金融こそクリエイティブだ──XTech西條晋一の「境界線を超える」思考が実現させた、エキサイトTOBの全貌
「金融こそ非常にクリエイティブだということを今日は伝えたい」
イベントの冒頭、XTech株式会社代表取締役CEOの西條晋一氏はこう語った。
XTechは2018年9月に老舗インターネット企業「エキサイト」に対しTOB(株式公開買い付け)を実施。同年11月には全株式を取得、完全子会社化を果たした。2018年に成立した日本国内のTOB全42件の買付者リストには大企業が並ぶなか、XTechの名前は異彩を放つ。
買収に至るまでの経緯は以前インタビューで詳述した通りだが、創業間もないXTechはどのように小が大を呑む企業買収を成立させたのか──。
2019年1月24日にみずほフィナンシャルグループとXTechが共催で行ったM&A勉強会と題した『XTechによるエキサイトTOBの全貌』では、これまで開示されることの少なかったファイナンススキームを中心にTOB成立の裏側が明かされた。
- TEXT BY NAGISA UMENO
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
伊藤忠、サイバー時代の経験がファイナンスへの関心につながった
冒頭の言葉にもあるように、今回のTOBにおいて、西條氏の金融に関するナレッジは大きな力となった。
西條氏は総合商社の出自であり、金融業界で経験を積んだわけではない。ただ、金融に関心を持ち、財務部や金融部門(為替部)で経験したことで、自身の世界は大きく広がったと振り返る。
西條新卒入社した伊藤忠商事株式会社では財務部を経験しました。当時は、金融ビックバンやアジアの通貨危機などが立て続けに起こった時期。資金繰りに苦心した際には、金融機関との信頼関係や新たな金融スキームによって危機を乗り越えるなどを経験しました。その経験から金融へ強い関心を持ち、金融部門に異動。為替ディーラーとして働きました。在職した4年間で学んだ金融のマインドは今にも大きく活きています。
伊藤忠を経てジョインした株式会社サイバーエージェントでは、約10社で子会社社長や取締役を歴任。経営者としても、財務や金融の知識は大いに役立った。西篠氏のキャリアに関してはぜひ以下の連載を見ていただきたい。
関連記事:【#01 西條晋一】小学5年生で抱いた夢は、ゲーム会社の社長になること【連載 起業家ができるまで】
経営からファンド運営、新規事業の立ち上げまで、あらゆる経験を詰んだ西條氏。2018年に創業したXTech、XTech Venturesでは、新規事業立ち上げの経験者を集めたスタートアップスタジオと、ミドル層以上の起業家輩出を目的としたファンドを運営する。
ただ、創業間もないXTechが、創業21年ジャスダック上場のエキサイト株式会社を買収するとは誰が予測できただろうか。きっかけは過去記事にもある通り、古巣である伊藤忠商事からの打診だった。
西條当時のエキサイトは、全体では赤字を出しているものの、事業単位では黒字の事業もあり、メディア事業、コンテンツ事業、ブロードバンド事業の3本柱で60億円以上の売上を叩きだしていました。またこれらの事業を支えるエンジニアをはじめとする優秀な社員が多く在籍しているなど、魅力的な部分が数多くありました。
一方、管理部門に人が多く、コストがかかりすぎていたり、投下コストの短期的な回収意識が強すぎたりと課題は明確だった。どう建て直すかのイメージは思いのほか早くついたという。
あとは、「どう買収するか」だけだ。
LBOローンに、SPC、完全子会社化に向け金融を活用し尽くす
手元に買収できるほどのキャッシュはない。手立てとしてまず考えたのは、買収先の資産やキャッシュフローを担保に借り入れる、「LBO(レバレッジド・バイアウト)ローン」だった。
西條手始めに、当社のオフィス設立記念パーティーに来ていた金融機関の方に相談したところ、「47億円くらいのローンは組める」という返答をいただけたんです。これで、光が見えてきた。ただ、全株式の買い取りが条件。当初はTOBが不要な1/3程度の株式取得におさめる案も検討していたのですが、そこから完全子会社化に向けて動き始めました。
淡々と語る西條氏だが、子会社社長やVC立ち上げの経験はあれど、TOBの経験は無い。本屋に駆け込み、TOBに関する本を全部買い、そもそもこれから何の手続きから始まるのか、本当に進めて大丈夫なのかを一通り調べ直した。その上で、弁護士、銀行員、証券マンなど信頼できるプロフェッショナルなメンバーでチームを固め、可能な限り不安材料を取り除けるよう、徹底的にコミュニケーションを重ねた。
準備を進める中、金融知識をさらに活用しなければならないシーンと出会うこととなる。予想を大きく超えたプレミアム価格(市場株価と公開買付価格との差額)だ。
西條通常プレミアムは30-40%程度です。ただ、エキサイトは3期連続赤字ということもあり、5-10%ほど、金額にして数億円を想定していました。それであれば自己資金で用意できる。ところが、実際に先方と交渉すると、40%はいわずとも25%程度(約13億円)は必要そうでした。再び、資金繰りに頭を悩ませることになりました。
しかし、「境界線を超える」という思考法がモットーだという西條氏は、決して諦めなかった。「何か良い方法があるはず」と考え続けた結果、サウナから出て水風呂に入っているときに思いついたのが、「M&Aファイナンスにベンチャーファイナンスを組み合わせる」という方法。SPC(特別目的会社) を100%自己資金で作り、将来の事業成長を見越してバリュエーションを付け、資金調達するというものだった。スタートアップがVCから調達するスキームをTOBに持ち込んだのだ。
西條氏はすぐさま資本金3,000万円のSPC「XTech HP」を設立。XTech HPのバリュエーション(企業評価額)を約43億円と定め、同社の株式を用いて資金調達を行った。
西條僕らが通常出資するスタートアップは、売上が数億円でもバリュエーションが数十億となることも考えられます。そこからのアナロジーと取るのであれば、僕が社長になり売上60億円のスタートから4、5年後に再上場を目指すエキサイトは、客観的に見てもリターンが得られ、お金を出してくれる人はいるはずだと考えたんです。
この挑戦にユナイテッド株式会社の早川与規氏や株式会社DGインキュベーション林郁氏、みずほキャピタルなども賛同。不足していた13億円は、想定をはるかに上回るスピードで調達できた。
スタートアップこそ大企業の減損事業を狙え
冒頭で「金融はクリエイティブである」と語った西條氏は、文字通り金融をクリエイティブに活用しエキサイトのTOBを成功させた。
講演の終盤、西條氏はこの経験をシェアしつつ、これからの時代を切り拓くスタートアップにも、金融をより活用し、事業を広げて欲しいと語った。
西條今は大企業がバリュエーションの高いスタートアップを買うというより、むしろスタートアップが大企業の減損事業を買いに行った方がお得だと私は考えています。情報が表に出ないので難しい部分もありますが、スタートアップがITやスピード感があって小回りの効く経営で、大企業の不採算部門や事業を再建できる可能性は大いにあると思っています。
金融はあくまで手段ですが、アイデア次第で様々なアプローチができる。「こういう案件はないか」「こういう企業を紹介してほしい」と自ら積極的に動くことで、金融関連の方もサポートしてくれます。金融を活用し、大企業とスタートアップが繋がる事例が増えれば、業界は面白くなるはずです。
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こちらの記事は2019年04月03日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
梅野 なぎさ
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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