泥臭くなければ、社会貢献も経営もできない【対談:ユーグレナCEO植村&STUDIO ZERO代表・仁科】
Sponsored理想を語ることは簡単だが、現実の経営の世界では、厳しい判断の連続が待っている。例えば「社会課題の解決」をミッションやパーパスに掲げる企業は多いが、資本主義経済の中で「売上」「利益」「成長率」といった数字と向き合いながら、いかにそれらを実現していくのか。その道のりは困難だ。理想と現実の狭間で悩む経営者も多い。今回は、そんな難題に挑む二人の経営者の対談を企画した。
株式会社ユーグレナ(以下、ユーグレナ)でCo-CEO兼COOを務める植村弘子氏は、就任から1年で、同社7年ぶりの営業黒字化を実現。組織改革を断行し事業の「原点回帰」を進めている。株式会社プレイド(以下、プレイド)の執行役員として社内起業組織『STUDIO ZERO』を率いる仁科奏氏は、主力事業『KARTE』とは戦略的に距離を置いた組織設計で、2021年の立ち上げ以来、3年連続で急成長中だ。
まったく異なるキャリアを歩みながらも、経営における事業や組織への考え方、ミッション実現への覚悟については近いものを持っている。そんな二人の経営者としての修羅場経験や苦悩、決断の裏側など、本音の語り合いから、経営や事業のリアルに迫る。
- TEXT BY MAAYA OCHIAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
「怒りを失ったら終わり」。
経営者に必要な熱量
植村私、常に「怒り」を持ち続けているんですよ。
それは会社や社員に対してではなく、まだまだやるべきことがあるのにできていない自分自身への怒りや、今の状況をつくってしまった自分自身への怒りです。ライバルが成果を残しているのであれば、健全に怒りや焦りを感じ、「やってやろう」と思うべきものだと考えています。
仁科なるほど、植村さんの原動力はそこにあるんですね。腹の括り具合というか、推進力がものすごい経営者さんだというイメージを持っていたのですが、その裏側がこれから見えてくるかもしれないと思うと楽しみです。
「とにかくやるんだ」「やり切るんだ」と実行していくような経営者と社員のチームになっていることは、何よりも重要ですよね。
植村腹を括れる人かどうかは一目でわかります。実行のスピードがとても速いですから。そのようにオーナーシップを持って取り組んで初めて、社会貢献性の高い事業が成り立つと思うんです。

株式会社プレイド 仁科奏氏(左)、株式会社ユーグレナ 植村弘子氏(右)
ユーグレナCo-CEOの植村氏と『STUDIO ZERO』代表の仁科氏。異なるキャリアを歩み、経営者となった二人が、経営の本質についてこう語る。終始、同じく強調していたのは「経営者の覚悟」だ。
仁科氏は、プレイドの主力事業『KARTE』のグロースをセールス起点で担い、同社の上場に貢献。そこから他社でCxOを経験した後、再び活動の場所をプレイドへ戻す。復帰後は新たな事業の柱となる非プロダクト型事業『STUDIO ZERO』を立ち上げ、「プレイド=『KARTE』だけじゃない」というパーセプションチェンジにも寄与する。この『STUDIO ZERO』事業は、“理想の世界”と“現実の世界”との厳しいギャップに向き合う中で、生み出されたものだった──。
仁科そもそもプレイドの社名はPlay(遊ぶ)とAid(助ける)を組み合わせた造語です。「事業を通じて、全力でのめり込むことや自身の能力を発揮すること、楽しむことを支援する」という思いを込めています。主力事業『KARTE』が一定の規模まで成長し、上場後に企業価値(時価総額)としても評価していただけるようになっていく中で、会社名よりもサービス名の認知が大きくなっていきました。サービス認知の広がりにはうれしさもあった半面、プレイドという社名に込めた想いが伝わりにくくなっているかもしれないというモヤモヤを感じ始めました。
そこで、プレイドから『KARTE』のほかにもさまざまな事業が生まれているという実績を明確に伝えていこうという新しい命題が生まれた。そんな経緯で『STUDIO ZERO』を立ち上げることになったんです。ミッションのためには、現状に満足していてはいけないと社内外に示すような形になったと思います。
