5年で売上2倍の3兆円へ。
ドイツ企業SAPは、なぜ若手幹部候補にシリコンバレーでデザインシンキングを教えるのか?
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急成長し続けている企業は、スタートアップだけではない。着実に業績を伸ばし続けている大企業もある。
2011年からの2018年までの7年間で、全世界の売上を143億ユーロから247億ユーロへと2倍近くに拡大させた、ヨーロッパ最大級のソフトウェア企業SAPもそのひとつだ。
1972年の創業から40年以上が経過するSAPは、なぜ今でも躍進を続けられるのか。ベールに包まれた同社の全容を明らかにすべく、SAPジャパンの若手セールスのホープである屋冨祖光氏と守谷元氏にインタビュー。SAPの強さの秘訣であるデザインシンキングから、シリコンバレーで行なわれている世界最先端のエリート養成プログラム「SAPアカデミー」の実態まで詳らかにした。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
「SAP=システムベンダー」ではない。ロジックとデザイン思考を駆使するビジネスパートナー
ドイツに本拠地を置くSAPは、ERP(業務基幹システム)事業を軸に、企業のデジタル変革を支援している。2018年度通年のグローバル売上は、前年比11%増の247億ユーロを誇る。SAPジャパンの取引先には錚々たる大手企業が並ぶ。
しかし、SAPはただの大手ERPベンダーではない。「スタートアップ志向の自分には関係ない企業だ」と決めつけてしまうのは早計だ。
屋冨祖SAPのセールスは、顧客にとって信頼できるビジネスパートナーにならなければいけません。
システムとはあくまで「How」であり、目的としてはありえないことを、常に忘れずいることが大切です。まずはお客様の抱えている課題やお悩みを徹底的にお聞かせいただき、お客様がどうありたいのか、それを妨げる本質的な課題は何なのか、その解決策は何なのかを、共に考えさせていただく。SAPは机上の空論ではなく、先進的なテクノロジーといくつもの国内外のビジネスケースという、圧倒的な知識・経験をもとに提案していくことができます。
守谷ただシステムを売っているのではなく、ERPに溜まった経営情報をどう活かせるのかを探求しているわけですね。たとえば、システム上の情報を機械学習にかけて、業務効率化に取り組んだり。ツールベンダーにとどまらず、システムを活用した先に見えるビジネスの価値を地道に生み出し続けている企業といえるでしょう。
SAPの急成長を支えているのが、全社的な「デザインシンキング」の導入だ。一時期バズワードとなったフレームワークだが、うまく実践に活かせている企業はあまり見ない。SAPはいかにして、事業成長へと結びつけていったのだろうか。
屋冨祖デザインシンキングは「どれだけ多面的にものごとを見られるか」に本質があると思っています。多種多様な考え方を認め、否定せず、自分の意見も合わせながら物事の本質を的確に捉え、より良い解決策を模索していく。「Yes. And…」という考え方です。
そして、こうした多面性を採り入れた企業は、軒並み成長傾向にあると思います。デザインシンキングという思考法の導入そのものではなく、そのマインドセットを醸成してきたからこそ、SAPも伸びたのではないでしょうか。
守谷多面的な視点を持った上で、トップダウンではなくボトムアップで、課題解決に取り組んでいくのがデザインシンキングだと考えています。「企業のイノベーションを加速するための職場づくり」といったミッションに沿って、お客様と一緒にユーザー目線で自由にアイデアを出しています。
SAPジャパンだけでも社員は約1,300人、全世界で9.3万人の数を誇る。必然的にプロジェクトを推進する際の関係メンバーも多くなるため、ステークホルダーを動かすために精緻なロジックを積み上げ、ストーリーテリングを行なっていくことが求められる。また、対社外についても、日本を代表する大企業の変革に関わることも多いため、徹底したプロ意識を持ち続けなければならない。
屋冨祖もうボコボコにされますよ(笑)。ある程度の自信がある人でも、「井の中の蛙でしかなかった」と思い知らされるでしょうね。だけどボコボコにされていくなかで、ビジネスパーソンとしての技能が磨かれていく。自分を鍛えたい人にとっては最高の環境だと思います。
「これ以上の環境はなかった」SAPを知らなかった屋冨祖氏が入社を決めた理由
屋冨祖氏と守谷氏は、SAP入社前からの知り合いだ。新卒で入社した守谷氏の話を聞くうち、屋冨祖氏も中途入社を決めた。
建設機械メーカーでの営業を1年半、人材系スタートアップでの関西支社立ち上げを2年弱経験した屋冨祖氏は、データ活用がままならずに生産性が上がらない企業を目の当たりにしていた。「日本産業のさらなる成長・ブレークスルーを実現するには、ヒトやモノという切り口だけでは不十分であり、その2つを支えているITの活用が不可欠である」という想いを強めていた折、守谷氏からSAPの話を聞く。「ここなら自分のやりたいことができる」と確信したという。
屋冨祖それまでSAPのことは知りませんでした(笑)。しかし話を聞くうちに、全世界の商取引の77%がSAPのシステムを経由しているという圧倒的スケール、大手のリソースとベンチャーのスピード感やフラットさを併せ持つ環境に、大きな魅力を感じたんです。「ITを活用した企業変革に取り組む場として、これ以上の環境はない」と。
対して守谷氏は、学生時代にアメリカに留学し、スポーツマネジメントの勉強に取り組んでいくうちにSAPを知った。SAPのスポーツアナリティクス手法を知り、「こんなデータの使い方があるのか」と驚くまま、ドイツ人の友人の勧めもあり、新卒採用の求人に応募することに。そのまま採用されて入社した守谷氏は、前職で働いていた屋冨祖氏に、SAPの魅力を伝えた。
