身に着けるべきは“仮説検証力”──PdMが起業家に向いている理由とは?
メルカリOB樫田・中島のプロダクト談義
今や、プロダクトマネージャー(PdM)出身の経営者・起業家は珍しくなくなってきた。例えば、GoogleのプロダクトマネージャーとしてキャリアをスタートさせたBret Taylor氏。Facebook(現Meta)のCTO、SalesforceのCo-CEOを歴任し、最近新たにAI系のスタートアップを創業した。Googleを運営するAlphabetのCEO、Sunder Pichai氏も、創業初期に入社し、Google Chromeなどのプロダクトマネージャーを経て、世界を代表するテクノロジー企業のリーダーとなった。
テクノロジーが世の中のイノベーションを牽引する上で、プロダクトマネージャーが活躍することは必然の流れと言えるかもしれない。一方で、日本ではどうだろうか?プロダクトマネージャーの存在感は年々増してきているが、まだ目立った存在はいないかもしれない。
今回取り上げるのはメルカリ出身の2人。AnyReach株式会社代表の中島功之祐氏と、デジタル庁でプロジェクトマネージャーを務める樫田光氏に、プロダクトマネジメントと経営、事業をグロースさせる上での起業家としてのあり方について聞いた。
- TEXT BY KOHEI KIYOSAWA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
仮説検証に向けて徹底的に行動する。
若手プロダクトマネージャーの覚悟
樫田中島君との関係性でいうと、彼が新卒入社したタイミングでたまたま席が近かったので、見かけたら声をかけたり、仕事の相談をもらうような感じでした。仕事に没頭して夜遅くまで向き合っていたという印象です。
年齢はひと回り離れていますが、たまに話をしていましたね。「周りの先輩と比べると経験も実績も足りていないので、ギリギリまで考えて、実績を積んでいくしかないです」と言っていたのを覚えています。日々、目の前の業務にとことん向き合っていて、やる気のある新卒だなと思っていました。
中島当時、樫田さんはメルカリの社内限定公開のドキュメントで、大量の数値分析やデータの見方、考え方を徹底的に言語化し展開していて、若手の間では有名で尊敬すべき先輩になっていたんです。そのドキュメントを夜な夜な読んで、何かアウトプットに活かせないか?を考えることが私のルーティンでした。
樫田さんは年次が離れ、チームも異なるため、私にとって遠い存在でしたが、時折、食事をご一緒する中で距離を縮めながら、隙あらばいろんな話を聞いていました。メルカリ退職後にジョインしたstand.fmという音声スタートアップ時代、樫田さんがユーザーだったので、よくプロダクトに関する相談をさせてもらっていました。
中島氏をはじめとするメルカリの若手プロダクトマネージャーにとっては、樫田氏のアウトプットに触れられる機会が、日常業務以外から多くの学びや気付きを得ることができる宝物だっただろう。最先端のデータ分析を突き詰めていた樫田氏の知見が、プロダクトマネジメントや事業開発に関わる社員の間で話題になっていた様子が目に浮かぶ。
樫田中島君は、遠慮せずにガンガン連絡、相談をしてくるタイプ。先輩への連絡に対して、良い意味で他意がない。事業、プロダクトをより良くしたいという覚悟が伝わってきて、熱がこもった連絡だから、こちらとしても悪い気はしません。年次が大きく離れていても、遠慮せずに素直に教えを請うことができることは若手としての強みだと思います。
中島君が起業後、私に相談を持ってくる際も、自然と仕事とは捉えていませんでしたね。中島君は事業のモーメント毎に相談をしてくれる。例えば、3ヶ月おきくらいで、「前回はこうでしたが、アドバイスを受けて、ここをこう修正しました」という行動を起こした上でのアップデートを必ず持って来てくれるんです。こちらとしてもなんだか、アドバイスすることが当たり前になってきていたように思いますね。
話すたびに悩みが変わっていることが明確に伝わってくるため、連載漫画を読んでいる感覚です(笑)。時間を取られている感覚もなく、先輩に対する頼り方がとてもうまいなと思っています。
中島樫田さんからいただいたアドバイスは、今すぐに試したいようなことがすごく多いです。「頼り方が上手い」と仰っていただけるのは光栄で、恐縮です。結果的に、いただいたアドバイスをもとにすぐに改善・修正して、事業を前進させていることが多いなと思っていて、感謝してもしきれません。
広く、深く仮説を立て、高速で検証を行い、プロダクトの本質的な価値を問うていく
樫田中島君がゼロから立ち上げた『AnyGift』がリリースされてからまもなく1年が経ちますよね。改めてどういったサービスか教えてください。
中島eギフト機能を簡単に導入できる、EC事業者向けのソリューションです。導入いただければ、ユーザーは商品をオンライン上で購入し、eギフトとして友人や家族に手軽に送ることができます。
おかげさまで導入事業者数は順調に増えていますが、PMFに達したとはまだ言えていません。「お客様にとって『AnyGift』が必要不可欠なサービスとなりうるか?」を日々、試行錯誤しながらプロダクト開発、検証を行っています。
樫田リリースして間もない時からも、プロダクト・事業について積極的に相談を持ちかけてくれていましたよね。
中島はい。創業初期から樫田さんからアドバイスを頂いていて、プロダクト方針が大きく変わったこともありました。まだお客様が少なかった時期に、「このプロダクトの本質的な価値は、ギフト機能じゃないところにあるかもしれない」というアドバイスをいただきました。
ギフト機能はあくまで機能であって、「ギフトを受け取る」という体験を通じて、その商品のブランドの潜在的な顧客になりうるのでは?と言ってもらい、衝撃を受けました。
僕としては「その視点があったか!」と直感でビビッと来まして(笑)。早速、いただいたアドバイスを取り入れて、ギフトを受け取ったユーザーに対して「購入しませんか?」とアプローチをしてたんです。すると、次の購入につながったではありませんか……!