植村そうだったんですね。『STUDIO ZERO』立ち上げに至るその流れ、はっきりとは知らなかったのですが、なるほどと思いました。「現状に満足していない」と示すことは重要ですよね。

プレイドの成長戦略において、『STUDIO ZERO』も大きな市場を開拓する主要事業の一つとして位置づけられている(同社発表「2025年9月期 第1四半期 決算説明資料」より)
植村氏はユーグレナの経営に参画した当初、想像とは異なる社内文化と徹底的に向き合った。
植村ユーグレナが抱える課題をじっくり見つめてみると、私が24時間365日フルに使っても足りないほど難しいものだらけで、「これはやりがいがある」と感じました。
ですが、社内の雰囲気は、外部から見て想像するような、ベンチャー特有のスピード感や緊張感とは少し違う、安定した文化が根付いているように感じました。
このままでは、改革に時間がかかると思い、まずは人事評価制度から着手し、難しい挑戦が推奨されるようにしていきました。社内から一定の反発があるとは予想したうえで、個々人の仕事への向き合い方が変わるように試みたんです。
仁科社外から来て、いきなり人事評価制度を変えるところに踏み込んだのは、さすがですね。反発は気にしなかったんですか?
植村まあそうですね(笑)。そこを気にして何も進まないのでは本末転倒なので。

植村氏のCo-CEO就任後、初の通期決算となった2024年12月期は、売上・利益等で過去最高値の更新などの成果が出た(同社発表「2024年12月期通期決算説明および今後の展望」より)
スタートアップやベンチャー企業の世界では「社会課題の解決を目指す事業をしている」「新規事業への挑戦環境がある」など、ビジネスパーソンにとって魅力的な言葉が並ぶことが多い。しかし、そうした美辞麗句の裏で、本当に事業で成果を残し続ける企業はほんの一部だ。意気込みだけでは、事業は大きくならないどころか、利益を出すこともできず、ビジネスが成り立たなくなる現実もある。目の前にある現実から目を背けていては、経営は成り立たない。
二人に共通するのは「理想論では現実は変わらない」という認識だ。企業の存在意義としてミッションやパーパスといった発信は大事だが、“キレイゴト”を発するだけになったり、表面的に取り組むだけになったりしてしまうと、「ベンチャーらしい力強い組織」は崩壊していく。組織が成熟していく中でも、「泥臭い行動」を伴い続ける必要がある。これを体感してきたのが植村氏であり仁科氏だ。
本対談では3つのテーマで、日々厳しい現実と向き合い続ける二人の経営者が、キレイゴトと泥臭さのバランスをいかに取ってきたのかを紹介する。
1つ目は過去のビジネスパーソンとしての原体験、2つ目は経営に参画するようになってからのエピソード、そして3つ目は、経営者としてさらに力強くなったエピソードだ。 ではここから、2人のキャリアの軌跡とともに、経営者としての覚悟を持つに至り、いかに向き合い続けているのか、そのストーリーを見ていこう。
ライフミッションから逆算する仁科氏、置かれた場所で200%咲く植村氏
現実を直視する姿勢や経営における覚悟など、近いマインドを持つ二人だが、その背景にある人生観やキャリアパスには大きな違いがあることが浮き彫りになった。
仁科私のライフミッションは20歳から変わっていません。一言でいうと「善く生きる人を増やす」ことです。自己実現を達成できる人、社会的存在として自分が関わるコミュニティを前進させられる人。この掛け合わせが「善く生きる人」だと考えています。このライフミッションから逆算してキャリアを設計してきました。

仁科氏は、50歳で何らかの社会インフラを構築する、そのために30歳までにスタートアップ経営に携わる、といった形で長期目線を持ち、実際にPR Table(現talentbook)でCFO/CPOを務めるなど、具体的に歩みを進めてきた。
対する植村氏は、経営者家系に生まれ、企業経営は日常の風景だったという。そのためか、「キャリア」という概念自体を意識せずに育った。
