「産業史」で説明すれば、ベンチャーの魅力はもっと伝わる。
大企業も安泰ではないホントの理由を、“時間軸思考”からスローガン伊藤が紐解く
「大企業に行けば、一生安泰」「優秀な人材は、こぞって大企業に行く」そういった言説をそのまま受け止めている人は、もはやほとんどいないだろう。だが一方で、依然として就職人気ランキングの上位は、商社やメーカー・損保といった大企業が占めている。中には、ベンチャー企業やスタートアップで活躍できる資質を持ちながらも、一度きりの「新卒カード」を有効に使おうと、大企業への入社を決める学生もいるのだろう。
どうすれば、創造性に優れ、ゼロから新たな価値を生み出す力のある人材を呼び込めるのか。その解を探るべく、スローガンは2021年2月にセミナー「ベンチャー経営者・人事必見の採用ノウハウ。外資・人気企業の内定者でもベンチャーで採用できるロジックとは?」を開催。代表取締役社長の伊藤豊が登壇し、2021年1月に出版した『Shapers 新産業をつくる思考法』を参考に、優秀な学生をスタートアップに呼び込むための手法を語った。就職先を検討している学生や、キャリアに悩む若手ビジネスパーソンにも大いに参考になるだろう。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
大企業就職が、キャリア形成で有効でない理由
「ひとまず大企業に行った方がいい。ベンチャーは後からでも行ける」と、一昔前の認識のまま、若者に間違ったアドバイスをする大人がいます。だから、有名ブランドの内定をもらうような学生を、小さなベンチャー企業が採用するのは至難の業です。
これは、伊藤が出版した『Shapers 新産業をつくる思考法』の一説だ。同書は、創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人材を「Shaper」と定義。新たな価値を創造する生き方を選んだ企業や人にフォーカスを当てて、これからの時代の生き方を示した本だ。セミナーでは、この本を引用しながら、Shaperとしての資質を持った学生の成長を阻む「通説」を覆し、ベンチャー企業やスタートアップに人材を流動させるためのロジックが語られた。
セミナーの冒頭、「アイスブレイク的に、学生にも見せるのですが……」と補足をしながら、伊藤は一枚のスライドを提示した。
そこには、4通りの売上高・社員数・平均年収・平均年齢が記されている。
あなたは、どの企業に入社したいと感じるだろうか。もしも自分に、あらゆる企業から内定をもらえる実力があるならば、右側の2社を選ぶかもしれない。実際に、学生たちからも同じ返答があるという。
だが、4社の社名を明かすと、多くの人が驚くそうだ。
図の上部は、1995年から2019年のファーストリテイリングの24年間、下部は2005年から2019年のディー・エヌ・エーの14年間の変化を表している。
このデータは、企業は時間とともに大きな変化を遂げる可能性があり、「その時の状況」だけを見て判断することの愚かさを如実に示しているようにも思える。
伊藤この2社の変化を見てもわかるように、会社というものは、かなりダイナミックな変化を遂げていきます。本来は会社の成長性なども踏まえながら、「時間軸」で捉えていくことが大切なんです。ある一時期だけを切り取ってしまうと、どうしても歴史のある会社の方が平均年収が高く、平均継続年数も長いので、今後の「変化」の部分を見落としてしまう。
この変化を、ちゃんと数値に落とし込みながら理解できている人は、学生に限らず少ないのではないでしょうか。会社そのものがどのように変化をしていくのか、今の会社の状況がどのフェーズにいるのかが理解できると、会社の見方や選び方も格段に変わるはずです。
いわば、左側のファーストリテイリングやディー・エヌ・エーが大きな飛躍を見せる前の黎明期だ。この時期に企業の成長を時間軸で捉え、可能性を見出して入社した人材は、ビジネスパーソンとしても大きな成長を遂げているという。
伊藤たとえば、ミラティブの赤川さん(ミラティブ 代表取締役 赤川準一氏)は、慶應義塾大学卒業後、上場直後の2006年にディー・エヌ・エーに新卒で入社。20代で執行役員になっています。20代で上場企業の役員になるのは、優秀な学生にとっては理想的なキャリアのひとつですよね。そういったキャリアを実現していくためには、すでに完成された企業よりも、これから勢いを増す可能性のある企業に飛び込んだ方がチャンスが広がる。
