創造するのは“X年先のMust Have”。SaaS界をリードし続けるコミューン、FLUX、ゼロボードの勝ち筋を、DNX倉林が問う
不確定なこの時代に、アイデアの種から事業の芽を育み、芳醇な果実を実らせる秘訣とは何だろうか──。その問いに模範解答などないのは、FastGrow読者ならお分かりだろう。変化の目まぐるしいこの時代に求められるのは、情報をアップデートし、最適な企業活動の在り方を模索し続けることではなかろうか。
シリコンバレーと日本を拠点に成長著しいBtoBスタートアップを星の数ほど支援してきたDNX Venturesは、社会環境の変化の早さを肌で感じてきた。最前線の情報をスタートアップ界に届けるべく、同社が企画したのが「B2B Summit」。今回登壇したのは、同社の投資先であり非連続な成長を続けているSaaSスタートアップ、FLUX、コミューン、そしてゼロボードだ。
事業領域は三者三様だが、事業展開や組織カルチャーには共通点も少なくない。急成長を遂げるスタートアップに求められることは何か。経営者のリアルな声には、激動の現代を駆け抜けるためのエッセンスが詰まっている。モデレーターは、数多くのBtoB SaaSスタートアップの支援実績があるDNX Venturesマネージングパートナーの倉林陽氏が務め、徹底的に深掘りした。
- TEXT BY KIICHI MURAKAMI
非連続な成長を続ける日系SaaS企業と言えばこの3社
スタートアップ界で注目を浴びているFLUX、コミューン、そしてゼロボード。まずは3社の概要をおさらいしておこう。
まずはFLUX。“テクノロジーをカンタンに。経済価値を最大化する。”というミッションのもと、2018年に創業。シリーズAの資金調達も完了している。初期から急成長を続け、「国内最速でARR10億円を達成する」との評価もある。
FLUXが掲げるのは、SaaSプロダクト群による経済価値最大化プラットフォームFLUX DXP(Digital Experience Platform)だ。現在はマーケティング効率化ツール『FLUX AutoStream』とウェブサイト作成サービス『FLUX CMS』と大きく2つのプロダクトを展開。創業間もないSaaS企業ながらすでに全く異なる複数のプロダクトを運営するケイパビリティを持つなど、その組織の強さも際立つ。
「id」という独自の特許技術を起点に、様々な外部ツールとの連携を図っている。なぜなら、特に大企業は新規サービスを使うこと自体にハードルがあるケースが多いからだ。そのハードルを下げるため、既存のツールとの連携のみならず、導入後の運用まで使いやすさを追究したプロダクトを展開しているのだ。
次に同じく事業規模が急拡大しているSaaS企業といえば、その成長率の高さゆえに業界内でも話題のコミューン。2018年に創業し、「企業とユーザーが融け合う社会を実現する」をビジョンに掲げ、コミュニティサクセスプラットフォームの『commmune(コミューン)』、効率的なカスタマーサクセスのためのアクション基盤『SuccessHub(サクセスハブ)』の2つのプロダクトを展開している。
企業・ユーザー双方にSaaSニーズが高まったコロナ禍に急成長を遂げ、その売上年間成長率は500%を超える時期もあった(詳しくはこちらの記事を参照されたい)。2022年春には共同創業者であり代表取締役CEOの高田優哉氏が自ら渡米し、グローバル展開も開始した。
最後にゼロボード。渡慶次氏がGHG(温室効果ガス)排出量を算定・可視化するクラウドサービス『zeroboard』をローンチしたのは、A.L.I. Technologiesに在籍中のこと。脱炭素への二-ズの高まりを予測し準備を進めてきた。2021年9月にMBO(経営陣自ら株式を買い取ること)を実施し独立。現在は50人規模の組織となり、“脱炭素経営を実現するグローバルな羅針盤となる”というビジョンを掲げる。
クライアントに日本有数の大企業や地方自治体が多く、昨今のカーボンニュートラルの脱炭素経営に取り組まなければならない状況が追い風となり、各企業への導入が進んでいる。胎動が始まりつつある“脱炭素SaaS”という領域は各国でも同様の状況が続いており、世界に台頭する企業になる可能性を秘めている。
未来の「無くてはならないもの」を創る
3社の非連続な成長の要因は何だろうか。もちろん手掛けるサービスも事業領域も三者三様だ。紐解いていくと、市場の動向に左右されるかどうかが1つの分岐点となりそうだ。
FLUXの成長要因には、市場の影響は小さかったかもしれない。プロダクトをクライアントニーズに徹底的に合わせることで、圧倒的な継続率を実現した。永井氏はこう語る。
