SmartHR、実は想像以上の“実力主義カルチャー”だった──「あの会社の“実は”ここがすごい」Vol.1

スタートアップだけでなく大企業も含め数百社の経営戦略や事業戦略の現場を取材してきたFastGrow。その中で編集部が蓄積してきた情報とノウハウから、「そこまで知られていないけれど実はすごい秘密」を、取材・編集後記として考察するこの連載コラム。今回迫るのは、日本が誇るユニコーンSaaS企業、SmartHRだ。

スタートアップを中心に100名以上の起業家・CxO・事業責任者らのロングインタビューを実施し、SmartHRに対してはCEOから現場メンバーまで10人以上との交流を持ってきた副編集長の田中。「オープン・フラット・遊び心」をカルチャーに掲げる同社には、外部からリラックスした職場環境や柔軟な働き方を提供する企業というイメージも一定、存在している。しかし、その実態は想像以上に「実力主義」を貫く組織なのだが、あなたはご存知だっただろうか?

創業から10年余りでARR150億円・従業員数1,200名を超える急成長を遂げるその原動力となっているのは、厳格なパフォーマンス評価とオープンなフィードバック文化だ。一見すると相反するように思える「実力主義」と「働きがい」を両立させる同社の組織運営は、従来の日本企業とは一線を画す。

本記事では、SmartHRの知られざる実力主義の実態に迫る。社員の生の声を交えながら、なぜSmartHRが高い成果を出しつつ、社員の成長と働きがいも実現できているのか、その秘密を考察してみよう。

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「ギャップフィードバック」に見る、意外な実力主義の一面

SmartHRの現代表芹澤氏や現CPO安達氏ら合計10名以上のインタビューなどの中で、意外にも私の心に残っているのが、「実力主義」という側面だ。

外部に向けて「オープン・フラット・遊び心」を掲げる同社だが、その内実は想像以上に実力主義を貫く組織なのである。まずはこの円グラフを見てほしい。

SmartHR公式note「出社率は◯%!16のデータで紐解くSmartHR」から引用

社内アンケートでは実に72%が「実力主義だと思う」と回答したというのだ(「非常にそう思う」と「そう思う」の合計回答数)。

そしてまた別のアンケートでは、「挑戦できる環境がある」と答えた従業員の割合が83%にのぼるとも公表された。

SmartHRによる<人的資本による価値創造ストーリーBook『well-working story』>2ページ目

もちろん、各メンバーが答えるタイミングでは「自社をよく見せたい」というバイアスなども多少はあるかもしれない。だが一方で、同社のメンバーは現在ほぼすべてが中途入社であり、前職のスタートアップや大企業と脳内で比較しながら答えているはず。

そして実は2019年に創業者宮田昇始氏のブログでも、「外から見えるより『実力主義』なカルチャー」「牧歌的なカルチャーの印象を少なからず与えてしまった」「採用PRで推すべきポイントを間違えた、我々のミス」と生々しく語られていた(宮田昇始のブログ<SmartHRは、外から見えるより「実力主義」な会社かもしれない>から引用)。

さあ、この印象を強く感じさせるものとして、最近公開されたnoteで改めて着目されていた独自の「ギャップフィードバック」文化をまずは見ていきたい。

一般的に「ネガティブフィードバック」と呼ばれるものを、SmartHRでは「ギャップフィードバック」と呼んでいる。この呼称の違いに、実力主義に対する姿勢が如実に表れているように感じた。

特に印象的だったのが、エンタープライズ事業本部 インサイドセールス本部 Directorを務める大谷優一氏の言葉。

普段生活で人にギャップフィードバックをすることはないですよね。マネジメントをやりだした最初は「好かれたい」「誰かが悲しむ顔を見たくない」という考えから苦手意識がありましたが、やらないとまずいと思ってやってみたら、意外とできました。

(中略)

やってみると逆に仲良くなれることもありますし。本人も気づいてるけど、言われてないから知らないうちに気を使い合っているという状態もあるので、それを開放できたりします。

──SmartHR公式note<中間管理職はツライ? SmartHRの”中心管理職”に聞くマネジメントの本音>から引用

大谷氏の発言に、ギャップフィードバックが単なる批判ではなく、相手の成長を真に願って行われるものだと感じさせられる。フィードバックを通じて互いの成長を促す、SmartHRならではの実力主義の姿勢が表れていると感じた。

さらに興味深かったのが、この文化が組織の上層部にも浸透していること。ブランディング統括本部 ブランドデベロップメント本部 Directorの原望氏はこう語る。

「こういう指摘をしてくれる人は少ないから助かる」と言われました。言うことで距離が縮まるというのはわかります。

──SmartHR公式note<中間管理職はツライ? SmartHRの”中心管理職”に聞くマネジメントの本音>から引用

同社の実力主義は、よくある「上から下への評価」だけでなく、「双方向のオープンなコミュニケーションを通じた実現」であるということなのだろう。これは、従来の日本企業における実力主義のイメージとは大きく異なる点だ。

