業界を震撼させた、エキサイト買収の裏側を教えよう
2018年9月、創業したばかりのXTechが、老舗インターネット企業「エキサイト」の全株取得を目指してTOBを実施すると発表。55億円で買収することに、ネット業界では激震が走った。この買収には、XTech社長の西條晋一氏とサイバーエージェント時代に同僚だった、ユナイテッド会長CEOの早川与規氏も関わっているという。なぜ、このタイミングでエキサイトを買収したのか。これから両社は何を目指すのか。両氏に話を聞いた。
- TEXT BY TOMOMI TAMURA
- PHOTO BY TOMOKO HANAI
エキサイトを買収したい企業は何社も。タイミングと縁で実現したTOB
エキサイトを買収するに至った経緯を教えてもらえますか?
西條きっかけは、2018年4月下旬に古巣の伊藤忠商事から、インターネット戦略について相談を受けたときでした。その後も複数回議論を重ね「エキサイトを売却してもいい」という意向を確認できたのですが、伊藤忠の持分を買うには自己資金が足りない。だから、資金調達の目処が立たなければ、前に進めることはできないと思っていました。
その頃、XTechオフィスのお披露目パーティーを開いたとき、遊びに来られた金融機関の方に、「TOB(株式公開買い付け)したいのでLBO(レバレッジド・バイアウト)ローンを組めないか」と相談したところ、「全株式を買い取るなら可能」と言われたんですね。確かに、私が考えているやり方で経営を改善しようとすれば非公開化がベストだと思いました。
ただ、TOBをするには時価総額にプレミアム価格を乗せた金額が必要だから、ローンを組んでも13億円足りない。
そこで、これも古巣の縁ですが、サイバーエージェントで同僚だったユナイテッドの早川さんに相談したところ、「一緒にやろう」と即時に8億円の出資を決めていただいたんです。
さらに、デジタルガレージCEOの林さんをご紹介いただき、それも即断で2億円の出資をいただけることに。 さらにみずほキャピタルなども賛同してくれて自分でもびっくりするくらいのスピードで、不足分の13億円を用意することができました。
エキサイトは直近3年連続の赤字ですよね。買収は何が決め手だったのでしょうか。
西條うーん、何かいいなと思ったんですよね(笑)。メディアビジネスとユーザー課金、どちらも自分が経験ある領域だから、バリューアップできそうだなと。何より、250人の優秀な人材が揃っている。XTechとして同領域で会社を立ち上げることは簡単ですが、これだけの人数を採用するには時間とお金がだいぶかかってしまいます。
早川経営視点で「何かいいな」と思えるのはすごく大事なんです。実は、エキサイトを買収したいと考えたことのある企業は何社もいたんですよね。
西條あとから聞いた話だと、そうだったみたいですね。
早川我々も、あくまで興味レベルの話ですが、かつてエキサイト社をM&Aの対象として検討していました。でも、株主をうまくまとめて友好的に買収の了承を得るのはかなり難しいから、今回の案件は、伊藤忠商事とのつながりがあった西條くんがリードしたからこそ実現できたと思っています。
西條PBR(1株当たり純資産の何倍の値段が付けられているかを見る投資尺度)が1倍を切っているような上場企業は、結構たくさんあるんですよね。だけど、ほとんどの案件で、株主をまとめることができないし、無理にやろうとすると敵対的なTOBになってしまう。今回は、本当に縁とタイミングで実現したTOBだと思っています。
全社の赤字に惑わされない。収益性・成長性高い事業を見抜く
早川さんは、なぜ西條さんからの相談を即了承したのでしょうか。
早川西條くんは事業家・経営者として十分な実績があるし、彼自身が「この案件はいけるぞ」と確信を持ってやろうとしているから、そこは間違いないだろうと信頼したのが一番大きな理由です。
もうひとつは、ユナイテッドが、エキサイトのようなある種事業再生のような領域にも今後投資していきたいと思っているタイミングであるという背景もあります。PBR1倍前後の上場企業を友好的に買収して、共に事業を再成長させることにも取り組みたいと考えていた矢先なので、断る理由がありませんでした。
西條エキサイトがユニークだったのは、3年連続赤字で、ポータルサイトとしてはYahoo! と比較にならなくても、事業それぞれをパーツに分けて見ると、しっかりと利益が出せている事業もあったこと。ニュース事業は黒字ですし、ブログも悪くない。それから、Googleなど検索エンジンからドメインの信頼も高い。
WELQに端を発したキュレーションメディア騒動以降、GoogleはYMYL(お金や生活に関連するコンテンツ)は、信頼あるドメイン以外の検索順位を落とす仕様変更をしたんです。だけど、逆にエキサイトのドメイン評価は相対的に上がった。
老舗で真面目にやっているドメインの評価は検索エンジンからしても高いので、そういった意味でもうまくメディア資産を活かして経営すれば、大きく成長できる可能性は十分にあるなと思いました。
ユナイテッドも優秀なエンジニアが揃うトライフォートを買収
ユナイテッドも、つい先日トライフォートを買収されましたね。
早川きっかけは、西條くんが主催したサイバーエージェントのOBOG会なんです。乾杯の挨拶で、「M&Aや出資の相談があれば声をかけてね」と話したら、実際にトライフォートの大竹くんや何名かが声をかけてきてくれました。
