“コツコツ自動化”がグロースの源泉。
クリーニングのDXに取り組むホワイトプラスの軌跡と展望

インタビュイー
井下 孝之
  • 株式会社ホワイトプラス 代表取締役社長 

2005年 神戸大学工学部卒業。神戸大学大学院 工学研究科(旧 自然科学研究科)中退。2006年7月 エス・エム・エスに入社し、営業、経営企画、新規事業開発に従事。2009年にホワイトプラスを創業。

森谷 光雄
  • 株式会社ホワイトプラス 取締役CTO 創造開発室長 / 共同創業者 

法政大学文学部心理学科卒業後、IT系人材紹介企業においてサービスサイトの運用・保守・リニューアルや社内インフラ運用・保守、新規事業立ち上げを担当。2009年にホワイトプラスを共同創業し、現在はCTOとしてエンジニアリング領域や新規事業開発を管掌。

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ラクスル、キャディ、アンドパッドなど、レガシー産業を変革するスタートアップが増えている。クリーニング産業のデジタルシフトに取り組む、ホワイトプラスもその一社だ。

2020年3月に総額約15億円を調達した同社は、コロナ禍の現在においても成長を続けている。開発・運営する宅配クリーニングサービス『リネット』の会員数も40万人を突破。未曾有の状況下においても、好調な業績を維持できている。

その理由は、レガシー産業のデジタルシフトを“泥臭く”やり遂げてきたからに他ならない。

「大田区のクリーニング店全てに電話や訪問をしたり、クリーニング師の資格をとって実店舗を運営したりして、徹底的に研究しました」

『リネット』を開発したホワイトプラス代表取締役社長・井下孝之氏とCTO・森谷光雄氏は、創業当時をこう振り返る。両氏にインタビューし、同社の“コツコツ自動化”するグロース術を聞いた。

  • TEXT BY KOUTA TAJIRI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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市場規模3,500億円の「クリーニング産業」に目をつけたワケ

『リネット』はWebサイトやアプリから集配日を指定し、衣類を配達員に渡すだけで、後日クリーニングされたものが自宅に届くサービスだ。プレミアム会員に登録すれば、深夜・早朝の集配、最短翌日の配送、毛玉取り・毛取りなどの特典も利用できる。

運営元のホワイトプラスは、リアル店舗が主体の「クリーニング店」をデジタル化したといえる。自宅にいながら、リアル店舗と同等以上のクリーニングサービスを受けられる仕組みを構築し、2019年度にはグッドデザイン賞を受けた。

左がクリーニング済みの衣類が梱包されて送られてくる段ボール箱、右がクリーニングに出す衣類を入れるバッグ。

クリーニング市場は昨今、人口減少の影響で縮小傾向にある。なぜ、彼らはこの市場で起業したのか。

井下僕らがやりたいのは、まだ手がつけられていない日常生活の課題をインターネットで解決することです。

たしかに、クリーニング領域だけを見ると、市場規模は3,500億円程度です。でも、布団や靴の宅配クリーニング、クリーニングした衣類の保管、ハウスクリーニングや家事代行といった生活サービス市場全体で見ると、市場規模は1兆円以上あります。

リネットの宅配クリーニングは、最初の一歩にすぎません。今後もDXできる領域はどんどん手掛けていきたいと思っています。

生活サービス市場におけるDXを進める同社は、2020年3月に総額約15億円を調達。今後は認知度のアップやプロダクト開発に注力するために、マーケティング強化やエンジニアの採用などを加速していくという。

株式会社ホワイトプラス 代表取締役社長・井下孝之氏

井下やりたいけれど、やれていないことがたくさんあるんです。たとえば、『リネット』のAndroid版アプリは、iOSに比べると機能もUIもまだまだ。まずは、iOSと同等の価値を提供できるようにリニューアルしたい。

そして、『リネット』がシェアを拡大できたのは、テレビCMやデジタルマーケティングなどの施策で認知を向上させたことが大きい。「認知されればグロースする」という手応えがあったので、引き続きマーケティングを強化していきます。

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デジタル化の第一歩は、「実店舗を持つこと」だった

『リネット』のように、実店舗と同等のサービスをネットで提供している宅配クリーニングサービスは、ほとんど存在しない。実店舗のオペレーションに合わせてシステムを設計する必要があるため、参入障壁が高いからだ。ホワイトプラスが難易度の高いデジタルシフトを手がけていったプロセスを、森谷氏はこう振り返る。

