「なぜウチの広告が反社の利益に…」──事業家の願いを食い物にするアドフラウドとは?サイバーセキュリティ・スタートアップ、Spider Labsの大月氏が警鐘を鳴らす

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インタビュイー
大月 聡子
  • 株式会社Spider Labs CEO 

2011年大学院物理学専攻を卒業、同年4月に創業し代表取締役CEOに就任。受託開発事業からスタートし、2017年に独自のサービスであるAI搭載アドフラウド対策ツール「Spider AF」をリリース。2021年9月には総額5.5億円の第三者割当増資をシリーズBラウンドにて実施し、グローバル展開を含めた事業拡大を牽引し、現在はポルトガル リスボンオフィスにて国外支社の立ち上げに従事。プライベートでは3児のママとして奮闘中。

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海外に行ったことがある人なら、日本の接客サービスのクオリティや治安の良さ、または公共施設の綺麗さ・清潔さが身に染みて分かることだろう。2020年からコロナ禍の影響を受けているとはいえ、観光立国として不動の地位を築いていることは間違いない。

しかし、経済に関してはどうだろう。アメリカや中国に差を付けられるだけに留まらず、最近ではアジア新興国の台頭もあり、世界市場で影を潜めているといっても過言ではない。

そのビハインドを巻き返すかのごとく、日々さまざまなベンチャー/スタートアップ企業が誕生し、「日本を元気に」と活躍している。しかし、グローバル社会の今、国内だけでシェアを取ることに果たして意味はあるのだろうか。本当の意味で日本を盛り上げていくためには、外貨を稼ぐ必要があるのではないか。

今回話を聞いたSpider Labsは、昨秋に5.5億円の資金調達をシリーズBにて実施したばかりのスタートアップ。東京とポルトガルに拠点を置き、社員の4割が外国籍。世界に向けたビジネスを手掛ける文字通りのグローバル企業だ。

同社の事業ドメインはサイバーセキュリティ。「アドフラウド」と呼ばれる不正な手法で広告のインプレッション、クリック、コンバージョンを稼ぎ、広告報酬を搾取する行為を取り締まる。まさにデジタル広告における治安維持の役割を担っているのだ。

このアドフラウド、実は読者が手掛けるビジネスにも大いに関係している。今やデジタル広告は事業を伸ばす上で必須のマーケティング施策であることは言うまでもないが、実はその出稿費全体のうち、10~20%が広告詐欺や不正アクセスによって消化されているという事実をご存知だろうか?

自分たちのサービスが不正なメディアに掲載されていたり、広告費が不正に消化されている状況を、経営者、事業家である読者は黙って見過ごせるのだろうか。そんな貴重な広告費を守るSpider LabsのCEO大月 聡子氏に、アドフラウドの脅威と、サイバーセキュリティが持つグローバルな可能性について語ってもらった。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「なぜ、こんなところにあの広告が…?」
その現象こそがアドフラウド

2021年12月、海賊版サイト「漫画村」をほう助したとして、広告代理店に賠償判決が下された。

他人のコンテンツを無断掲載するサイト上で、不正な広告出稿を行っていたのだ。これは氷山の一角であり、読者もネットサーフィンをするなかで、「なぜ、この広告がこのサイトに?」と違和感を覚えた経験もあるだろう。

他にも、サイト運営者や関係者が自ら広告をクリック、コンバージョンして不正に広告報酬を稼ぐケースなどもあるという。

こうしたアドフラウドは、一般的には広告主も広告代理店もあずかり知らないところで行われていることが殆どなのだという。

Spider Labs 代表取締役 大月 聡子氏

大月氏元々、アドフラウドには「誰が対策するのか」といった問題があります。広告主は、広告代理店が対策をしているものと思っている。そしてその広告代理店はというと、広告事業者が対策してくれているものだと信じているんですね。

しかし、広告事業者の対策内容は公式に明かされてはいません。そのため、自分たちが出した広告が適切に掲載されているのかどうかを判断するのは、非常に難しい状況にあるんです。

そもそも、アドフラウドはなぜ行われるのだろうか。その背景には、反社会的な勢力がいることも無視できないと大月氏はいう。

大月氏反社会的勢力がアドフラウド専用のサイトを構築し、そこに広告枠を設置します。その広告枠に対して、広告主の知らぬ間に出稿を促すことで、そこからサイト運営者として広告収益をあげるわけです。

