「両利きの経営」でスタートアップの新規事業を加速させる、3つの組織的アプローチ
イノベーション研究の大家クレイトン・クリステンセン氏による『イノベーションのジレンマ』。誰もが知る有名な理論であり、スタートアップでも基礎概念として知られている。
この理論を乗り越える方法として近年提唱され、世界のイノベーション研究において注目を集める概念が、既存事業を深め伸ばす“深化”と、新しい事業を開拓する“探索”を両立する『両利きの経営』だ。
本記事は、2020年3月にミミクリデザインと資本業務提携し、横断組織でのイノベーションマネジメントに取り組むドングリCEO、ミナベトモミ氏による寄稿連載。同氏が推進する『両利きの経営』を、いかにスタートアップがインストールしていくかをご紹介いただく。
第二回目は、組織へ“両利き”を導入していく上で定石とされる、3つのアプローチを解説していく。
(本記事の執筆にあたっては、筆者が共同代表を務めるミミクリ&ドングリのリサーチ・チームが海外研究動向の論文レビューを行い、参照しながら記載しています)
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
組織で両利きを実現する3つのアプローチ
前回の記事では、イノベーション理論として話題の「両利きの経営(ambidexterity)」を解説しました。概要を簡単におさらいすると、既存事業の安定的グロースを行う「知の深化(Exploitation)」と、新規事業を産む「知の探索(Exploration)」を両立させるアプローチです。
スタートアップは、創業当初に温めたビジネスモデルのまま順風満帆に成長を遂げることはそうありません。プロダクトの方向転換を繰り返しながら市場反応を観察し、改善を繰り返していくことが必要です。
PMF(市場需要と製品価値の合致)を探ると共に、事業成長のためにマーケティング施策の整備も進め、並行して泥臭いセールス活動も行わなければいけません。決してスマートではないものの、“プロダクトの方向転換”と“強い営業力”の積み重ねにより成功を収めていくのが、最初の事業(=1本目の柱)を立ち上げる上でよくある成功事例ではないかと思います。
しかし、1つ目のプロダクトが“花形”と呼べる程度に成功した頃には、成長限界が見えはじめ、経営陣には新規事業への投資意欲も増してきます。ここで用いるのが、本連載のテーマでもある「両利きの経営」です。
では、どのようにこの「知の深化」と「知の探索」を両立させていくのか。今回は3つのアプローチを紹介していきます。
- 両利きの連続的アプローチ
- 両利きの構造的アプローチ
- 両利きの文脈的アプローチ
深化と探索を、時間と共に全社で切り替える「両利きの連続的アプローチ」
1つ目は、既存事業の成功が見えた段階で、企業全体で新規事業の探索モードに切り替えていく「両利きの連続的アプローチ」です(「連続的(Sequential)」もしくは「時間的(Temporal)」とも呼ばれますが、本記事では「連続的アプローチ」で統一します)。
両利きの連続的アプローチ(Sequential Ambidexterity)
時間の経過とともに組織構造をシフトさせることで、両利きを達成する
Duncan, R. B. (1976), The ambidextrous organization: Designing dual structures for innovation. In R, H, Kilmarm, L, R. Pondy, & D, Slevin (Eds,), The management of organization design: Strategies and implementation (pp. 167-188). New York: North Holland |
連続的アプローチは「深化→探索→深化……」と全社で変化を繰り返しながら、成長を遂げていくことです。探索的に次なる事業に焦点を当てつつ、プロダクトマーケティングフィットが見えたタイミングで、深化モードに切り替え収益化を最短距離で模索していきます。全員で獲物を探索しながら、発見と同時に全員で仕留めにかかる。常に新たな獲物を探す狩人のような組織アプローチです。
規模が少ない内に新規事業に取り組むケースでは、連続的アプローチは非常に有効です。しかし、この「深化」と「探索」のモード切り替えは得てして困難を伴います。経営の意思決定でモードを切り替えようとしても、組織内で変化に追いつけないグループが生まれ、度重なる変化に抵抗するメンバーも現れたりします。また、経営による一存で組織状況が大きく変化するために、社内の心理安全性も下がりがちです。
こうした課題を踏まえ、連続的アプローチを成功させる鍵は主に4つあります。
- 組織内に協力を促すインセンティブを設計し、課題への協力体制をつくる。
- 共通のアイデンティティを構築し、変化適応を享受するカルチャーをつくりあげる。
- 管理部門は組織変化に合わせて、随時体制の見直しを図る戦略部門としての立ち位置となる。
- 経営は時間の経過と共に的確な意思決定を行い、モードの変化を行う。
