連載Vertical SaaSの精鋭たち

「教育を変えたい」を体現するミッションドリブン経営。
atama plusに学ぶ、“想い”を社会に広げる方法

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インタビュイー
中下 真

2004年東京大学教育学部卒。リクルート入社。人事、営業、経営企画、リクルートHD社長秘書、リクルート中国社長などを歴任。
2017年大学の同級生3人でatama plusを創業。

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創業から2年あまりで、総額20億円を調達。サービスの導入数は急拡大し、メンバーには外資系コンサルティングファームや総合商社など錚々たる企業の出身者が並ぶ──FastGrow注目のVertical SaaSスタートアップを紹介していく特集「Vertical SaaSの精鋭たち」の2社目は、AIを活用した学習支援プロダクト『atama+』を提供するatama plusを取り上げる。

いま最も注目されている国内スタートアップのひとつである同社は、2017年4月に創業。2018年1月には、以前FastGrowでも取り上げた世界的ベンチャーキャピタルのDCM Venturesから、シードラウンドで5億円を調達した。その後も、2019年5月にはフォローオンとなるDCM VenturesやジャフコからシリーズAラウンドで15億円を調達。駿台グループ、Z会グループ、学研グループをはじめ全国トップ100の塾のうち3割に導入され、破竹の勢いで成長している。

本記事では、atama plusの取締役 / 共同創業者である中下真氏にインタビューする。「想い」を社会に広げる戦略的なマーケット選定、1体30万円かけてペルソナのフィギュアを作成するほどの徹底したユーザー理解、そして採用で“我慢”し続けた末に生まれたカルチャーマッチ度の高い組織体…同社の並外れたミッションドリブン経営の秘訣とは?

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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最速で「想い」を社会に広げるため、塾・予備校マーケットを選んだ

教育を変えたい──シンプルな想いが出発点だった。

教育への強い想いが、atama plusの創業者である3人に通底していた。代表取締役の稲田大輔氏は、三井物産で国内外の教育事業立ち上げに携わる。「文部科学省と迷った末にリクルートに就職した」と語る教育学部の出身の中下氏と、もう一人の共同創業者の川原尊徳氏とは、学生時代からの友人だ。

atama plus株式会社 取締役/共同創業者・中下真氏

中下もっとみんなが自分らしく、生き生きと活躍できる社会にするために、教育を変える必要があると考えています。

僕個人としては、かねてより教育に強い興味がありました。小学校でお世話になった先生に憧れて、教師になる夢を抱き、教育学部に進学。

東京の大学に入学後は、関東で育った友人たちの受けてきた教育や触れてきた世界と、自分が育った鹿児島の教育環境との違いを知り、憧れを感じました。

そのときから、地方の子どもたちでも東京と同じレベルの教育機会を得られる仕組みづくりに、強い興味を持つようになったんです。

その後社会に出て、海外勤務を含めたさまざまな経験を通じ、「教育を変え、すべての子どもたちが自分らしく生きられる社会をつくりたい」と考えるようになりました。

「黒板を背にした⼀⼈の先⽣の話を何⼗⼈もの⽣徒が黙々と聞く」。明治以来、主流の教育スタイルは変わっていない。もちろん、これまでも画一的な教育を個別最適化する必要性は叫ばれてきた。テクノロジーの発達が加速した昨今、ついに理想を実装できるようになったのだ。

atama plusがまず目をつけた領域は、「基礎学力」だ。「社会でいきる力」を養う時間を捻出するためにも、英語や数学をはじめとした教科教育の習得にかかる時間をできるだけ短くすることが必要だと考え、学習を一人ひとり最適化するプロダクトを開発。塾・予備校への提供をスタートした。

中下リサーチを続けるなかで、「多くの子どもたちにとって、家でひとりで学習を続けていくことは大変なことなんだ」と分かってきました。カフェで勉強している子どもが多いことや、自習室のニーズが高いことから分かるように、集中できる場や応援してくれる人が必要なんです。

