強いブランドは圧倒的なプロダクトの上に成り立つ。
日本酒界の定説を変え、市場を切り拓くSAKE100の挑戦

インタビュイー
生駒 龍史
  • 株式会社Clear 代表取締役CEO 

1986年生まれ、日本大学法学部卒。2年間の社会人経験を経て独立。「日本酒の未来をつくる」をビジョンに掲げ、日本酒に特化した事業を展開。2013年にClear Inc.を創業し代表取締役CEOに就任、現職。

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「業界をアップデートする」

今、Clearほどこの言葉が似合うスタートアップはいないだろう。同社は「日本酒」というレガシーとも呼ばれる業界を変えようと、試行錯誤を重ねてきたプレイヤーだ。

メディア、EC、クラウドファンディングなど、スタートアップらしく新たな手法と日本酒を組み合わせ、業界に新たな風を吹かせてきた彼らはいつしかD2Cの先駆者となった。

先端の手法を取り入れながら、ディスラプトとも違う業界の変え方を志向してきた同社が、次に挑むのはラグジュアリーな「ブランド」づくりだ。

一見、スタートアップと距離が遠そうなブランド開発になぜ注力するのか。Clear代表取締役CEOの生駒龍史氏に話を聞いた。

  • TEXT BY RIKA FUJIWARA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
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日本酒の可能性に挑戦するスタートアップ

日本酒の可能性に挑戦し、
未知の市場を切り拓く。

これがClearの掲げるミッションだ。同社の歴史はこのミッションを体現してきた歴史とも言える。それだけ、日本酒の可能性に挑戦してきた。

Clearは2013年の創業以来、一貫して日本酒に関する事業を手掛けてきた。創業期には日本酒の定期購入サービスや日本酒ダイニングバーの経営を経験。2014年には日本酒特化のWebメディア「SAKETIMES(サケタイムズ)」を立ち上げ、2018年から日本酒ブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」の展開をはじめた。

SAKETIMESでは、専門用語の解説や日本酒の楽しみ方、全国各地の酒蔵のインタビューなど、日本酒に関するさまざまな情報を発信する。編集部員は、自ら全国の酒蔵に足を運び、これまでに取材した蔵元の数は300以上にものぼる。

そもそも、日本酒に関する情報が流通していなかった中で、メディアを立ち上げ成長させたことは日本酒の可能性を広げた。だが、メディアの価値は単に日本酒の魅力を伝えるだけではない。

取材を通して得た、日本酒に関する幅広い知見、それぞれの酒蔵の唯一無二の付加価値や技術の高さ、海外における日本酒への関心の高まり、そして読者の反応を通して知り得た顧客目線。Clearは、これらの価値をプロダクトづくりに生かした。

2018年、Clearは1965年創業の老舗酒屋 有限会社川勇商店の発行済み株式のすべてを取得し、同社を完全子会社化。これに伴い、同社の持つ酒類小売業免許を活用した新事業として「SAKE100」を立ち上げ、小売業に参入した。

SAKE100は、「100年誇れる1本を。」をテーマに掲げる日本酒ブランドとしてスタート。すべての商品をClearと酒蔵で共同開発しながら、インターネットを通じて販売。「D2C」という単語が浸透するよりも早く、このモデルに取り組み始めた。

SAKE100の第1弾としてリリースした「百光(びゃっこう)」は、リリースに先駆け、予約販売を兼ねたクラウドファンディングを実施した。16,800円という価格ながら注文が殺到。開始から3時間で目標金額を達成するなど、他のD2Cブランドと同様にファンを集めながら、小さく仮設検証を積み重ねていった。

同社は百光をリリースした後、「深豊(しんほう)」、「天彩(あまいろ)」など次々と日本酒を開発・販売する。手元にカードが揃ってきた段階で、同社はギアを変える。2018年10月にKLab Venture Partners(現・KVP)と個人投資家からあわせて7,500万円の資金調達を実施。

「日本酒マーケット」そのものを変えるという挑戦に乗り出した。

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市場創造を目指した、再現性のある“高単価”商品の開発

日本酒は一番グレードが高いとされる純米大吟醸で3,000円台。それに対し、SAKE100は1本6,000円台以上、なかには15万円のお酒も販売している。市場では異例の高単価商品を揃えている。この高単価商品を再現性をもって開発し、市場を変えようというのがClearの野望だ。