いわゆるスタートアップらしい組織体制であり、小さいながら大きな成果を断続的に出せる組織には、両利きの連続的アプローチが成功しているところが多いように思います。
海外では時間の経過と共に、本の通販から少しづつ業態をアップデートし続けてきたAmazonなどは、創業当初は連続的アプローチによって成長を果たした企業とされています。国内において起業家集団ともいえるリクルートも典型的でしょう。
最近、決算が話題となったエムスリーなども、創業時から非常に短い感覚で連続的アプローチの切り替えにより、成功を果たしてきた企業ではないかと思います。
しかし組織規模が1,000人前後にもなるミドルベンチャーともなれば、全社的なモード切り替えの速度が遅くなり、連続的アプローチだけでは新規事業の成功確度は低くなります。特に課題となるのが、深化モードへの組織的傾倒が強まることによる影響です。
深化モードでは業務オペレーションを策定して属人性をなくし、定量数値の積み重ねで利益を機械的に得ます。基本思想は規律であり、“行動の制約”を増やすことで効率性を高めます。ただ、組織内に制約が多くなってしまうと、連続的アプローチによる方向転換は容易にはできません。
こうしてモード切り替えができなくなった状況の打破に必要となるのが、組織デザインの力を活用した2つ目の「両利きの構造的アプローチ」です。
深化と探索を構造的に分ける「両利きの構造的アプローチ」
新規事業の成功のために行われる最もシンプルな取り組みが、両利きの構造的アプローチです。そもそも既存事業は生産性向上を目的に規律が重視されるのに対し、新規事業は柔軟に実験を繰り返す姿勢が求められます。
それぞれ異なる戦略とマネジメンントスタイルが必要なため、組織構造の上で「既存事業(深化ユニット)」と「新規事業(探索ユニット)」の2つのユニットを分けてしまおうという考え方です。
両利きの構造的アプローチ(Structural Ambidexterity)
組織内にリソースを共有したサブユニットを結成することで、同時に両利きを達成する
Tushman, M. L., & O’Reilly, C. A. (1996). The ambidextrous organization: Managing evolutionary and revolutionary change. California Management Review, 38, 1-23. |
構造的アプローチは多くの大企業で試行錯誤されており、目にする機会が多い取り組みかと思います。
取り組み例
- 新規事業立ち上げを主目的する事業部の設立
- 役員同士で掌管範囲を分割し、事業部ごとの責任を棲み分ける
- ホールディングス体制移行や、戦略子会社の設立
- オープンイノベーションによる、スタートアップへの投資
構造的アプローチは、戦略上は理想的な手法に見えるでしょう。しかし、その道のりは非常に困難です。なぜなら事業を取り巻く環境は一瞬で変化しますが、組織構造は一瞬で変化できないからです。組織を分けてしまえば、組織間で情報が錯綜するようになり、以前のような素早い意思決定が難しくなる。また、経営資源が組織内に分散してしまい、組織全体を動かすことも困難になるでしょう。
しかも、一般的な企業では既存事業のさらなるスケールに予算が重点的に配分され、新規事業への投資は後回しにされがちです。共通資源である「開発部門」「間接部門(人事/経理/総務など)」からの支援も、新規事業の優先度は低くなります。
つまり、製品開発では新規事業より既存事業の改善が優先され、人材採用でも優秀な人材は既存事業にまわされる。組織の中で新規事業を担当する「探索ユニット」は構造的に孤立しやすいのです。こうしたパターンを回避し、構造的アプローチを成功させるには幾つかの条件があります。
- 2つのユニットの事業目標を異なるものに設定し、経営戦略上での立ち位置を明確にすること。
- 経営資源や人材、間接部門の活用設定を明確にし、2ユニットの境界線を定義した上で、維持すること。
- セントラル組織により、2つのユニットに対して効率的にサービスを提供すること。
特に鍵となるのが、「深化ユニット」と「探索ユニット」が経営戦略に従って運営されているかを、全社最適の視点で管理するセントラル組織(マトリクス組織、横断組織ともいう)の存在です。
しかし、セントラル組織の立ち上げでは、各ユニット同様に、経営資源や人材などを投入する基準を決めるための調整業務が発生し、時間もかかります。その間にも外部環境は変わり続けるので、場合によっては新規事業への資源配分の縮小、セントラルの解体も起こりかねません。
また、構造的アプローチに順応する間に、深化ユニットと探索ユニットの“経営資源をめぐる社内調整業務”に意識が向きすぎると、政治的な組織文化になることもあります。そうなると構造が適応しても、探索にかける力は失われてしまいます。
こうした課題を生まないためにも、構造的アプローチにはトップダウンによる組織デザインと素早い適応が肝心です。果敢なリーダーシップで急速に変革を推し進め、成功を遂げた例も少なくありません。