だからこそ、toCで直接子どもたちに教材を届けるのではなく、塾・予備校向けにサービスを提供することが、子どもに最も高い価値を提供できると考えました。塾・予備校は、子どもたちが学習しやすい環境であり、高い水準のコーチングが受けられる場でもありますから。

atama plusによると、塾・予備校市場は9,650億円。大企業が全面参入するには小さいが、スタートアップにとっては十分大きい市場規模だ。生徒の数に応じて教師の数も増やさなければいけない労働集約型のビジネスモデルで、地方を中心に人手不足が深刻化しているため、業界のペインも明確。スタートアップが価値を生み出しやすい市場だった。

実際、atama plusのサービスは「想定より早いペースで伸びている」と中下氏。プロダクトの評判も高く、塾からの問い合わせが毎日続いているそうだ。

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30万円のペルソナのフィギュアを作成。徹底したユーザー理解にこだわる

atama plusは、徹底的にユーザーのペインに寄り添って事業を展開してきた。

提供:atama plus株式会社

まず、AIが一人ひとりにフィットしたカリキュラムを提供し、最短ルートの学びを実現する学習プロダクト『atama+』をローンチ。続いて、塾講師向けに、全生徒の状況をリアルタイムに把握することで最適なコーチングを実現する『atama+ COACH』も開発した。さらには、家庭学習の個別最適化へのニーズに応えるべく、『atama+ HOME』の提供をスタートした。

ペインを深掘りするため、あらゆるメンバーが現場に赴くことを徹底。職種を問わず、すべてのメンバーが塾の授業を見に行く方針を採っている。プロダクトサイドやビジネスサイドはもちろん、コーポレートサイドであってもだ。

中下塾も生徒も、あらゆる顧客が優れた体験を受けられる状態にならない限り、サービスは拡大しないと思っています。だから、現場の声を聞き、あらゆる悩みや痛み、困りごとを理解することを大切にしているんです。

ビジネスメンバーが1ヶ月間ずっと塾に張り付き、塾の講師と全く同じ業務を担っていた期間もある。稲田氏は起業準備中から起業後にかけて半年以上、「まずは自分が生徒に価値を発揮できる講師になる」と決めて塾講師のアルバイトを務めていたほどだ。

中下当初は「生徒によい体験を届ける」ことに集中していて、生徒に比べ、塾・予備校についての理解は進んでいませんでした。でも、塾がビジネスとして成功しないと、多くの生徒に僕らのプロダクトを届けられない。

だから、塾・予備校が抱えている課題を深く理解し、一つひとつアプローチすることにしたんです。高い解像度でペインを理解しないと、会話の節々でズレが生じてしまいます。

メンバー全員がターゲットユーザーについて共通認識を持つために、解像度の高いペルソナ像を共有する取り組みも積極的に実施している。中学生、高校生それぞれについて、具体的にペルソナを設定。

居住地、学校名、部活、志望校、学力、学習姿勢、理解力、学習時間、趣味、よく使うアプリ…といった情報を記述している。実際のモデルを起用して写真パネルを作成し、1体30万円ほどのコストをかけてフィギュア化するほどの徹底ぶりだ。

atama plus社内に置かれている、ペルソナのフィギュア。中学生の藤井純二くん(左)と、高校生の藤井真一くん(右)と名付けられている。学力や部活や趣味、性格などを言語化し、社員全員で共通認識を持てるようにしている。ペルソナ像は現場の声をもとにアジャイルに更新し、保護者や塾講師のペルソナも設定されている。

生徒だけでなく、塾・予備校についても、徹底したユーザー理解を心がける。塾経営の意思決定から、教室運営、アルバイト講師のメンタリティまで深く理解することを大切にしている。

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プロダクト提供で終わらない。塾・予備校のビジネスコンセプト転換まで提案

徹底したユーザー理解を基盤に、atama plusは塾・予備校と一緒に新しいビジネスコンセプトをつくる取り組みにまで踏み込んでいる。

出発点は、2019年初頭に同社が悩まされていた、とある問題だ。atama+を導入した塾・予備校で、生徒と塾の教室長のプロダクトへの満足度は高かった。しかし、塾・予備校にとって最大の課題である「生徒数」が増加していなかったのだ。

