子どもの柔軟さ・大人な頭脳が、伸びる起業家の条件──これらを併せ持つテックタッチ井無田との企業ストーリーを、DNX Ventures倉林と語り尽くす
ひと昔前のスタートアップは、ゲームやアプリ、広告などの領域で「若者」が起業するイメージが強かったが、昨今はそうでもない。大企業などで一定の実績を挙げ、ノウハウや人脈などを得たうえで起業する人も増えている。
なかでも注目を集めているのが、テックタッチの井無田 仲(いむた なか)氏だ。外資系投資銀行のドイツ証券ではM&A・資金調達業務に携わり、IT企業ユナイテッドでは事業部長、米国子会社立ち上げ・代表に従事するなどのビジネス経験を経て、BtoB領域で起業。もともと金融機関時代に感じていたIT領域の非効率を解決するためのDXサービスを手がけ、右肩上がりの成長を続けている。自社の成長だけでなく、「アメリカのようなスタートアップエコシステムを作りたい」と滔々と語るなど、クールそうな見かけによらず、熱意を秘めた人物だ。
そのテックタッチを初期の頃からサポートしているのが、DNX Venturesの倉林 陽(くらばやし あきら)氏。Salesforce Venturesの日本代表などを歴任し、現在はDNX VenturesのManaging Partner & Head of Japanを務める。BtoB領域のベンチャーキャピタリストとしては、業界で随一の存在だ。そんな同氏が、「とてもクリエイティブ」「もっと投資しておけばよかった」「BtoBスタートアップの経営者としてポテンシャルを感じる」と井無田氏を絶賛している。
今回は、そんな「大人」でありながら、「子ども」のようにクリエイティブな部分も併せ持った起業家・井無田氏の相貌と、倉林氏も絶賛する、堅調に成長を続けるテックタッチ・チームの強さの秘訣に学びたい。
- TEXT BY SHO HIGUCHI
大企業出身、“計算”できる起業家
テックタッチを率いる井無田氏は金融業界出身。業務のなかで「使いにくいシステムが多い」と常々感じていた。
東日本大震災を機に、「自分にしか作れない価値を」との想いから、起業を志す。しかし経歴を見てみると、コロンビアビジネススクールでMBAを取得しドイツ証券に転職、ユナイテッドでアプリ制作に携わるなど、堅実なキャリアの積み上げをしてきた姿勢が印象的だ。
倉林井無田さんは事業の計算がちゃんとできる人です。それはこれまでの経歴の積み上げ方も含めてです。市場におけるペインや勝ち筋まで、全てきちんと計算している。それはもちろん、「計算高い」というような悪い意味ではありません。仮説を立てた上で、実験してデータをとって検証してみる、というような思考ですね。
日本では、SaaS事業を起業するのは初めての起業家が多いので、生い立ちや考え方なども含めて出資するか判断しています。SaaSビジネスには丁寧さが必要ですからね。井無田さんは初めて会って話したときから、「サイエンスで事業を組み立てられる」方だと感じたんです。だから出資を決めました。これまでの経歴も、キャリアゴールに向けて意志あるステップを積んできていた点も、非常によかった点です。
井無田シャープさと人間的な温かさ、その両面を備えているのが倉林さんです。私はもともとBtoCビジネスの出自なので、BtoBビジネスの事業計画の見通しが甘かった側面があります。8,000万円程度で調達額を抑えようと思っていましたが、倉林さんのアドバイスを受けて資金調達を増額したことで、助かりました。やっぱりBtoBのプロに相談してよかったな、と今でも思います。
倉林他の会社でたくさんの事例を見てきていますからね(笑)。8,000万円じゃPMFはできないだろうと判断したんです。
どんな出会いもそうだが、初対面の印象でその後が決まる。2人の場合もそうだっただろう。井無田氏が知人の紹介で倉林氏に会いに行ったとき、それぞれどのような印象を受けたのだろうか。
倉林デカイな、と思いました(笑)(注:井無田氏は背が高い)。というのは冗談で、初対面時から採用におけるエクイティ設計の話をしていたのが印象的でした。クリエイティブな人だな、と思いましたね。
井無田そうでしたね。最初から創業初期メンバーへの普通株配布の話や、エクイティ設計の話をしていました。
倉林投資前は知らなかったのですが、一緒にやってみてわかったのは、採用力が強いこと。いろいろな人材を投資先に紹介してきましたが、そこで採用が決まることはあまり多くない。でも井無田さんの場合は、紹介した素晴らしい人材を、しっかりと採用できる。打率が高いんですね。採用力のない会社は伸びません。その点は素晴らしい。
井無田結果的に幹部人材の半分くらいはDNXさんからご紹介いただいていますからね。本当にいつも、ありがとうございます。
倉林社内で起業家を育成するリーダーシッププログラムを主宰するなど、そういった点も含めてクリエイティブです。固定観念に囚われずチャレンジできる点が井無田さんのいいところだと思っています。