守谷屋冨祖には「きちんとストーリー立てて説得すれば、やりたいことを何でもやらせてもらえる環境だ」と伝えました。お客様に対する価値の提供方法も、セールスの自主性に委ねられていますからね。
シリコンバレーでのエリート養成プログラム「SAPアカデミー」
実は、屋冨祖氏と守谷氏は、一般的なSAP社員とは一線を画している──米国にある社内ビジネススクール「SAPアカデミー」で、世界最先端のエリート養成プログラムを受けている幹部候補生だからだ。
アカデミーは、合計で9ヶ月開講される。6ヶ月間は、ここまで話してきたような日本法人での実業務を通じ、学びを得ていく。一方で、シリコンバレーでのトレーニングプログラムも、1.5ヶ月間×2回ある。世界各国の優秀なSAP社員が集い、最新テクノロジーを用いたセールス手法やピッチ方法を、徹底的に学んでいく。シリコンバレーで学ぶ内容は、「LinkedIn」を利用したセールスノウハウや、ビデオレターを添付した営業メールの送り方など多岐にわたっている。
Group11と呼ばれる2018年9月開始のプログラムに参加していた84名のメンバーのうち、日本人は屋冨祖氏と守谷氏だけだ。全世界中を巻き込んで変革を起こすミレ二アル世代のグローバルリーダーを、「本気」で育て上げるプログラムだけに、参加者にかかる負荷も並大抵なものではない。
守谷顧客のビジネス課題を解決するためのソリューションをプレゼンするグループワークが毎週あるのですが、これが結構大変ですね。言語も価値観もバラバラなメンバーと、同じ方向性で議論しなければいけないので。
屋冨祖また、授業だけではなく私生活でもずっと共にいる環境です。1ヶ月半、ルームメイトと同じ部屋で暮らしますからね。年齢も国籍も関係なく、平等にアカデミー生として扱われるので、各々がしっかりと意見を主張する。彼らのパーソナルな事情や文化的背景を理解しながら議論し、結論へ辿り着く過程で、グローバルな環境でも人を巻き込んでいく力が自ずと身についていきます。
こうして本気でぶつかり合うからこそ、各国の選抜メンバーとの強固なつながりが構築され、グローバルリーダーとなっていくうえでの糧になる。アカデミーは現在11期目だが、今後のSAPを作っていくのは、間違いなくこのプログラムの卒業生──すなわち“SAPアカデミーマフィア”たちになるだろう。実際、SAPアカデミー出身のメキシコ人メンバーが、現地マーケットのCOOを務めているケースもある。
とはいえ、「理論ばかり学ぶことに、どれほどの意味があるのか?」と懐疑的な読者もいるかもしれない。しかし屋冨祖氏は「逆もまた然りだが、理論なき実践には限界がある」と一蹴する。
屋冨祖個人の実践だけに基づいたノウハウは、せいぜい寿命の80年分ほどしかない。一方、理論とは何千、何万、何億もの人の、ときには数百年の試行錯誤や研鑽の末に形作られた、叡智の結晶。ここに自分が勝っている部分など、少なくとも私自身には、ほとんどないと思っています。
「理論なんて役に立たない」という人は、役に立たせるための力が不足しているだけなのではないでしょうか。ビジネスパーソンとしての実力は、理論と実践の掛け合わせで決まると信じています。
守谷僕は野球をやっていたのですが、野球もただ試合にだけ出ていても力はつかない。素振りや基礎練習も絶対に必要です。理論と実践を両輪にかけていくことが大切で、無駄なことなんて一つもないんです。
自分や企業の成長だけを見ない。グローバルな視点で、日本の競争力アップを目指す
SAPアカデミーの受講が前提の幹部候補採用だが、日本法人でも新規メンバーを募集している。屋冨祖氏と守谷氏は、「本気で日本のグローバルな価値を高めていく信念や使命感を持っている人材が、このプログラムに向いている」と語っていたが、両氏の展望を伺ったとき、合点がいった。これはただの最先端プログラムではなく、本気でグローバルリーダーを目指すビジネスパーソンのための通過点なのだと。
屋冨祖今後20年間で、世界の時価総額ランキングのトップ50位に入る日本企業を増やしていきたいんです。30年前には30企業以上ランクインしていたのに、今はトヨタ自動車さんのみ。よく「失われた30年」と言われますが、悔しいじゃないですか。そのためにも、日本国内だけでなく、グローバルな知見を積極的に採り入れていきたいと思っています。
守谷僕はSAPでの仕事を通じて、日本人が持っている保守的なマインドセットを変えたい。テレビを見ていると、「日本って良い国だよね」という意見をよく目にしますが、何をもって「良い国」なのかが全くもって分からない。この状況は、正直まずいと思います。良い意味で危機感を持って、グローバルな存在感を高めていく意識を醸成していきたいです。
屋富祖こうしたビジョンを達成するために、SAPは最適な環境だと思っています。グローバルな成長機会が与えられるのはもちろん、成果を出せば、役職面や給与面でしっかりと見返りも受け取れる。やりがいや使命感だけでは社員の生活はままならないですし、そうなると企業は、繁栄どころか存続すら危うい時代ですから。
屋冨祖氏と守谷氏は、自分自身や会社の成長だけにとどまらない、世界、日本の企業変革を見据えたマクロな視点で展望を描いている。
お二人いわく、「自国や世界を変えねばならない」という使命感を持った若者が集うのがSAPアカデミー。グローバルリーダーを目指す世界の若手優秀層を仲間につけ、巨大組織をも動かす経営者視点を持ちたい人は、SAPアカデミーの門戸を叩いてみるとよいのではないだろうか。
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こちらの記事は2019年07月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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