組織形態から紐解く“イノベーションのジレンマ”の防止策──グレイナーの「5段階企業成長モデル」を用いた考察とその事例
「働き方改革」の話題が飛び交う中で、企業組織で働く人の中には、会社の規模を問わず、「トップダウンの組織体制でやりたいことがなかなかできない」、「今の会社の組織体制に疑問を感じている」など、不満を抱える人も多いだろう。
しかし実際問題として「本当にうちの会社は組織体制を変革する必要があるのか、そして可能なのか」と疑問を感じてしまう人もまた多いのではないだろうか。
本記事はグレイナーが唱えた「5段階企業成長モデル」を用いて、読者の多くが働いている企業が属するであろう「第4段階」の企業組織が抱える危機と、第5段階に移行するために必要な「新しい組織のかたち」を説明する。
そして今回は、最近注目を浴びている「ホラクラシー」を導入している企業と、特徴的な「社内ベンチャー制度」でイノベーションを喚起している企業の2種類にフォーカスして、「新しい組織のかたち」の具体的な事例を紹介する。
- TEXT BY KOTARO YAMAURA
グレイナーの「5段階企業成長モデル」とは
「5段階企業成長モデル」とは、ラリー・E・グレイナーが1979年にハーバードビジネスレビューに発表した論文「企業成長の”フシ”をどう乗り切るか」に記載されている企業の発展モデルだ。
グレイナーによると、企業の成長サイクルには以下の5段階がある。
- 創造性による成長とリーダーシップの危機
- 指揮による成長と自主性の危機
- 権限委譲による成長とコントロールの危機
- 調整による成長と形式主義の危機
- 協働による成長と新たなる危機
第3段階までの詳しい説明はここでは割愛するが、気になる方は以下のリンクを参照してほしい。
「第4段階」で生じる「形式主義の危機」とは
第4段階の成長フェーズに該当する企業はビジネスモデルが確立され、儲かる仕組みをどれだけスケールさせるかを最重要課題としている。
そのため社員には標準化された仕事を正確に行うことが求められ、組織体制は職能別のピラミッド型組織になる。ちょうど今の日本の大企業や、ビジネスモデルが確立されたメガベンチャーなどがこのフェーズに該当するのではないだろうか。
ビジネスモデルが安定しているため、それを変えるような提案は敬遠されやすく、当然イノベーションは起こりにくくなる。また組織は部門ごとの投資単位で評価され、組織の部分最適化行動が助長される。
各部門は予想がつきやすい利益を追求するため、全社的・長期的視点で不確実な技術開発に投資する動機が弱まる。
大企業病、イノベーションのジレンマなど、第4段階の企業が直面するこれらの問題をグレイナーは「形式主義の危機」と呼んだ。
「第5段階」の成長フェーズに移行するには
第4段階が直面するこれらの危機は、「安定」と「不確実性」の矛盾した存在のバランスをとることで乗り越えることが可能だ。具体的には、
- 変化を受け入れるリスクを減らす仕組みを作る
- 変化が自分にとってプラスになる仕組みを作る
といった新しい組織の仕組みを作ることが必要だ。
既存のビジネスモデルの安定化を図りながらも、イノベーションが起こりやすい組織体制を作ることで、企業は第5段階のフェーズへと移行する。
そして、それができる組織が「協同(Collaboration)に基づいた緩いネットワーク型の組織」であるとグレイナーは唱え、第5段階の企業がとるべき「新しい組織のかたち」であると言える。
次章では実際の企業が導入している事例を紹介していく。
実際の企業が導入している「新しい組織のかたち」
「ホラクラシー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。定義は示すと以下のようになる。
「ホラクラシー」(holacracy)とは、従来の中央集権型・階層型のヒエラルキー組織に相対する新しい組織形態を示す概念で、階級や上司・部下などのヒエラルキーがいっさい存在しない、真にフラットな組織管理体制を表します。
ホラクラシーの下では、意思決定機能が組織全体に拡張・分散され、組織を構成する個人には役職ではなく、各チームでの役割が与えられます。細分化されたチームに、それぞれ最適な意思決定・実行を行わせることで、組織を自律的・自走的に統治していくシステム──それがホラクラシーです。
ここでは、実際にホラクラシー型組織を実現している会社、またそれに近い組織体制を導入している会社を紹介していく。
1.ダイヤモンドメディア株式会社
ホラクラシー型組織を日本でも率先して導入したのが、ダイヤモンドメディア株式会社だ。実現が難しいと言われているホラクラシーをマネジメントしていることで、近年注目が集まっている。
社長である武井浩三氏がホラクラシー型組織が失敗しない方法について語った記事があるので、ぜひ参照してほしい。
2.株式会社アトラエ
株式会社アトラエは、「ホラクラシー型組織」という言葉が誕生する前から同様の組織形態で運営されていた企業である。出世という概念をなくし、肩書きを取締役と社員の2つにしたフラットな組織体制を持つ。
また、取締役の持つ情報を社員にも共有し、社員も会社の意思決定に関わることが可能だ。
3.株式会社キャスター
「リモートワークを当たり前にする」ことをミッションに掲げ、ホラクラシー型組織を導入したのが株式会社キャスターだ。
