連載PdM特集
自らの“CAN”に収まらず、想像を超える施策を提案せよ。
dely奥原拓也に聞く、PdMの要諦
近年、多くの企業で設置されるようになった職種「プロダクトマネージャー(以下、PdM)」。しかし、企業によって業務内容や働き方は大きく異なることもあり、どのようなキャリアパスを描けばPdMとしての道がひらけるのかは、まちまちだ。
連載企画「PdM特集」では、スタートアップのPdM人材にインタビューし、その実態をつまびらかにしていく。今回インタビューしたのは、日本最大規模のレシピ動画サービス「クラシル」を運営するdely株式会社でPdMを務める奥原拓也氏だ。もともとはサーバーサイドのエンジニアであったにも関わらず、現在はユーザー体験の改善から採用まで横断的なロールを担う同氏は、いかにPdMという茫漠とした仕事へ向き合うのか。
「『CANの範囲に収まらない』思考を磨くべき」と話す奥原氏は、「ハブ人材だからこそ仕事を手放すべき」理由、意思決定の背景を丁寧に伝えるコミュニケーションフローまで、そのPdM観を語ってくれた。
- TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
PdMの役割は「プロダクトの成功に対して責任を持ち、意思決定を行なうこと」
2018年7月にヤフーが約93億円を投じて既存株主が保有していた株式を取得し、連結子会社となったことも記憶に新しいdely。クラシルはユーザー数を順調に伸ばし、アプリのダウンロード数は2019年4月時点で1,700万ダウンロードを突破している。
勢いに乗る同社でPdMを務める奥原氏は、クラシルのサービス提供が開始してから3ヶ月ほど経った2016年の9月、二人目のエンジニアとして入社を果たした。当時、大学院に通っていた奥原氏は、個人で立ち上げたWebサービスをきっかけにクラシルの立ち上げメンバーと会うことになり、翌週には教授に研究室を辞める意向を伝えたという。
もともとはCTOに続くナンバー2のエンジニアとして入社し、1年半ほどサーバーサイドの業務を経験したのち、現在はPdMとしてほぼ「何でも屋」のような働き方をしているという奥原氏。カスタマーサポートからコーディング、採用までを幅広く手がけてきた。そんな奥原氏はPdMの役割について「プロダクトの成功に対して責任を持ち、意思決定をすること。責任を負っているからこそ、何でもやる」と語る。
業務の大半は、部署間の調整や、認識のすり合わせだ。方々からの要望を聞いて調整を進め、最終的にどの施策を優先するかの決断は奥原氏が行なっている。
奥原施策の優先順位は、明確なロジックをもとに決めているわけではありませんが、「短期で重要」なのか「長期で重要」なのかを主な判断基準としています。売上が伸びやすいと予想できる施策は、早く実装したほうが長期的な売上にレバレッジが効くだろうから、優先順位を早める。反対に、有意義な施策であっても急ぐ必要がないものなら、適切なタイミングを見極めるようにしています。
さらに「現在の立場になってから機会は減ったが、コードを書くことが好きだ」と話す奥原氏。趣味を楽しむ感覚で、「誰もやろうとしないけどやったほうが良い」施策を休日に消化しているそうだ。
エンジニア出身であることは、プロジェクトのスケジュール管理にも役立っているという。一つひとつの施策にかかる作業の工数を、感覚的に把握できるのだ。「施策の工数を把握し、余裕を持たせてプロジェクト進行することもPdMの役割」と奥原氏は話す。
奥原メンバーの疲弊を防ぐため、余裕を持たせたスケジューリングを心がけています。無理なスピードで進行しても作業が粗くなり、バグの発生が多くなる。すると、バグの調査が必要になり、逆に工数がかさんでしまいます。また常に納期に終われる状況になるので、心理的安全性も低くなってしまう。
ただ、任せても大丈夫な人がいるのであれば、スケジュール管理は手放しても良いかもしれません。PdMはプロダクトにまつわる意思決定を下すために、すべてのマインドシェアを捧げられるような状態が健全ですからね。丸一日プロダクトの未来について考えられるような時間を定期的に取れると、なお良いと思います。
Slackに甘んじない。多忙なPdMこそ、対面のコミュニケーションを重視せよ
delyでPdMが必要になったのは、クラシルをローンチしてから約1年半を経て、レシピの検索やブックマークなどの機能が充実した頃だ。自分たちのプロダクトの改善のみを追求するフェーズから、「クックパッド」や「DELISH KITCHEN」といった競合の料理系サービスとの差別化を測るフェーズへ移行したのである。
まずは数あるサービス群から、クラシルを選んでもらうための方法を開発部全体で考えた。ABテストを行ないながらサービスを改善していったが、「小さなアップデートを繰り返すだけでは、差別化につながらなかった」。
ブレイクスルーを起こせるレベルで大規模な改善を行なっていくために、少数精鋭である開発部のリソースを最適な形で振り分けられるPdM人材が必要になったのだ。
社外に募集をかけてみても、当時のクラシルを任せられるPdM人材は見つからなかったので、社内で選定することになった。そこで、たびたび施策を提案していた奥原氏がPdMを務めることになったのだ。奥原氏はPdMになった当時を振り返り、「コードを書き続ける生活からミーティングばかりをする生活に変わり、慣れるまではとても苦しかった」と話す。