私の脳裏に浮かぶのは、CEO芹澤氏やCOO倉橋氏が「そもそも実力主義があるから、さまざまなチャレンジができるんです」といった話をしていた時の様子だ。

このようなオープンなフィードバック文化が、決して生まれながらにしてSmartHRに根付いていたわけではないだろう。それは意識的に育まれ、実践されてきたものだと推察される。この後に続く発言「マインドセットとしては、めっちゃギャップフィードバックがほしいという人を増やしていきたいです(原氏)」には、組織全体でこの文化を推進していく強い意志が感じられた。

私見だが、このギャップフィードバックの文化こそが、SmartHRの実力主義の核心を成しているのではないだろうか。それは単に厳しい評価を行うということではなく、互いの成長を真摯に願い、率直に意見を交わすことで、個人と組織の両方が成長していくための仕組みなのだ。

この文化が機能する背景には、やはりSmartHRの「オープン・フラット・遊び心」というカルチャーがあるのだろう。今回は深入りしないが、2024年7月に発表された新たなバリュー「まずやってみる人がカッコイイ」「人が欲しいものを超えよう」「ためらう時こそ口にしよう」の裏側にも、こうした思想が見えてくるようだ(新バリュー公開についてもnote記事が公開されているので、ぜひ合わせてチェックしてみてほしい)。

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ハイパフォーマーの支援と伸び悩むメンバーへの対応から見える真の実力主義

SmartHRの実力主義は、ギャップフィードバック文化だけでなく、パフォーマンス評価の方法にも色濃く表れている。取材を重ねてきたうえで、改めて私が特に興味深く感じたのは、ハイパフォーマーへの支援と伸び悩むメンバーへの対応のバランスだ。

多くの企業では、パフォーマンスに課題のあるメンバーへの対応に多くのリソースを割く傾向がある。しかし、SmartHRでは異なるアプローチを取っているとも言える。先ほどのnoteでは、代表取締役CEOの芹澤雅人氏も含めて生々しく議論されている。

大谷:そうですね。僕は、Chiefに対しては、「ある程度のリソースをかけてダメだったら、その人にばかり時間を使うのはやめましょう」と話しています。例えばマネジメントのリソースの9割を伸び悩むメンバーのみに使うのはやりすぎだと思っているんですが、みんな情があるからどうしてもそっちに目が向いてしまうので悩ましい……

芹澤:僕が、マネジメントに期待したいのは、ハイパフォーマーがよりパフォームするための支援も含まれています。そこまできちんとできているのが良いマネジメントだと思います。

(中略)

芹澤:全社的にも、伸び悩むメンバーにかける時間の比重が高くなりがちなのは課題です。1on1などのミーティングが増えていき、最終的に誰につけがまわるかというと、Manager。そしてManagerがしんどくなってManagerがやめるという状況があるので、断ち切りたいです。

大谷:伸び悩むメンバーであったとしても、強みを活かすためにどこまでやるべきか悩ましいのですが、どう思いますか?

芹澤:手を差し伸べる必要はありますよね。

──SmartHR公式note<中間管理職はツライ? SmartHRの”中心管理職”に聞くマネジメントの本音>から引用

多くの企業で、パフォーマンスの低いメンバーへの対応に時間を割き過ぎてしまっていると感じるのではないだろうか?もちろんそれも重要だ。だがその一方で、組織全体のパフォーマンス向上を見逃してしまうと、スタートアップとしては致命的な問題にもなり得る。SmartHRの姿勢は、まさに実力主義で成長を続けていこうとする「スタートアップならではの組織力」を本質的に突き詰めている。

この発言からは、SmartHRが単純な成果主義ではなく、個人の成長可能性と組織全体のパフォーマンスのバランスを取ろうとしている姿勢が見て取れる。そして、そのバランスを取ることの難しさも同時に感じられた。

冒頭で紹介した、創業者宮田氏の2019年公開のブログでも、まったく同じ趣旨に見える以下のような一説がある。

どれだけ成長支援をしていても、同じミスを繰り返し続けたり、自分の成長にコミットしてくれない人に、手を差し伸べ続けることは、我々のような急成長スタートアップには難しいことです。

同じように、「入社してから短期間で、本来の実力を発揮してもらうため支援」と「日々の努力の積み重ねによる長期的な成長支援」とは別物です。

──宮田昇始のブログ<SmartHRは、外から見えるより「実力主義」な会社かもしれない>から引用、原文ママ

SmartHRでは以前から、単に個人のパフォーマンスだけでなく、チーム全体の相乗効果や、中長期的な事業成長が意識的にも無意識的にも重視されていることがうかがえる。