社員にもリモートワークを認め、副業は会社からの関与は一切なく、・フレックスタイム・雇用形態の変更も認めている。社員が自分の働き方を自分で決められる組織体制だ。
4.面白法人カヤック
ホラクラシー型組織であると謳っているわけではないが、非常に斬新な組織体制を持っているのが面白法人カヤックだ。
「つくる人を増やす」という経営理念を持ち、社員全員が主体的であるための組織の仕組みを導入している。
人事・報酬制度を全員で決めるフラットな会社で、現在はサイコロ給と呼ばれる、サイコロの出目によって給与を決める斬新な給与体制を持っている。
「社内ベンチャー制度」でイノベーションを生み出した事例
「ホラクラシー型組織への以降には時間がかかるし、できそうもない」、そう思う方もいるだろう。
ここでは、社員が変化を起こすインセンティブを与えることでイノベーションを生み出そうとする、「社内ベンチャー制度」を導入している企業での成功事例をいくつか紹介しよう。
5.株式会社サイバーエージェント
10数名の精鋭メンバーからなる「NABRA」と呼ばれる組織で社内ベンチャーを次々と生み出しているのが、サイバーエージェントだ。現場から将来のサイバーエージェントを牽引する子会社を作ることを目標に、現在数十社の社内ベンチャーを生み出している。
優良なアイディアは役員会を通さずに投資委員会にかけられ、承認されればすぐに事業化できるのが特徴だ。この仕組みにより、新規事業に挑戦しようとする社員が増えているのは間違いない。
2017年10月に登録者数1800万人を突破した「グランブルーファンタジー」などで知られるオンラインゲーム会社Cygamesも、サイバーエージェントの生み出した社内ベンチャーの一つだ。
6.株式会社リクルートホールディングス
「Recruit Ventures」と呼ばれるプログラムで、グループの全社員が新規事業開発に挑戦できるのが、リクルートホールディングスだ。
リクルートは1982年より新規事業コンテスト「NewRING」を運営していたが、2014年に新しい事業開発の仕組みとして「Recruit Ventures」へと大幅にリニューアルした。
この仕組みにより、発案・承認されたアイデアを「実際に事業化する」部分を手厚くサポートしている。新体制になって初の社内ベンチャーが生み出したサービス『うさぎノート』は、学校・おけいこ教室・塾の先生が子供の保護者に連絡できるオンライン連絡帳サービスで、2016年には全国で300校以上の教育機関に導入されている。
現在サービス名を『スタディサプリ連絡帳』とブランド変更し、さらなる成長のため邁進している。
7.DIC株式会社(元大日本インキ化学工業株式会社)
社内ベンチャー制度で全く異なる業界の子会社を生み出したのが、DIC株式会社だ。
同社の社内ベンチャー制度で生まれたのが、「スポーツクラブルネサンス」を運営する株式会社ルネサンスだ。
2017年3月期第2四半期連結決算は、売上高219.26億円(前年同期比2.4%増)で、売上がフィットネス業界第3位と現在も好調を維持している。
8.三井物産株式会社
企業が出資をすることで社内ベンチャーを誘発することが多い中で、独特な社内ベンチャー制度を持つのが、大手総合商社の三井物産だ。三井物産は2017年に社員に出資額の一部を自腹で負担させる斬新な社内ベンチャー制度を導入した。
自腹だからこそ、本気で挑戦したいという意思のある社員が挑戦できる仕組みであり、量よりも質を重視した仕組みであるといえよう。
9.株式会社博報堂DYホールディングス
博報堂DYグループの社内公募型ビジネス提案・育成制度として、2010年からAD+VENTURE(アドベンチャー)と呼ばれる社内ベンチャー制度を導入したのが、博報堂DYホールディングスだ。
一部を除く全ての国内連結子会社の正社員が、立場・年齢を問わず自分のアイディアを公募できる点で、誰もが自分のアイデアを提案できるフラットな仕組みであるといえる。
まとめ~破壊的イノベーションを起こし続ける組織であり続けるために~
あなたの企業はどの成長段階に該当するだろうか。もし第4段階のフェーズであり第5段階に移行すべきなら、これらの事例をぜひ参考にして欲しい。
また、全ての企業組織に言えることは、「組織の成長フェーズ」と、それに見合った「組織のかたち」をうまく対応させる必要があるということだ。
また最近だと、このような成長段階をわざわざ踏まずとも、小さな企業が社会に大きなインパクトを与えた事例も多く出てきている。わかりやすい例がFacebookであろう。アプリを作ってリリースするだけのコストの安さや、インターネットの持つ拡散性をうまく利用した成功事例だ。
このようなインターネットを活用した新しいビジネスモデルを持つ会社は、今後もイノベーションを起こす組織の仕組みを持つことで、引き続き成長を持続させることが可能であろう。
もちろん、経営理論が実際の経営を説明するのには限界がある。実際に企業組織が改善されていくのは、読者の皆さんの行動があってこそであろう。この記事がみなさんの挑戦を後押しできれば幸いだ。
こちらの記事は2017年12月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山浦 康太郎
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