特に最近は、キャリア相談に乗っていてもディー・エヌ・エーをはじめ、リクルートやソフトバンクといったメガベンチャーに行きたいという学生が多い傾向にあります。安定した待遇を得られながらも、大きな裁量を持って仕事に挑戦できるので、ベンチャー・スタートアップと大企業の利点を兼ね備えているんです。
しかし、「十数年後に今のメガベンチャーのようになりそうな企業はどこか」という視点で企業を探すと、キャリアの可能性は大きく広がるはず。その点を伝えていくと、学生の視野は一気に広がり、大企業以外でのキャリアも考え始めてくれるんです。
「時間軸」で捉えれば、大企業が「安泰」とは限らない
そもそも、キャリアに関する発言には誤解・誤謬も多いと伊藤は言う。本来、キャリアの話は非常に複雑なもの。産業や業界、企業のフェーズを時間軸で捉えながら考えていく必要がある。だが、中には個人的な経験談や古い価値観に縛られているものも少なくない。
伊藤キャリアの話は非常に複雑なのに、「とりあえず有名な大企業に行っておけばいいよ」といった安直なアドバイスが受け入れられてしまう場合も少なくありません。そういった「通説」を覆していくことが、優秀な人材を呼び込んでいくためには欠かせません。
その際に必要なのが、「時間軸志向」で産業を捉えてもらうこと。みなさん自身が、日本の経済が大きく発展した戦後から現在の産業の流れを学び、伝えていくべきです。戦後の流れをあらためて追っていくと今の産業構造の成り立ちがわかりますし、構造の変化が読み解けるようになると、未来も予測できる。それを踏まえて学生と対話をすると、ベンチャー企業やスタートアップにも関心を持ってくれるようになるんです。
伊藤が「知っておくべき産業史」として挙げたのが、以下のような流れだ。戦後の日本は、製造業を中心に発展してきた。躍進の影にいたのが、資金を貸した銀行や海外にモノを売る商社だ。その連携によって、日本は戦後の焼け野原からGDPが世界第2位の経済大国に進化を遂げた。メーカーなどの大企業や銀行、商社が「安泰」の証として語られるのにはそういった背景がある。
だが、インターネットの拡大によりあらゆる事業環境において構造変化が起き続けている。モノよりも情報が価値を持つため商社への依存が減る、直接金融のサービスが増えたことで銀行に頼らずとも資金を得られる、といった変化だ。もちろん、いずれの業界も対策は進めており、特に商社はビジネスモデルを変え、投資会社となることで今も隆盛を誇っている。ただ、投資環境次第ではどうなるか分からないと考えたほうが良いかもしれない。
このように大転換が起きている今、世の中にあるキャリアの通説が本当に正しいのか。その問いを、学生に投げかけていくことが必要だ。
伊藤これまでの流れや、今起きている変化を構造的な面で伝えていくと、勤勉で頭のいい学生はきちんと理解してくれます。
加えて、今後は「業界」というくくりそのものが消滅していくので、長期でアップトレンドになるような「キーワード」を見つけ出すことが大切だとも伝えていきます。今でいうと「DX」や「高齢化社会」、「サステナビリティ」に関するテーマは重要だと、誰もが納得するでしょう。文脈は似ていますが、気候変動や脱炭素といったワード単体でも、アップトレンドになっていくでしょうね。
これらの変化を念頭に置くと、自ずと飛び込むべき場所が学生には見えてくるはずです。必ずしも有名企業だけではなく、それらのテーマに強みを持つベンチャー企業やスタートアップにもチャンスはあるかもしれないですよね。
黎明期に飛び込み、産業を「つくる側」に回る人が成功をおさめる
この「時間軸思考」は、ビジネスの世界で成功を収めているビジネスパーソンのキャリアを紐解くうえでも非常に重要だ。特に変化が激しい今は、5年や10年の単位で産業や企業、個人のキャリアはダイナミックな変化を遂げていく。40代の人たちのキャリアを今の20代が参考にする場合には、20年前の産業や企業の状況を復元しながら分析することが必要になるのだ。
時間軸を補正しながら先人たちのキャリアを紐解いていくと、ビジネスの世界で活躍をする「経営人材」は、ベンチャー的な環境から生まれていることがわかる。
例えば、マネックスグループのCEOである松本大氏は、ゴールドマンサックス出身。30歳の時に、史上最年少でパートナーとなる。また、ディー・エヌ・エーの会長の南場智子氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーの出身だ。
伊藤お二人の経歴を見て、「マッキンゼー・アンド・カンパニーやゴールドマンサックスという、ブランド力のある企業を出て起業したから成功したはずだ」と発言する方もたまにいらっしゃいます。今もこの2社を目指すという若者は多いです。しかし、お二人がいた当時の外資系投資銀行やコンサルティングファームは今のような規模ではありませんでした。
