連載Smartround Academia イベントレポート
「Storyなきセールスは失敗する」──『モチベーションクラウド』の立役者、麻野氏が語るB2Bスタートアップの営業立ち上げ必勝法
起業家と投資家の間に生じる情報の非対称性を解消し、イノベーターの成長を促進すべく誕生したのがスマートラウンド運営の『Smartround Academia』。
当コミュニティでは、CxOや資本政策に深く関わるVCらと共に、IPOを遂げたスタートアップにフォーカスを当て、創業からの資本政策の軌跡を各々の経験交えて披露してきた。
2022年初となった「Smartround Academia」は、過去最大規模となる豪華な4セッションで開催。第一部はインキュベイトファンド村田氏とALL STAR SAAS FUND前田ヒロ氏。第二部ではKnot, Inc.小林氏、Off Topic宮武氏、シニフィアン朝倉氏。そして第三部ではナレッジワーク麻野氏といった豪華メンツによるセクションの他、第四部では総勢27名の投資家が集結する交流セッションも開催された。
本記事では、2022年1月18日(木)に開催された本イベントの第三部をお伝えする。
- TEXT BY WAKANA UOKA
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
『モチベーションクラウド』の成功は“Story”によってもたらされた
第三部のテーマは「B2Bスタートアップの一番最初の営業の立ち上げ方」。登壇したのはナレッジワークCEOの麻野 耕司氏だ。麻野氏は新卒でリンクアンドモチベーションに入社し、17年勤務。後半では『モチベーションクラウド』という組織改善クラウドサービスを立ち上げ、責任者を務めた。この『モチベーションクラウド』はリリース僅か4年でARR20億円を突破。その後、2020年4月にナレッジワークを創業し、現在2回目の営業組織の立ち上げを行っているという。
そんな麻野氏は、「7つの“S”」が営業の秘訣だと語る。そのSとは“Story”、“Surprise”、“Scenario”、“Share”、“Score”、“Sympathy”、“Significant”のことだ。今回は、このうちB2Bスタートアップの立ち上げ期において特に重要な5つ、“Story”、“Surprise”、“Scenario”、“Share”、“Score”を取り上げた。
麻野氏結論から言います。1番大切なのは“Story”(以下、ストーリー)です。立ち上げ期は商品を使って何を顧客に伝えていくのかが定まっていない時期であり、これを定めていくことが何よりも重要。
ここでいうストーリーとは、顧客が抱いている理想、その実現に向けて抱えている課題、課題解決につながる価値や機能の繋がりを指しています。僕もこれまでの新規事業で失敗したものを振り返ると、この点を捉え違えていたなと感じています。
というのも、プロダクトを一生懸命つくっていると、どうしても「こんな機能があって」と説明し、顧客にプロダクト自体を買ってもらおうとしてしまうんですよね。しかし、顧客が求めているのは別にそのプロダクト自体ではありません。求めているのはあくまでストーリーなんです。
よく、マーケティングの世界では「ドリルじゃなく穴を買いたいんだ」と例えられますが、顧客は穴を開けたいわけではないんです。「穴を開けたい」と思っているのではなく、たとえば「理想の家をつくりたい」とか、「幸せに暮らすために家の中のレイアウトを変えたい」、「そのために穴を開けなきゃいけない」といった順序になるんですね。
この例でいうと、「家族みんなで幸せに暮らすための家をつくりたい」というのが理想。そこに対して「きれいに穴を開けたい」は価値。「じゃあ、その実現には穴を空けられるドリルがいりますよね」というのが機能。この一連の流れがストーリーです。このストーリーを売らないと、まずプロダクトは売れないでしょう。
冒頭からストーリーの重要性を披瀝する麻野氏。彼の主張を裏付けするかのように、プロダクトとして成功を収めた『モチベーションクラウド』もこのストーリーによって大躍進を遂げたそうだ。
麻野氏健康診断や従業員の満足度調査は何十年も前からあるもので、『モチベーションクラウド』はいわばそれがクラウドになっただけなんですよ。じゃあ、何にイノベーションが起きたのか。それはプロダクトじゃなくてセリング・ストーリーに革命を起こしたと思っています。
顧客はサービスがクラウドになったことには興味がありません。求められているのは組織施策の効果の最大化です。でも、なかなか最大化できない。なぜか。PDS(Plan / Do / See)が回っていないからです。