株式会社Clear 代表取締役CEO 生駒龍史氏

生駒氏私たちは、『日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く』をミッションに掲げました。これを実現する上で、市場に足りていないのは圧倒的に“高単価商品”です。

日本酒は、流通の構造上よいお酒でも高値で販売しづらい。加えて、既存の酒蔵は数百年以上に及ぶ歴史があり、その構造を打ち破りづらい。我々はこうした現状をふまえ、スタートアップだからこそ取れる手段で、日本酒のポテンシャルを活かす高単価市場を切り拓こうと考えています。

高単価の日本酒市場創造に向け、同社が向き合ったのは“プロダクト”——つまり日本酒自体だった。

生駒氏お酒に限らずどのジャンルでも、高価格なものはブランドとして評価・認知を得ています。ブランドとは、無形の価値に対する約束、信頼。“そこの商品は良いものである”“最上の体験ができる”と、社会や世界に認めてもらうことです。

その信頼を勝ち得るには、何よりも、「最上の体験ができる」圧倒的なプロダクトが欠かせません。ですから、SAKE100はまず絶対的な自信を持ってお客さんに届けられる、プロダクトづくりへ注力しようと考えたんです。

ただ、ブランドは一朝一夕でできるものではない。D2Cの強みでもある仮説検証の繰り返しを通し、プロダクト、プロセス、そしてブランドもその質を非常に高い水準まで引き上げる必要がある。

同社はSAKETIMESの運営を通じて培った全国各地の酒蔵とのネットワークとマーケットへの深い知見を活かし、この仮説検証を幾度も重ねていった。

適切なマーケットのニーズ、それを作る上で適切な酒蔵に依頼を引き受けてもらえる関係性、日本酒市場やプロダクト自体への深い理解。単に読者がいるだけではないSAKETIMESの価値を積み上げてきたからこそできた日本酒造りがそこにはあった。

結果、約半年で3本の商品をリリース。高単価の日本酒は実現可能かを検証していった。

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市場開拓のために避けては通れなかったブランド開発

これらの仮説検証を経て、高単価市場に勝ち筋を見出したClearは、さらなる“未知の市場”に挑む判断をする。それが、単なる高価格ではなく、“最高級”を冠するにふさわしい、“ラグジュアリーブランド”への挑戦だ。

生駒氏私は日本酒をワインのように大きな市場にしていきたい。そのためには、いまより更なる高さが必要になると考えていました。幸い、百光をはじめとした3本では一定の評価を得られました。ただ、市場には少しずつですが数万円規模の日本酒が出始めてきている。であれば、我々はより高価格帯の市場を切り拓くべきではないかと考えるようになったんです。

世界一高いと言われるワイン「ロマネ・コンティ」の値段は、100万円を超える。Clearは、これまで彼らが作り出してきた日本酒よりさらに高額で取引可能なものを作り出すことに挑戦する。スタートアップ的な商品開発の先に、ラグジュアリーなブランドの構築を行おうとするのは興味深い。

だが、ラグジュアリーなブランドは一朝一夕では生まれない。簡単には生まれないからこそ、「ラグジュアリー」なのだ。だが、すでに彼らは挑戦の一歩目を踏み出している。

生駒氏ラグジュアリーブランドを目指すのであれば、プロダクトの質はもちろん、商品やパッケージのデザイン、届いた時の梱包、顧客対応……360度どこを切り取っても完璧な世界観がかかせません。文字通り“総合格闘技”になる。そこにふさわしいプロダクト、世界観、体験を備えなければと考え、挑んだのが2019年5月に発売した「現外」です。

「現外」は、SAKE100のラグジュアリーを体現するプロダクトとして生まれた、24年という長い年月熟成されたヴィンテージの日本酒だ。共同開発した兵庫県の酒蔵・沢の鶴が、1995年の阪神淡路大震災で被災した際に、奇跡的に倒壊を免れたタンクの中に残っていた酒母から生まれたという。

こうしたストーリー・希少性を持つ現外に、Clearは1本15万円という価格を打ち出す。数量限定100本。ヴィンテージの名にふさわしいラベルやボトル、金属製ギャランティーカードを用意し、ラグジュアリーブランドとして申し分ないプロダクトに仕上げていった。

