10xを実現したいなら「施策の数」に逃げるな──10XのCTO石川・CFO山田が語る『Stailer』非連続成長への道しるべ

インタビュイー
石川 洋資

面白法人カヤック、LINE、メルカリでソフトウェアエンジニアとして複数のモバイルアプリの立ち上げを経験。その後、メルカリで同僚だった矢本と10Xを創業し、CTOとしてプロダクト開発全般を担当する。

山田 聡

三菱商事株式会社でロシア・カザフスタン向けの自動車販売事業・現地販売会社のM&A及びPMIを経験。その後、米系PEファンドであるCarlyle Groupに参画し、おやつカンパニーやオリオンビールの投資・PMIを実行。Wharton MBA(2017年)。10X以外にもVoreas北海道を始めとするスポーツチームの経営支援に関わる。

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ビジネス書『イシューからはじめよ』では、「バリューのある仕事とは何か?」が、“問いの質”と“解の質”に分けて説明される。解の質が高くても、そもそもの問いの質──つまり解消しがいのある問いなのか──が十分に練られていなければ、バリューのある仕事とはいえないということだ。「速い馬」は解としては正しいが、イノベーションには「馬の他に手段はないか?」という問いが必要だった。このように、あなたは問いの質を高められているだろうか。

そのヒントを多くもたらしてくれる、10Xの事業戦略を紹介したい。同社は『Stailer』という食品・日用品チェーンストア向けECのプラットフォームを展開し、急成長を見せている。しかし、IT業界ではむしろ「歴史ある事業」とも言えるEC領域において、なぜ今になってこのようなプラットフォームを新たに展開し、成長を遂げることができているのだろうか?

こんな疑問を今回は、CFO山田聡氏とCTO石川洋資氏に聞いてみた。社名そのものでもある10x──非連続な価値の創出を行うためにはどんなマインドセットが必要なのか、そしてCEO矢本氏が語る10Xの描く構想の実現方法、直近の活動の裏側にある意図や覚悟とは。

  • TEXT BY TOSHIYA ISOBE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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10x=非連続な成長は、“イシューへの集中”が全て

事業づくりやプロダクトマネジメントに関心があるあなたなら、10Xという会社の存在は聞いたことがあるかもしれない。ミッションは「10xを創る」──すなわち「事業を通して非連続な成長を創る」と掲げており、社名そのものとすることからも「自分たちが顧客へ生み出す価値」に対しての強い意志が垣間見える。

しかし、そもそも「10xを創る」ためのマインドセットや行動とはどういうものなのだろうか、と気になる読者も多いだろう。できることなら誰もが「10x(=10倍)成長したい」「10x成長させたい」とは思うはず。まずは率直にこれをCTOの石川氏、CFOの山田氏に伺うと、共通して「イシュー」に軸足を置いた回答が出てきた。

石川創業からずっと大事にしているのが「イシューに向き合い続けること」です。「イシュー」よりも「課題」といったほうが馴染みのある言葉かもしれませんね。

たとえば、「腕をケガして、重い物を運べない」「保育園へのお迎えの後に買い物をするのは大変」といった、お客様の生活に即した課題はイメージがしやすいのではないでしょうか?また我々の事業領域だと「今の体制ではパートナー数は〇社までしか対応できない」という事業目線のイシューもありますね。常にこういった課題と向き合う必要があります。

「向き合う」という言動として代表的なのは、「現場に足を運ぶ」「お客様の声を聞く」「データを探索する」といった地道なもの。多面的にイシューと向き合うことを意識しています。

株式会社10X Co-Founder、取締役CTO 石川洋資氏

CFOの山田氏も石川氏の話に頷きつつ、一方で「非連続的な成長」を目指すには課題への向き合い方にも、意識しないといけない点があると語る。

株式会社10X 取締役CFO 山田聡氏

山田課題に向き合うことで特に重要視しているのは「手数に逃げないこと」ですね。残業して作業に時間を使ってアウトプットを出すという手段はあれど、どんなに頑張っても1.5倍程度の生産性増加までが限度ですよね。より大きなインパクトを残したいなら、「スケールする仕組みをいかにしてつくることができるか」に思考と行動を振り切るのが、圧倒的に10xに通じる道です。