植村私はキャリアや人生設計について深く考えたことがないんです。「大きな川の流れに身を任せながら、その場その場で200%咲きたい」と考えるタイプ。置かれた場所で精一杯咲くことの積み重ねが今の自分をつくってきたし、これからもそうでしょう。家庭環境の影響も大きいと思いますが、承認欲求を感じたことがほとんどありません。自己肯定感が小さい頃から強かったように思います。
ライフミッションから逆算するアプローチと、今置かれた場所で咲くという姿勢。対極に見えるスタンスだが、その根底には共通する価値観が存在する。
例えば仁科氏は自己効力感の重要性を説く。
仁科個人的な考えではありますが、先進国では生活インフラが整い過ぎていて、新しい挑戦をしなくてもある程度生きていける状態になっています。先人たちの恩恵を受けて、我々はその快適さを享受できており、この快適さは素晴らしいのですが、その一方で、「わざわざ挑戦しなくても生きていける環境」とも言えるので、新たな試みへの意欲を低下させる側面もあります。その結果、自己効力感を持ちにくいですし、イノベーションが起きる土壌も育ちにくくなっているのではないかと考えています。
やはり、未経験のことも含め「背伸びして挑戦してみよう」と思えるような自己効力感を持った人が増えていくことで、世の中がより良い方向へ変化していくと思うんです。
植村氏も自己肯定感という似た表現を使いながら、経営者である父親の姿を重ね、常に経営の最前線で勝負することを選択してきた。

植村父親はすごく忙しかったけれど、とても楽しそうに働いていました。自分のお金のためではなく、誰かのために生きていた。今も私はそこに共感しています。
私自身のキャリアの歩み方は、どのような立場であれ、誰かの課題を解決するために、裸一貫で会社経営にがっつり入り込み、事業で勝負していくことに意味を見出しています。前職の一休でも、営業として入社し、成果を残し続けた後に、人事に関する全社の課題に取り組むためにCHROに就任しました(一休の頃のインタビューもぜひ参照いただきたい)。ユーグレナでも同じ気持ちで、CSXOとして入社してフルコミットしている中で、Co-CEOになるという流れになりました。
事業へのやりがいと生活に必要な基本的な収入があれば、待遇や名声みたいなものは全く望んでいません。そうしたことはなくても、自己肯定感を強く持って生きていますね。

取材内容等を基にFastGrowにて作成
キャリア観やアプローチは異なっても、経営者として現実に向き合う姿勢において二人の考え方は近い。両者とも採用面接では応募者の「覚悟」を厳しく見ているという。
仁科STUDIO ZEROでは採用面接で一貫して「自分のwillを実現するために腹を括れるかどうか」を見ていますし、入社後もその覚悟を持ち続けてほしいと思っています。
植村覚悟は大事ですよね。私もその考えは同じで、当社に入ってほしいからといって甘い話は一切しません。最終面接では必ず生々しい現場の話をお伝えして「本当に大変ですけど、大丈夫ですか?もう一度考えた方がいいんじゃないですか?」と聞いて、考えてもらっています。入社後に「こんなはずじゃなかった」と言われるのは申し訳ないので、しつこいくらい言うようにしています。
ユーグレナに対して社会貢献企業というイメージを持っていただけているのはありがたいのですが、「微細藻類を使って世の中の役に立つ」というテーマで、誰も成し遂げたことのないビジネスに挑戦しています。他責な姿勢では、何も成し遂げられないと思うんです。そうしたことを理解したうえで「ここで挑戦したいんだ」と考えて入社する人は、本当に当事者意識や覚悟を持った人だと思います。
ビジネスパーソンとしての当初の想いやキャリアビジョンには、意外にも大きな違いがあった。それでも、似た考えを持つようになったのはなぜか。それが、経営者になり始めたころの話から考察できる。
戦える強いチームがすべての基盤になる
覚悟を持って現実に向き合おうとしてきたと語り合う植村氏と仁科氏。これまでの経営者キャリアの中で、それぞれチームをつくって実践していく中で、「戦える強いチーム」とは何かを導き出していた。
植村氏にとって経営パートナーシップのモデルになったのは、かつて一休時代に働いた同社代表取締役社長・榊淳氏との関係だという。