生駒氏ありがたいことに、出だしは非常に好調です。予約販売の10本も12時間で完売し、お客さんからの評判も上々。発売から2カ月ほどで、すでに3本購入されたお客さんもいらっしゃいます。もちろん、ブランドとしての挑戦はここからですが、ラグジュアリーな日本酒という市場はある——という自信につながりました。

現外というラグジュアリーなプロダクトを作り出すために、同社は膨大な時間を割いた。主に、彼らが注力したのは徹底的な「世界観構築」だ。「顧客に届ける体験の解像度を上げ、どんな世界観を提供したいのか」というブランドの“核”は、全社で数カ月にわたり議論を重ね設定した。

生駒氏「心を満たし、人生を彩る」──これがSAKE100というブランドの核となる“パーパス”です。お酒という商品にかぎらず、あらゆる接点でお客様の心が満たされる体験を届ける。その、意思表明でもあります。

その上で、パッケージから配送時の箱、サポートのメール文面、など。360度、どこを見渡しても完璧にこの世界観が伝わるよう、あらゆる顧客接点を突き詰めていった。

購入者に送るブランドブックや封筒でも、そのロゴをセンターに置くか端に寄せるかの議論があった。

世界観が崩れるのであれば、短期的な売上にもとらわれない。ブランドを作り出していくためには、ときに数値には現れない意思決定が必須になる。

生駒氏現外の納入先は、パレスホテル東京、アマン東京、星のや東京など、高級ホテルやミシュランガイド掲載店のみ。国内外から引き合いはありますが、ブランドが優先です。

私たちが着目するのは、「それがブランドをつくるためになっているか」。売上も、ラグジュアリーブランドになるために必要なのかという視点で考えます。我々が目指すビジョンに対して、ブランドは絶対に欠かせないものですから。

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プロダクトの“強さ”とビジネスモデルを武器に、世界へ

D2Cブランドがポジションを確立するためには、必要な要因がいくつかある。圧倒的な商品開発力、直接つながっているステークホルダーからのフィードバックをプロダクトに反映させる機動力、そしてブランディングやマーケティングの力。

Clearは着実にすべての力を磨いてきた。土台が整えば、チャネルを柔軟に広げていけるのもD2Cによる強みだ。ラグジュアリーなプロダクトを作り上げたばかりの生駒氏の目は、すでに太平洋の向こう側を見据えている。

生駒氏私たちが進出を考えているのは、北米の中でもレストランの激戦区のエリアです。高校バスケでMVPとった生徒がいきなりNBA行くようなもの。ですが、そこで評価されれば世界中どこでもやっていけることになる。

だからこそ、もっとも険しい山に挑もうと考えています。もちろん、ブランドとしてはようやくスタート地点に立った位に過ぎません。ここから突き詰めなければいけないものは膨大にあります。

たしかに、日本酒市場は海外でも成長している。商品を高額にすることに成功しつつあるSAKE100が、より広いマーケットに挑戦しようとするのも当然といえる。ひたすらに未知の領域へと挑戦を続ける生駒氏を支えているのは、一つひとつの着実な積み重ねの結果だ。

生駒氏私たちはプロダクトに真面目に、本気で向きあい、絶対の自信がある。だからこそ、自分たちであればやり切れると信じられるんです。日本酒の可能性をどこまで広げられるか。まだその入り口にしか過ぎません。ギアを変え、ここからさらに角度をつけて登っていくつもりです。

プロダクトもブランドも、膨大な仮説検証を重ね突き詰め続けてきたClear。その結果が即座に完売するプロダクトであり、有名店からの引き合いであり、海外へと挑む布石になっている。

ただ、彼らが積み上げてきたのは、単なるPDCAではなく、創業からSAKETIMESを経て、徹底的に日本酒と向き合い続ける姿勢がある。日本酒の可能性を信じ、一貫して日本酒と、酒蔵と、市場と向き合い続けてきた彼らだからこそ見える景色が、いま少しずつ明らかになってきている。

こちらの記事は2019年11月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

藤原 梨香

ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。

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藤田 慎一郎

編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。

デスクチェック

モリジュンヤ

1987年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、2011年よりフリーランスのライターとして活動。スタートアップやテクノロジー、R&D、新規事業開発などの取材執筆を行う傍ら、ベンチャーの情報発信に編集パートナーとして伴走。2015年に株式会社インクワイアを設立。スタートアップから大手企業まで数々の企業を編集の力で支援している。NPO法人soar副代表、IDENTITY共同創業者、FastGrow CCOなど。

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