永井成長している要因は2つあります。1つ目は日本企業向けにほぼオペレーションが必要ない形でプロダクトを提供している点です。お客様のご負担を最小限にすることが、継続して使っていただける所以だと考えています。
2つ目は、お客様にプロダクトご提案をする際は、必ずエコノミックバリューに換算してご提案しています。CTOやPdMとも連携し、導入によってクライアントにどの程度の売上が上がるのか、もしくはどの程度のコストが削減されるのかを逆算しプロダクトを設計するんです。導入することのメリットをとにかく定量化、可視化することを大切にしています。
そのため、お客様にご提案させていただいた際にはスムーズに稟議を通してくださいますね。一度ご縁を頂くと、別のプロダクトもご提案させていただくことが多いです。
「売上、コストの増減が目に見えることで導入しない理由がなく、説明のしやすさが強み」と倉林氏が太鼓判を押す。プロダクト導入後の「クライアントの未来の姿」まで緻密に設計できるのは、組織力、開発力を兼ね備えたFLUXならではの成長の所以だ。
次にマイクを握ったのはコミューンの橋本氏。目の前のクライアントニーズに応える戦略を着実に実行したFLUXに対し、コミューンのビジネスモデルは市場動向の変化が大きく作用している。
橋本現在は、BtoCとBtoB企業の両方に訴求をしていますが、 2020年の新型コロナウイルス発生初期には、思い切ってBtoBへの訴求を強める判断をしました。オペレーションの細かい部分の変化も大切ですが、マクロの視点でどのように物事が変化していくのかを予想したんです。
当時は、コロナ禍に突入し、世の中がオンラインにシフトチェンジしていきました。その流れを目の当たりにして、企業活動がオンラインが主流になっていく未来は想像が付いたんです。だから訴求の力点をBtoBに傾けました。
市場の動向を予測し、ある意味での「見切り発車」が功を奏したわけだ。予測の精度と、思い切った舵取りが非連続な成長を生んだと言っても過言ではない。
代表の高田氏はアメリカに拠点を移し、新規顧客の開拓を始めたばかり。倉林氏から「アメリカで挑戦する際に、日本で築き上げた営業戦略が通用しないこともあるはず。そうした学びをシェアしてほしい」との要望が出た。
一方、「脱炭素のトレンドがここまで来ることを予想できていませんでした」と切り出すのはゼロボードの渡慶次氏。コロナ禍をターニングポイントに大胆な決断をしたコミューンとは異なり、脱炭素へのニーズを先読みして開発に着手。高まる需要を上手く追い風にしてきた。
渡慶次今まであったらいいよねぐらいのNice to Haveだったものが、急激にMust Haveに変化したことで、企業の対応が必須になってきました。それにより一気にマーケットが膨れ上がったことが、成長の要因だと考えています。
炭素会計の領域は利用者が増えるほどサービスの価値が上がるんです。だから、金融機関、電力、ガスなど多数の事業所を抱えている企業や、域内に多くの企業を抱える自治体と先んじて連携していければ、サービスの価値を一気に高めることができると考えていました。
ニーズの高まりが想像以上だったとはいえ、着実に準備をしてきたのは渡慶次氏の先見の明に他ならない。
さらに渡慶次氏は「もともと直接的な新規顧客の獲得には力をいれない方針だった」と説明する。大企業や自治体をチャネルパートナーとし、導入拠点数を底上げする戦略である。そこに追い風をもたらしたのは、皮肉にも企業活動のオンライン化である。
渡慶次パートナーとなる大企業や、全国の地銀、自治体と対面アポになっていた場合は非常に大変だったと思います。コロナ禍によってアポが原則オンラインに変更したことで、容易に彼らとコンタクトを取ることが出来るようになりました。
また顧客先にも大企業が多いので、ウェブで面談を繰り返せるとは言え、セールスサイクルは長いです。ただ、株主総会や年次レポート開示に期日を合わせて、数値を出したいなどの要望もあり、非常にスムーズに決裁が下りるケースもありましたね。企業としてCO2削減数値などは開示しなければならないものに変わりつつあり、彼らの期日にあわせた営業が有効に機能します。
3社の成長の裏にはそれぞれの要因があった。FLUXはトレンドに左右されない緻密なプロダクト設計を強みとしてきた。コミューンとゼロボードは取った選択は異なるものの、市場の行く末を予測、つまり“風向きを読む”ことで一気に躍進したと言えそうだ。
マルチプロダクトは、ビジョンに近づく“手段”