植村私と榊さんは、キャリアやお金に関する価値観が似ていました。榊さんも「逆算でキャリアを考える」というよりは「今できることを積み上げていく」というタイプでした。心底尊敬していましたし、とても波長が合ったんです。
また会社として変化すべきタイミングでの意思決定として、「連続的ではなく非連続な成長を目指し、思い切ったアクションをすべき」という考え方部分でも合致していました。
とにかく凄い経営者で、私もたくさん打ちのめされましたし、時には言い合いをしたこともありましたが、本当に学びしかなかった。コンサルティングファーム出身の榊さんと、事業会社の営業出身の私では、得意分野が大きく異なりますから、互いに信頼して任せ合っていける関係性でした。このことがどの企業においても重要なんじゃないかと思います。今、自分がCEOとして経営する立場になっても、この時の学びが生きていると感じています。
仁科お互いに「この人になら背中を任せられる」と思える関係性って、何が正解かわからない経営の中では不可欠なものだとも言えますよね。
一方、仁科氏が経営に携わり始めたのは、前職のPR Table(現talentbook)時代だ。CFOとCPOを兼任し、幅広く経営に関わりながら資金調達を推進し、全社業績の改善に注力した。その経験を経て出戻ったプレイドで担ったのが『STUDIO ZERO』の立ち上げだ。立ち上げにあたり、メイン事業との距離を重視したと話す。
仁科今になって振り返れば、イノベーションのジレンマのような状況が当時の弊社にはあったと思います。具体的には、既存の基幹事業は、その成功と安定性から生まれる強い引力があり、新規事業における意思決定にも影響を及ぼしがちになります。
そこで、企業の根幹に関わるパーパスをベースとした新規事業を本気で育てるには、この引力から意識的に距離を置いた組織づくりが必要だと考えています。なので『STUDIO ZERO』は、主軸事業側とは顧客連携や情報連携は行いつつも、プレイド本体とは評価制度も採用も、ある程度分離しました。プレイドのCxOをはじめ、多くのメンバーからの強いサポートがあるおかげで、独自の意思決定が比較的可能な仕組みをつくることができ始めています。
植村そこまでやっているのはすごいことですね。代表(社長)との強い信頼関係があってこその話だと感じました。普通はそこまでできないと思います。仁科さんの意思の強さも感じるエピソードですね。

植村氏は2024年1月からCo-CEOに就任し、ユーグレナで新たな非連続成長に向けた組織改革を進めている。まず行ったのは「戦える人材」の確保だ。基準は明確だった。
植村私は全身全霊をかけて事業にコミットするメンバーが一定いれば、十分に戦えると考えています。なので、ユーグレナでは経営陣を一新させたことを機に、一緒に戦う仲間との信頼関係を改めてしっかりと築くことにしました。
掲げている理念のもと、私たちが生きている間にもっと多くの人や社会の役に立つ企業になっていくために、あるいは地球環境や未来の世代を守るために、このままでは時間が足りなくなるのが明らかだと感じ、焦りを覚えたんです。
この焦りを共有し、一心不乱に走っていくメンバーが、経営陣やその周りにいることは不可欠。「私と同じ思いで一緒に走ってもらえますか?」と、率直に聞かせてもらいました。このとき「もちろんです」と答えたメンバーで、1年経ってみて、今でも「本当に良かった」と思っています。最初のフェーズで妥協しなかったことで、さまざまな改革を一つずつ着実に進めることができました。
企業規模や事業特性に応じて必要な核となる人材の数は変わるだろうが、植村氏の感覚では、「全力でコミットできる人が20人いれば戦える」。それは単に長時間労働を約束するという意味ではなく、企業のミッションから逃げずに全力で向き合い、挑戦し続けるということを指す。
仁科氏も深くうなずきながら、少し異なる視点として「揺るがない基盤」という考えを語る。
仁科植村さんが仰った核となる人材のような「揺るがない基盤」ができれば、あとは経営者がアクセルを踏み込むだけ、とも言えますよね。私たちSTUDIO ZEROでもこれまでの立ち上げ期3年間をかけてゼロから経営基盤づくりを進め、その検証フェーズは徐々に終わりを迎えつつあります。