もちろん最初は現場理解に努めますが、ある程度解像度が上がっているのに無目的に手を動かすことに没頭しすぎてもしょうがないので、思い切って早期に自分から手離れさせて仕組み化させるべきだと考えています。

石川私も常に山田さんが話したことを同じように意識しています。ある特定の手段に固執するのではなく、様々なインプットを解釈することで新しい可能性──例えば今より良いアプローチがあるのではないか、もしくは周辺のイシューもまとめて解決できるアプローチがあるのではないか──を思考するのが重要です。

そこまで考えきる探索のプロセスの先に、10倍を超える非連続な成長の機会が潜んでいることがあると考えています。

山田氏は普段から「もしパートナー企業数が10倍になったら?」「もし現在30名の組織が300名になったら?」を想像し、「2歩先、3歩先」のあるべきオペレーションプロセスの姿から逆算してやるべきことをシミュレーションをする、と語る。目の前のイシューだけでなく、未来に発生するであろうイシューから逆算して現在のアクションを決めるという習慣そのものが、10xを実現させる思考だと感じられる。

また山田氏は「10xを創る」を象徴する具体的なエピソードとして、10Xが過去に提供していた献立アプリ『タベリー』における意思決定のことを語ってくれた。『タベリー』とは、毎日の献立と買い物リストを自動で生成し、ネットスーパーで食材の注文までできることで、多くのユーザーに愛されたプロダクト“だった”。軌道に乗っていたように見えた『タベリー』だが、2020年9月に突然サービスのクローズが発表された。

山田私から見ても当時、『タベリー』は多くのお客様に利用しされ、かつ愛されているプロダクトでした。軌道に乗っていたので、もったいないと思う気持ちもありそうなものなのに、(創業者として『タベリー』を作り、深く関わってきていた)石川さんや矢本さんは「『Stailer』に集中し、会社を大きくするためにはそうするのが必然」と、冷静に意思決定を進めていました。

バリューで「10xから逆算」を掲げているとはいえ、創業者2人の行動でも徹底している面は凄いなと思いましたね。

石川ユーザーインタビューでも数多くの方とお会いしていましたし、突然クローズを発表したことについて「申し訳ない」という気持ちももちろんありました。ですが、『タベリー』からネットスーパーに接続するという機能を推し進める際に、「ネットスーパー自体の使い勝手を良くする方が間違いなく非連続成長につながる」と、チャンスを見いだせたんです。

だから、『タベリー』をクローズすることになってでも、新しい開発にシフトするという意思決定は、極めて自然なことでした。それに、当時のメンバーはみんな同じ共通認識を持っていたので、その結論に対してチームから反論が出ることは一切なかったですね。

クローズはせずに収益源として回しながら新規事業を始めよう、となってもおかしくない。サンクコストバイアスにはまらずイシューに向き合った、10Xらしい象徴的なエピソードと言える。

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ネットスーパー業界、ブレイクスルーは目の前に?

そんな10Xの印象として、創業者でありCEOの矢本氏の存在を思い浮かべる読者も多いだろう。これまでのブログ記事やPodcastでの配信など、多数の発信を行っておりPdMやBizDevの領域においても読者が多い。

その上で10Xは、事業や組織についての考えを言語化したCulture Deckや長期的に安心して働くための人事制度10X Benefits、そして組織の価値観を宣言したDiversity & Inclusion Policyなど、組織や採用に関する外部公開も活発だ。Culture Deckは通算60万PVを超えるなど多くの話題を集めており、創業の早い段階から組織づくりにかなり投資をしているという印象を持っている人も少なくないかもしれない。