奥原PdMとして意思決定を下すには、「組織として何が大切か」を高い解像度で理解していなければならないし、そのためには組織全体の動向を俯瞰的に把握する必要がある。必然的にメンバーと話す機会は多くなり、情報のインプット量も激増しました。経営陣とも頻繁に会話し、意思決定していかなければならない。PdMを始めてから1〜2ヶ月くらいは、帰宅するたびに頭が痛くなるほどでしたね。
さらに、PdMがよくハマる落とし穴ですが、自分だけで解決しようとしてタスクオーバーになっていました。案件を抱えすぎて自分自身がボトルネックになってしまうと、組織が機能しなくなる。すると、深く思考する時間がなくなり、悪循環から抜け出せなくなる。任せられるものはどんどん権限移譲していくことが大切です。
delyでは採用時、「一緒に楽しく働けそうかどうか」を最も重視している。しかしPdMの立場になってから、初めて周囲との壁を感じるようになったという。たとえば、一回りも年齢が上のメンバーと施策についてのディスカッションを行うときは、どうしても「こんな若造が意見して良いのか」と思ってしまう。
そこで奥原氏はメンバーと対面コミュニケーションを増やそうと思い立ち、もともと月一回だった1on1を週一回に増やした。施策を進める際も、決定事項だけでなく、その意思決定に至った理由を丁寧に伝えるようにしたのだ。「自分が思考してその意思決定に至った理由を、文章に落とし込んで伝えるのに苦労した」と奥原氏は話す。
奥原最初のころは、他部署のメンバーのコミュニケーションをSlack上の簡易なやり取りだけで終わらせてしまっていました。しかし、ひとりのメンバーが上長を経由して僕への不満を伝えてきたことがあったんです。
仲間と思っていたメンバーが僕とのコミュニケーションを避けたことが、とても辛かった。そういった経験もあって、メンバーの席まで行って対面で表情を見ながら話す機会を増やし、一人ひとりが何を考えているのかを把握するようになりました。
「機能を追加する」だけでは、プロダクトの成長に貢献できない
スタートアップゆえのカオスな状況下でPdMを務め、トライアンドエラーを繰り返してきた奥原氏。誰からも仕事の進め方を教われないなか、内省の時間をつくり、自らの思考をアップデートさせていった。
PdMに必須の能力を問うと、奥原氏は「何より大切なのは、国内外のあらゆるサービスに目を向け、最新の施策やUIについての知見を溜め続ようとする姿勢」と答える。実際にあらゆるサービスにユーザー登録し、体験してみることを続けているという。
奥原さまざまなサービスに触れ、自分たちのプロダクトに応用する方法を考え続けないと、革新的なものを生み出すことはできないと思っています。僕は革新的なものを「既存の2要素が掛け合わさったもの」と考えています。「レシピ」も「動画」もまったく新しい領域ではありませんでしたが、ふたつが組み合わされた斬新さによって、クラシルはヒットしたんです。
奥原氏のPdMとしての姿勢は、dely代表取締役の堀江裕介氏からも影響を受けている。「ヤフーの連結子会社となることで、ヤフーの他事業とシナジーを効かせてプロダクトを成長させていく」という堀江氏の大胆な戦略を例に挙げ、「『できない』と思考停止して決めつけるのではなく、想像の範疇を超えるような施策を提案していく必要がある」と話す。
奥原氏もPdMになった直後は、自分の立場だからできること、つまり施策の提案ばかりを行なってしまっていたという。しかし、周囲の想像を次々と飛び越える、視座の高い堀江氏の背中を見て、「自分の枠からはみ出さないと、プロダクトの成長に貢献できない」と危機感を覚えるようになったのだ。
奥原自分の「CAN」をベースに思考してはいけません。僕は開発部の人間ですが、その中での最適解を探さないように気をつけています。クラシルをもっと使ってもらうためには、「プロダクトを磨き上げる」以外のことまで目を向けなければいけません。それも、開発部だけでなく、ビジネスサイドも含めて会社全体の視座を高める働きが必要です。たとえばメルカリがクロネコヤマトと提携したように、機能を追加すること以外の施策が大きな効果を発揮することを念頭に置いて、打ち手を考えなければいけないんです。
そのためには、ユーザーがプロダクトに対して抱く感覚をつかむ必要がある。クラシルの主要ターゲットである主婦ユーザーの感覚を完全に把握するのは難しいですが、実際に料理をしてみたり、主婦向けの雑誌や本を読んでみたりすることで、ユーザー視点の気づきが得られるはずです。
曖昧ゆえに、どのようなキャリアパスを描けばいいのかが分かりづらい、PdMという職種。奥原氏がプロダクトづくりの旗振りを遂行できるのは、エンジニア出身だった点も奏功しているはずだ。しかし、彼が組織を率いられる理由として最も大きいのは、プロダクトにすべてのマインドシェアを捧げられるだけの強い責任感を持っていることだろう。
PdMの仕事に興味があるのであれば、求められる職能について模索するよりも、彼のように、誰よりも情熱を注ぎ込めるプロダクトを手がけられる環境に飛び込むことこそが大切なのではないだろうか。
こちらの記事は2019年04月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
岡島 たくみ
株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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