連載私がやめた3カ条

インバウンド頼みは過去のもの──SQUEEZE舘林の「やめ3」

インタビュイー
舘林 真一

東海大学経済学部卒業後、ゴールドマンサックス証券シンガポール支社に勤務。その後、トリップアドバイザー株式会社シンガポール支社にてディスプレイ広告の運用を担当。2014年9月、株式会社SQUEEZEを創業し代表取締役CEOに就任。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、ホテル業界のDXを推進するクラウド運営ソリューションを提供している、株式会社 SQUEEZEの代表取締役 CEO、舘林真一氏だ。

  • TEXT BY YUI MURAO
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舘林氏とは?──海外から実家を手伝う親孝行が、宿泊業界を変えるビジネスに

“生き残ることができるのは最も強い種でも、最も知的な種でもない。 それは、変化に最もよく適用できる種である”。かの生物学者、チャールズ・ダーウィンの言葉が現代人にも刺さるのは、ビジネスでも同じことが言えるからではないだろうか。舘林氏のビジネスへの取り組み方はこの至言を体現していると言っても過言ではない。

創業前は社会人生活のほとんどをシンガポールで過ごしていた舘林氏。いつかは起業したい。そう思いつつも、海外で触れるビジネスは刺激的であり、舘林氏は充実した日々を送っていた。

創業のきっかけは、北海道にある実家の賃貸マンション経営を手伝ったことからだ。マンションに空室が出て困っていると聞き、当時はまだ日本でほとんど利用されていなかったAirbnbへの掲載を提案。すると、悩んでいたのがウソのようにタイ、台湾、香港などの旅行客から宿泊の申し込みが殺到した。

舘林氏は当時勤めていたトリップアドバイザーでも、インバウンド(訪日外国人観光)の盛り上がりを目の当たりにしていた。そこで不動産活用や民泊に大きな将来性を感じ、帰国して事業を立ち上げることに。こうしてSQUEEZEは誕生した。

制度改正とコロナ蔓延によって、2回、事業が死んでいてもおかしくない──。これは、舘林氏がVCから言われる言葉だ。実際に同社は2014年の創業以来、2回の大きな事業転換をしている。事業を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、やめたこととは何だったのだろうか。

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創業事業をやめた

前述の通り、舘林氏が実家のサポートで始めた事業を発展させて創業した同社。まずは、民泊に関わる業務をワンストップで代行する事業『mister suite』を始めた。

舘林旅行客からは、もともと「家族全員でひと部屋の1LDKや戸建に泊まりたい」というニーズが高かったんです。ただ、周辺にはビジネスホテルが多く、ニーズに応える供給がなかった。そこで賃貸マンションの空室をインバウンド向けの民泊として提供すると、とても喜ばれたんです。活用方法を変えれば、こんなに不動産の価値を向上させることができるんだ、と面白さを感じましたね。

2017年3月には、掲載物件の合計予約件数が3万件に達するなど、事業は順調に伸びていった。主な利用客だったアジア圏のファミリー層は、長期で観光に訪れるケースが多かった。ところが、このビジネスは2018年の民泊新法によって方向転換を余儀なくされる。民泊物件の営業日数が、年間で180日以内に制限されてしまったのだ。

ここで舘林氏がすぐさま下した決断は、民泊事業からの撤退だった。『mister suite』の運営では、クラウドワーカーによる効率的なオペレーション体制を構築していたものの、創業以来続けてきた民泊事業から撤退せざるを得なかった。

舘林当時は、24時間体制で海外旅行客からのチャットの問い合わせに対応するため、時差を利用して、夜の時間帯はヨーロッパ、深夜から朝の時間帯はアメリカに住む日本人の方々に勤務してもらっていたんです。パートナーの海外駐在に帯同している方などが、積極的にジョブやタスクに入ってくれていました。

世界中にいる100名以上ものワーカーに事業終了を伝えるのは、とても葛藤がありましたね。ただ、このモデルは必ず別の機会に活かせると考え、当時は本当に申し訳なかったのですが、決断しました。

かつて海外で生活しながら家業を進んで手伝っていた好青年だ。共に働く仲間への思いはゆっくりと言葉に乗せる。

経営者にとって、成功している事業、まして思い入れのある創業事業を手放すという決断は苦渋の選択であろう。しかし、法施行に先駆けてピボットの準備をしてきたこともあり、その後『Minn』などの自社ホテルブランド事業が盛況となった。環境変化を見据えて適切な意思決定を行う、舘林氏の経営センスが垣間見えるエピソードである。