一方で、10Xが事業を展開している「ネットスーパー」を始めとする食品・日用品ECについて、事業領域としての魅力を知っている人はあまり多くないのではないか。

「ネットスーパー」という事業領域が、ともすれば「地味」であったり、「先進的なIT事業ではない」であったりといったイメージを持ってしまう読者も多いだろう。矢本氏も先日、そのポテンシャルを語ったが、CFOの山田氏も「ネットスーパーは人口減少が進む日本において、数少ない成長産業である」と断言する。

山田実は日本は、スーパーをはじめとする食品・日用品のEC化率がどの業界よりも低いんです。他の先進国と比較しても目立つくらいです。

アメリカやイギリスは10〜15%ほどのEC化率。日本はわずか「1〜2%ほど」なので、大きな差があります。

他国はここ4~5年で一気に伸びてきており、特にコロナ禍はネットスーパー利用に拍車をかけています。

「日本でもネットスーパーは本当に普及するの?」という声が出るのは(他国と比してコンビニやドラッグストアなどの普及度合いも違うので)理解できます。でも、我々は様々なステークホルダーと深く接する中で、「これから加速度的に普及する」と確信しています。

例えばパートナーであるライフさん、EC事業の売上がここ数年、毎年50%ほどの割合で成長しているんですよ。きちんとした打ち手を顧客に対して提供できれば、市場全体を見ても伸びしろがある、そう証明している事例です。

「もちろん、これまで普及しなかった理由もはっきり指摘できる」と山田氏は言う。背景を、店舗側と買い物客側に分けて整理する。

山田1つはサプライチェーン設計の難易度が高かったこと、もう1つはお客様がスーパーでの買い物に対し、価格差に敏感であり、結果として採算性の取れる事業モデルの構築の難易度が高かったことです。

中でも特に、前者の「サプライチェーンにおける問題」が大きなボトルネックですよね。スーパーで扱う商品には「鮮度」という概念があり、かつ、扱う商品数のその変化が膨大なものになります。

そのため従来のアナログな在庫管理をそのままデジタルに移行するのではとても対応しきれない。手数が増えすぎちゃうんです。加えてそこに、デリバリーで商品をすぐに届けるというオペレーションを新たに整える必要もあります。ここまで考えたところで、多くの企業が自社での立ち上げやその拡大を見送ってきた、という背景があります。

しかし矢本氏も伝えた通り、ユーザー側の需要は年々伸びている。供給側の問題を解消すれば、産業としてもぐんと伸びるタイミングが今なのだ。その課題解決を行う、というのが『Stailer』の位置づけである。

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売り場アプリでは物足りない、
愚直に目指す「プラットフォーム」への道

さて、そんな特異なプロダクトである『Stailer』を使って10Xが支援しているパートナーとして、公になっているのは現在4社。首都圏や関西在住の方にはお馴染みのライフや、東北で圧倒的に強い薬王堂というドラッグストアと組んで、ネットスーパー化に取り組んでいる。

パートナー企業の立地も業態も、一見バラバラだ。すでに多様なニーズに対応し、難易度の高いサービス提供をこなしてきている。こうした進め方もまた非効率に見えなくもないが、将来の非連続成長に向けた種まきでもあるようだ。

山田たとえばイシューとして「小さいお子さんがいる共働きの家庭は平日の買い物に割ける時間がほとんどない」というものがあります。仕事終わりに保育園へお子さんを迎えに行き、お子さんを抱えながら買い物に走るわけです。実際に「平日は1秒も争うくらい。せめて5分くらい息をつきたい」というような声が多数寄せられていました。

このイシューを念頭に、薬王堂さんと一緒に取り組んでいるのが、買い物時間の短縮を実現するサービスです。事前にスマホを使って注文しておけば、あらかじめお店のスタッフが袋詰めしてくれた商品をお店の駐車場で受け取れます。お子さんを車から降ろす必要がなく、楽に買い物ができる新たな体験を実現しています。

