「MRお化け屋敷」の先に待つものは?──“多重世界”の頂点を目指す、ティフォン

インタビュイー
深澤 研
  • ティフォン株式会社 CEO 

横浜国立大学、サンマイクロシステムズのエンジニアを経て独立。映像制作に取り組み、国際映画祭、芸術祭などで出展・入賞多数。2011年Tyffon創業。ディズニーアクセラレーター参加、アプリ・ゾンビブース大ヒットと活躍。2017年インキュベイトファンドより1億円資金調達。MRコンテンツの展開を始める。

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VR、AR、MR(複合現実)は、いずれも今後急拡大が期待される領域だ。

18,000以上のデータソースを持つ世界最大の統計プラットフォーム「statista」によると、2018年のARとVR市場規模は270億ドルから、2022年には2,092億ドルへの成長が予測されている。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)だけでなくコンテンツなどの関連領域を含めれば現在の約10倍まで拡大する見込みだ。

巨大市場の中で、米Walt Disney Companyのアクセラレータ・プログラムが認める日本人が立ち上げた企業がある。TYFFON(ティフォン)株式会社だ。同社は、スタートアップでありながら大型商業施設内にMRアトラクション施設を展開する事業を行っている。2018年11月には渋谷に2店舗目をオープンする予定だ。

ティフォンはなぜWalt Disney Companyに認められたのか。そして、なぜMRアトラクション施設を展開するのか。描く未来図を紐解いていく。

  • TEXT BY TAKASHI FUKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TOMOAKI SHOJI
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幼少期の没入感を原体験に、ARアプリから始まった

ティフォンは2011年に創業した、エンターテインメント企業だ。現在は、ARアプリ「ZombieBooth2(ゾンビブース2)」とMRアトラクション施設「TYFFONIUM(ティフォニウム)」を開発する。

Magic-Reality: Corridor - Launch Trailer(マジックリアリティ:コリドール )

創業者でありCEOの深澤氏は、大手IT企業でエンジニアとして働いていた経験を有する。一方で、国際的な映画祭に短編映像作品を発表するなど、アーティストの一面も持つ。

深澤氏はどのようなきっかけでティフォン創業へ至ったのか。その原点は幼少期、東京ディズニーランドで体験した「ホーンテッドマンション」にあったという。小さな頃から頭蓋骨の絵を描き続けるのが趣味だったという深澤氏にとって、ホラーアトラクションで得た没入感は、大人になったいまでも強く記憶に残っている。

深澤ホーンテッドマンションのようなアトラクション施設を作りたい。これは創業当初からの目標でした。しかし、スタートアップのような少人数体制ではすぐに大規模な施設を作るのは難しく、まずは「少人数でもレバレッジを効かせられるものを」と考え、ホラーアプリで会社を成長させようと決めました。

こうして開発された、誰もが恐ろしいゾンビの顔になれるARエフェクトアプリ「ZombieBooth2」は、シリーズ累計4,000万ダウンロードを獲得するまでに成長した。いまでは一般的になったInstagramやSnowのフィルター機能も登場していない、ARアプリ草創期だった。この市場トレンドに乗り、瞬く間に人気を得た。

このアプリが評価され、ティフォンはThe Walt Disney Companyが主導する起業家育成プログラム「Disney Accelerator(ディズニー・アクセレータ)」に参加する権利を得た。同アクセレータはWalt Disney CompanyのCEOであるBob Iger(ボブ・アイガー)氏をはじめ、Disneyグループのエグゼクティブ達が約3カ月間にわたって直にメンタリングするという、エンターテインメント領域の起業家向けでは世界有数のプログラム。ティフォンは日本人起業家では唯一の採択者だ。

アクセラレータ・プログラムに参加した当時、ZombieBoothシリーズは2,000万ダウンロードを記録していた。しかし、ZombieBoothだけでティフォンを成長させるには限界も見えていた。