南場さんがマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社したのは1986年です。私が就職活動をしていた1999年ですら、コンサルティング業界はかなりマイナーでした。会社説明会に行こうとしたら「怪しいからやめておけ」と止められたんですね(笑)。南場さんはまさに黎明期にコンサルティング業界に飛び込んでいた。松本さんも、30歳という若さでパートナーにまで登りつめたのですが、当時はまだ100名もいない組織だったし、会社を大きくする側だったからこそ昇進したと過去にお話しされていました。
大企業でも、「産業を作る」経験をした人材が、経営人材として企業を率いる例がある。ソニーの会長兼社長の吉田憲一郎氏と、副社長兼CFOの十時裕樹氏だ。二人とも、30代の頃にソニーの子会社で、インターネット領域の事業の立ち上げを経験している。
伊藤吉田さんはソネットの立ち上げを、十時さんはソニー銀行の立ち上げを経験されていましたね。そのあとは、ベンチャー・スタートアップ投資に関わり、ディー・エヌ・エーやエムスリー、マネックスなどの立ち上げにも関わった。お二人が取り組んでいたインターネットビジネスは、2000年代の当時は、傍流と言っても過言ではなかった。けれど、時代が変わり、今や主流とも言えるまでに成長しています。
こうして小さなユニットの成長を経験した二人が、ソニー本体に戻り、今は経営陣になっているんです。これまでは、本流の事業を経験してきた人たちが大企業では経営陣になることが多かったのですが、そうではない、クリエイティブな人材が求められるようになってきているのだと、あらためて感じました。
他にも、サイバーエージェントの藤田晋氏は上場前のインテリジェンスに、グリーの田中良和氏は設立4年目の社内ベンチャーだったソネットに入社。いずれも、黎明期の組織が小さなうちに飛び込み、事業・産業を作ってきたという共通点があるのだと指摘する。
伊藤時代背景や業界のフェーズにまで視野を広げていくと、どのような経験を積めばビジネスパーソンとして大きな成長を遂げられるのかが見えてくる。これらを訴求していくことで、学生のベンチャー・スタートアップに対する見方は変わっていくのではないかと思います。
「大企業からベンチャー」は今、一層難しい
それでも、まだ大企業にこだわりを持つ学生もいるかもしれない。「大企業からベンチャー企業には行けるが、その逆は難しい。だから新卒のうちに大企業での勤務を経験し、それからベンチャー・スタートアップに挑戦する」と。冒頭でも挙げたような、一昔前の「価値観」をもとにしたアドバイスに基づく考え方だ。
だが、今や本当に難しいのは、大企業からの転職なのだと伊藤は語気を強める。
伊藤世間での通説を信じて大企業に入社し、いざベンチャー企業やスタートアップに転職しようとしても、情報が不足していたり、周囲からの反対にあったり、待遇面でギャップが生じたりと、さまざまなハードルが立ちはだかるんです。
大企業の人事制度は、社員に長く働いてもらうための仕組みがよくできている。20代前半では地方や海外での勤務を経験し、20代後半で本社に戻り、一気に昇格し、給料も上がる。
このぐらいの年齢になると、結婚して家庭を持っているケースも多いため、いざベンチャー・スタートアップに挑戦しようと思っても難しいというのが、多くの人が感じるところだろう。家族からの心配の声も想像できる。さまざまな面でのハードルが立ちはだかるのだ。
伊藤実は、ベンチャー企業やスタートアップから大企業への人材の流動は最近、活発になりつつあります。そもそも近年、高学歴で成長が期待できる優秀な人材が、新卒でベンチャー企業やスタートアップを選ぶ例自体が増えてきているんです。そして、コンサルティングファームやメガベンチャーなど、優秀な人材に対して貪欲な企業はこの動きをしっかりと追い、対策を練っています。
大企業にも変化が見られるようになってきています。かつては新卒一括採用しか実施していなかった企業が、近年は中途採用にも積極的に乗り出していますよね。特に最近はDXの流れもあり、多くの企業でデジタルに精通した人材を必要としています。最先端のテクノロジーを駆使した事業成長を経験しているベンチャー・スタートアップ人材には、大きなチャンスが広がっているというわけです。
しかしこういった事実が伝わらず、世の中の通説によって、新卒でベンチャー・スタートアップに行くことを踏みとどまってしまう学生が多く、非常にもったいない。産業構造の前提が崩れている以上、企業側が欲しい人材もどんどん変わっていくはずです。