このように、「自宅に届く」以外のソリューションも実現させている。自動車の保有率が高い地方ならではのパートナー/ユーザーのニーズを捉えているのだ。

この事例から、Shopifyといった競合のECプラットフォームとはサービス提供の面で大きな違いを持っていることがわかる。プラットフォーマーとしてのスケーラビリティも意識しつつ、パートナーの小売企業やエンドユーザーと向き合い新たな体験をゼロイチで作り出していくユニークなビジネスモデルとも言えるだろう。

しかし、だからこそ、実現までの道のりは非常に長いものになっている。CTOである石川氏自身が、何度も東北まで足を運んで現場を見てきた。

石川顧客に対しての深いインサイトを得ないとわからないことがたくさんあるため、現場に足を運び理解を深め続けています。実は、こうして話している今もあるパートナーのバックヤードにおり、現場で対応をしている最中なんです(笑)*1。現場は課題発見の宝庫なので。

そういう動きを繰り返す中で、スーパーやドラッグストアといった小売り現場のオペレーションは、多くの人が想像するよりもはるかに複雑で、考慮すべきケースが幅広いということがよくわかりました。知れば知るほど、難しい市場だと感じます。

*1:インタビューはオンラインで実施、石川氏はパートナー企業の事務所にて対応した。撮影は別日に短時間で実施

矢本氏が語った「プロダクトは表層だけでなく、裏側こそが重要」という言葉が想起される。スマホアプリやWebページのUIだけを開発するわけではない10Xのプロダクト開発の特異性が、CTOの動き方からも見えてくる。

石川ネットスーパーアプリの裏側で動くオペレーションとなると、なかなか想像がつきませんよね。たとえばあるスーパー事業者のバックヤードにいる人が使うアプリにおいて、注文がウェブ経由で届いたときにどのようなUIがベストなのか、考えてみてください。そんな立場になったことのない人がほとんどだから、わかるわけがないですよね。

どのような人が、何人いて、どのような動きをしているのか。こういった点について、現場に足を運ぶことで理解を深め、どういう形で機能提供すれば課題の解消ができるのかを考え実装することが、非常に特異な仕事ですよね。他のアプリやウェブサービスを見ても参考にできるものがほとんどないので、開発したものがちゃんと実務で使用されているところを見ると、独自の価値発揮を強く実感できます。

石川氏のように経営陣であっても、それぞれの管轄領域に関しては現場の細部まで足を運んで把握しにいくなど、自ら積極的に関与しているのが10Xの特徴でもある。頭でっかちにならず、会社の経営陣が現場のことを細かく理解しているというのは、一緒に働くメンバーからしても大きな支えになっている。

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プロダクトとプラットフォームの違い

ところで、「プロダクト」と「プラットフォーム」の違いを、詳しく説明できるだろうか?『Stailer』は、どちらなのだろうか?実は『Stailer』は今年から、プロダクトからプラットフォームというように捉え方を改めている。この違いを聞くと、サービス開発における新たな気付きも生まれる。そこにはどんな背景があったのだろうか。

石川繰り返しのようですが、ネットスーパーを立ち上げて成長させていくために、大きく2つの側面を考えなければなりません。ひとつはお客様への「売り場」としてのアプリの提供、もうひとつがお客様の手に商品を届けるまでの裏側のオペレーションを整備するシステムの提供です。

当初は前者のみを想定していたのですが、売り場のアプリだけだと提供価値がどうしても限定されてしまいます。それでは、先程の薬王堂さんの事例のような、駐車場に着いた瞬間に車まで商品提供できるような「売り場の外側に出た体験」は実現させられなかった。

でも、このように現場のイシューに深く入り込み、抜本的に提供価値を高めないと、これからネットスーパーを日本に浸透させることはできないと考えています。

『Stailer』をそのまま利用すれば、すべての小売事業者が新たな価値を享受できるわけではない。10Xのメンバーとともに、『Stailer』を活用し、オンラインを前提としたオペレーションを新たに構築することで、大きな価値を享受するのだ。だから、10Xは『Stailer』を、プロダクトではなくプラットフォームと呼んでいる。