ヒアリングを重ねるなかで、atama+での学び方が既存の塾・予備校のビジネスモデルとそぐわない点が原因だと判明する。従来の塾・予備校は、特定の回数の授業に対し、一定の料金が支払われる仕組みだった。しかし、生徒の習熟度にあわせてコマ数が変わるatama+は、一人ひとりの料金がバラバラになる。

当初は、atama+を従来の講座の追加オプションとして、保護者に提案する塾・予備校が多かった。しかし、保護者からすれば、いくら成績が伸びると言われても、耳馴染みのないAIサービスへの課金はハードルが高い。

結果として、各教室において保護者への提案が進んでいない状態に陥った。またatama+を使っている生徒と、そうでない生徒が混在するため、教室のオペレーションも煩雑化していた。

そこでatama plusは大胆にも、塾・予備校に対して、“ビジネスコンセプトの転換”を提案することを決断。「すべての講座でatama+を導入してもらう」方針に転換し、一緒に新しい塾モデルをつくらないか、と塾・予備校に提案したのだ。

中下各教室で頑張ってどうにかなるものではなく、既存のビジネスコンセプト自体を転換しないと解決できない課題だと気づいたんです。導入先の塾・予備校の経営陣一人ひとりに会いに行き、「塾の新しいモデルを一緒につくりませんか?」と提案していきました。

この決断は功を奏した。授業を全面的にatama+に切り替えるモデルを一緒につくった塾・予備校の生徒数は伸び、生徒の成績も向上。この転換がうまくいった要因を聞くと、atama plusがこだわり抜く「プロダクトの質」が生む、強固な信頼関係に帰着した。

中下atama+によって生徒の成績が伸びることを体感してくれていたので、良い信頼関係を築けていたのだと思います。生徒の学力が伸び、ひいては良い人生を送れるようになってほしい──塾・予備校の方々は、そうした強い想いを持たれています。

その理想をatama+で実現できると判断し、多くの塾・予備校が新しいモデルへ移行してくださったんです。

とはいえ、プロダクトの質の高さだけでは、ここまで踏み込んだビジネス開発はなしえない。ビジネスメンバーの果たしている役割も重要だ。

中下プロダクトが優れているからといって、必ず社会に広がっていくとは限らないと考えています。徹底した現場への理解をもとに、プロダクトが社会で広がるための事業モデルをつくることが大切です。

それこそが、atama plusのビジネスメンバーの役割。プロダクト開発とビジネス開発、どちらも同じくらい大事な“車の両輪”だと思っています。

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創業期に採用で“我慢”し続けたから、「想い」が揃ったチームにできた

atama plusが徹底してユーザーに寄り添った事業を展開できるのは、職種に関係なく、あらゆるメンバーが「想い」を同じくしているからだ。

メンバー紹介ページを見ると、外資系コンサルティングファームから総合商社、事業会社まで、いわゆる「超一流企業」の出身者が多いことに気づく。教育業界の経験者の割合は多くない。

しかし、創業当初から一貫して、「スキルや経歴よりも『想い』を最重要視して採用を行ってきた」と中下氏。どんなに人手不足でも、ミッションに心から共感してくれる人が現れるまで妥協せず、「我慢」し続けていた。

中下「この方、スキルもすごく高いし採用したいけど、想いが完全にフィットしないから我慢だね」といった会話が、創業期には何度も繰り返されました。「スキルは高いが、想いは合わない」人は採用せず、想いが合致する人だけ仲間になってもらう方針を貫いてきたんです。

同じ景色を見ている人でチームをつくれば、議論の前提条件がぶれません。すると、規模が拡大してもコミュニケーションをスムーズに進められる、強い組織になる。

面接の際は、atama plusの価値観を徹底的に説明したうえで、「フィットしたらすごく楽しいけれど、すり合わなかったらお互い不幸になります」と伝え、候補者にもatama plusを見極めてもらっています。

上述した方針は、一般公開されている採用スライドにも明記。「会社を探す主な軸が、『伸びているスタートアップ』」「キャリアアップのための経験を積みたい」「チームでの成果より個⼈の評価が気になる」といったタイプの人はatama plusには向かない、と記されている。