この視点で、「顧客獲得を広げていく新たな手法」としてブランド事業者さん側にも提案してみると、反応は上々で。
今では、このメッセージングがコアコンセプトになっています。むしろ、この「エンドユーザーへのギフト体験を、通じて新規顧客を獲得したいというマーケティング施策」として検討を始めてくれる事業者さんもいらっしゃるくらいなんです。
創業期から『AnyGift』の事業を冷静に俯瞰していた樫田氏の気付きが、事業コンセプトそのものに進化をもたらした。中島氏も、樫田氏からもらったアドバイスを咀嚼の上、すぐに顧客へ提案し、潜在的なニーズをあぶり出す契機を自らつくり出した。
樫田『AnyGift』を導入するEC事業者の視点に立つと「新規顧客をどのように獲得するか?」が、ギフト機能の拡充よりも常に重要な課題のはずです。
従来の手法は大きく分けて二つ。一つは広告投資を大量に行い、顧客獲得する方法です。もう一つは親しい友人から購入を勧められる方法です。
前者については広告費用を対価に顧客獲得ができるものの、顧客の熱量は高くなく、離反しやすいというデメリットがありますよね。
一方で、友人から勧められて商品を手にした体験は“絆”があり、商品への愛着や熱量は広告経由より高くなるはずです。ここに、『AnyGift』だからこそ提供できる本質的な顧客価値があるはずだと思いました。
プロダクトマネージャーは課題への解像度が高いので、N=1視点は必然的に強くなりますが、時には俯瞰して顧客が本質的に何を求めているか?を引いて捉えることも重要です。
プロダクトマネージャーは顧客、プロダクトと非常に近い距離で常に向き合うがゆえ、樫田氏のように一歩引いて、冷静に本質を俯瞰する視点も求められるのであろう。決して独りよがりにならず、中島氏のように適切なタイミングで、プロフェッショナルに意見を素直に求められる姿勢は大切にしたい。
AnyGiftが顧客にとって必要不可欠な存在になっていく。
PMFに向けた試行錯誤の道のり
中島日々、プロダクト開発に向き合っていると、目の前の顧客解像度は高くなりますが、どうしても近視眼的になってしまいます。樫田さんのように課題を俯瞰して、顧客に共感されるコアコンセプトを問い続ける姿勢がとても重要だと改めて気付かされました。
単に機能を提案するのではなく、その先にある概念、コンセプトを顧客に問い、事業を前進させていく──。プロダクトマネジメントという枠を超えて、顧客にとって本質的な価値を提供する視点が必要だと、日々痛感しています。
樫田本質的な課題の気づき方は様々ありますよね。プロダクトマネージャーとしては俯瞰的に物事を捉える視点と、目の前の顧客の具体的な悩み、課題から気付きを得る視点、双方が重要だと思います。
プロダクトのコアコンセプトは確立されつつある印象ですが、現時点での事業フェーズはどういった状況ですか?
中島導入社数は500社超と、順調に事業は伸びていますが、どういった業種、事業規模のお客様に対して、最も価値提供ができるか?という点においてはまだまだ試行錯誤の段階です。PMFの基準として、特定の領域において必要不可欠な存在になる状態をつくるために価値検証を行っています。
前提として、ギフトはある程度、認知度が高い商品でないと送られない性質があります。したがって現状は商品認知度が高く、事業規模が一定大きいエンタープライズ企業に向けた提案に注力しています。業態で言えば、食品・化粧品業界においては他業種よりもギフト領域で課題が大きく、提供価値が最大化するのではないか、という仮説があります。
樫田なるほど。エンタープライズ企業は社内で抱えている課題やニーズが多様ゆえにプロダクトへの要望がどうしても多くなる印象があります。エンタープライズ企業ならではの小さなこだわりや細かい要望を聞く中で、どのように優先度をつけて、プロダクトに実装していくかが肝になりますよね。
その中で、本質的な課題を見つけていくことが重要だと思いますが、具体的にどういうプロセスで開発・実装していくかの方針について、社内でどうコミュニケーションしているんですか?
