ツクルバの上場を、創業者と共に支えた男。
リクルートグループの急成長、バブル崩壊、そしてリーマンショックを経験した社外取締役・高野慎一
2019年7月31日、「場の発明」をミッションに掲げ、リノベーション住宅の流通プラットフォームである「cowcamo(カウカモ)」などを展開する株式会社ツクルバが、東京証券取引所マザーズに新規上場を果たした。
CEO村上浩輝氏やCCO中村真広氏は創業時から「人の寿命を超えて社会に価値を創出し続ける会社をつくる」とビジョンを公言してきた。代表2人がつくりだしたデザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた「場のデザイン」という革新的で柔軟な事業が、非連続的な成長と上場を導いたことは疑いない。
その躍進の裏に、1人の男の存在があったことを知っているだろうか。
高野慎一、61歳。ツクルバ共同代表の2人は、“三足の草鞋”を履きながらツクルバの社外取締役を務める彼に絶大な信頼を寄せている。彼はいったい何者なのか──。
新卒で株式会社リクルートに入社後、株式会社リクルートコスモス(2006年にコスモスイニシアに称号変更)の創業期のコーポレート部門を牽引し、上場に導いた。その後の急成長、そして、昭和史に残るリクルート事件、バブル崩壊、リーマンショックの地獄を生き抜き、その都度再生の一翼を担った男でもある。
波乱万丈のキャリアを歩んだ高野氏。「『心理的安全』は数十年以上前から考慮されていた」「スタートアップの30人の壁、120人の壁は“愛”で乗り越える」と語る彼の至言を紐解く過程で、スタートアップにおける社外取締役の重要性も浮き彫りになった。
- TEXT BY ISSEI TANAKA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
リクルート創業者のもとでキャリアをスタート、歴史の転換点に立ち会う
高野入社3年目には江副さんのスピーチ原稿を書いていました。まあ、江副さんは、結局メモを一切見ずに話されていましたけどね(笑)。
朗らかに笑いながら、リクルート創業者・江副浩正氏との過去について高野氏は振り返る。彼のファーストキャリアは、創業20年、今でいうメガベンチャーに移行しようという時期のリクルートだった。
新卒社員時代は人事採用を担当し、入社半年後には仙台拠点に赴いて地方採用の立ち上げを担い最優秀拠点賞を獲得。その後、江副氏の直下で広報を担当。リクルートで順調に活躍する高野氏の運命を変えたのは、江副氏の一言だった。
高野「これからは不動産と金融の時代だ」…江副さんはそうおっしゃいました。社内の誰も真意が分からないままでしたが、今思えば、江副さんが言っていたのは、その十数年後に世の中に登場する「不動産投資ファンド」だった。そして私も、リクルートの保有不動産を扱う関連会社へ出向することになったのです。
その会社こそ、日本史上初の親会社未上場・子会社上場と言われるリクルートコスモスであった。1984年当時は、本社からの出向社員が40名のみ。当時26歳だった高野氏らは上場に向けて管理部門をゼロから立ち上げた。
毎日のように奔走する高野氏らの貢献もあり、1986年10月、リクルートコスモスはついに上場を果たし、その後不動産事業は急成長を遂げる。当時のリクルートの平均年齢は26歳。高野氏は、27歳の若さで課長に任命される。しかし、順風満帆とはいかなかった。
高野その後、リクルートコスモスはマンション供給戸数で業界2位にまでなりますが、1988年にはリクルート事件、1991年にはバブル崩壊、2008年にはリーマンショックに見舞われます。それぞれ自分が課長、支店長、執行役員を務めていたときでした。天国も見たが、地獄も見ました。そのときそのときの立場に応じて、瀕死の会社の復活のための役割と責任を果たそうと必死でした。
バブル崩壊後、リクルートコスモスは再びマンションディベロッパー業界2位に復活した。その中で高野氏は責任者として、赤字に陥っていた賃貸住宅事業を黒字転換に導く。リクルートコスモスは栄光を取り戻し、高野氏は執行役員にも就任した。次に起きたリーマンショックに際しては、高野氏は日本初の「事業再生ADR」(訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続。出典:事業再生実務家協会)を実行。
そうした「天国と地獄」を駆け抜けた後の2010年、高野氏はキャリアチェンジを決断する。リクルートコスモスが生き残ったことを見届けた彼が選んだ道は、新天地だった。
リクルート江副浩正氏に学んだ「個をあるがままに生かす文化」の重要性
高野28年間働いたリクルートグループを退社することを決めました。次はどうせなら、リクルートとは正反対の会社に入社して学びたいと思いました。