提供:atama plus株式会社

同じ「想い」を抱くからこそ、社員一人ひとりのプロダクトへの理解度はきわめて高い。入社前研修では、全職種のメンバーに10時間ほどプロダクトを使ってもらう。週に一度、プロダクトの仔細なアップデート状況を全社で共有するミーティングも設定している。

プロダクトや現場の状況についてのコミュニケーションも活発だ。社内Slackには、現場での気づきを共有する「#gemba」チャンネル、メンバーどうしで現場に誘い合う「#現場に行こう」チャンネル、気軽に「こんな機能があるといいかも?」を投稿できる「#just_idea」チャンネルが存在している。

中下メンバーは心からミッションに共感しているからこそ、自分たちのプロダクトが現場で役立っているのか、どんな価値を生んでいるのかをすごく気にしています。

想いを同じくする人を採用しているから、子どもの学力が伸ばせるプロダクトを提供していることに、全員がプライドを持ち、自分のことのように喜べるカルチャーを生み出せているのだと思います。

対面コミュニケーションも重視しており、活性化させるための施策を積極的に実施。あえて業務上のつながりが薄いメンバー同士の座席を近づけたり、新メンバーや異なるチームのメンバーと食事するコストを会社が負担する制度も用意したりしている。

また、部署の垣根を超えたコミュニケーションが取りやすいよう、人数拡大後もワンフロアにはこだわり続けると中下氏は語る。

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事業が順調に伸びていることは、続々と課題が生まれていることと同義

順風満帆に見えるatama plusだが、「世の中の教育が変わるまでには、まだまだやるべきことが多い」と中下氏。今後は、引き続きatama+による基礎学力の向上に取り組みつつ、「社会でいきる力」を養う事業にも取り組んでいく。

同社によると、そもそも教育市場は、国内だけでも27兆円、グローバル規模だと427兆円の規模を誇る。atama plusは、グローバル展開も見据えている。数々のユニコーン企業に投資してきた世界的ベンチャーキャピタルのDCM Venturesがシード期から投資しているのも、世界的ユニコーンへと成長することを見越してのことだろう。

組織面では、1年半後までに200人前後まで人員拡大させる予定ゆえ、いかにフラットなコミュニケーション環境を維持できるかが重要な課題になる。事業面でも、3年で1,000教室導入と拡大してきたこれまで以上に、成長を加速させていく計画だ。

多くの保護者に「この塾・予備校はatama+が入っているから子どもを入校させたい」と言ってもらえる状態を目指している。

中下「伸びているフェーズで順調ですよね?」「いま入っても、もう型が決まった仕事ばかりで面白くないですよね?」と言われることも多いです。しかし、伸びていることは、続々と課題が生まれていることと同義です。全力で取り組んで、解くのに半年、場合によっては一年かかるボールが、次から次へと降ってくる。

極端なたとえを使うと、Googleを想像してみてください。社員数70人くらいだった時期から現在まで、数えきれないほどの課題が生まれ、解決されてきたはず。成長に伴って生まれる課題の解決に楽しさを感じられて、一緒にatama plusのミッションを実現していきたい人にお会いしたいです。

もちろん、これまで教育に関わるキャリアを積んでいなくても、学生時代の原体験がなくても構いません。⽣徒が熱狂する学びを創っていくことに取り組みたい人に、お会いできると嬉しいです。

atama plusほど、ミッションを体現して経営しているスタートアップも珍しい。同社は成長スピードやメンバーの優秀さに注目が集まることも多いが、強さの源泉は、「想い」から綺麗にブレイクダウンされた事業と組織の構造だった。

ミッション実現のため、同じ志を持つ仲間を集めた組織で、戦略的にマーケットを選定し、ユーザーのペインに徹底的に寄り添ったプロダクトを展開する。業界に対する強い想いを体現する事業と組織こそが、atama plusのように骨太なVertical SaaSスタートアップを生むのだろう。

こちらの記事は2020年02月18日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

写真

藤田 慎一郎

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