私見だが、SmartHRのパフォーマンス評価システムは、従来の日本企業にありがちな「全員平等」や「年功序列」とも、欧米型の「完全成果主義」とも異なる、新しい形の実力主義を体現しているのではないか?それは、個人の成長可能性を信じつつも、組織全体のパフォーマンス向上を重視し、そのバランスを絶妙に取ろうとする姿勢だ。

このようなアプローチは、組織が急拡大する中でのひずみも許容しながら、事業成長が止まることのないよう工夫に工夫を重ねていく難しい試みだ。スタートアップというよりもむしろ、同社が提唱する言葉を借りて「スケールアップ企業ならではの挑戦的な試み」だと言えるだろう。

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厳しさの中にある「その人らしさ」の尊重──SmartHRが目指す新しい働き方

もちろん、スタートアップやスケールアップ企業においては、成果や成長だけが重要なわけではない。同時に大きな社会課題の解決に向かって進んでいるというファクトやイメージこそ、何よりも重要だ。

そこで最後に、同社が掲げるミッション「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」と実力主義の両立について考察していきたい。

まずは、また別のnoteから、佐々木昂太氏・久永一樹氏の言葉に耳を傾けよう。

久永:自分に合わないコミュニケーションをしようとしても絶対ボロが出ます。先ほどお話しした、圧倒的な当事者意識と利他意識を持ってもらえたら、どう力を発揮するかはその人のやり方で構いません。その人がその人らしくいられるスタイルで仕事をしてほしい、というのがSmartHRのプリセールスです。

(中略)

佐々木:SmartHRとしてマルチプロダクト戦略が本格化していく中、その価値を最大化できるチームセリングもどんどん加速していかなければなりません。

SmartHRは自律駆動のカルチャーも大切にしていて、一人ひとりがプロフェッショナルで自律が成り立っていることが大前提です。その上で、さらなる変化に対応し限界突破し続けるためには、個と個の協働によって掛け算でさらに強くなることが重要だと考えています。

──SmartHR公式note<求められるのは圧倒的な当事者意識と利他意識──立ち上げから3年、SmartHRプリセールスの今>から引用


この発言は、SmartHRの実力主義が単に成果だけを求めるのではなく、個人の特性や強みを活かすことを重視していることを示している。つまり、「その人らしさ」を尊重しながら、高いパフォーマンスを追求しているのだ。

「SmartHR社は、実力がある人、自分を継続的に高めていける人にはうってつけの環境です。その逆の人にとっては、もしかしたら苦しい環境になるかもしれません」(宮田昇始のブログ<SmartHRは、外から見えるより「実力主義」な会社かもしれない>から)というのが変わらないとも見て取れる。

こうした環境について、同社が2024年3月に公開した「人的資本による価値創造ストーリーBook『well-working story』」が理解を助けてくれる。以下に引用しよう。

当社は、個人と組織の成長のため、従業員の『働きやすさ』と『やりがい』を両立させた『働きがい』の高い職場環境の提供を目指しています。

(中略)

従業員の働きがいを高めるための様々な働き方の制度や仕組みをトップダウンだけでなく、従業員の声を取り入れながらボトムアップの制度も導入しています。

──SmartHRによる<人的資本による価値創造ストーリーBook『well-working story』>から引用

さらに以下のように、「スケールアップ企業としてのwell-workingの実現に向けて」と題されたページでも、実力主義を高めていく気概が感じられる。

SmartHRによる<人的資本による価値創造ストーリーBook『well-working story』>26ページ目

ここでまた一つ私見を述べさせてもらうと、SmartHRの実力主義とwell-workingの両立は、「実力」の定義を柔軟かつ広範に捉えることで実現されているように思える。高いパフォーマンスを要求しつつも、そのパフォーマンスの発揮の仕方は個人の特性に合わせて多様性を認めている。そして、成長への意欲と可能性も「実力」として評価することで、社員の継続的な成長を促しており、それを表現するのが「働きがい」という言葉なのだ。

こうしてまとめてみると、社としてのミッションやブランドイメージ、メンバーの想い、事業モデルといった様々な要素に、共通した1本の筋がしっかりと通っているように感じられる。しかも、2019年のブログ記事を引き合いに出してもそれが感じられるのだから、時間軸を超えても変わらぬカルチャーがたしかに存在しているのだとも言える。

SmartHRが目指す先は、まだまだ果てしなく遠いものだろう。だが、そこに向けて相当なスピード感で進み続けていくであろうことが今回、「実力主義」というテーマでの考察から改めてイメージされた。各メンバーがどのように実力を発揮し、同社の新展開を牽引していくのか、具体的な様子をまた見られるのが何とも楽しみだ。

こちらの記事は2024年09月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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