音楽スタートアップの“勝ち筋”を探る──「Techstars Music」投資先まとめ
アメリカトップクラスのアクセラレーターTechstars, LLC(テックスターズ)が運営する音楽特化プログラム「Techstars Music」。日本からエイベックスが参画したことでも注目を集めている。
音楽業界は、ビジネスとしてスケールさせることが難しい側面もある。ストリーミング配信サービスを運営するSpotifyが上場を果たした一方で、SoundCloudは経営難が危ぶまれるなど、その勝ち筋は見えにくい。
Techstars Musicは音楽業界の課題解決、新規ビジネスの開発支援を目的としている。彼らの動きを探ることで、勝ち筋の糸口をつかめるはずだ。本記事では、同プログラムの投資先11社を傾向別に紹介し、世界の音楽スタートアップのトレンドを探っていく。
- TEXT BY AZUSA IGETA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
顔認証からウェアラブルデバイスまで。ライブビジネス支援サービスに勢い
世界的に音楽ライブ市場の活況が続いている。同プログラムにも、ライブビジネスを主軸とした5社のスタートアップが参加した。
この市場で長年の問題となっているのが、ダフ屋や高額転売などの違法行為。スペインのHellotickets(ハローチケッツ)は、購入情報をブロックチェーン技術で管理し、セキュリティ性の高い電子チケット発券サービスを提供している。
一方で、興行側の収益を高める取り組みも見られる。どんなライブが人気を集めているのか、どこで開催すれば安定した動員が見込めるのか。ライブの主催者側は、こうした情報を常に必要としている。カナダのRobin(ロビン)は、ファンに代わってチケットを予約するコンシェルジュでありながら、アーティストやライブ主催者に対して、リアルタイムでマーケティングデータを提供している。アメリカのオンラインチケットサービスSeated(シーテッド)も同様に、購買者のデータを収集。主催者はそのデータを活用して収益性を高めていける。
ライブ会場での体験価値を向上させるサービスもある。アメリカのBlink Identity(ブリンク・アイデンティティ)は、軍事レベルの顔認証技術を持つ企業。参加者の顔を識別できるシステムを開発している。商品化に至ってはいないものの、もし本システムがライブ会場に導入された場合、チケットは不要な上にドリンクの購入も顔認証で行えるので、会場内での盗難リスクも軽減される。
アメリカのHurdl(ハードル)が開発するリストバンド型のウェアラブルデバイスは、アーティストとファンの双方向コミュニケーションを実現させる。ライブの最中にアーティストからファンへアンケートを採ったり、ファンからアーティストへ質問を投げかけたりできるのだ。
日本の市場も、拡大の一途をたどっている。ライブ・エンタテインメント調査委員会が発表した調査によれば、市場規模は過去最高の5,138億円と推計されている。ライブビジネスに取り組むスタートアップの需要は、日本でも確実に高まっていくだろう。
「真のヒットソング」を調査する、次世代型のマーケティングサービスも
音楽流通の仕組みが変化したことで、従来のヒットチャートは最適なマーケティングツールではなくなった。ストリーミングサービスやYouTubeなど、音楽の配信先が多様化したことで、CDの売り上げ枚数やダウンロード数だけでは音楽の流通量が測れなくなったからだ。「どんな人が、どこで、どんな曲を聴いているのか」を知る方法も、時代に最適化させていく必要がある。
世界中の視聴データから人気楽曲を分析しているのは、フランスのSoundcharts(サウンドチャーツ)。Spotifyのプレイリストや、世界中のラジオでどんな曲が再生されているのかをリアルタイムで分析し、ビッグデータを企業に提供している。
また、日本から唯一参加しているEdison.ai(エジソン・エーアイ)は、人工知能・画像解析技術を用いた消費者行動分析システムを開発。InstagramやTwitterの投稿から、クライアントの製品が写っている画像を集め、そこに写っている人の属性や、撮影場所などを分析できる。具体的な活用方法は発表されていないものの、世の中で関心が高まっているアーティストや音楽について、詳細に調べられる可能性が高い。
音楽をデジタルデータとして享受できるようになり、配信チャネルが無数にあるからこそ、より正確にリスナーからの人気を反映できるマーケティングデータが求められている。変化する音楽の消費行動を理解した上で、それらを可視化することは、業界の活性化にもつながるだろう。
注目のAI創作ツール。作曲、作詞、ミックス制作まで
あらゆる業界でAIの活用が進んでいるが、音楽においては創作支援サービスへの参入が最も多い。
2017年に行われた第1回Techstars Musicプログラムで大きな話題を呼んだのが、アメリカのAmper Music(アンパー・ミュージック)。世界初のAI作曲システムを開発したことで注目を集め、創業者のドリュー・シルヴァースタインは今年のフォーブスの「30アンダー30:音楽部門」にも選出された。