立ち上げフェーズよりも、さまざまな場所で多くのエラーが起こるはずです。そうした状況が訪れても、揺るがない基盤があれば、毅然と対処していける。そう考えて、基盤づくりに取り組んできました。
経営者になってからも意識的に新たな経験値を積み続け、成果を出すための強いチームのつくり方を築いた二人。基盤を整え、さまざまな挑戦を加速させてきた。特に、現状に満足することなく組織としての進化を思い描いてきたのだ。植村氏が振り返るユーグレナの変革の内実から、そんな様子がありありと浮かんでくる。
「戻す」ではなく「リスタート」の1年
植村正直に言って、「もう戻りたくない」と思うほど大変だったのが、この半年間でした。ユーグレナに参画してまだ数か月の段階で、ただでさえ事業に対する知識が少ないのに、Co-CEOとして見るべき事業領域はものすごく広いですから、改革するにしてもどの部分から着手すればいいのかわからない。「ここを変えていくんだ!」と自信を持って言えるようになるまで、Co-CEO就任からさらに半年ほどかかりました。
2023年4月にユーグレナに入社し、2024年1月からはCo-CEOに就任した植村氏。業界も業態もカルチャーも大きく異なる環境に戸惑っていたという事実もあるとのこと。
植村私のCo-CEO就任は突然だったので、私自身、まだわからないことが多いタイミングでした。本当なら、就任後もっと早い時期に、しっかりと組織の再構築を始めたかったのですが、R&D部門もあればヘルスケア事業もあり、エネルギー事業もあるユーグレナの全体像を、経営視点で把握するのは、思っていた以上に大変でした。なんとか半年をかけて把握し、その後の半年で改善の取り組みをいくつか進めました。
半年を費やして課題の所在を明らかにした後は、大胆な変革に着手。その筆頭が、先にも言及した人事評価制度の変更だ。スピード感をもって失敗を恐れずチャレンジし、成果を上げたメンバーがしっかり評価される。逆に、これまでと同じ努力と変化量では評価されにくくなる。そのように明確な差が生まれるようにした。コンフォートゾーンに留まりがちになっていた組織に大きな動きと揺らぎを生むような施策に着手している。
植村組織を以前の状態に「戻す」ではなく、「リスタート」させるのが2025年です。
ユーグレナが2024年の中期経営計画で打ち出したのは「原点回帰」「バイオマスの5F&両利きの経営」「黒字体質への転換」の3本柱。本記事冒頭で紹介した通り、2024年12月期の決算で7年ぶりに営業黒字を計上し、売上高や調整後EBITDAは過去最高値を更新した。
そしてCo-CEOとして植村氏が見据えるのは、2030年12月期の売上高1,000億円という大きな目標である。

売上高は通期での実績の2倍以上となる1,000億円を目指すとしている(同社発表「2024年12月期通期決算説明および今後の展望」より)
そのために特に重視したのは「事業の原点回帰」だ。ユーグレナといえばミドリムシ、といえるほど定着していたにもかかわらず、実は「ミドリムシからの脱却」を検討した時期もあったという。
しかし、冷静に数字と向き合う中で、「まだまだ本来届けるべき相手に届けられていない。脱却を考える時期ではない」と気づいたという。
植村「なぜこの会社がつくられたのか?」を改めて考えました。ミドリムシって、やっぱりすごい生き物なんですよ。このことに一番可能性を感じているのは私たちであり、これから改めて広げていくことで、社会に大きな貢献ができるはずなんです。
それに、「ミドリムシ(≒ユーグレナ)の会社だ。ミドリムシはものすごく有用だ」と言っているのに、社内メンバーだって毎日飲んでいるわけではなかったりします。まずは、自分たちがもっと摂取して、その有効性や必要性を強く実感すべき。そのうえで、自信を持って世界中に届けたいですよね。
このように、社内の一人ひとりのレベルから、まだまだやるべきことが多くあるんです。この原点に、必死になって、徹底的に立ち返らないといけないと思っています。
仁科なるほど、そうした「キレイゴトからの脱却」に至る議論が経営陣の中であったわけですね。どのようなステップでそれを実現していったのですか?
