SaaSセールスの精鋭たち、ノウハウを一挙公開。
急成長SaaSスタートアップ6社が集結
国内で年平均成長率12%と、急速に成長し続けているSaaSビジネス市場。カスタマーサクセスのノウハウは積極的に発信されているものの、セールスに関しては体系化されておらず、属人的なスキルに依存している印象を受ける
FastGrowはその課題を解決すべく、急成長中のSaaSスタートアップ6社のセールスリーダーがピッチを行うイベント「SaaS Sales Compass」を開催した。イベント前半は、登壇者が現場で用いる営業資料も明かしながら、セールストークを再現。そして後半には、登壇者に直接相談できる座談会も実施された。
本記事では、前半のセールスピッチの様子をダイジェストで紹介する。トップセールスたちのプレゼンからは、「売る」ための勘所の一端が見えてくるようだ。
- TEXT BY KOHEI SUZUKI
- EDIT BY MASAKI KOIKE
atama plus:スケールの大きな課題設定で、サービスの意義を印象づける
atama plusの中下真氏は「現代日本の教育課題」からピッチを始めた。
テクノロジーの進化により、人びとの働き方は大きく変わりつつあるが、「教室で椅子に座り、先生の言うことをみんなで聞く」教育スタイルは150年前からさほど変わっていないという。
一方の海外では「社会でいきる力」を身につける教育へシフトしはじめている。atama plusはこの現状を打破すべく、テクノロジーを活用して基礎学習の時間を短縮し、その分増えた時間で、「社会でいきる力」を身につける教育に充てる時間を捻出することをミッションとしている。
同社のサービス『atama+』は、AIを活用し、パーソナライズされた教育を提供。生徒一人ひとりが、どの単元で躓いているのかをAIが分析し、適切な教材を提案してくれる。AIが勉強を教える「ティーチング」を担うことで、先生は、生徒のモチベーションを上げたり、勉強の仕方をサポートしたりする「コーチング」に専念できるというのだ。
中下現在は、大手予備校をはじめ、国内の大手塾の約3割に導入してもらうまでになりました。今後は、業界のスタンダードになるサービスに成長させていきたいです。
同社は2019年5月、ジャフコとDCMベンチャーズが運用するファンドから15億円を調達し、まさに成長路線に乗っている。
atama plusのピッチは、今の日本の教育のあり方を「150年前」や「海外の現状」と比較することで、サービスが解決する課題のスケールの大きさを伝えている点が印象的だった。単に教育を効率化することに留まらず、次世代の教育を作っていくという社会的意義の大きさが際立った。
Wovn Technologies:「自社にしかできないこと」を強調する
Wovn TechnologiesはWebサイトの多言語対応SaaS『WOVN.io』を展開している。
自動翻訳によって企業の多言語展開をサポートし、既に各業界のリーディングカンパニーが導入しているという。一例をあげれば、2020年の東京五輪での案内表示、飲食店で増加する訪日観光客への対応といった活用がある。即時性が求められる災害時の情報発信においても、自動翻訳をベースとした同社のサービスは不可欠だという。
外国人対応の必要性を説明するため、ピッチでは訪日外国人と在留外国人による市場規模も紹介された。訪日外国人が日本で買い物をする金額だけでも、年間4.5兆円にものぼる。しかし、これまでは1言語ずつしかサイトを作れず、多言語展開にはコストも時間も多大にかかっていた。
そこでWovn Technologiesは、「何から始めればいいのか分からない」という企業の課題を打破しようとしている。
青木私たちは制作コストを抑え、運用も自動化できるサービスを提供しています。多言語の翻訳にもスピーディに対応できる。Wovn Technologiesを利用すれば、競合他社ではできないことが可能になるのです。
直近の実績として取り上げたのは、ジェイ・スポーツ社のラグビーW杯に合わせたコンテンツの多言語化だ。期限も短く、コンテンツも多いため、人力翻訳のみでは間に合わない。そこでWovn Technologiesが、スピーディかつ高クオリティの翻訳を行うことでバリューを発揮したのだ。
Wovn Technologiesは、外国人課題の解決をクライアントと二人三脚で進めていかなくてはならないため、「クライアントのビジネスを理解して提案する」仕事のバックグラウンドを持つセールスが活躍しているようだ。
同社は2019年6月、エイトローズ・NTTファイナンス・オプトベンチャーズなどから総額14億円の資金調達に成功している。「自社にしかできないこと」を明確にすることで、圧倒的な優位性をアピールしていた点が印象的だった。