ユナイテッドとしてもゲーム事業は強化したいと思っていたし、トライフォートにはゲーム事業を手がけるゲームクリエイターが100名以上在籍している。わずか数年でここまでのゲームクリエイターの採用に成功し、組織化できている企業は珍しいので、すぐに検討しました。
西條あれだけ優秀なエンジニアがいるトライフォートなら、僕も買いたいですよ(笑)。
僕が共同創業したWiLも、投資した第一号案件がトライフォートでした。しかも、ゲーム以外の事業もやっていて、JINS(旧 株式会社ジェイアイエヌ)のIoTアプリ制作や、他の研究機関や企業と連携して人工知能の研究もしている。代表の大竹くんがうまく組織マネジメントできているおかげで、開発力やR&Dには定評がある企業です。
トライフォートには優秀なエンジニアがたくさんいて、黒字を出せる体制はあるものの、今後の成長のために事業投資を加速して自社ビジネスを立ち上げ、成長させていく必要があった。今回の買収によってそこにユナイテッドの事業推進力が加わったので、今後(トライフォートは)急成長が見込めるのではないでしょうか。
僕はこれまでトライフォートの社外取締役でしたが、ユナイテッドの買収に合わせて、10月で退任しました。加えて、ソニーの子会社として立ち上げた(スマートロック事業運営の)Qrioも、9月末で代表を退任し、これからはエキサイトの成長に注力したいと思っています。
M&Aを活発化させ、強みに集中できる起業家を増やす
XTechの今後の新しい動きがあれば教えてください。
西條インターネット関連企業に特化した、M&Aのマーケットプレイス事業の立ち上げを考えています。この領域は「会社を売りたい」という情報や「会社を買いたい」という情報が表に出にくく、マッチングの機会が乏しいため、双方からそういった情報をいち早く押さえるプラットフォームを作ります。
そのために、新卒一号社員として採用した廣川くんに、同事業を行う子会社の取締役になってもらう予定です。彼は、高校生の頃からIT関連の情報を発信していて、業界情報に異常なほど詳しい。ほぼ全ての上場IT企業の決算を見ているから、いろんなスタートアップの経営者からリサーチ業務を頼まれていたんですね。でも、そろそろ調べ物は飽きてきたから事業をやりたいと聞いたので、「だったら一緒に事業を作ろう」と声をかけ、ジョインしてもらいました。
ユナイテッドを始めとした買収意欲の高いIT系上場企業に協力してもらい、どこよりも早くM&Aのマッチングが起こせるプラットフォームを作る予定です。
早川それは面白い。ユナイテッドもインターネット関連企業であれば、規模や事業領域に関係なく積極的にM&Aを検討しています。「売却も選択肢に入っている」という起業家や経営者の方との面談や相談はいつでも大歓迎です。
(その企業に)価値があると思えば、借入をしてでも買うつもりでいます。ユナイテッド自身がM&Aを繰り返して成長してきた歴史がありますし、私をはじめ、買収やPMIを経験した役員陣も多い。そうした背景から、買収した企業の文化をユナイテッドグループに受け入れ、良い部分を活かしながら成長を加速することができる素地があります。
最後に、ユナイテッドの今後の戦略についてお聞かせください。
早川中期経営計画「UNITED 2.0」にも記したのですが、ユナイテッドは、グループ全体として、誰もが自分の得意なことにフォーカスして自己実現できるプラットフォームになりたいと思っています。
たとえば、ある程度の利益を生み出すと、「この利益を維持しよう」と成長よりも維持を選ばざるを得ない上場企業は一定数存在していると思います。それ自体が良い・悪いではないのですが、経営者によって得意なことが違うからこそ、そうした企業の経営者がうまくバトンを受け継げる仕組みを作って、もっとうまく個人の能力が社会に還元される仕組みを作っていくべきだと思っています。
0→1の起業家タイプ、1→10の事業家タイプ、10の事業を10個経営する(狭義の)経営者タイプなど、人には得意不得意があるものなので、例えば創業経営者が、上場後もずっとそのまま経営者で居続ける必要は必ずしもないと考えています。
上場後もずっと経営者で居続けることは、その人のポテンシャルを社会に対し最大限発揮することにつながるとは限らないので。そしてこうした仕組みの実現の1つの方法論が、M&Aや事業再生だと思うんです。
近頃、若い起業家がサービスを作って間もないうちに数億円でバイアウトすると、批判する大人が一定数います。でも、若い起業家が「自分だけではこれ以上の事業成長は見込めない」と判断したなら、その後の経営はその後のフェーズが得意な人が受け継げばいい。
そういったことも踏まえ、M&Aを駆使したグループ経営を行っている私たちだからこそできる、社会に対する価値還元も見据えながら、外部の多くの人と関わりを大切にして、今後 もユナイテッドとして成長していきたいと思っています。
こちらの記事は2018年10月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
田村 朋美
写真
花井 智子
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