数字を「グワァっ」と達成できるエグゼキューション力こそが、テックタッチ・チームの最大の魅力
もちろん、起業家に経歴があるに越したことはないが、重要なのは結果である。売上・利益を伸ばせないようでは起業家は務まらない。しかしどうやら井無田氏に死角はなさそうだ。
倉林シードラウンドに続き、シリーズAではリードで投資しましたが、今思えば、やっぱりもっと金額を増やして出資しておけばよかったなぁ、と悔やまれますね(笑)。採用力もそうですが、テックタッチ・チームのエグゼキューション力は、最大のポジティブサプライズでした。それくらい綺麗に成長していました。きっちり1年間で数字を積み上げてきましたからね。
多くの会社が、提出してきた事業計画に対して、下方修正を余儀なくされる場面を見てきました。そんな中で、テックタッチの達成の仕方を見ると、今後も数字を達成できる実行力のある会社なんじゃないかと思います。
Sansanやアンドパッド、カケハシなど、BtoB領域で錚々たる投資実績を築いてきた屈指のキャピタリスト、倉林氏が言うのだから、やはりそうなのだろう。説得力が違う。一方、井無田氏自身は創業当時、どう思っていたのだろう。
井無田事前の市場調査インタビューを実施した時にも反応がよかったので良い感触はありましたが、IT業界の展示会に初出展したときのお客さんの反応を見て初めて、「勝てる」という確信を持つことができました。
シリーズAの資金調達を実施した際はコロナに突入したばかりのタイミングだったので、調達環境が厳しかったですが、思い通りに行かなかったのはそれくらいで、事業はしっかりと伸びていきました。
日本ならではの部分を極めていくなかで、勝ち筋が自然と見えてきた
テックタッチは、Webシステムの操作ガイドをユーザー自身がプログラミングなしで簡単に作れるサービスだ。DXが遅れている日本にこそ相応しい。しかし、差別化が難しそうなサービスにも感じるが、どうなのか。
倉林当初から、経営者の井無田さんはバーニングニーズを見極められていました。最初は差別化が課題でしたが、走りながら差別化ポイントが徐々に見えてきたようです。
井無田SaaSビジネスの基本はFounderがいかにセールス、カスタマーサクセスに入っていくか、現場を知っていくか、だと思っています。プロダクト、プロセスなども含めてです。そのトータルをどうやって提供するかを高速で考えて、実践していくことが重要です。
最初の2〜3年は明確な差別化に苦労しましたが、今ではしっかりと明確化できてきています。
当初からの狙い通りではあるのですが、プロダクトのユーザビリティが最大の差別化ポイントです。テックタッチは使っているWebシステムの上に、ナビを表示させることができるアプリです。残念ながら日本企業の現場の方はまだまだITリテラシーが高くない方も多く、経営者が「DX」といっても、ついていけない方も多いんですよね。でもテックタッチのナビがあれば、ITに疎い現場の人でも、新しいシステムや難しいシステムでも何でも使いこなせるようになります。
テックタッチを使うと、IT部門でなく、業務部門の人でも簡単にナビを作れます。本当に誰でも簡単に使えるんです。お付き合いあるユーザーさんの多くは、現場の課題がわかっている業務部門の方主導で月1回システムアップデートをされています。IT部門の開発が不要なので、このように高速にアップデートができるんです。
とはいえ、ガイド・ナビを作るサービスなのであれば、競合も使いやすさの面では磨き込んできているのではないか。
井無田海外の競合製品群は、エンジニアが使用することを想定しており、なかなかそれ以外のユーザーが使おうとすると、ちょっと難しさを感じることが多いようです。だからこの市場では、グローバルで見てもテックタッチの優位性を感じています。
また、ナビツールは実現できることの自由度が高い分、実装がキモになります。単純にガイドの一覧を並べるだけではなく、ユーザーが迷っているタイミングでガイドが表示されたり、課題に応じてRPA的な自動化をからめたりできることが重要です。
テックタッチでは、カスタマーサクセスがコンサルティング部隊として顧客の課題特定、KPI設計や実装までかなり広範囲かつディープにサービス提供をさせていただいています。それが日本人の国民性にもあっているのか、ご好評いただいています。その点も、グローバルの競合が弱い部分です。
日本企業は、「カイゼン」などの言葉からもわかるように、現場主導で改革を進めることが好きですよね。テックタッチを使えば、そうした日本らしいDXが実現できます。
倉林現状、WalkMe(ウォークミー)が実質的に唯一の競合という認識です。これからも差別化に投資し続けられれば、後発と価格勝負することもなく、テックタッチが勝つでしょう。エンタープライズ向けのサービスなので、組織を強くすれば、クロスセルの可能性も出てくる。そこが楽しみです。