確かに難易度の高さはわかった、競合優位性をすでに強く持っていそうではある。それでも気になるのが、すでに大きなプラットフォームを持っている企業が競合として現れた場合だ。Amazonが生鮮食品を扱うようになり、国内でも楽天が2021年内にネットスーパーのサービスを新たに展開すると発表した。

山田直接の競合として意識するというよりは、ネットスーパーを日本に浸透させるために共に切磋琢磨する存在だと認識しています。

もちろん意識していないわけではないですが、他方で嬉しい気持ちもあります。楽天のような大きい会社も参入してきたことで、改めて「ネットスーパー領域の可能性」に注目が集まるわけですから。モール型のAmazonや楽天とはポジショニングは絶妙に違うので、一緒に業界を盛り上げていければと考えています。

石川この領域は、「大手の資本力があれば成功しやすい」といったものではないと思っています。先ほどから話しているように、小売店の裏側のオペレーションにどれだけ深く入り込めるか、が顧客の成功に欠かせない要素です。我々はそこにこだわったプラットフォームをつくり込んでいます。

各パートナーと一緒に取り組む中で出てきた課題を、汎用的なプラットフォームに落とし込んでいくプロセスを、新たに整備している段階が今です。私たちは、素早い開発力を武器にして、他社が準備し切る前にプラットフォームとして市場を取りにいく、ここに全力を注ぎます。

競合の参入も寄与し、日本でも今後数年で一気にネットスーパーが立ち上がっていく未来が見えるようにも感じられてきた。その中で、先んじて参入していた10Xはどのようなシェアと影響力を獲得していくのだろうか。それは、彼らが今の勢いを失わず、どこの企業よりも厳しくイシューに向き合い続け、あるべき購買体験の形を突き詰めていけるか、にかかっているのだろう。

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まだまだアーリー。
15億円の資金調達から垣間見える10Xの覚悟

プロダクトの特異性がよくわかったところで、気になるのがファイナンスや将来戦略だ。10Xは2021年7月末に、既存投資家のDCMベンチャーズとANRIから約15億円の資金を調達した。

しかし、新規投資家を一切受け付けなかったというわけではまったくなかった。実は50を超えるVCや機関投資家とコミュニケーションを取っていた。どこから支援を受けるのか、を検討する中で重視したのは、「10Xの本質的な価値に寄り添ってくれる存在かどうかというポイントと、ステージの認識があっているか」だった。

山田最終的に残っていただいたのが、たまたま今の2社だった、とも言えるんです。

売上がいくらだとか何社契約あるかだとか、そういった現時点で出てきている数値だけでポテンシャルを測っても、10Xの本質は見えてこないと思っています。それぞれのVCさんがどういうスタンスでサポートをしようとしているのか、将来10Xが社会の中でどれほどのインパクトを出せると思ってくださっているのか、どのくらいの時間軸で実現して欲しいと考えているか、といった観点を重視して検討しました。

海外の機関投資家からも投資したいというお声がけがありましたが、期待しているステージに違いがありそうだったので今回はお見送りさせて頂きました。というのも、我々はまだまだアーリーフェーズだと認識しているんです。もっと進んだフェーズの企業だと評価いただくこともあり、これはありがたいことではある一方、長い目で見ればこのズレは重大なリスクになり得ます。

もう少し具体的に言うと、弊社が大きく成長できる確度は相応に高まって来ていますが、他方でどのくらいの時間軸で成長するかについてはまだ不確実性が高いままです。こうしたステージの認識が揃っているかという観点は、弊社として今後も大胆なチャレンジを継続していくために重視しました。

「まだアーリー」とは、矢本氏も語った「toBでは引き合いも増えたが、toCではまだまだ」という話に通ずる見解だ。山田氏はPMF(Product Market Fit)という言葉も用い、改めて説明する。