オーストラリアのPopGun(ポップガン)やアメリカのSecondBrain(セコンドブレイン)も同様に、AI作曲ツールを手がけている。さらにSecondBrainはラッパー向けの歌詞創作支援ツールも開発しており、楽曲の創作環境はますます進化している。
シチュエーションやテーマに沿った複数の曲をつなぎ、1つの曲を生成するDJのミックスプレイ。専門技術とセンスが問われるが、この支援AIシステムも登場している。アメリカのSpark.dj(スパーク・DJ)は、アーティストやジャンルを選択するだけで、AIがオリジナルミックスを再生してくれる。スウェーデンのPacemaker(ピースメーカー)は、iPhoneとSpotifyを連動させることで、AIが自動でミックスしてくれるアプリを開発し、より手軽なDJ体験を可能にする。
SNSの登場で、誰でも公の場で作品を発表できるようになった。「国民総クリエイター時代」において、クリエイティブ支援ツールは、今後もニーズが高まるはずだ。一方で、「AI作曲家」ができることへの疑問を持つ人もいるだろう。人間の創作活動との折り合いをつけ、AIによる創作価値を明確にしていくことが課題となりそうだ。
音楽体験の価値向上に貢献する、toC向けサービスも多数
音楽ビジネスを支えるのは、音楽好きのユーザーだ。市場を盛り上げていくためには、彼らの視聴体験を向上させることも必要不可欠である。
スマホひとつで音楽が持ち運べるようになったとはいえ、ネット環境がない場所ではストリーミングサービスは利用できない。さらに体を激しく動かすスポーツには、スマホすら邪魔になることもあるだろう。
そんな問題を解消するのがアメリカのMighty Audio(マイティ・オーディオ)だ。彼らが開発したのは「Spotify向けiPod シャッフル」とも呼ばれる、わずか17gの携帯音楽プレイヤー。ネット接続もスマホもいらずにSpotifyの音楽が楽しめる。現在65カ国で3万人以上に利用されており、エイベックスの第1号出資先としても、注目を集めている。
手軽に音楽を聴けるようになって、次に求められているのは「パーソナライズされた音楽体験」ではないだろうか。Googleマップの生みの親として知られるLars Rasmussen(ラーズ・ラスムーセン)らが共同創業したWeav Music(ウィーブ・ミュージック)は、人の動きに合わせ、楽曲のテンポを調整できるランニング用アプリ「Weav Run」を開発。
オンタイムとオフタイムで選ぶBGMが変わるように、人はそのときの気分や環境によって心地良いと感じる音楽が違う。ドイツのEndel(エンデル)は、個人の予定や心拍数、天候などのあらゆるデータから、その瞬間に最適な音楽を生成してくれるアプリを開発している。現在商品化には至っていないが、年内のリリースを予定しているそうだ。
音楽の楽しみ方は、視聴に限らない。制作を楽しむ人向けに開発されたのはハンガリーのSuperpowered(スーパーパワード)だ。このプラットフォームは、作曲家の快適な創作活動をサポートする。オーディオプレイヤー、ストリーミング、音楽データの暗号化、音の分析、3Dオーディオへの変換など多彩な機能が搭載され、PCだけでなくスマホからも操作できる。
他にも、メタルミュージックに特化した、アメリカの音楽配信プラットフォームGimme Radio(ギミー・ラジオ)や、手軽にポッドキャストで音楽コンテンツを配信できるプラットフォームPippa(ピッパ)、ファンとアーティストの交流ができるソーシャルプラットフォームShimmurなど、内容は違えどユーザーの音楽体験を豊かにするサービスが複数見受けられた。
音楽業界を前進させるのは、普遍的な“音楽の価値”に目を向ける視点
これまで挙げた以外にも、ブロックチェーン技術でコンテンツの所有権を管理するJaak(ジャーク)や、AIによってブランドのクロスプロモーションを支援するSyncSpot(シンクスポット)など、ユニークなスタートアップが見られた。
従来は「コンテンツをいかに流通させるか」がビジネスの主流だった音楽市場。しかし、Techstars Musicの投資先を見ると、その定義はライブビジネス、ファンビジネス、パーソナライズされたレコメンデーション、それに付随するマーケティングなど、急速に多様化していることがわかる。
CDを“買う”時代からストリーミング配信で“持ち歩く”時代となり、音楽は“所有するもの”ではなく“アクセスするもの”になった。日本では「CDが売れない」という声が未だに聞こえ、業界の衰退を危ぶむ声も少なくない。
ただ、音楽の楽しみ方が変化しただけで、「音楽の本質的な価値」は衰えていないように思う。人びとを高揚させ、勇気づけ、ときには傷ついた心を癒す。人の心を大きく揺さぶることができる音楽は、決してなくならない。今後は、音楽の価値に改めて向き合い、その楽しみ方を提案していく姿勢が求められているのではないだろうか。
こちらの記事は2018年10月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
井下田 梓
ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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