このような悪質なアドフラウドにむけて対策を講じないということは、自社のブランドイメージを損なうリスク、広告効率の悪化だけではなく、巡り巡って私たちの生活を脅かすことにもつながります。アドフラウドは、デジタル化社会となった今、国も問題視している課題なんです。

しかし、口で言うほどアドフラウド対策は容易ではない。無数にあるインターネットメディアのなか、こうした悪質な手口を仕掛ける業者があまりにも多いため、人力でチェック、対策を施すには限界があるのだ。

そこで『Spider AF』は、大月氏たちの武器であるテックと、受託開発で培ってきたアドテクの知見を活かして開発された。

このプロダクトは、導入すると自動で無駄な広告費及びその配信先を検知、ブロックすることが可能となる。ユーザー側の手間は至ってシンプルで、『Spider AF』独自の解析タグを発行し、広告配信ページに埋め込むだけ。そこから『Spider AF』がインプレッション、クリック、コンバージョン、イベントなどのデータログを分析することで、広告不正を検知。広告不正の兆候を分析し、AIを使ってトラフィックごとにスコアリングしていく仕組みだ。

自社プロダクトをインターネット広告で露出することが常套手段となっている昨今、このサービスは多くの事業家を手助けするものとなるだろう。事実、その価値を実感し、青山商事やSansan、リクルートといった著名企業らが既に導入、活用している。

大月氏世界広告主連盟WFA(World Federation of Advertisers)によると、アドフラウドによる被害総額は、2025年までに約500億ドル(約5兆4,188億円)まで増加すると予測されています。2018年の被害総額が約2兆円とされていますから、インターネット広告市場の成長と共に、アドフラウドによる被害も急増していることがわかります。

情報があふれる現代において、経営者や事業家は自社の想いや可能性を懸けてインターネット広告を出稿しているんです。その思いをつぶして不正な利益を得ようとするのは許せない。

私たちは「Building a safer and happier future with automation(自動化で安全で幸せな未来を築く)」をミッションに掲げ、『Spider AF』を国内外に広めていきます。

目指すは「The best anti fraud company ever(史上最高のアンチフラウドカンパニー)」なんです。

取材中、終始にこやかに語る大月氏だが、この瞬間は経営者としての鋭い眼差しをのぞかせた。その覚悟の象徴として、同社はデジタル広告業界への信頼を高める世界最高水準の認証機関「Trustworthy Accountability Group(TAG)」の不正防止部門から、日本及びAPACで初めて認証を取得しているということも記しておこう。

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「研究員?国の補助もらって文句言うな」の一言がトリガーとなり起業

先述した通り、Spider Labsはアドフラウドを解析し、ブロックしていくサービス『Spider AF』を提供している。創業者である大月氏は、元は原子物理実験を専攻していた研究員。そんなバックボーンを持つ大月氏がこの領域で挑戦しようと思ったのは、なぜなのだろうか。

大月氏院生時代に、ちょうど政治による事業仕分けが行われたんです。私たち研究員もその影響を受け、教授になる前段階の先輩たちが仕分けの対象となるのを間近で見て、憤りや危機感を覚えていました。

そんなあるとき、仲間とのお酒の席で「物理は日本が唯一ノーベル賞を目指せる領域なのに、ひどい!」と不満を話していたら、社会に出て働いている友人から「そんな不満を言っているけど、君たち研究員は基本的には好きなことをやって国から資金援助を得られているんだから、いいじゃないか」と言われたんですよね。

お酒の勢いもあって、「そんなこと言うなら、1円でもいいから自分の力で稼いでやる!」と思い立ち、同じ研究室や別の研究室の人たちと会社を立ち上げたんです。

半ば勢いでの創業。立ち上げメンバーは物理系の研究所出身者で、ビジネス経験がある者はいなかった。さらには、そのメンバーを正社員雇用してのスタートだったということからも、当時の学生ならではの無謀さの一端がうかがえるのではないだろうか。

大月氏請求書を出さないと入金されないとか、「名刺って何?」とか、「なんで印鑑が何個もあるの?」とか、本当にそんなレベルから始まった会社でした(笑)。もちろん、市場調査なんかも知りませんでしたね。