中島顧客の解像度は自分が一番高いため、基本的には私1人で仮説や課題を考えていま す。その上で、社内のデザイナー、エンジニアと連携し、プロダクト開発を進めています。ただ、自分の考えが全てではないので、EC業界のスタートアップを経営している起業家に自らアジェンダを持ち込んで、積極的に相談しにいくようにしています。
先輩起業家に話を聞くと、我々より、事業が1~2ステージ進んでいるため、彼らがシード期にプロダクトをどのように検証していったのか、どこまで泥臭くオペレーショナルなところまでやり切っていたのかという話を聞くようにしています。とても参考になりますね。
事業を成長させるために、自分で立てた仮説を磨き込んだ上で、社内外の先人たちに遠慮せず話を聞きにいき、検証のPDCAを高速に回していく。プロダクトマネージャーという枠を超えて、起業家として結果を出すためには中島氏のようにハングリーかつ愚直に行動し続けることが、やはり重要だ。
樫田先ほどの話と通じますが、すぐに行動に移せて、素直に話を聞きにいけるところは中島君の強みですよね。
自社では採用できないけど、様々な知見を持っているプロフェッショナルに話を聞き、新たなことを学習し、プロダクトやオペレーションに落とし込んでいける素養はプロダクトマネージャーのみならず、起業家としてとても重要だと思います。
事業を伸ばすために専門領域の枠を超えていく。
プロダクトマネージャーから起業家へ
樫田プロダクトマネジメントやデータ分析といった担当領域を問わず、自分の枠を抜け出し、事業にコミットする姿勢が重要だと思います。
データ分析やプロダクトマネジメントといった手法は、あくまで事業を成長させる手段として捉え、その先にある本質的な課題に対してどう貢献できるか?という視点を常に持っておくべきだと思っています。
中島メルカリ時代はプロダクトマネージャーという役割でグロースに向けた施策や機能改善を行っていましたが、自分で会社を立ち上げ、ゼロから事業をやっていると、プロダクトマネジメントの枠を超えて事業開発、マーケティング、リーガルなどアプローチの幅が圧倒的に広くなります。新しいことに貪欲に挑戦し、学び続ける耐性は人一倍強いかもしれません。
「学び続ける耐性は人一倍強いかもしれない」という中島氏の言葉。まさにこの部分に、強みが凝縮されているように感じられる。
その裏にあるのがおそらく、「仮説検証」の力だ。プロダクトマネージャーたるもの、この「仮説検証」をおろそかにしてはいけない。むしろ、最大の強みとして突き詰めていくべき点である。
樫田氏もそう考え、改めて強調する。
樫田「仮説検証」を繰り返す。このことが、プロダクトマネージャーという役割が持つ、素晴らしい強みであり、社会から求められ続ける能力です。プロダクトマネージャー以外にも、この仮説検証ができる人はいるはず。
こうした「仮説検証ができる人たち」には、ぜひ起業に挑戦してほしいと私は強く感じています。
逆に言えば、仮説を自ら立てて検証することなく、顧客の求めることに対応するだけだとしたら、それはプロダクトマネージャーとは呼べず、単なる受託開発のディレクターです。
「仮説検証」とは、まず、世の中にはこういう課題があって、こんなふうに困っている人々がいるのでは?と自分なりの仮説を立てる。そこで立てた仮説を検証し、解決に値する仮説かどうか、検証精度を高めていくプロセスです。
ユーザーにヒアリングだけしても答えが出てくるわけではありません。仮説検証のプロセスにおいては、最小工数でプロダクトをつくり、仮説に対する具体的な提案までできることがプロダクトマネージャーとしての必須条件です。
だから、起業はプロダクトマネジメントの延長線上にある仕事とも言えるのかもしれません。仮説検証を楽しめて、世の中に新しい価値をつくりたいという方はぜひ、起業という選択肢の一つとして考えてみてもよいのではないかと思います。
中島正直、メルカリに入社した時は起業するとは思っていませんでした。幸運なことにプロダクトマネージャーという役割でキャリアをスタートでき、この仕事はめちゃくちゃやりがいがあって、奥が深く、面白い仕事だとずっと思っています。
樫田さんが仰ったように、私自身、起業してからも、日々行なっていることはプロダクトマネジメントの延長線の感覚があります。正直、あと1~2年早く起業していても良かったなと思うぐらいです(笑)。自分なりに仮説を立てて検証し、プロダクトに実装し、価値を提供していく感覚が好きな方は起業家に向いていると思っています。
今回の取材全体を通じて、プロダクトマネージャーというキャリアの奥深さ、可能性が伝わっただろう。テクノロジーが産業成長の中心になる中で、仮説検証プロセスを回し、価値のあるプロダクトを世に送り出していくニーズはますます高くなっていくはずだ。
まだ少数ではあるが、セールス・カスタマーサクセス、事業開発といった非エンジニア系の職種からプロダクトマネージャーに転身した事例も巷では聞くようになった。将来的に起業し、プロダクトを通じて世の中を変えていきたいと志す人にとっては、魅力的なキャリアパスになっていくのだろう。
こちらの記事は2023年03月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
清沢 康平
写真
藤田 慎一郎
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