カリスマホスト・手塚マキが語る“愛あるビジネス”
歌舞伎町ブックセンターで愛を語らおう
日本一の歓楽街、東京は新宿・歌舞伎町。2017年秋、そこに異色の本屋「歌舞伎町ブックセンター」がオープンした。
“愛”を切り口に様々な本を揃え、時間帯によってはホストがお気に入りの本を薦めてくれる。トークイベントなども頻繁に開催し、これまで歌舞伎町に縁が無かったお客も集めている。
手掛けるのは、歌舞伎町界隈でホストクラブやバーを10数店経営する手塚マキ。自身も元売れっ子ホストだ。ホストクラブと本屋、その意外な組み合わせの裏にある意図は?
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY MITSUHIRO EBIHARA
愛の街・歌舞伎町
なぜ歌舞伎町で本屋を?
もともと、スタッフに「本を読もう、映画を観よう」という話を再三していたんです。ホストクラブを経営する上で従業員教育を大切にしていて、僕たちの仕事で教育というと、それは座学で何かを学ぶというより、感性や社会性を伸ばすこと。
ホストって、単純に言えば人が嬉しい時に一緒に喜んで、人が悲しい時に一緒に悲しむ仕事です。そのために感性を育て、鍛えようとするなら、本を読んだり映画を見たりして、人の感情に同化することが経験値になる。
なので、スタッフが自然と本に手を伸ばすような仕掛けが何かできないかと、ずっと考えていました。この場所は、元は本屋ではなく、スタッフが自由に読めるようにと本を置いていただけなんです。でも、みんななかなか読んでくれない。それを編集者でクリエイティブチーム、東京ピストルの草彅洋平さんに話したら、「いっそのこと本屋にしてみたらどうですか」って。それがきっかけで、草彅さんと神楽坂のかもめブックスの柳下恭平さんと組んで本屋にしました。
テーマとして“愛”を据えた理由は?
草彅さんと柳下さんに、「本屋は地のもの(立地に関連があるもの)を扱う」と聞きました。それで愛にしようと。歌舞伎町に本屋というと、突拍子もないことを突然始めたみたいに思われがちですけど、元々僕たちの会社は新宿にずっとあって、新宿の仲間たちに感性を伸ばす機会を提供してきていました。
そして、歌舞伎町には色んな愛が溢れている。ここにあったもの同士をくっつけただけで、僕たちからすると、そんなに新しいことを始めたという意識はありません。
人生は無駄こそ全て
正直なところ、ホストクラブが感性を伸ばすために、スタッフに読書を推奨しているということに驚きました。
そうですか?我々は、一人一人全く違うお客様にサービスを提供するビジネスモデルです。洋服店員に例えるならば、自分がこの服が好きだって決めつけて、それしか薦めないような人は、“プロフェッショナルサービス業”はできないと思う。
誰に対しても同じ対応でいいマニュアルサービスならきっとできますが、プロフェッショナルサービスは、人それぞれの多様性を認めて、それを理解することに好奇心や興味を持てる人じゃないと難しい。
だから、「服なんて毎日同じでいい」「スティーブ・ジョブズみたいに毎日同じシャツを着ていれば効率的だ」みたいな考え方は、僕らからするとありえないって感じですよね。
だって、それは生きることを全く楽しんでいないから。そこには感性も何も無いし、僕らは効率なんてものの上では生きていない。効率や便利さではなく、より無駄なこと、心の機微が揺れ動くような時間が大切だと思うんです。
僕らのような仕事って、人間が生きるために必須ではなく、無くなってもいい嗜好の商売です。うちの社名はスクラムライスですが、ライス(米)って、それを食わなきゃ生きていけないもの。
でも僕は、世間一般では無駄と言われるようなこと、例えばくだらない話をしたり、酒を飲んだりといったことが生きるうえでは大切だと思う。だから、僕らみたいな商売こそが世の中にとって米なんじゃないかと思った。それで社名にしたんです。
僕らがそういう役割として生きる喜びを感じるためには、色んな感性に触れるべきだと思う。みんなに本を読めっていうのも、物知りになれとか、見聞を広げろという意味ではありません。登場人物に共感するとか、興味を持てるということの方が大事。僕らは問題を解決する人間じゃなくて、問題を相手と一緒になって考えていく人間だから。言うなれば無駄好きというか、無駄こそが全てという考え方ですね。
実際、感性が磨かれると、営業成績に直結するものですか?
今までの話と矛盾してしまいますが、正直それは全く無い。僕が今まで語ってきたような能力って、お客様との関係性が深くなっていく時に必要なもので、(売れっ子になるために必要な)初見の相手と会話する際に必要な能力とはまた別です。
ホストって、モテる仕事ではなくて、振られることに馴れる仕事。自分が支持されないことにどれだけ我慢強くいられるか。どんなに売れているホストでも、新規のお客様を接客してリピーターにできる確率なんて、かなり低いと思います。きっと10分の1とか2とかで、1ヵ月に新規が100人来れば10人顧客になり、1年だと120人になる。それだけですごい売れっ子ですからね。
初めてホストクラブに来るお客様は、なんとなく話を聞いてもらって、楽しい時間を過ごすのが目的。どちらかというと、会話の深さよりも瞬発力が求められます。僕らの会話一つひとつを文字起こししたら、きっと全員バカなんじゃないかって思うようなことしか言っていません。でもそのリズム感みたいなものが大事で、最低限の仕事として求められる能力はそっちなんです。
だから本を一冊読むとかでなく、今だと“ネットの弊害”と言われるような、ツイッターの百何十文字をパッと見て、記事のタイトルだけを読んで「こんなことがあったんだって」「へー!」といった会話だけしておけばいい。
感性を磨いて武器にしたところで、すぐに成績には繋がらないから、ビジネス的に強制もできない。でも、長い人生で考えるなら、僕は器の外のことも知った方が面白いと思う。いつかどこかで、そういう考えが伝わればそれでいいなと思ってやっています。
歌舞伎町に染まりきらないように
効率以外の部分を尊重する一方で、会社経営には効率や合理性は欠かせませんよね?