植村表面上でどんなに綺麗な言葉を並べていても、数字に表れているんですよ。残酷なほど「ここまでしか届いていないぞ」と。その残酷な数字から目を背けずに、現実を見つめることから始めました。
私はいわゆる“よそ者”だったので、フラットな視点で見て「これはおかしいですよね」と言える立場でした。お互いを厳しく指摘し合い「このままでは会社が駄目になる」というところから話を始めたんです。創業者の出雲やもう一人のCEOの若原とも、細かな部分まで話し合いました。

植村氏のユーグレナ参画1年目の2023年7~9月(同年12月期第3四半期)まで、ヘルスケア事業のグループ直販定期顧客数が減少傾向だった(同社発表「2023年12月期第3四半期 決算説明資料」より)
仁科氏もプレイドで類似の経験をしていたと振り返る。
仁科プレイドでもこの数年で少し近い経験をしました。事業自体は20〜30%ずつ成長していますが、株式市場においてSaaSバブルが弾けた影響もあって株価はどうしても上下しますから、一部のメンバーが不安を抱える場面もありました。そんな時にもブレることなく、コトに向かっていけるよう、全社的にカルチャーの強化に取り組もうという経営判断をして、私はSTUDIO ZEROを運営しながらプレイド本体の社内カルチャー推進を担うプロジェクトの旗振り役も兼務することになったんです。
その基盤ができてきて、組織コンディションも良い方向に向いていることもあり、私も今、STUDIO ZEROの方に全コミットできる状態になっています。
こうした組織面の話題として、仁科氏はユーグレナが実施した持続的な事業成長の実現を目的とした希望退職者の募集という大きな意思決定に対する尊敬の念について語る。
仁科ユーグレナさんが希望退職者の募集を進め、想定通りに50人程度の退職に至っているというのを拝見し、「難しい経営判断をしっかり進められており、本当にすごい」と感じています。
というのも、どんなに優秀なメンバーでも、新たな環境に慣れてくると、緩さみたいなものが生まれると思うんです。このことから目を背けず、必要だと感じたコミュニケーションはできる限り、経営者として自ら実践していくことが大事だと考えているんです。『STUDIO ZERO』でも、水が循環して、澱まないようにメンテナンスしていくというようなイメージでこれからも組織に目を向け、取り組みを進めていきたいですね。
このスタンスに植村氏も共鳴。ビジネスとして事業を伸ばそうとする以上、組織内に緊張感は必要だ。健全な緊張感を保つための工夫として、感情に訴えかける取り組みを意図的に行うという。
組織変革という、決して容易ではない道のりの中で、経営者としての成長を遂げてきたこの二人。今後も経営者としてのあり方をアップデートさせながら、事業成長とその先にある社会課題の解決を両立させようと意気込んでいる。
「先送り」は厳禁──現場に足を運び、迅速に意思決定しなければ、社内変革は進まない
本対談を通して一貫して二人が語っている経営者としての「覚悟」の重要性。それを象徴するようなバングラデシュでの経験が、植村氏にはある。
植村ユーグレナとして原点回帰を考える中で、バングラデシュ事業(*)のあり方を再検討するために、2024年秋に私は初めて現地に行きました。そこで、背中にのしかかる「責任」の重みを痛感したのです。
現地に行き、支援対象としてきた子どもたちやそのご家族、先生たちと触れ合って、「自分たちが会社を継続できなかったとしたら、この人たちはどうなってしまうのか」と、想像をするだけで身が引き締まりました。
*……ユーグレナ社創業理念の地であるバングラデシュで、現地農家の所得向上に取り組む「ソーシャルビジネス」と、バングラデシュの子どもたちに無償で栄養豊富なユーグレナ入りクッキーを配布する「ユーグレナGENKIプログラム」を展開している。詳細はユーグレナ社コーポレートサイトのこちらを参照