究極の安定思考とは、「自ら創り出す力」を得ること
とはいえ、ここまで説得をしても、「伊藤さんは、リスクテイクができていていいですね。自分は安定志向なのでやはり無理です」と言われてしまうこともあるという。だが、伊藤はこれを否定する。むしろ、自分自身のことを「究極の安定志向」だと語るのだ。
伊藤私にとっての不安定とは「自分以外の何かに依存すること」なんですよね。「自分以外の何か」は、外部要因によっていとも簡単に崩れてしまいます。そういった周囲の状況に惑わされず自分の足で立つために必要なのは、「自ら何かを作り出し、その上に立てる力」。それがあれば、自分で新たなビジネスを作り、自分自身のことを雇っていけるんです。それこそが、究極の安定だと思います。
では、そういった力を身につけるには、どのような行動をすればいいのだろうか。伊藤は、「迷ったら、多くの人が選ばない道を選ぶことだ」と告げる。
伊藤つまり、「迷ったらネタになる方を選べ」ということ。その話をすると「面白さって、キャリア形成をするうえでそんなに重要なんですか?」と聞かれます。その際に話すのが、「非凡な人間の構成要素」の話です。
伊藤によると、非凡さとは、「有能さ」「信頼性」「面白さ」の3つの要素で構成される。
有能さは、論理的思考力や創造性、コミュニケーション力や行動力といった、業務の遂行にあたって必要な頭の良さや対人スキルを指す。信頼性は、相手への敬意や誠実さ、高い倫理観など、ステークホルダーとの関係を築くうえで欠かせない。面白さは、人と違う選択ができる勇気や固定的な見方にとらわれない姿勢など、その人だからこそ醸し出だせるオリジナリティだ。
伊藤「非凡」と言われる人材を目指すのであれば、この3つのどれか1つでも欠けてはいけないと思います。多くの学生は、1つ目の「有能さ」にこだわっている傾向があるんですよね。でも本当は、「信頼性」や「面白さ」も同じぐらいに大切。 特に「面白さ」を身につけていくうえでは、通説を疑い、あえて人が選ばない道を選んでいくと良いでしょう。思いがけないキャリアにめぐり合い、花開くこともあります。
最後に伊藤は、「あえて人が選ばない道」で成功を収めた人物のエピソードを挙げた。『Shapers』の7章で紹介している、レバレジーズの最年少執行役員である藤本直也氏だ。同氏は、入社1年目の時、人材ビジネスを中心に展開していたレバレジーズで、『teratail(テラテイル)』というプログラミングに特化したQ&Aサイトを立ち上げた。
伊藤彼に、20代半ばで執行役員になれた理由を問いかけてみたんです。すると、「会社が持っていないものを、自分が提供できる差分として会社にもたらしたから」と話していました。
当時のレバレジーズには、インターネットサービスに精通するメンバーがいなかった。彼はこの状況をチャンスと捉え、社外からインターネットサービスのノウハウを持ち込み、レバレジーズのケイパビリティを拡張していく。結果、同氏は20代半ばでレバレジーズの最年少執行役員に抜擢された。
伊藤藤本さんは、「『この会社には学べることがたくさんある』と思って入る人は、会社にすでにあるものから、いかにTakeするかしか考えていない。その時点で、会社への差分を生み出す観点で大きな差が付いてしまっている」とも話していました。このように、新卒入社の頃から「いかにして差分をもたらすか」というGive思考を持っていると、早く活躍すると思います。
「今の会社では学び尽くした」と言って、転職をする人も少なくありません。けれど本当に必要なのは、自分がどれだけのものをGiveできるのか、です。Takeすることしか考えていない人は、会社のケイパビリティを拡張しようと考えている人と比べると、生み出せる価値に雲泥の差があるのだと話します。
この「Give」という観点で考えてみると、発展途上にあるベンチャー企業やスタートアップにこそ、会社のケイパビリティを伸ばせる可能性がある。自分の差分を生み出すチャンスが眠っているんです。それがいずれ、「自ら作り出す力を身につける」という究極の安定につながっていく。この可能性を伝えられれば、きっと優秀な人材がベンチャー企業やスタートアップを見る目も変わってくるのだと思います。
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こちらの記事は2021年04月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
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