株式会社ホワイトプラス 取締役CTO・森谷光雄氏

森谷まずは提携工場を探すために、さまざまな工場にアポを取っていきました。しかし、「クリーニングは対面ビジネスだから」と、すべて断られてしまった。

そこで着手したのが、電話でのヒアリング。クリーニング店150店舗ほどに電話をかけ、「なぜネット化しないのか?」を尋ねていきました。

わかったのは、クリーニング店は対面の接客によって、お客様との信頼関係を構築しており、それに売上も左右されるということ。実際に、受付スタッフが変わるだけで売上が半分になることもあると知りました。

それでも、ホワイトプラスは「クリーニング店のデジタル化は可能だ」と仮説を立てた。対面の接客を「電話対応」に置き替えて成立している宅配クリーニング店が、すでに存在していたからだ。

どうすれば、店舗での作業をデジタル化できるか。考えた結論は、意外なまでにシンプルだった──看板を持たない実店舗を構えることにしたのだ。

Web上で受け付けた注文を仕分け、提携工場に配送し、作業が完了した衣類を顧客に送る。一連の流れを経験することで、「何がお客様に安心を与えているのか」「それはWeb上で代替できないのか」を見極めた。オンラインでも成り立つクリーニングの仕組みを設計し、Webサービスに落とし込んでいったのだ。

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グロースの秘訣は“コツコツ自動化”

『リネット』をローンチした当初、井下氏らは自ら1点ずつ衣類を検品、仕分け、発送を手がけていた。慣れない業務だったこともあり、1日あたり5名様ほどしか対応できないほど効率が悪く「やればやるだけ赤字が拡大していった」という。

また、工場の体制も、大量の注文をさばく際の壁として立ちはだかった。

井下宅配クリーニングでは、一般的に検品、洗い、出荷というプロセスを経て、衣類がお客様のもとに届けられます。

ただ、当時のホワイトプラスでは、検品と出荷を担う工場と、洗いを担う工場が分かれていました。場所が分断され、それぞれの工程の担当者が変わることで、コミュニケーションコストがかかり、納期が延びる原因になっていたんです。

そこで同社では、検品、洗い、出荷を同一工場内で対応できるように、提携工場とともにオペレーションを変更し、コミュニケーションコストの削減と納期短縮を図った。しかし、分業を一手に担えるようになるには新たな業務を一から覚える必要があり、教育コストはみるみる膨らんでいったという。また、パートやアルバイトなど非正規の従業員が多かったため、業務を覚えても人が入れ替わりやすい点も課題だった。

森谷工場を抱えているので、教育コストや人件費がかかってしまうのは仕方ない。それでも、なるべく全体的なコストを抑えないと、ビジネスとして成り立ちません。そこで、レバレッジの効きそうなところから、業務を自動化していきました。

たとえば、出荷プロセスの自動化。クリーニング工場には毎日数千点もの衣類が入荷され、スタッフが一つひとつお客様情報に基づき仕分けをしている。仕分けられた衣類はコンディションを細かくチェックされ、ドライクリーニング、水洗い、洋服の色などによって、それぞれ別の工程でクリーニングされていく。

結果として、同じお客様の衣類であっても、洗浄が終わったあとは別の場所に置かれることに。そのため、同一注文の衣類を集めて出荷する際に、誤配や紛失が起こってしまうリスクがあった。

そこでホワイトプラスは、入荷した衣類にバーコード付きのタグをつけ、洗い終わった商品をビニールに包装する工程で、そのバーコードを読み込む仕組みをつくった。これなら商品ごとの仕上がり時間を記録でき、その時間をもとにシステムが大まかな保管場所を示してくれる。出荷担当スタッフは、その場所を中心に衣類を見分けやすくなり、誤配や紛失のリスク、さらには作業工数を大幅に削減できるのだ。

井下いまでこそ衣類の位置を知らせてくれるシステムは一般的かもしれません。ただ、僕らが創業した2009年当時、導入している工場は少なかった。自動化できる業務をコツコツとシステム化していったおかげで、徐々にリピーターも増え、創業半年で月次黒字化を達成することができました。

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クレームはアドバイス。ホワイトプラス流・プロダクト改善の極意

ホワイトプラスでは、顧客の声に真摯に耳を傾け、即座にプロダクトに反映していく改善プロセスを取り続けている。同社が「クレーム」という言葉を一切使わないのも、その姿勢の表れだ。

井下お客様からご意見やご要望をいただいたら、それらは全て“アドバイス”として捉えています。お客様の声には、「もっと良いサービスになってほしい」という想いが込められているからです。クレームと思ってしまうと、「自分たちが正しくて、お客様が悪い」という思考になってしまい、プロダクトは良くなりません。