深澤氏自身も納得できる長期戦略を持てないことにジレンマを抱いていた。いくつものビジネスアイデアを試すものの、元々手掛けたかったホラーやエンターテインメントから離れていくほど、違和感を抱くようになる。

深澤当時は「マーケティング先行のアイデア」ばかりを考えていました。でも、自分がやりたいことでないアイデアには違和感ばかりが募ります。事業を大きくしたい気持ちと、やりたくないアイデアを選びそうな葛藤が日々積み重なっていきました。

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真の体験を求めて、「MRお化け屋敷」へ。それは創業当初のビジョンだった

迷いを抱えながら始まった、次の資金調達のための投資家巡り。そこで出会ったのが、インキュベイトファンドのジェネラル・パートナー、赤浦徹氏だった。

深澤赤浦さんとはアプリビジネスの話をする予定でした。ですが、私の簡単なバックグラウンドを説明している最中に、いきなり「一緒にARお化け屋敷をやらないか?」とアイデアを投げられたんです。

その瞬間、創業当初に抱いていた「ホーンテッドマンションのような施設を作りたい」という想いが湧き上がってきました。そうだ、自分がやりたかったのはこれだった、と。その場で赤浦さんと話す中で、ミッションに掲げている「魔法のような体験」を実現させるにはオフラインの体験は必然になると、改めて思考が整理されていきました。

この提案を機に、MRお化け屋敷「Corridor(コリドール)」とMRアトラクション施設「TYFFONIUM」の企画をスタートする。

しかし、アプリ開発から施設型ビジネスへ事業領域を広げるのは並大抵のことではない。開発スキームも、ノウハウも、ステークホルダーも全く異なる領域だ。

その中で深澤氏が勝機を見いだしたのは、MRアトラクション施設だった。その理由は、現状のVRコンテンツに課題を感じたからだ。

深澤現状のVRコンテンツの多くは「鑑賞」の域を抜け出せていません。今までのスクリーンが360度に広がっただけ、というようなコンテンツが多数を占めています。

VRコンテンツは「鑑賞」ではなく「体験」にする余地がある。現状の違和感を下敷きに、そこへ取り組むに当たって「施設」というアプローチは最適だと考えた。

深澤TYFFONIUMはデバイス体験ではなく、コンテンツ体験の最大化に力を入れています。単なる360度映像の「鑑賞」にとどまらせないために、実際に空間を自分の足で移動し、別の世界への旅のような「体験」を作り出す。施設という環境を含めて世界観を表現し、コンテンツに深みを持たせる。ユーザーの期待値を圧倒的に超えるためには、デバイスの中だけにとどまらない思考こそが求められると考えました。

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MRアトラクション施設開発は、数値化できない魅力の発掘

ユーザーの期待値を超えるのは地道な作業の連続だった。

中でもアトラクション体験では、必ずしも数字をKPIにはできない。アプリ開発のアプローチとはまったく異なる世界だ、と深澤氏は語る。

深澤ユーザーに記憶に残る魔法のような体験を提供することが目標ですから、あえて定量化できるパフォーマンスを追わないようにしています。フィードバックを直接聞くのはもちろん、リアルタイムなお客さんの主観映像と、叫び声をあげたり体をのけぞったりする箇所を照らし合わせて観察しながら、演出の効果を分析し導線設計を探っていきました。

こうして2017年10月にリリースしたのが、お台場のダイバーシティ東京にある没入型体験テーマパーク「TYFFONIUM」だ。TYFFONIUMはわずか10ヶ月で累計来場者数約3万人を記録。現在はホラーアトラクション「Corridor」とファンタジーアトラクション「Fluctus(フラクタス)」を体験できる。

成功を元に、2018年11月には東急リクリエーションと提携して、渋谷に初のフランチャイズ店舗の展開も決定。今後世界中に施設を展開していくことを目指しているという。

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バーチャルとリアルの境界が消える日 ── “多重世界”の主役を目指すティフォン