2010年、創業120年の法令出版の老舗・株式会社ぎょうせいにジョインした高野氏。同社は日本の地方自治を支える企業だが、2000年頃からの市町村合併による市場の縮小により、減収減益を繰り返していた。高野氏はここでも、どん底の状態から見事なV字回復に貢献する。
現在、高野氏はぎょうせいを後にし、日本交通株式会社の常務取締役、JapanTaxi株式会社の人事総務部長、ツクルバの社外取締役を務める“三足の草鞋”で働いている。
想像のできない底辺と眩いほどの栄光を経験した高野氏の活躍を支えたのは、リクルートで学んだことだった。江副浩正氏の直下で働き、不動産投資ファンドやクラウドサービスの原型ともいえる事業を、数十年以上前に作り上げる「驚異的な先見力」を目の当たりにした。とはいえその先見力は、江副氏の凄さの一部に過ぎないと言う。
高野江副さんの本当の凄さは、リクルートの文化をつくったこと。リクルートのOBやOGの多くが「あの会社に育ててもらった」「今自分があるのはあの会社のおかげ」と言います。全員上司が違うのに、「会社に育ててもらった」と言い、会社に恩を感じているんです。
それは「個をあるがままに生かす文化」による「人材の拡大再生産」ができていたということ。その文化こそが組織内部から湧き出す個々人のアイデアで成長し、苦境になれば会社のために一丸となって立ち向かう「柔軟な組織」なんですよ。
では、リクルートのような「個をあるがままに生かす文化」を実現するには、具体的にどのような社内制度を取り入れ、新卒・中途向けの研修制度はどう設計すればいいのか。そのような問いを高野氏は「スタートアップ関係者にもよく聞かれますが、制度や研修だけでは実現できないですよ」と言い切る。
高野大事なのは共通する「生きざま」であり、「人に対するスタンス」です。これこそがコミュニケーションの取り方を含めたベースとなる文化になります。
例えば、リクルートでは日常的にマネージャーが部下にフィードバックを行います。「フィードバックは日常的にやること」という考えが浸透していたから、1on1の時間をとって面談するのは年2回程度でしたし、「1on1の時にはもうお互いに話すことがないのが理想」とされていました。
そのような文化を育むことが何よりも大事です。昨今は「心理的安全」に注目が集まっていますが、数十年も前からリクルートには「心理的安全」を実現する行動文化がありました。
このスタンスはツクルバの社外取締役になった現在でも実践されている。
高野ツクルバのSlackにはメンバーそれぞれの個人チャンネルがあるのですが、そこを注意深く見ると、本人が気づいていないつまづきや、成長のチャンスが読み取れます。その場で気づきを与えるのがリクルートで学んだ人材育成の基本です。僕が体感して教わったことを、いまも彼らに還元しているつもりです。
和やかに語る高野氏からは、経験豊富だと自負する「大人」ほど表しがちな「上から目線」を感じない。この人間性があるからこそ、アドバイスが素直に受け入れられるのだろう。
社員数15名で、ツクルバが社外取締役を招いた狙い
続いて、さまざまな修羅場を潜り抜けた高野氏がツクルバにジョインした経緯を聞いた。高野氏が、ツクルバ代表の村上浩輝氏と中村真広氏と出会ったのは、リクルートコスモス時代だった。当時の彼らと高野氏の間には、とても苦い思い出があった。
高野私が執行役員だった頃、リーマンショックが直撃しました。経営が立ち行かなくなり、新人も含めた社員の約半分に辞めてもらわざるを得なくなった。その中に村上と中村もいたのですよ。
それまで会社に貢献してきてくれた、恩ある優秀な社員たちに退職の道を突きつける…人生で一番辛い経験でした。思い出すだけでも、本当に胸が苦しい。
株主、金融機関、取引先に大変な迷惑をかけ、社員とその家族の人生を狂わせてしまった。経営陣の一角だった僕の責任は重い。経営の責任の重さと、どこに落とし穴があったのかを、若い経営者たちに伝えることも、僕に課せられた使命だと思っています。
しかし、運命の糸は断ち切れなかった。村上氏と中村氏はツクルバを立ち上げた後に高野氏とコンタクトを取るようになり、年に何回か交流する仲になったのだ。その頃からツクルバの代表2人は「将来高野さんを雇える会社にしますよ」という夢を語った。そして、高野氏がぎょうせいをV字回復させた後に、そのタイミングが訪れた。
高野「3人目の取締役になってくれませんか」と声をかけてもらいました。さらに、その時の2人の話に僕はとても感動したのです。
村上氏と中村氏は「二人で創業したソニーやホンダのように、僕たち二人も立派な会社をつくりたい、そして僕らが死んでも残る会社にしたい」と壮大で長期的なビジョンを語るだけでなく、「僕らのそばに叱ってくれる人を置きたい。会社が大きくなると創業者の僕らに意見を言う人はいなくなるかもしれないですから」と地に足がついた姿勢を見せる。「だから高野さんが必要なんです」と力強く説いた。
ただ、2015年当時のツクルバの社員数は15人。小規模なフェーズで社外取締役を招くのは、かなり早いタイミングではないだろうか?