ただ、物理研究者は研究の都合上、PCを使ってプログラミングを行うことが日常茶飯事。なので、おのずとテックには強くなります。我々の場合、起業スタートから基本的なプログラミングスキルが備わっていたため、そこを活かして受託開発から始めたんです。

そんななか、しばらく受託開発を手掛けていると、同世代のベンチャー企業が自社サービスのリリースを出していることに羨ましさを覚えるようになりました。なので、「自分たちでもなにか自社サービスをつくってみよう」と試みたんです。ただ、マーケティング感覚なく自分たちがつくりたいものをつくっていたので、世に出しても失敗続き。恐らく5~7個くらいは失敗したと思います(笑)。それでもめげずに続けられたのは、私一人の会社ではなく、正社員として関わってくれている仲間がいたからでしょうね。

そんな同社が『Spider AF』をリリースしたのは創業から6年後の2017年。きっかけは、顧客の「やってみれば?」の一言。

大月氏一時期、アドテク周りの開発案件を頂くことが多々ありまして、そこで自然と界隈の知見が溜まっていき、詳しくなったんです。

そこで知人から「やってみたら」と言われたことで、素直に「じゃあ、やってみよう」と動けた。当時からアドテク領域のニーズは感じていましたが、いかんせん自分たちで市場調査をしてサービスをつくるという頭がなかったものですから、アドバイスを受けなければサービス化しようとは思えなかったかもしれません。

この『Spider AF』は見事マーケットのニーズを捉え、リリース後またたく間に飛躍。大月氏率いるSpider Labsの大きな転換点となったのだ。

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広告プラットフォーマー自身も導入する『Spider AF』の強み

Spider Labsが取り組む課題の重要性やミッションについては、前段までで理解してもらえただろう。しかし、それほど重要でニーズのある領域となれば、おのずと競合も多くなるのではないか。Spider Labsならではの強みは、一体どこにあるのだろうか。

大月氏まず、ユーザー企業様にとってのコストパフォーマンスが大きく異なります。

『Spider AF』は汎用性の高いSaaSプロダクトであるため、安価で導入する際のハードルが低いです。GoogleやYahoo!といった広告事業者とカバレッジを利かせ、自動でアドフラウドをブロックしていくことにフォーカスしています。

一方で、他社様はデータサイエンティストなどのコンサルタントがコンサルティングサービスを提供する場合が多く、人件費として少なくないチャージがかかります。そこのコストがユーザー企業様にとって負担になるのではと考えています。

大月氏国内にも競合が1社いますが、その会社もコンサルティングサービスを提供するタイプなので、そもそもコンペになること自体が少なく、棲み分けできていると認識しています。

競合とは強みを異にしているため、バッティングしないことはわかった。しかし、インターネット広告という世界で1番力を持っているのはGoogleやYahoo!といったプラットフォーム。これらの企業と連携していることが強みだと大月氏は言ったが、そもそもプラットフォームがアドフラウド対策を強化し始めたら、『Spider AF』が用済みになってしまう恐れはないのだろうか。

大月氏100%ないとは断言できません。しかし、私たちがGoogleやYahoo!に対して協力できる側面は強いと考えています。Spider Labsにとって、GoogleやYahoo!はビジネスパートナーですから、一緒に健全な広告環境をつくっていきたいというのが当社としての想いですね。

とはいえ、頂いた懸念の通り、プラットフォームに依存している部分があることは否めません。その点におけるリスクも十分わかっていますので、もしプラットフォーム側でアドフラウドのすべてを仕切り始めたら、それはそのときですよね。

ある意味でそこまでの存在に私たちが成長したと言えるかもしれませんし、その際はこれまで培った知見で新たな事業を立ち上げていけると思っています。

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「グローバル」×「CxO」を志向するなら今のSpider Labsは空席だ

『Spider AF』のリリースまでは苦労続きだった同社だが、リリース後の順調さはここまで述べた通り。大月氏も、会社の存続を危惧するような不安や壁を感じることはなかったと振り返る。

強いてあげるならば、順調に組織が拡大していくなかで、2021年は「人」の問題にぶつかった1年だったという。それはグローバル企業ならではの組織調整の難しさや、ベンチャー/スタートアップだからこその採用の悩みだ。

各メンバーには事業に向き合ってもらうなか、こうした課題に対しては大月氏自身が奔走。「今が一番大変かもしれない」と苦笑する。その上で、同社が求める人材について、彼女は次のように語った。