カケハシ:業界特有の悩みに「お客さまの声」で刺す
電子薬歴システムを提供するカケハシが提供するSaaS『Musubi』は、薬剤師の業務をサポートする。「薬歴」とは患者に調剤した薬などの履歴を指すが、記帳業務は薬剤師の大きな負担となっている。しかし、薬歴の記載は「薬剤師の重要な業務のひとつ」だという。その日に来局した患者さんの薬歴作成のために閉店後、1~2時間を費やしている薬局もあるそうだ。
カケハシのサービスでは、患者へ薬を渡しながら飲み方などを説明する際の「服薬指導」と、薬歴のドラフト作成を同時に行う。さらに、健康に関するアドバイスも自動で提案。
同社は、「薬剤師の業務を激減できた」「患者さんから喜んでもらえた」といった“お客さまの声”を、しっかりとセールスでも反映させる。
市川業務を効率化すれば、患者さんへ丁寧に薬の説明をしたり、生活習慣を提案したりともっと患者さんのために時間を使えるようになります。すると患者さんも、薬剤師さんに相談しやすくなる。実際にMusubiを導入した薬局からも「前からいいとは聞いていたけど、本当にいい!ありがとう!」といった感謝の言葉もいただきました。
同社は2019年10月に約26億円の資金調達を成功させているが、現場に即効性のあるソリューションとして評価された裏付けともいえそうだ。意外にも、同社には医療業界のバックグラウンドを持つセールスは少なく、市川氏も異業界からのチャレンジだった。「未経験の業界で、チャレンジングだからこそ、高いセールス力が身につく」と語っていた。
ピッチの最後に、市川氏は実際にクライアントから受け取った感謝のメッセージを紹介。現場の薬剤師からの喜びの声を伝えていた。ニッチなニーズに刺す業界特化SaaSだからこそ、「お客さまの声」は共感を生みやすいのだろう。
Sansan:聞き手の先入観をまずは覆す
名刺管理サービスを提供しているSansanの長谷川嵩氏は「イノベーションを起こすには、名刺管理だけでは足りない」と、名刺管理の「その先」のビジョンを語った。
「出会いからイノベーションを生み出す」というミッションを掲げ、ユニコーン企業としても知られていた同社は、2019年6月に東証マザーズへ上場。Sansanが「名刺管理」で築いた地盤の先に見ているビジョンは、あらゆる業界の人たちにメリットを提供できる「ビジネスプラットフォーム」への発展だ。
独自の名刺データ化システムによってつくり上げられた、ビジネスシーンにおける人と人のつながりの情報に特化したデータベースは、他に類を見ない。これは、プラットフォームに欠かせない要素だという。
長谷川私たちのサービスは、クライアント企業の「社外との接点」を網羅的に管理しているともいえるため、企業文化に革命を起こすことができます。
最後に、「日本発の企業として、世界で戦えるプラットフォーマーを目指せることが大きなやりがいだ」と意気込み、ピッチを締めてくれた。
ピッチの冒頭で、長谷川氏が「Sansanにどのようなイメージを持っていますか」と会場に投げかけた。多くが「名刺管理」というキーワードを思い浮かべているであろう中で、「今日は名刺管理の会社というイメージを変えます」と宣言。聞き手の興味を強く惹きつけ、トークに没入させていたのが印象的だった。
ビズリーチ:スケールの大きい事例で、採用の重要性を訴える
即戦力人材向け転職サイトをはじめ、「社会や産業の未来を支える」さまざまなインターネットサービスを運営するビズリーチの小原大治氏は、ピッチの前半で、企業が採用に投資しなければいけない理由を語った。1955年のフォーチュン・グローバルのトップ500ランキングに名を連ねている企業のうち、2018年にもランクインした企業は53社しかない。劇的に変化する市場環境のなか、企業が持続的に成長するためには、人材採用を通じたビジネストランスフォーメーションの促進が欠かせないという。
事例として紹介したのは、フィルムメーカーとして世界を牽引していたコダックだ。2000年には売上のピークを迎えていたものの、2012年に経営破綻したのは有名な話。そして、コダック衰退の原因となったデジタルカメラさえも、数年後にはスマホの登場で市場が縮小していることを挙げ、いかにプロダクトが短命化しているかを訴えた。
続いて小原氏は、富士フイルムを挙げる。同社は化粧品事業の好調で、2018年度に過去最高益を叩き出した。フィルムメーカーから現在までの変貌を遂げるのに、人材の確保は不可欠だったであろう。「これらのストーリーが採用への投資の必要性を物語っている」と小原氏。
ただ、投資を進めるうえで、コストは大きな問題になる。たとえば、採用担当者を一名採用し、採用サイトの制作や、データ集計ツールの導入も進める場合、トータルで1,000万円近いコストがかかる場合もある。しかし、ビズリーチの採用管理クラウド『HRMOS採用』を利用すれば、年間120万円(スタンダードプランの場合)で、求人票の作成・公開から、採用活動の可視化・分析、採用活動における情報の一元管理・オペレーション業務の効率化まで行えるそうだ。