森谷実は以前、洋服を取り間違えて出荷してしまい、お客様からお叱りを受けたことがあったんです。出荷プロセスの一部をシステム化していたとはいえ、人の手も入っているので、ミスをゼロにすることは難しい。でも、それを言っていたら、何も改善されません。

そこで、オペレーションからUIまで何度も見直し、プロダクトの改善を重ねていきました。先ほどご紹介した「バーコード付きのタグ」の仕組みも、実はお客様のアドバイスがきっかけで開発されたものです。

さらに、ユーザーの「行動」からもプロダクト改善のヒントを得ている。以前は、クリーニングを発注する際、ユーザーがWebサイト上で衣類の種類や枚数を入力する仕様になっていた。しかし、入力枚数より多い衣類が送られてきて、現場が困惑してしまうケースが少なくなかったという。

そうした課題を解決すべく、仕様を変更。ユーザーが衣類を袋や箱に入れて渡し、受け取ったホワイトプラス側で種類や枚数をチェックする仕組みに切り替えた。

井下お客様が衣類を送る直前になって「やっぱりこれも出そう、あれも出そう」と思われるのはごく自然なことです。お客様の行動を見て、ハレーションが起こりそうな兆しをキャッチした場合は、即座にプロダクトを改善するようにしています。

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創業時に選ばなかった“もう一つの道”

ホワイトプラスでは、創業時に150個ほどの事業アイデアを出し、自分たちのWill・Can・そして世の中の解決されていないNeedと照らし合わせながら、案を絞り込んでいったという。

最終的に、井下氏自身がクリーニングで不自由をした原体験から着想を得て、ネット宅配クリーニングサービス『リネット』の開発に着手した。スーツを着用して働いていた際、平日の仕事終わりには大抵のクリーニング店舗は閉まっている一方で、休日に持っていくと店舗に行列ができていて待たされる、という不自由な経験をした過去があったのだ。

しかし、クリーニング産業のデジタルシフトには前例がない。壁が高いことは、サービスローンチ前から経営陣全員が承知だった。ホワイトプラスが短期ではなく長期的なビジョンを見据え、ここまで事業をグロースできたのは、経営者全員に「泥臭くても価値がある道を選択する誠実さがあったから」と井下氏は振り返る。

井下自分たちで言うのも変な話ですが、ホワイトプラスの経営陣は、全員、真摯で誠実で長期視点を持っていると思っています。僕が最初にエス・エム・エスという会社に就職したときに出会った創業社長の諸藤周平さんが、真摯で長期的な視点で物事を考える方で、いわゆる“イケイケ的なベンチャー経営者”のイメージとはかけ離れていました。その経営スタイルを見ていて、自分たちもそうありたいと思ったのが大きいかもしれません。

実は創業当初、バックオフィスに特化した人材紹介事業も、一つの案として挙がっていたという。創業者たちに、領域特化型の人材紹介のノウハウがあったからだ。得意領域で勝負すれば、ある程度は儲けの目算も立ちやすい。しかし、「“儲けだけ”を考えた仕事は面白くない」と井下氏は断言する。

井下そもそもなぜ起業するのか。原点に立ち返ったときに儲かるだけじゃなくて、今までにない「価値がある」と信じられるものをつくりたいからだと思い出したんです。

あらゆるものがネットで買える世の中に変化しているのに、クリーニングのオンライン化は実現しておらず、不便なまま残っている。オンライン化を実現することには価値があるし、面白いと感じました。

森谷クリーニングのデジタルシフトは、たしかに泥臭い。効率的に稼げるビジネスモデルではないかもしれません。一方で、競合も少ないし、本当に実現できれば、中長期的には大きな収益を生むとも考えられました。

短期的な収益ではなく、誰も真似できない領域に挑んだほうが、長期的に見たときのリターンも大きいはずです。

クリーニング産業のデジタルシフトに挑むホワイトプラス。『リネット』は「新しい日常をつくる」挑戦の第一歩にすぎない。

DXできる日常生活の課題は無数にあるが、いずれの道も険しい。しかし、泥臭く、誠実に「コトに向き合う」姿勢を大切に、走りながら目の前の課題を一つひとつクリアしてきた同社なら、どんな困難も乗り越えるだろう。

こちらの記事は2020年08月03日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

田尻 亨太

編集者・ライター。HR業界で求人広告の制作に従事した後、クラウドソーシング会社のディレクター、デジタルマーケティング会社の編集者を経てフリーランスに。経営者や従業員のリアルを等身大で伝えるコンテンツをつくるために試行錯誤中。

写真

藤田 慎一郎

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

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