大月氏チームをまとめ、事業をドライブできるシニアクラスの方を強く求めています。人が増えてきたことにより、ある程度ミドル層を増やさないと回らなくなってきていまして。

具体的にあげるとCROを担える方。CSや営業の取り組み全般に責任を持って事業を推進できる方を求めています。あとはCFOなども。もちろん入社時点でのアドテク周りの知見は問いません。それこそ、海外支社におけるカントリーマネジャーだと現地でのビジネス・居住経験が活かせるといったように、ポジションによって求められるポイントは異なります。

大月氏ちなみに、今あげたような当社の役職者に就くには英語スキルが必須です。若手メンバークラスでしたら入社時の英語スキルは問いませんが、既に全社MTGにおいては英語で行っています。と言うとハードル高く感じられるかもしれませんが、全社MTGでは翻訳機を導入していますし、社内に英語ネイティブからレッスンを受けられる環境も用意しているので、努力できる方ならウェルカムです。

その他に求めているのは、会社のブレインを担える人ですね。私自身、まだまだビジョンを行動に落とし込めていない部分がありますし、先々のことといっても3年先くらいまでしか考えられていないんです。

ただもちろん、「サイバーセキュリティ領域においてグローバルNo.1を目指す」ということはブレていませんので、会社の成長戦略から一緒に考えられる仲間に来てもらえると嬉しいです。

同社の人材育成にかける姿勢を表す一例として、マネジャーやシニア職以上のメンバーにはグロービスに通ってもらっているそうだ。こちらは主に日本語ネイティブのメンバー向けとのことだが、今後は英語ネイティブのメンバーにもINSEADなどの海外ビジネススクールで学ぶ機会を提供する予定。このように経営幹部の育成には力を入れているものの、それでも会社の成長スピードに対して組織拡張が追いついていない状況なのだ。

そして最後に、大月氏にはSpider Labsの社風についても特徴を聞いてみた。すると、「『外資系だと思っていた!』と言われることが多いんです」とのコメント。そんなSpider Labsを表すキーワードとして、「多様性」「ポジティブ思考」「コミットメント」の3つが挙げられた。

大月氏「多様性」において大切なことは、公平性を担保すること。Spider Labsは性別や国籍問わず大歓迎なんですが、さまざまな人がいれば、物事の判断が公平なのかどうかという疑問がしばしば出てきます。

大月氏実際、「日本人の方が給与が高いんですか?」「マネージャー層は日本人が多いんですか?」といったことを聞かれることがあるんです。この不公平感の是正も含めた多様性がSpider Labsを表すキーワードです。

英語ネイティブの方からすると、代表が日本人で本社は東京となると、どうしても日本人メンバーの方に役職や権限がいきがちと思われるのかもしれません。しかしそんなことはなく、現在CMOはオーストラリア人ですし、今後もCxOやマネジャー職においても国籍問わずチャンスを提供していきます。

事実、大月氏は現在ポルトガルオフィスでの活動を中心としており、日本のマネジメントからは離れているのだ。こうしたことからも同社のフラットな社風が見てとれる。

大月氏また、「ポジティブ思考」はスタートアップのあるあるかなと思います。しょっちゅう壁に当たるなかですべてをネガティブに捉えるのではなく、起きている事象が事業成長にとって良いものか悪いものかを分析して対応できる姿勢が必要ですね。

最後の「コミットメント」も、どこの会社でも共通することじゃないかなと思います。ただ、もしかするとコミットメントという言葉をよく使うから外資っぽいと思われるのかもしれませんね(笑)。とはいえ、私含め社内全体で忖度なく物事を言い合える環境は、ハマる人にはハマるかもしれません。

一通りのインタビューを終え、読者へのメッセージを求めると、大月氏は「みんなの力を借りて、経営者や起業家の事業成長を守り、グローバルでトップを獲りにいきましょう」とはにかみながら答えてくれた。

「いや、ゆるい感じだな……もっとこう『付いてこい!』的な方がいいかな…」と苦笑する大月氏が頂を目指す想いは、物腰の柔らかさとは相反し熱い。「今ならやりたいことがやれるフェーズ」だというSpider Labs。共にグローバルの頂に上りたい人には、ぴったりのスタートアップ企業だ。

こちらの記事は2022年01月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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