ではなぜPDSを回せていないのかというと、“物差し”がないからなんですね。体重計なしにダイエットが成功しないように、また模試なしに受験が成功しないように、何事も成功するには物差しによるPDSサイクルが必要なんです。
事業においては、PLなど何らかの数値による物差しがあります。しかし、組織においてはその物差しがなく、勘や経験に頼っている。それが『モチベーションクラウド』だと可視化できるし、クラウドサービスだから何度でも取得し放題ですと。「“See”はシステムで何度でも測定できますし、“Plan”が上手くいかないならコンサルタントがアドバイスしますし、“Do”のところはシステムで進捗管理ができる。だから導入した方がいいんですよね」という“Story”を売っていたんです。
「15秒で顧客を魅了せよ」
テレビCMから逆算して設計するサービス・ストーリー
こうしたストーリーをつくる際に役立つ方法として、麻野氏はテレビCMの絵コンテづくりを挙げた。ナレッジワークを創業してすぐに、麻野氏は絵コンテを作成したのだという。この言葉に、冨田氏は「まさか、サービスができる前からですか?」と驚きの声を上げた。
麻野氏サービスができる前です。テレビCMの尺はたった15秒です。この15秒間に顧客の課題や理想を示して、うちのサービスなら実現できますよとコンパクトに伝える必要がある。それがもし伝えられなかったとしたら、ストーリーが完成し切っていないということです。最初にここを磨くのがとても大事だなと思います。
あとは、商品の紹介資料をつくる際に、顧客に提示したい理想・課題・価値・機能というストーリーを整理しておくこと。これを説明すればどんな顧客にも刺さると思えるものができるまで、僕は何十回も資料を書き直しています。ビジネスリーダーとして、商品の紹介資料を磨き込むのは1番大切な役割といっても過言ではないでしょう。
もう1つは事例ですね。これはSalesforceの方々に教えてもらいました。事例紹介こそが顧客へのサクセススト―リーなわけです。顧客事例を語れるようになったら、顧客の中で理想や課題がリアリティを帯びて膨らんでいくので、単に商品紹介をするより高い確度で売れるようになります。7つの“S”のうち、“Story”の重要度だけで80%を占めると思っています。
2つ目の“S”は“Surprise”(以下、サプライズ)だ。顧客とのMTGでいかに自社のサービス紹介ができるようになっても、そこから具体的な商談機会に繋がらなければ意味がない。そこで必要となるのがサプライズだと麻野氏は言う。
麻野氏今の時代は顧客に“発見”を与えられるセールスパーソンが求められています。製品情報はインターネットに載っているから見ればわかる。そのため、もう一段踏み込んだコアな情報やデータこそセールスパーソンが持っておくべきです。ホワイトペーパーやウェビナーにその情報を持たせて代替しても良いでしょう。
事実、麻野氏が取締役を担っていたリンクアンドモチベーションでは、業界毎の各営業フェーズにおいて顧客がどんな課題や懸念を抱えているのかを可視化したドキュメントが用意されている。それによって新卒でも経営者相手に示唆出しができるといった体制を構築していたのだ。
「顧客はクロージングなど求めていない」。
言葉で分かる失敗するセールスの特徴
そして3つ目の“S”は“Scenario”(以下、シナリオ)だ。
麻野氏ここも僕は以前までまったくわかっていなかったところです。顧客にとって最高の提案をつくるのが営業の仕事だと思っていたんですね。しかし、Salesforceからそうではないと教わった。要は、顧客は何らかの購買検討をするとなったら、情報収集して、課題設定して、比較検討して、というように、点ではなく線で意思決定するわけです。そのため、一度きりの機会でおこなう一発提案ではその流れには乗れないんです。
ここでいうシナリオとは、顧客の今の状態をあらわす「フェーズ」、顧客が購買までに辿る一連の「ステップ」、そして顧客がそのステップを次に進める上で必要となる「ファクター」といった3つの概念で分けています。
そしてここで重要なのは、目線をクライアント側に移すこと。Salesforceでは営業フェーズを「課題の合意」「価値の合意」「契約の合意」という顧客側の言葉でもって整理しています。
一般的な営業においては「初回提案」「クロージング」などといった言葉でフェーズが区切られますが、顧客からしたら提案されるフェーズ、クロージングされるフェーズなど知ったことではありませんからね。この意識が顧客目線ではなく自社の営業目線になると、顧客をないがしろにしたやりとりになってしまうんです。