『Sansan』を立ち上げた後に『Eight』へ投資を続けたSansanや、『SPEEDA』『NewsPicks』『FORCAS』『Quartz』と幅を広げるユーザベースもその一例でしょう。ビズリーチから経営体制を変えたビジョナルも同様の組織構造をとり、新規事業へ力を入れています。
ここで成功確度を高めるには、「深化ユニット」と「探索ユニット」が互いのミッションを認め合いながら協力関係を築くことが重要です。言い換えるなら、構造的には矛盾する両方をつなぎ合わせ、併存させるための組織文化をつくることともいえます。その文化によって、両利きは実現できるのです。
この組織文化作りのヒントになるのが、3つ目の「両利きの文脈的アプローチ」です。
自律的な組織文化をつくる「両利きの文脈的アプローチ」
構造的アプローチでは、既存事業・新規事業が異なるミッションと価値観を持ち、組織自体を分割すると紹介しました。しかし、それだけでは2つのユニットに対立が起こります。例えば、深化ユニットから見れば、探索ユニットは自分たちが稼いだ売上をムダにしているように見えるかもしれません。
その回避には、現場全体が一丸となって“探索”に力をいれる組織文化が必要です。
こうした組織文化を生むのが「両利きの文脈的アプローチ」です。連続的アプローチと構造的アプローチの性質を踏まえつつも、組織に所属する一人ひとりの“個人”が深化と探索のバランスが取れるように、組織の機能や制度を変え、文化をつくりあげていく手法です。
両利きの文脈的アプローチ(Contextual Ambidexterity)
個人が探索と深化の間で時間を分けられるように組織の機能を設計することで、両利きを達成する
Gibson, C. B., & Birkinshaw, J. (2004), The antecedents, consequences, and mediating role of organizational ambidexterity. Academy of Management Journal, 47, 209-226. |
このアプローチでは、組織を小さなユニットや事業部単位に分けた上で、その小ユニットの責任者ごとに「深化」と「探索」のモード切り替えや、意思決定できる裁量権を渡します。個々のユニットは互いに調整しながら、成果を上げるのに最も適した方法を選択できます。ティール組織やホラクラシーなどもこの方法論のひとつといえます。
また、マクロな組織構造だけではなく、ミクロな個人目線でも探索を促す制度設計が必要です。有名な例でいえば、Googleの20%ルールもそのひとつでしょう。皆が新規事業開発に目線を向ける取り組みで、文化の浸透を図っているのです。
しかし、自律的組織の構築には組織デザインにかかる負荷も多く、各ユニットをサポートする本部の運営が最重要となります。以下の4つが文脈的アプローチの鍵となります。
- 小ユニット同士が組織上のルールなどには従いつつ、個別に業務プロセスを調整し合うこと。
- 小ユニットが個別に意思決定できるようにするため、情報提供と環境をつくること。
- 多様性が生まれる中で、フェアかつ透明性が高い業績評価の仕組みをつくること。
- 全社を横断した組織開発で、両利きの価値観を保ち続けること。
この文脈的アプローチは実現すれば最も成果を上げられる手法です。ただ、管理コストは大きく、MBO/OKRの精度が求められ、ユニット間の約束ごとが守られているかを短いタイミングで記録・管理しなければいけません。もっとも、それらをトレードオフにしてでも、変化適応力を高める必要のあるテック企業においては必須といえる方法論です。
方法論に溺れず、事業に適した組織をつくり、成果を導く
本編では3つの両利きアプローチを解説してきましたが、どのアプローチが優れているかという比較論ではありません。いずれも状況により組み合わせることで、新規事業の成功を導くものです。以下、簡単に図に整理しました。
経営の役割は、外部環境に合わせてリーダーシップを発揮し、策定した戦略を実行できる組織をつくること。「事業に適した組織をつくり、成果を出すこと」がその本質です。
3つの方法論を事業に適して選び、多くのスタートアップがスケールすることを願っています。
新規事業開発では、1本目の柱となる事業の成功体験から得られた組織学習が途切れないように組織文化をつくりながら、これら3つのアプローチを加速させる取り組みが必要です。次回はそのひとつとして”意味のイノベーション”の活用をご紹介していきます。
本連載筆者のミナベトモミ(DONGURI)と、安斎勇樹(Mimicry Design)の二人で、組織イノベーション論についてのブログを書いています。詳細は画像をクリック!
こちらの記事は2020年06月04日に公開しており、
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編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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