高野「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上」という後藤新平の言葉を体現したいと2人は言いました。「その実現のためには自分たちが経験を積むことだ。だがそれには時間がかかる。だから早い段階で経験のある人を傍に置きたい」とも言いました。彼らはずっと先を見ていたのでしょう。
社外取締役に就任した高野氏は、ツクルバの課題解決に取り掛かった。それは、成長フェーズのスタートアップ企業の多くがぶち当たる、ある“壁”であった。
“30人の壁”、“120人の壁”を乗り越える鍵は「愛」
「スタートアップには“30人の壁”、”120人の壁”がある」と高野氏は言う。
高野僕は社員40名のリクルートコスモス創業期から、従業員数が1,200人になるまで在籍しました。成長拡大していくなかで発生した多くの問題は、スタートアップをはじめとした他の組織でも共通するとわかっていたので、ツクルバが30人の壁に当たることも予見できた。「どうしよう」と困惑するより「やっぱりきたか」という感覚でした。
30人の壁は、メンバーの人数の増加に比例して増える情報量に、リーダーひとりの情報処理能力の限界が来ることで生じる。創業間もないスタートアップは固定の部署もなければ特定の島も、上下関係もない。
社長と営業とエンジニアが肩を並べて談笑するほど社員間の距離が近いスタートアップも多いだろうが、社員数が30人を超えたあたりから、マネージャーを中心とする数人規模のチームをいくつか作らざるを得なくなる。
創業者ひとりの情報処理能力に頼っていればコンピューターシステムと同じで、負荷がかかりすぎて処理速度が落ちるか、下手をするとネットワークがダウンしたり、“ホストコンピューター”であるリーダーの判断力がフリーズしたりしてしまう。
経営者と社員が直接コミュニケーションをしていた間にマネージャーが入ることになるのだが、多くのスタートアップは社長も社員も若く、リーダーシップを磨いた経験もマネジメント経験もない。その結果、順調に事業を拡大するスタートアップ企業でありながら、情報の流れが悪くなり、感情面にも影響を与え、一致団結した空気に歪みが生じる。
そこで多くの組織は情報の流れを改善するために「報連相」を徹底的に行おうとして、たとえば1on1の定期的面談を制度化したりするというが、「報連相をしろ、しろと強制しても、無駄です」と高野氏。
高野イソップ寓話の『北風と太陽』で北風が冷たい風を吹くのと一緒ですよ。部下に「俺に相談しろ!」と言ったところで、「相談しても無駄」だと思われている上司には誰も相談しない。1on1をやっても、本音は言いませんよ。
だからこそ社員を束ねる経営者やマネージャーは、太陽がしたことを実践しなければいけない。北風が無理やり脱がせようとしたのに対して、太陽は旅人が「脱ぎたくなる」ようにしたのです。部下に強制するのではなく、「相談したくなる」にはどうすればいいのか。
そもそも上司である自分は、部下が困った時に「あの人に相談しよう」と真っ先に顔が浮かぶ人間になっているでしょうか?その信頼関係があって初めて、社内の良い所も問題点も本音で話してもらえます。制度とは、それを補完するツールに過ぎないんです。
そのような相互信頼関係を構築するには、どうすればいいのか?一番大切なことは、「愛」ですよ。社内の交流イベントを開催すること、週末に飲みに行くことも役立つかもしれませんが、楽しんで終わるだけでは信頼関係はできません。だからこそ根底に愛が必要なのです。
高野氏は曖昧な概念の「愛」を、どのように捉えているのだろうか。
高野精神分析学の権威、エーリヒ・フロム曰く「愛とは知ることから始まる」です。部下の発言や行動を理解できなかったとしても即座に否定せず、「なぜその発言をしたのか?」「なぜそのような行動をしたのか?」と話を聞いて、背景や考えを知ろうとするのです。
完全に間違っていることなど、ほとんどありません。小さなgoodを認め、リスペクトする。そこからさらに改善するには、彼/彼女がもう1歩成長するにはどうしたらいいかを一緒に考える。メンバーを愛していれば、人間が自然に取る行動です。
相手を心から知りたいと思う、愛あるコミュニケーションを上司の側から始めることで、いつしか固い信頼関係で結ばれるようになるのです。
しかし、スタートアップには問題が絶えない。このように一致団結した組織も、あるフェーズを迎えると再び課題に直面する。それが120人の壁だ。社員数が120人にまで膨れ上がると、社員同士の顔と名前が一致しなくなる。