リスクの分散か、リソースの集中か──。これも成長を語る上でポイントになりそうだ。 ゼロボードは温めてきたプロダクトを一気に成長させていくフェーズにある一方で、FLUXとコミューンの2社に共通していることと言えば、複数のプロダクトを同時に展開しているところにある。
「1つ目のプロダクトが成長中にもかかわらず、2つ目、3つ目とプロダクトを重ねている発想と難しさはどんなところにあるのか?」と、倉林氏から橋本氏に率直な問いが投げかけられた。
橋本始めた理由は2つあります。1つ目は、TAMを拡大する観点です。リーチできる市場を広げることで、シングルプロダクトのみでは発生し得る、将来的な成長鈍化のリスクを回避していく必要があると考えました。
2つ目はタイミングとして今なのかという問題もあったのですが、新しいプロダクトの芽を早期から仕込むことが、組織としてもオペレーションとしても長期的な会社の成長に資すると考えていました。そこで投資家とも話し合い、このタイミングでマルチプロダクト展開をしていくことを決めました。
難しさの面でいうと『commmune』というプロダクトがあり、海外展開もしているため、リソースの配分がROIの観点から正しいのかは常に議論しています。ただ、まだ見えてない部分もあるのは、難しさでもあり面白いところでもありますね。
倉林氏も「ARR50億、100億円を見据えた際にシングルプロダクトではなく、マルチプロダクトで勝負していくことが必要」との考えだ。目の前の事業成長にとどまらず、その先を見据えた選択であることが伺える。
他方、FLUXはリスクヘッジとは別の観点でマルチプロダクトを推進している。
永井シリーズAの資金調達をして以降はマルチプロダクトです。カルチャー的にSaaS企業のマネーフォワード、ユーザベースなどマルチプロダクトを上場前に展開しているので、お手本にしていましたね。
FLUXが目指すDXPの戦略とは、SaaSプロダクト群による経済価値最大化プラットフォームである。顧客企業に売り上げ向上とコスト削減をあらゆる面から実現するために、複数のサービスを提供し一気通貫でサポートする。マルチプロダクトはFLUXの掲げる構想に最も近い体制なのだ。
イグジット後を見据えた資金調達をしているか?
ここで、参加者から素朴な質問が投げかけられた。「資金調達が厳しい環境で、どのように動いているのか」。ベンチャーパーソンなら誰もが気になる問いだろう。最初にマイクを握った渡慶次氏は「投資したいと思ってもらえる会社をしっかりと作っていくしかなく、そこは楽観視している」と応じた。
橋本氏も「おっしゃる通り」と続ける。プロダクトに磨きをかけ、支援者を増やすことは大前提だが、一方で永井氏は「イグジット後を見据えたバリュエーションのコントロールが必要」と訴える。
永井一つ気を付けていることは、バリュエーションを高くしすぎないことです。投資を受けた段階でイグジットが目標となることは大前提になるので、発行体の都合だけではなく、投資家の皆様にリターンをきちんと提供できる妥当な水準を心がけています。
以上のように、顧客にとって価値のあるプロダクトを作るという大前提に加え、投資対効果を意識した経営がキモになりそうだ。
カルチャー発信はメンバーの口から
経営のトピックに続き、組織マネジメントへと議論は移る。最後に3社のカルチャーを紐解いていきたい。
永井FLUXはメンバーと経営層の垣根が低く、非常にフラットです。メンバーが自律・自走するカルチャーはベンチャーでは通例だと思いますが、私たちはミッションや解決したい課題すら、メンバーがゼロベースで考えていきます。プロダクトを作る過程では私のトップダウンで意思決定することは少ないですね。マネージャーが顧客のペインを吸い上げ、私の反対意見を述べることもあります。
実際に、代表の永井氏がローンチできると思っていたプロダクトをめぐり、ユーザーヒアリングを行った現場メンバーが主体となってプロダクトを作り直すこともあった。
また、ゼロボードでは取引先が大企業ばかりだが、どのようなカルチャーがあるのだろうか、渡慶次氏はこう続ける。
渡慶次チームは1年前までたったの6人でしたし、私自身もどぶ板営業に集中していました。その後の成長については自分の目が届かない場面でもプロジェクトを推進できるメンバーに支えられていますね。現在のメンバーの半数程度はリファラル採用を行っています。
スキルだけでなく、カルチャーに対する共感度を重視しているという渡慶次氏。どのようにカルチャーにフィットするか否かを確かめているのか──。率直な問いが倉林氏からあった。
渡慶次採用に携わるメンバーと密に対話していただくことを重視しています。