小原2名の採用ご担当者がいらっしゃり、採用に関する情報をExcelで管理していた企業様が、HRMOS採用の導入により、オペレーション業務を30%以下に削減できた事例もあります。業務効率化で生まれた時間を、採用戦略の立案や候補者の方との接点づくりなど、より本質的な活動に使っていただくことで、効果的な採用活動に繋げることができるんです。
HRMOS採用は、スタートアップから大企業まで、多くの企業様に導入いただいておりますが、今後も戦略的な採用活動と経営戦略の実現に伴走していきます。
HRMOS採用は、2017年度グッドデザイン賞も受賞しているプロダクトに加え、カスタマーサクセスチームやユーザーコミュニティの運営などを通じて、企業の採用を強化するためのサポートを包括的に提供しており、チャーンレート(解約率)が非常に低いという。そのため、クライアントに長期的に伴走することになるので、「企業課題を抽出し、解決するスキルを磨けることがやりがいだ」と小原氏は語った。
小原氏は、世界規模の事例をもとに、グローバル競争の波が押し寄せても企業が生き残るために、採用の重要性に訴えかけたのだ。
プレイド:競合他社にないユニークネスを、繰り返し強調
CX(顧客体験)プラットフォームを提供するプレイドは、楽天出身の倉橋健太氏と機械学習を研究していた柴山直樹氏が創業した企業で、「データによって人の価値を最大化する」をミッションに掲げる。
プレイドが提供するのは、ユーザーの行動や感情をリアルタイムに解析し、一人ひとりに合わせたCXを創る『KARTE』だ。サイトに訪れたユーザーのあらゆるデータを解析・可視化し、顧客との接点で最大の効果を得ようとするプラットフォームだ。
一番の強みは、解析スピード。リアルタイムで顧客を分析し、ユーザーごとの状態を可視化する。さらに、ユーザーが商品をカゴにいれたままサイトを離脱すると、即座にLINEでお知らせするといった、チャネルを超えた施策も組める。
同社の仁科奏氏は、提供の背景について「インターネットは急速に進化しているものの、未だ画一的な情報をマスに投げかけているにすぎず、個々のユーザーのニーズに対応できていないのが現状だ」と語る。
ECはもちろんのこと、保険や金融、人材といった幅広い業界で利用されるサービスで、さまざまなパートナー企業と連携し、KARTEのエコシステムづくりを強化しているという。2018年4月に、約27億円の資金調達を成功させた。
KARTEは機能が多様なサービスなので、オンボーディングに力を入れているうえ、「月に2回はクライアントを集めた勉強会を開いている」という。
仁科KARTEを最大限使いこなすための場としてはもちろん、クライアント同士の共創の場としても活用していただいています。実際に多くの共創が生まれており、クライアントからも喜ばれています。
仁科氏は、KARTEの一番の強みである「リアルタイムに解析するため、ユーザーの"今"を理解できること」を繰り返し、強調して伝えた。すると、同業他社と比べた際の優位性が明確に伝わり、記憶に残るように感じた。自社サービスを押し出す際には、心がけたいポイントといえそうだ。
最後には、「KARTEの提供方法や取り巻く環境は急激に変わっていくので、そのカオス感すら楽しめる組織を目指している」と語り、仁科氏はピッチを締めくくった。
急成長中のSaaSスタートアップのセールスピッチを聞けるチャンスは、そう多くない。今回はセールスのポイントに絞って紹介したが、「ピッチから何かを学び得るか」も、スキルの一つといえるだろう。FastGrowは、今後もこういった「プロの技術」を体感できる機会を提供していく予定だ。
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こちらの記事は2019年11月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーライター。1989年、青森県八戸市出身。新卒で人材紹介会社に入社→独立して結婚相談所を立ち上げた後ライターに転身。スタートアップ、テクノロジー、オープンイノベーションに興味あります。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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「教育を変えたい」を体現するミッションドリブン経営。atama plusに学ぶ、“想い”を社会に広げる方法
- atama plus株式会社 共同創業者・取締役