解決する具体的なアクションの一つは「社内報をつくることだった」と高野氏は言う。
高野適性検査「SPI」を開発したリクルートの元専務・大沢武志さんの教えです。リクルートコスモスの社員数が120人に近づいた頃、大沢さんが「学問的には120人くらいから互いの顔と名前が一致しなくなるんだ」と事前に教えてくれました。そうした齟齬に対応するツールとして、当時は紙のやり取りがメインでしたので社内報を勧められました。現代ならデジタルのコミュニケーションツールを活用し、社員同士が「互いに知ること」を推進するべきです。
リクルートコスモス時代も同様に組織の課題を解決し、史上初の親会社未上場・子会社上場に導いたのだ。
30人の壁、120人の壁に共通するのは、コミュニケーションの構造変化だ。対等な「ヨコの関係」だった社内のコミュニケーションに「タテの関係」が加わったり、「ヨコの関係」が伸びきったりしてお互いを「知ること」が難しくなることによって生じる問題なのだ。
そして、社内の関係性を良くするために、社外取締役はより良い機能をもたらすという。
高野社外取締役は、「斜め上」の存在なんですよ。組織の本道から外れた位置にいるので、課題を客観視して経営者に進言できる。メンバーもタテの直属の上司ではないから相談しやすいし、経験豊富な社外取締役なら、ヨコの同僚とのコミュニケーションでは見出せない解決策を提供できる。
「斜め上」にあたる社外取締役には、その行動の仕方次第で相談がくるし、情報も入る。メンバーの声を掬って役員にフィードバックもできる。もちろん、相談しづらい上層部にアドバイスもできる。このように、事業やコミュニケーションの課題を斜め上から解決に導けるのです。
攻めのスタートアップにこそ、社外取締役で「守り」を固めよ
さらに、社外取締役の役割はそれだけに留まらないと高野氏は続ける。キーワードは「守り」だ。
高野「守り」は社外取締役の重要な役割です。スタートアップは事業拡大フェーズにいるので、市場へ次々と攻撃を仕掛けます。顧客の新たな課題を見つけだし、ニーズに沿った革新的なサービスを提供することに奔走する。
若い起業家の多くは、攻めは得意だが、守りはやったことがないし、痛い目に合わないと守りの重要性に気づかない。攻めに攻めて築き上げたものも、守備を怠っていざリスクが実現すると、一発で崩れ去ります。若く勢いのある瑞々しい感性を生かしながらも「100年続く会社」にするには、社外取締役が攻めの勢いを削ぐことなく、うまく守備の基盤を構築しなくてはいけないのです。
組織のフェーズごとに守備が弱くなるポイントはそれぞれあるが、スタートアップに共通するのは「若さゆえの、社会規範に対する無知」だと高野氏は言う。
高野法律遵守はもちろん、法律にはない社会規範を守ることも大切です。コンプライアンスを守った上で利益を出す。この順序は絶対に間違ってはいけない。
昔のリクルートは急成長し、「これまでの日本企業の常識を打ち破る、期待の新興企業」と注目されていました。「リクルートは色のついたワイシャツ、ボタンダウンを着る」「上司を名前のさん付けで呼ぶ」「男女の賃金が同じ」「実力主義の会社だ」と、事あるごとにメディアに取り上げられ、周囲からチヤホヤされはじめた。その結果、間違った思考に陥りました。
時代の改革者としていつしか「旧来の人が言うことは古臭くて間違っている」、「自分たちが一番正しい」と思い違いをしていたのでしょう。その結果、外部からの注意や批判にも耳を貸さなくなっていたのではないか、と。
そして、リクルート事件が起きたのだ。
高野「コンプライアンス」という言葉もない時代でした。でも、経験のある人の声を謙虚に聞き、不変の真理を学ぶことはできたはずです。
急成長を遂げるスタートアップは、自分たちが時代の改革者であると思い込んで、謙虚さを失う可能性は充分にある。その大きな自信の波に乗ることも大事かもしれないが、波に呑まれてはいけない。
高野守りと攻めを両立するには、近江商人の経営哲学である「三方良し」の考えを浸透させることです。三方良しとは、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つを同時に成り立たせること。「これらを全て同時に成り立たせることが事業だ」という考えを、文化として染み込ませることが何よりも大事です。
