できれば、事業の姿がSaaSから大きく進化し、デジタルプラットフォームとしてより多くの社会課題を解決できるポテンシャルを発揮するようになり、この高齢社会をより良い世界にしていくことができる。そんな期待がきっと、あなたの中でも高まったことだろう。
こちらの記事は2022年11月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
いちのせ れい
写真
藤田 慎一郎
連載高齢者の生活をリデザインー介護DXで社会的インパクトを狙う、Rehab for JAPANの挑戦
8記事 | 最終更新 2023.06.20おすすめの関連記事
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