現場メンバーには大体2名ずつ会ってもらい、気持ちよく一緒に仕事ができそうか、同じ価値観を共有できそうかなど、さまざまな角度から見極めてもらっています。最終面接までの合否はメンバーに任せていますね。私との面接は選考というよりは、勧誘の意味合いが強いです。
ゼロボードも現場メンバーの意見を尊重しており、最終面接では面接者を落としたことがないというくらい現場メンバーに信頼を置いている。
橋本私たちは、候補者の方に“選ばれる側”であることを常に意識しています。入社後も、メンバーにとって会社は“キャリアを実現するための乗り物”でしかなく、私達は優秀なメンバーに選ばれ続ける必要があります。そのために必要なことが、強固なカルチャーと、経営陣だけでなくメンバー全員がカルチャーを体現し、語ることで他者に伝播させていくことです。
面接の場でも、メンバーの口から自身の体験を交えてカルチャーの説明をしてもらうことを大切にしています。カルチャーは、他社との何よりもの差別化であり、候補者の方がその話を聞いて、カルチャーマッチしそうだと思ってもらえたら進んでいただきたいと考えています。
あとは、採用広報公式のYouTubeチャンネルがあり、経営陣の人となりや考え方・会社の雰囲気などを、できるだけ飾らずにありのままの姿で知ってもらうように努めています。
コミューンの採用現場では、メンバーがカルチャーを発信することで、“候補者を選ぶ”ことより“候補者から選ばれる”ことを重視しているのだ。
他方、メンバーに採用を任せている2社とは異なり、FLUXは一次面接からマネジメント層の面談だ。これはどのような意図があるのだろうか。
永井FLUXでは、CxO/VPレイヤーが初めのタッチポイントとなる面談・面接に臨んでいます。次に一緒に働くメンバー、その後に責任者、最後に私がお話をしています。
最も重視するのはバリューに合うかどうかですね。これには明確な評価基準を設けており、5つのバリューへのフィットの度合いを、三段階基準で確かめています。スキルは二の次で、給与面に反映するぐらいです。
3回の面接でシビアに相性を確かめていますが、私が面接させていただく時も、密に会話を重ねてお互いの価値観を素直にキャッチボールするように心がけています。そういった意味で、お互いがマッチするかどうかをかなり時間をかけて対話しているので、私との面談でもオファーを出させていただくのは7割程度の方になりますね。
面接だけでなく、リファレンスチェックとの両輪で候補者への理解を深めているFLUX。バリューフィットの確認が徹底しているがゆえに、他の企業が合っていると選考中に気づく場合もある。その証拠に「他のスタートアップやコンサルをご紹介したこともあります」と永井氏。徹底した候補者への理解があるからこそ、カルチャーに合うメンバーがジョインしているのだ。
スタートアップにとって人材獲得は共通のハードルと言えよう。最後に倉林氏は、3者それぞれが抱える採用課題を問うた。
渡慶次優秀な人材は他社からも引き合いが多いので、最後は絶対に私が直接話すようにしています。社長である自分が候補者と対面し、カルチャーや考え方を直に伝え、少しでも一緒に働きたいと思ってもらいたいと考えています。最後の大事な役割なので、私が一番緊張していますね。
橋本コミューンでは、アメリカに拠点を構えた背景もあり、外国人エンジニアをはじめとしたグローバルに活躍できるメンバーの採用も強化しています。アメリカ拠点との分断を避けるために、、社内公用語も英語に徐々にシフトしつつあり、グローバルチームはすべて英語で業務を行っています。
永井FLUXは、この1年で社員数が3倍強へと拡大し、少しずつですが採用の制度設計がうまく機能してきたと感じています。様々な採用施策がワークし、弊社のカルチャーとフィットする候補者の方とお会いする機会も増えてきました。今年はさらにエンジニアやマネージャーの採用にも一段と力を入れています。
3社とも採用基準が明確で、カルチャーフィットを重視しているということだ。
急成長・急拡大を遂げている3社。チャレンジできる機会と、そこにうまく飛び込むためのカルチャーが、同じようにそろっている。これが、SaaSスタートアップの中でも「トップランナー」というイメージを持たれている所以と言えるかもしれない。平穏や安定もありながら、自身の成長に妥協せず過ごせる環境が、きっとこうした企業にはある。そんな世界で新たに活躍を期するビジネスパーソンがさらに増えていくことを願いたい。
こちらの記事は2022年08月03日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
村上 貴一
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