マネージャーには「存在できる条件」がある。100年続く“柔軟な組織”の正体
「波乱万丈」のサラリーマン人生を経てきた高野氏が、若いマネージャーに必ず伝える話がある。
高野リクルートコスモスでの話です。僕が課長だったとき、自分の部下が部長に怒られていました。そのとき頭の中で「このような場面で、課長は部下を守るべきではないか?」と考え、それが正しいと感じ、部長に「たしかにおっしゃる通りですが、僕が事前に確認してOKしたことなので、問題があれば僕に言ってください」と場を収めました。でも、僕がかばったつもりの部下から、感謝の気持ちが伝えられることはありませんでした。
部下の反応に違和感は残った。後日、先輩マネージャーとの食事中に、高野氏は「違和感の正体」と「マネージャーの本質」に気づかされることになる。
高野「なぁ高野、お前が『自分はマネージャーである』とか『リーダーである』と言える最低限の条件はなんだ?」と聞かれました。「部下より知識があることですか?」「違う」「卓越したスキル?」「違う」「じゃあ、誰よりも高い情熱ですか?」「それも違う。マネージャー、リーダーである最低限の条件は、『メンバーがいてくれること』だよ。どれだけマネジメントスキルやリーダーシップがあろうが、メンバーがいてくれなかったらマネージャーにもリーダーにもなれないだろう?お前は『メンバーがいてくれること』に感謝しているか?」と言われたのです。
衝撃でしたよ。翌日、会社に行ってメンバーの顔を見ると「ありがたい」と感じるんですよね。いつも叱っている目標数値に30%足りない部下に対しても、「彼が70%も結果を出しているんだよな、彼がいてくれなかったらその70%は無いんだ」と思うと素直に感謝が湧き、「彼が残り30%を達成できるようにしてあげるにはどうすればいいだろう」と自然に考えられるし、任せていた資料作成に工夫を加えてくれる庶務の行いに涙が出そうになる。僕が変わったのは「感謝する」というスタンスだけでした。
その後、高野氏は再び部下が部長に怒られる場面に遭遇した。今度の高野氏は「課長だからこうすべきだ、なんてことは考えなかった」。
高野愛する人がピンチになっているときに考えますか?何も考えないでしょう。その瞬間に身を投げ出すはずです。そのとき僕は「それを言うなら、彼にではなく僕に言ってください!」と瞬時に言ったのです。「どうすべきか」なんて考えなかった。言ったことは以前とほとんど変わらなかったですが、怒られた部下は「二度と同じ失敗をしません。そして本当にありがとうございました」と感謝を述べたのです。そのとき、彼との間に強い信頼関係が生まれたと思います。
人間はあの一瞬の間を、僕のスタンスを感じ取るのだと、その時、気づきました。考えた上で守ってくれる上司と、考えもせず身を投げ出してくれる上司。どちらを信頼するのかは明らかですから。
僕が「愛が鍵だ」と言う根本的な理由がこれなんです。どんな人事制度も、愛と相互信頼をベースにした運用が行われなければ、期待される効果を発揮することはありません。愛と相互信頼が隅々にまで行き渡った組織は、「人材の拡大再生産」を生み出し、自律的で「柔軟な組織」となるのです。
4年間ツクルバを影で支え続けてきた高野氏。「信頼できる上司の姿」をはじめ、数々の経験を社員に伝えてきた。その理由は「若い世代が出来るだけつまずかないで本質に気づき、人間的に成長することで、“柔軟な組織”を実現するため」だと言う。
高野先ほどの「三方良し」の話には続きがあります。「三方良し」が社風として浸透した先には、「三方良し」に基づいて、「その事業はお客様にとって良くないのでは?」と否定的な意見を言っても、メンバー全員が「それってどういうこと?」と耳を傾ける組織の形がある。これが100年続く、“柔軟な組織”の姿です。
今後はツクルバも柔軟な組織にならなければいけない。人間の寿命よりも長く続く企業にするには、まさに今取り掛からなければいけません。そのために、社外取締役の僕ができることは全て行うつもりです。これが60歳を迎えた自分の天命だと確信しています。
こちらの記事は2019年08月20日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
田中 一成
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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