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“インバウンド頼り”をやめた

事業転換を経て、SQUEEZEはホテル事業へと進出。自社ホテルブランドの運営にとどまらず、既存のホテルへ無人ソリューションや遠隔オペレーションなどのDX支援事業も開始した。そもそも民泊新法が制定された背景には、インバウンド需要の拡大が大きな要因としてある。2017年に始めたホテル事業でも、海外旅行客を取り込むことに成功し、事業が伸びていった。そこで迎えた2度目の危機が、新型コロナウイルスの感染拡大だ。

舘林当時、お客様の8割はインバウンド。それがコロナによって、売上がほぼ消滅してしまったんです。売上拡大に伴いホテル物件を増やしていたところで、最初の緊急事態宣言が発令される直前の2020年4月には9億円の資金調達も行いました。このタイミングでまさか、と正直頭を抱えましたね。

当時は「訪日旅行者・観光立国」を掲げて事業を推し進めていましたが、このピンチを切り抜けるためには、インバウンドに頼っていてはもう無理だと悟りました。そこで、新しい事業を創出しようと決めたんです。

“インバウンド頼り”をやめた同社では、今だからこそのニーズに着目し、これまでとは異なるセグメントで売上を伸ばしていった。

家族連れの海外旅行客から人気の高かったキッチン付きのアパートメントホテルでは、居酒屋に集まることができない若者向けに「女子会プラン」を押し出した。法人とタイアップを行い、海外から帰国するビジネスパーソンの自主隔離拠点として活路を見出した。

観光や出張といった従来の使われ方にとらわれず、コロナ禍ならではの新たなニーズに着目したのだ。並行して、全国の宿泊施設に対して非対面非接触での宿泊事業運営が可能なシステムを拡販した。

舘林氏の言葉を借りると「ギリギリ」だったという状況下でも、やめることを見極め、その分のリソースを新たな価値提供を生むことにつなげていったのだ。

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働く場所にこだわることをやめた

SQUEEZEのどの事業にも共通することは、アナログかつ現地対応が必要な宿泊業界の業務にDXソリューションを提供している点である。その根底にあるのは、舘林氏が創業当初から感じていた宿泊業界の共通課題を解決したいという思いだ。

舘林宿泊業界は、かねてより人手不足だと言われています。ですが個人的には、人手が不足しているのではなく、業務のアロケーション(割り当て)が不十分なだけではないかと思ってるんです。

私たちは「クラウド運営ソリューション」名のもとに、オンラインコンシェルジュを活用することでどこにいても「ホテルフロント」業務ができるようなモデルを推進してきました。また、自社で働くメンバーについても、オフィス出社にこだわらず、自宅や運営施設のバックオフィスなど多様な拠点で働くことを推奨しています。

サービス提供においても、自らの働き方においても、働く場所にこだわることはやめました。宿泊業界においてはまだまだ「物理的にその場所にいなければならない」という制約や固定概念が染みついていると思いますし、現地対応として重要な業務は今後も残っていくと考えています。その上で、どこにいてもホテル業界に貢献できるような働き方も合わせて提案していくことで持続可能な運営体制を実現し、業界全体に貢献していければと願っています。

舘林氏から語られる「やめ3」のエピソードには、環境の変化をとらえて、順応していく姿勢が表れている。SQUEEZEでは“Keep On Changing”、“Lead The Way”、“Speed Wins”、“Thanks & Respects”、“With Our Community”という5つのコアバリューを掲げている。特にそのうち「Keep On Changing」は不確実性の高い時代だからこそ重要性が増しているのだ。

舘林変化への対応は、何よりも意識していることです。これまで、本当にギリギリのラインを切り抜けてこられたのは、変化に順応してきた結果だと社内のメンバーも十分に理解していると思います。

バリューの浸透については「Slackで各コアバリューを表すスタンプを作った」というほどの徹底ぶりだ。変化への順応力が高いのはこうしたバリュー浸透の成果なのかもしれない。

福岡への出張の合間に取材に応じた舘林氏。普段と異なる環境にもかかわらず、オフィスのようなリラックスした受け答えだ。淀みない語り口からも、すべきことを冷静に見極める先見性が伝わってくる。

市場自体の変化を目の当たりにしながらも、変化に順応したことによってピンチを幾度も切り抜け、メンバーとともに成功体験を生み出してきた。それが社内で度々語られたり共有されたりすることで、組織としても強くなっていった経緯がある。舘林氏のエピソードは、何かをやめることは単なる終わりではなく、変化によって自らを成長させる重要なターニングポイントとなり得るのだと私たちに教えてくれる。

こちらの記事は2022年03月29日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

村尾 唯

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