そのバランスをどう取るかが、今も今後も課題です。経営者として、何でこんな非効率なことやっているんだろうって思うこともあります。人と人とが一緒に仕事をするのって本当に難しいし、経営の悩みってそこに尽きると思う。そうなると、人間を人間として扱わないようなシステマティックな管理の仕組みの方が効率はいい。でも、それだと僕らがお客様一人一人に提供しようとしている価値とズレてしまいます。
ホストクラブや水商売の経営のやり方で今流行っているのは、居酒屋チェーンを見習うこと。お客様がどう感じるかやサービスの内容は関係なく、従業員のモチベーションをとにかく上げる。
「俺たちサイコー!イェーイ!」というノリで、これだけ稼いだ、売り上げアップが全て、店舗数も一軒が二軒になった、すごいでしょ俺たち!みたいなテンションです。もうネットワークビジネスなのか居酒屋チェーンなのか分からないですよね。そういう会社はどんどん拡大しています。
ただ、ビジネスとしてそれが面白いのかと言ったら、僕個人としては全く魅力を感じないですし、それでヒルズ族になったとしても、経営者として嬉しいのかなって思う。経済原理からすれば、多くのお金を自分のところに集めるのは合理的かもしれないけど、果たしてそこに社会的意義があるのか。一億だろうが、十億だろうが、百億だろうが、社会へのインパクトはそんなに差がないんじゃないかと思う。じゃあいくらだったらすごいのかは分かりませんが、規模の大きさでうらやましいとは思わない。
本屋がスタートして約4ヵ月。世の中や、スタッフからの反応は?
海外メディアを含め、取材は既に50件以上受けました。お客様よりも取材の方が多いくらいです(笑)。歌舞伎町のいいところって、誰でも受け入れる懐の深さだってよく言います。でも、それは逆に言うと、新しいものに対して少し鈍感ということ。歌舞伎町に新しい何かができても、この街の人みんながワーッと行くようなことはまずありません。
ここは大衆文化の街だから、例えば雑誌の『BRUTUS』みたいなカルチャー誌を読んでいる人だってあまりいないんじゃないかと思う。そういう、ちょっとずれた歌舞伎町らしい文化が僕自身も好きです。でも、僕らがそのぬるま湯に浸かりきっていると、歌舞伎町の外に出た時に世間一般とはズレたダサい人間になりかねません。
歌舞伎町の中ではすごい有名人が、一歩外に出るととてもダサく見えるという現象を若い時から何度も見てきて、それってどうなのかなと思っていました。歌舞伎町の全部が変わる必要は無いけれど、ずっとこの街の中にいる人間として、少しは外のカルチャーや文化に触れられる場所が増えるといいなと思っていたんです。
僕自身は、20代前半から歌舞伎町に染まりきらないように意識して、住む場所もわざと青山や原宿を選んできました。歌舞伎町の中と外とで、カルチャーの温度差を感じられるようにするべきだと思ったんです。ただ、それって歌舞伎町の中では意味がないこと。
ここでは、ここの系譜だけ分かっていれば生きていけますから。でも、いずれ歌舞伎町から出て行きたい人だっているわけだから、外のカルチャーを感じることは必要です。
本屋を作っても、歌舞伎町の人がオープンと同時に集まってきて、本を買うなんてことは絶対無いと分かっていました。最後の一杯の代わりに、何だか分からないけどここに本があるから買って帰るか程度になればいい。3年後くらいに、出勤前に本をちょっと読みにくるホストやキャバ嬢が数人出てきたら嬉しいかな。
今後会社をどうしていきたいですか?
将来的に、みんなが楽しく生きていければいいと思います。楽しいというのは、自分自身もスタッフも生活が安定しているとか、家族を大事にできるとか、仕事にやりがいを感じられるとか、そういうこと。クオリティー・オブ・ライフが複合的に素晴らしいものになるのがベストです。
ただ、そうするにはスタッフも年を重ねていきますし、ある程度拡大路線を踏まなければならない。今スタッフは約200人で、これ以上大きくなるにしてもピラミッド型組織は難しい気がする。それより、並列の集合体みたいな組織の方が現実的です。
この本屋では、色んなイベントもやっているんですよ。新宿って、イベントスペースの「新宿ロフト」やライブハウスはあるけど、水商売の世界はそういうところとは壁があって、みんなあまり行きません。僕も最近までロフトに行ったことが無かったし。うちは(カルチャー色の強い)ゴールデン街にも店があるので、まずは少なくとも自社の中でホストとゴールデン街みたいな交流ができるようにしていって、徐々に外の風が入るようにして、ここがみんなのたまり場みたいになったら楽しいですね。
こちらの記事は2018年02月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
写真
池田 有輝
編集
海老原 光宏
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