貧困や差別、環境問題の解消など、社会課題に対するビジネスは特に、数年単位で解決を実感できるものではない。やるのなら、徹底的に長期間にわたって継続することが不可欠となる。簡単に始めて、簡単にやめられるようなものではない。

植村私たちの持つ「責任」の重みを痛感し、当社が抱える課題一つひとつに対して「先送りにしない」「見てみぬふりをしない」姿勢を強く肝に銘じました。この経験を通じて、バングラデシュ事業に限らず、他の事業においても不採算となる部分はきっぱりと見直し、より大きな価値を創出する挑戦へと舵を切ることを、改めて決意しました。
仁科それは、すべてを「閉じる/続ける」ときっぱり決めたということですか?「今はまだ判断ができない、○月まで様子を見てから決める」という判断もありうると思うのですが。
植村閉じるものは閉じると、すべてきっぱりと決めました。続けるものについても、「○年○月までにここまでいかなければ閉じる」と明確にしました。経営者として、意思を持って判断することが何よりも重要だと考えているためです。
「大きな社会課題を解決したい!」と思う前に、「どこの誰のためにやっているのか?」の視点を忘れず、経営者も現場を知ったうえで取り組まなければ、ビジネスとして成り立っていきません。意思と手触り感を持って経営を進めていく必要があると改めて実感しました。

仁科事業を始めるのは相対的には簡単ですが、たたむ(閉じる)ことや、影響力を高め続けていくことは、本当に難しいですよね。誰かの生活や未来に影響を与えるから、安易な意思決定は許されない。
組織面でも事業面でも、思い切った改革の意思決定を進めてきた植村さんに、とても刺激を受けました。
多くの経営者が「“急成長が当然”という雰囲気へと社内を改革したい」と思っているはずですが、なかなか思い通りにはいかないですよね。その理由は、「経営者自身が『ここまでしかできない』と、可能性に自ら蓋をしてしまっていること」にあると思っています。植村さんは、この“蓋”を認識して、思い切って開け放ってきた経営者なのだと感じました。
現場にも足を運びながら、徹底した検討をし、先送りせず思い切って決断をする。そんな植村さんの姿勢を参考に、『STUDIO ZERO』の事業と組織をさらに強くしていこうと思います。
植村ユーグレナも最新の決算発表では、7事業年度ぶりの営業黒字や、過去最高の売上高など、数字としてもわかりやすい成果をお伝えできましたが、今後が大事です。より大きなインパクトを出せるよう、頑張っていきたいと思います。
経営者として最も重要なのは「覚悟」だと、二人は口を揃える。それは始める覚悟だけでなく、必要なら撤退する覚悟、そして何よりも現実から目を背けない覚悟であり、「責任を持った意思決定をしていく覚悟」だ。
大企業からスタートアップまで、多くの組織が「社会課題解決」を掲げる時代。本気でそれに取り組むということは、甘くない現実と常に向き合うことだと言える。キレイゴトでは済まされない経営の現場で、二人は日々、正解のない問いに向き合い、意思決定を重ねている。そこには華やかさはなく、泥臭くて辛抱強い検討と決断の連続だ。
始めたら止められないかもしれない、誰かを傷つけるかもしれない。そんな自覚を持ち、覚悟を決める。その覚悟こそが、経営者として現実を変える力となるのかもしれない。
こちらの記事は2025年04月15日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
落合 真彩
写真
藤田 慎一郎
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
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