麻野氏その他こまかい点で言うと、各フェーズにおいて話すべき内容の時間配分まで設計しています。例えば、「商談最後にネクストアクションを決める時間が短いな」と。「通常10分でまとめられる営業はいませんから、20分くらいあった方がいいよね」「じゃあ前の説明が長すぎるよね」と。型があるとこうやって進化させていけます。僕の場合は、各フェーズにおいて何をどれくらい話すかをハンドブックにまとめて共有していました。
続く4つ目の“S”は“Share”(以下、シェア)だ。ここからは、メンバーが5人〜10人を超えてきた規模のスタートアップが対象となる。麻野氏によると、5人以下の規模では“Story”、“Surprise”、“Scenario”までができていればOKだという。
麻野氏高い成果を上げる一部のセールスパーソンに依存するやり方を是とする姿勢は根強いんですが、新規でビジネスを立ち上げる際においては不要。B2Bの立ち上げ期におけるセールスマネージャーは武勇伝を語ったり背中を見せたりするのではなく、サービスや提供価値を資料に落とし込むことこそが役割です。
僕は『モチベーションクラウド』に携わっていたとき、人を育てようとして苦しんだことがあります。そこで途中から考え方を変え、人ではなく“資料を育てる”ことにしたんです。具体的には顧客の理想や課題について深く掘り下げたドキュメントを追加したり、自社の提供価値についてブラッシュアップしたり。このようにして“資料が育つ”と、自然とそれを使う側の人の視座やマインドも高まっていくんです。
“資料で人が育つ”。麻野氏ならではの独特な見解に参加者も惹き込まれるなか、最後となる5つ目の“S”が語られた。それは“Score”(以下、スコア)。数値化を意味するこの概念に対し、麻野氏は再度Salesforceの名を出し次のように述べた。
麻野氏前職では、『Salesforce』を導入することでそれまでは意識や取得することのなかった数字データを得ることができました。勘や経験は外れることがありますが、数字は嘘をつきません。営業プロセスのデータを見ていると顧客の声が聞こえてくるんです。特にやるべきだと思っているのは受注・失注理由の分析ですね。
失注するときには4つの不、“不信”、“不要”、“不適”、“不急”があり、どこでつまづいているのかを理解することで、次に何をやるべきかが見えてきます。例えば、「今じゃなくていい」と思われているならクロージング用の資料をブラッシュアップしないと、とかですね。こうしたことを、僕はSalesforceから教えてもらいました。
ストーリーというウェットなコミュニケーションを取りつつも、営業上のデータはロジカルにくまなく数値化する。こうした主観と客観の双方を駆使したセールスがB2Bスタートアップの立ち上げにおいて重要だと麻野氏は示してくれた。しかし、これはもはや事業を立ち上げたばかりの起業家だけでなく、すべてのセールスパーソンにとっても明日に活かせるノウハウとなったのではないだろうか。
今後も開催!
27名の投資家と壁打ちセッションで事業を磨け
そして最後の第4部はオンライン壁打ち会。27社の投資家が集まり、ブレイクアウトルームで参加者の起業家との壁打ちが行われた。FastGrowでもお馴染みのXTech Venturesを筆頭に、過去イベント登壇実績もあるグロービス・キャピタル・パートナーズ、ジェネシア・ベンチャーズ、サイバーエージェント・キャピタル、ANOBAKAなど、多様な投資フェーズや領域のVCとの壁打ちは参加者にとって有意義な時間となったことだろう。1月初開催で好評だった壁打ちイベントはすでに第3弾まで開催済み。第2弾以降は、バーチャル空間oVice(オヴィス)で開催。今後も定期的に開催する。
合計4時間と長時間に渡って開催された『Smartround Academia2022』。参加者からの質問も積極的に寄せられ、大盛況の盛り上がりをみせた。なお、本イベントは今回のみの単発イベントではなく、今後も実施を予定している。参加希望の起業家は、次回開催の情報をこまめにチェックしておこう。
【6/16開催】Smartround Academia特別編『スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス』解説
こちらの記事は2022年05月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
卯岡 若菜
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
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