ティフォンは、現実とバーチャルが融合した“多重世界”において、日常と非日常の両チャネルを押さえる長期戦略を掲げる。

この戦略は、スマホの次のデバイスとなるであろうMRデバイスが普及した未来を見据えたものだ。MRデバイスが普及すると、ZombieBoothで実現したユーザーが現実世界を離れ、ゾンビ世界で生きることができる“多重世界”を容易に実現できる。

しかし、日常生活で楽しめるエンターテインメントコンテンツ体験には限界がある。最近では、鑑賞シーンに合わせて水や熱気を発生させる映画館が登場してきたように、ユーザーの五感を刺激する圧倒的な没入感と、強烈な感動を覚えさせる施設が必要となる。それが非日常の側にある「TYFFONIUM」だ。

日常と非日常世界の両方でコンテンツを提供し、総合体験型エンターテインメントコンテンツ企業の座を狙っているという。具体的な例をお話ししよう。

たとえば、Walt Disney Companyのキャラクターが登場する有名ゲーム『キングダム・ハーツ』を思い浮かべて欲しい。主人公となったあなたは、ARアプリやMRのHMDを通じて、ミッキーやドナルドと一緒に生活を送れる。近くの公園へ行けば、何かしらのイベントを楽しむこともできるかもしれない。

そして、いつもそばで接しているキャラクターを、より臨場感のある形で楽しみたいと思った際には、TYFFONIUMヘ出向くといい。そこには自宅では再現できない空間・場所を活用した仕掛けが用意され、よりリアリティをもってキャラクターと共にイベントや旅を楽しめる。TYFFONIUMで味わう体験は、日常生活で楽しむものと比較できないほど、重厚なものになるのだ。

同じバーチャルコンテンツを、日常と非日常の両方を通じ、一貫して楽しむことができる。この一貫性がティフォンが目指す“多重世界”の醍醐味だ。MRによってコンテンツとの接触時間が長くなり、TYFFONIUMによってリアリティが高まる。この双方のアプローチによってコンテンツへのエンゲージメントは従来の比にならないほどの向上が期待できる。

生活の一部に当たり前のようにコンテンツが存在する。新たな世界のインフラを、ティフォンは作り出そうとしている。

深澤アプリ事業と施設事業の両軸をスケールさせ、日常と非日常、両方のシチェーションでコンテンツを提供するエンターテインメントプラットフォーマーは現状存在しません。資金的なリスクを追いますし、大きなビジョンを必要とするため、競合も登場しづらい環境だと感じています。

市場成長率も大きい領域。MRのHMDが一般家庭にも普及すれば、ティフォンの戦略はより現実味を帯びてくるだろう。

ただし、近しい事例では、米国のVRアトラクション施設「The Void(ザ・ボイド)」がWalt Disney Companyと組み、スターウォーズの世界をVR体験できるコンテンツを売り出している。巨大資本が投入されていることは、市場成長性がある良い兆候でもある。だが、大手企業に押し負けるリスクも存在する。

その中で、 “多重世界”は勝ち筋となるかもしれない。単にコンテンツを量産するだけでなく、日常と非日常をコンテンツを介して繋げる世界観の構築は、長期的にみて大きな競合優位性となる可能性もある。

ティフォンが描く “多重世界”が、数年後のスタンダードなMRのあり方になるかもしれない。

こちらの記事は2018年10月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

福家 隆

1991年生まれ。北米の大学を卒業後、単身サンフランシスコへ。スタートアップの取材を3年ほど続けた。また、現地では短尺動画メディアの立ち上げ・経営に従事。原体験を軸に、主に北米スタートアップの2C向け製品・サービスに関して記事執筆する。

写真

藤田 慎一郎

編集

庄司 智昭

ライター・編集者。東京にこだわらない働き方を支援するシビレと、編集デザインファームのinquireに所属。2015年アイティメディアに入社し、2年間製造業関連のWebメディアで編集記者を務めた。ローカルやテクノロジー関連の取材に関心があります。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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