倉林氏も太鼓判のテックタッチ。競合に対して優位なのはわかったが、これからどこまで伸びていく可能性があるのか気になる読者も多いだろう。
井無田TAMに対しては、1%も取れていないくらいの認識でいます。まだまだこれからの市場ですね。スタートアップであるにもかかわらず、サービスの性質上、エンタープライズと付き合えていることは強みです。
現在、中央省庁や自治体での導入も続々と進んでいます。SaaSが毎年新しく出てくる時代にあって、そのSaaSを現場の人たちが使いこなせていない状況があります。そこでテックタッチが解決策になるはずで、これからまだまだ数字を伸ばしていける余地は大きいと見ています。
「戦友」同士の二人。
アメリカのようなスタートアップエコシステム構築に向けた熱い思い
ここまでに語られた事業ストーリーだけでも十分に、2人の相性の良さが感じられる。ここからはもう少し過去にさかのぼってみたい。
この「幸福な出会い」は、井無田氏からアプローチを取ることで生まれた。なぜ井無田氏は倉林氏との交流を求めたのだろうか。
井無田私は起業当初から、BtoBビジネスをやろうと思っていました。BtoBをやるなら実績と信用が重要ですよね。ファーストタイム・アントレプレナーでもあったので、投資家やVC選びでつまずきたくなかったんです。
そこで信用できる起業家の知人数名に「BtoB SaaS領域でベストの投資家を教えて」とお願いしたところ、全員から「倉林さん」との答えが返ってきました。知見も素晴らしいと口を揃えてみんな教えてくれましたが、自分の中で最も印象に残っているのは、「ハードシングスがあろうとも、起業家に最後まで寄り添ってくれる人」という評価でした。私も「そういう方なら一緒にやりたい」と思い、ご紹介いただいたという経緯です。
井無田氏は起業家でありながら、日本全体のスタートアップシーンについても、熱い思いを持っている。その点でも、倉林氏と共鳴したのだという。
井無田倉林さんはスタートアップのエコシステムをアメリカのように成熟したものにレベルアップさせたいという思いを持たれていて、そこは私も強く影響を受けています。戦歴やビジネスマンとしてのステージがあまりに違うのですが、おこがましい言い方をさせてもらえるのであれば、「戦友」のように思っています。
個別のビジネスだけでなく、リーダーシッププログラムでもお世話になっていたり、スタートアップエコシステム全体についての目線をもお持ちの、稀有なキャピタリストだと思っています。
倉林歴史的に見れば、日本のスタートアップ経営者といえば、BtoC向け起業家の印象が強かったですよね。BtoBスタートアップ経営者に適した素養を持つ人は、大企業等に勤めて実際にBtoBビジネスを経験している人なのですが、彼らはかつて起業しなかったからです。
でも過去5年くらいでようやく「社会課題を解決したい」という思いで起業する、井無田さんのような大企業出身者が増えてきました。今後、そういう大企業出身のメンバーが集まっているBtoB企業が上場し、上場後も他の人から尊敬できる振る舞いをし続けることで、「ああいう会社を作りたい」「ああいう起業家になりたい」という人がたくさん出てくると、アメリカのようなスタートアップエコシステムの厚みができていくはずです。
日本のスタートアップエコシステムを底上げする意味において、BtoBスタートアップが果たす役割は非常に大きいと考えています。私はそこに賭けている。
もちろん、そうしたスタートアップエコシステム全体に対する情熱が井無田氏の採用力を押し上げている面はあるだろう。しかし、井無田氏の組織への思いは、それだけではない。
井無田自分が理想とする組織を作ることも、私が会社員だったときから今までずっと続いてきた個人的なモチベーションです。
仕事は本来楽しいものじゃないですか。チャレンジさせてくれて、お客さんに感謝されて、社会にインパクトを与えられて、こんな最高なことってないですよね。
でも、現状「そうじゃない」と思う人が多いわけです。そこを変えたい。「仕事って面白い」と考えて仕事する人が増えないと、GDPも増えないですよね。
キャリア面でのチャレンジや、納得できる給与体系、いい仲間と働ける機会など、そうした全てを設計して「仕事って面白い」と感じる会社、ひいては社会を作りたい。それができるのが、起業家という職業の最大の魅力なのではないでしょうか。
この2人が当たり前のように見据える、日本のスタートアップエコシステム自体の発展。自社の事業だけに収まらず、広い視野で考えるその姿に、刺激を受ける読者は少なくないはずだ。さらなる展開に期待が高まる。
大型調達を発表したテックタッチも登壇!注目スタートアップ集まる
こちらの記事は2023年01月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
樋口 正
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