山田対企業では、多くの引き合いをいただいており、PMFしているという表現も使うことができるかもしれません。しかし、toCサービスとしてのPMFに向けてはまだまだ多くのチャレンジが残ります。多くのお客様に日常的に使っていただけるような「新たな購買体験」を完璧に提供できる形にはなっていません。

なので、今の段階で「3年後に売上100億円を目指します」などと約束するのはまだ時期尚早だと考えています。これからさらに色々な実験と探索をして、その後に「これをこういった時間軸で実行すれば確実に大きなインパクトが出せる」という確信を持てた段階で、大きな資金を以てアクセルを踏み込みたいと考えています。

そしてPMFについて補足するなら、10Xが考えているのは「PMFは、達成し続けないといけない」という解釈だ。それは『Stailer』がプラットフォームだからであり、関わる企業やユーザーのニーズが多様で変化しやすいからである。

山田投資家の方の立場を考えると「他に先んじて隠れた成長ドライバーを見つけ、早期の上場を目指すためにアクセルを踏み込ませたい」といった視点ももちろん理解できますし、会社としても当然ながら成長のスピードは重要視しています。

しかしできればそういう見方だけでなく、同時に長い目線で業界にコミットし、産業のあり方を変えたいという思想と強い意志を持った会社である、と見てもらいたいですね。

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スタートアップがM&Aをいまから準備するワケ

そして資金調達と並び、CFOの重要なミッションとイメージされるM&A。10Xは2021年9月時点で30名超の規模感だが、すでにM&Aも積極検討するという表明をし、準備を進めている点も印象的だ。M&Aと聞くと、上場した企業が新規参入したい領域の足がかりとして実施するイメージがある。どういう背景があるのだろうか。

山田M&Aの本質的な価値は「時間を買うこと」です。非連続的な成長のために、手段として必要性と機会があればM&Aを検討するというスタンスです。

とはいっても、そもそもそういった姿勢があると公表しないと誰も気づいてくれないので、まずは明確に当社の事業に対する姿勢を公表したというのが今の位置づけです。

「手段として」ということは理解できるが、それにしても早期に準備しているように見える。その理由を聞くと、M&A実施後のPMI(Post Merger Integration)のプロセスだけは自社内でやりきる必要があるからだと語る。

山田時価総額1兆円を超えるような企業になると、グローバルで見てもほぼM&Aで成長角度を高めてきた企業ばかり。だからM&A自体は大事だと思っているんですが、時間を買うことに付随して重要なことは「PMIをうまく運び大きな成長の土台を作ること」です。

通常のM&Aのような1+1が2になるのか3になるのかということよりも、買収した後に10倍・100倍といった大きな成長を両者で描いていけるか、ということがスタートアップのM&Aでは重要です。

じゃあそれをどうしたらできるかという問いの答えは、M&Aの際のデューデリジェンス(DD)に全て詰まっています。相手先企業の事業・技術・組織・カルチャーなどを細部に渡るまで深く理解し、どういった統合プランを立てれば将来の成長が最大化するかを見極めていくのが、あるべきDDのプロセスです。そのため、M&A検討の主要な機能は外部のコンサルなどにお願いするのではなく、絶対に内製化する必要があると考えています。

山田氏の主張はこうだ。二社間における強みがかけ合わさって価値を増幅させるには、事業からカルチャーまで含めた相性を見極める必要がある。そこまで見極めるためにはM&Aを検討するチームが自社の事業や組織のことを深く理解していることが欠かせない。

事業ドメインの理解に加え、M&Aのプロセスを回すには一定の時間や経験がある人材でないと実現ができないため、今からそうした人材の採用も含めて準備しているとのことだ。

山田チームも組み始めています、まださすがにみんな兼務ですが。開発チームの組成にも当然つながるので、検討が本格化すれば石川さんも思い切り関わってもらいますよ。

石川まだ想像がつきませんが、でも楽しみですね。ちなみに私自身は肩を温めている、くらいのところです(笑)。

良い人材を集めたり、良いチームをつくったり、というのはそう簡単に進まないですよね。なので手段としてM&Aを進めるということを、非常にポジティブに捉えています。

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経験・専門性よりも大事な「巻き込む力」

さて、ここまでさまざまな角度で話を聞いて「長期視点で隙のない戦略を組んでいる」という印象を持った読者もいるかもしれない。だが、実は10Xがぶち当たっている一つの壁が採用面、特に「事業や組織に興味はあるが、採用ハードルが高いのでは」「相当な経歴じゃないと無理だろう」と懸念している人もいるようである、という点だ。

2人は「一定のスキルはもちろん必要」と前置きしつつ、「そう構えないでほしい」と口を揃える。山田氏は「出身企業や経験のみで判断することはない。バリューフィットが最重要」と明言した。10Xのバリューとは「10xから逆算する」「自律する」「背中を合わせる」の3つだ。

山田経験やスキルよりも。「どう学ぶか」が大事です。なぜなら、10Xの事業領域は誰も正解を持っておらず、ネットスーパーで成功したプレイヤーがいないことがその理由です。いわば探究者として、ゼロベースでパートナーと一体となってこの業界はどうあるべきなのかを考え続けてくれる人が入ってくれるといいなと思っています。

敢えて経験やスキルに関して言及するならば、周りを巻き込む力。我々の事業は関わっているステークホルダーも多いのでこれは重要です。小さなプロジェクトでも、自分で考え、正しいと思う方向へと周りを巻き込んで進め、何かを成し遂げた経験を持っている人は、フィット感があると思います。

石川今の10Xではたくさんの魅力的なプロジェクトがうごめいており、周りを巻き込きながらそれらを推進し、価値を創り出せる人には活躍できるチャンスが溢れています。

とはいえ、必ずしも「プロジェクトの推進ができる人だけに来てほしいです」というわけではありません。組織への貢献の仕方は人によって異なるので、プロダクト開発などの分野での専門性を発揮したり、組織づくりに長けていたりする人もチームにとっては必要な役割です。

なので、何かしらの形で組織や事業にとって良いインパクトを与えていただける方、10Xで価値を発揮してみたいと思った方に来てもらいたいと思っています。

二人から共通して出た「巻き込み力」。よく「求める人材像」で聞くキーワードだが、巻き込むとはどういうことか、最後に聞いてみた。

石川「浮いているボールは取りに行く」という姿勢だと思います。浮いているということは、チームの一人ひとりが自分の管轄ではないと思っているわけですよね。そこを拾いにいくことで、関わる人たちとのコミュニケーション量も増え、それを一種のプロジェクトとして取りまとめる必要が出てきます。

これを推し進める力が巻き込むことですし、こういった経験を繰り返すことで巻き込み力は上がっていくんだと思います。

山田信頼を勝ち取ることだと思います。巻き込むプロセスの中には異なる意見を持つ人とも建設的に議論するステップが生じますが、そこには信頼がないとそもそも話を聞いてもらえないですよね。だから、巻き込み力の土台として信頼が必要です。

じゃあ、信頼を作るためにはどうすれば良いか。一言でいうと「泥臭く動けるか否か」でしょう。例えば、パートナー企業は、小売の専門家として業界で何十年もやってきています。そういった人と、同じ目線で議論するには、彼ら以上に現場に入って課題の解像度を高めていくような姿勢が求められると思います。だから、オフィスに座っているだけでは勝ち取れないと思います。

経験豊富なプロフェッショナルが集まった組織という印象を10Xに持っている人も多いかもしれないが、様々な職能がある中で「浮いているボールを取りに行くこと」「信頼を勝ち取ること」など、地に足のついた能力を持った人が求められていることが明らかになった。

周りを巻き込みながら、社会にインパクトを与えつつある10X。まさにこれから非連続成長のチャンスに溢れる同社が気になったら、臆せずその門を叩いてみてはどうだろうか。

こちらの記事は2021年09月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

磯部 俊哉

写真

藤田 慎一郎

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