連載0→1創世記
建築×VRで急成長のDVERSE。
将来はコミュニケーションを変革する?
“VR元年”と呼ばれる2016年から2年先駆けて、DVERSE Inc.は2014年10月にVR専門企業として産声をあげた。
建築/土木業界向けVR制作ソフトウェア「SYMMETRY(シンメトリー)」の開発・販売を主力事業に据え、世界的な音響機器メーカーであるゼンハイザーとも共同で実験を行い、グローバル市場でも評価されている。
エンターテインメントのイメージが強いVR業界でいち早くBtoB向けVRに特化した同社が目指す変革に迫った。
- TEXT BY MISA HARADA
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY GEN HAYASHI
VRでエンタメ事業をするのは、まだ早い?
CEOの沼倉正吾は、小学生のとき、ゲーム機と勘違いして親に買ってもらったマイコンとの出会いをきっかけにプログラミングにハマっていった。雑誌『マイコンBASICマガジン』を参考に、ゲームプログラムを自作する日々。
しかし、大人になった沼倉が、エンジニアとしてのキャリアではなく、実業家としてのキャリアを選択したのは、自分にはエンジニアとしてセンスが不足していると感じたからだ。
「僕より才能やスキルのあるエンジニアがたくさんいるんだから、そういう人たちができないことを僕が担った方が、やりたいことに結果として早く到達すると思ったんです」と沼倉は自身の意思決定を振り返った。
沼倉のキャリアは秋葉原でのパソコン販売業からスタートした。そこで実績をあげて責任者を経験した後に、外資系大手家電量販企業に転職。そこで取締役を務めたのち、2004年にエンタメやビジネス向けシステムの開発会社を設立。そして、2014年10月にDVERSE Inc.を米デラウェア州にて創業。
当時はVR技術が現在ほど脚光を浴びる存在ではなかった。VRの専門企業として早い段階でスタートを切ったが、沼倉はその理由を「きっかけは単純にVRでずっと遊びたかっただけですね(笑)」と語る。
沼倉もちろんマーケットも成長していくだろうとは思いましたが、予測していたというより、期待していたという表現の方が近いかもしれません。
「ビジネスとして見込みがあったから」ではなく、テクノロジーの最先端のところで“作る側”に回りたかったから飛び込んだ。趣味と実益を兼ねていたという感じです。
CTOの高田知典は、日立ソフトウェアエンジニアリング(現:日立ソリューションズ)にてエンジニアとしてプロジェクトマネージャーなどを経験した後、いくつかのベンチャーを渡り歩いた。そんな中、あるプロジェクトを通じて沼倉と知り合い、DVERSE Inc.にジョインすることを決断。
「新しい技術をベースに社会貢献したい」と考えていた高田にとって、VRはうってつけのテーマだった。
DVERSE Inc.も当初はエンターテインメント向けのVR事業を行っていたが、色々な場でユーザーからのフィードバックを受けた。その中の1つが「建築向けにVRで何かできないか」というもの。その依頼に応えるべくプロトタイプを作り展示会に出展。大きな反響を得られた。
そして2016年1月、同社はそれまで手がけていたエンターテインメント領域から、ビジネス向け事業に完全に舵を切った。エンタメ領域からの転換は、どのような意思決定で行われたのだろうか?
沼倉「エンタメをやるのはまだ早い」と考えたんです。今、VRで遊んでいる人って、VRを使ってみたいガジェット好きの方がほとんどだと思っています。まだまだ大衆のものにはなっていない。
そんな段階で、いくら面白いゲームを作ったところで、そもそものユーザーが少ないのでスケールしません。企業向けのプロダクトだったら、ちゃんと顧客のニーズを捉えたサービスを提供できさえすれば、絶対に市場から受け入れられると判断しました。
しかし、物事はとんとん拍子には進まない。そこから“顧客のニーズを捉えたサービス”を作るために試行錯誤の日々が続く。とにかく現場の声を聞き、何が真に求められているのかを検証していった。
ビジネス向け、建築/土木業界向けの需要を鮮やかに見つけたというよりは、暗闇の中をたくさんのフィードバックを頼りに手探りで進んでいった結果、そこにたどり着いたというのが実感だった。
沼倉だから今も不安との闘いです。ただ、僕も高田も40代でいろいろ経験してきたからこそ、最悪のケースもなんとなく想像がつくわけです。なんなら僕は、会社がつぶれるときどうなるのかっていうのを前の事業で経験しているわけだし(笑)。
若い人だと「失敗すると世の中から抹殺される」みたいな不安があるかもしれませんが、僕らは、これまでの経験の蓄積があるからこそ踏み出せるっていうところはありますね。
ベンチャー、スタートアップという言葉がどこか若者のための言葉として使われることがありますが、決してそんなことはありません。
“VR体験による感動”まで意識した直観的な操作性
主力サービスである「SYMMETRY」は、CADデータを読み取り、VR空間で設計された建築物を再現できるソフトウェアだ。建物や設備のサイズ感などがVR空間に実物大で表現されるため、図面や模型、パース等を使用した従来の方法よりもリアルに完成形をイメージできる。
VR空間に複数人が同時にアクセスすることもできるため、同じ設計モデルの中を一緒に歩き回りながら設計にフィードバックを加えていくことも可能だ。
同社では、「SYMMETRY」を「VR空間の中で『アイデア』『イメージ』『デザイン』のより正確な共有と確認を行い、円滑なコミュニケーションと意思決定を促進するソフトウェア」として捉えている。
画期的なプロダクトだったとしても、職人気質の人間が多い建築/土木業界では、これまでに存在しなかった新しいテクノロジーを導入してもらうハードルは決して低くはない。だが、沼倉としては、「いらないときは、『いらない』と言われる」という点に、むしろやりやすさを感じている。
ハッキリとしたフィードバックをもらえる分、そこから得られる示唆は多く、それをもとにプロダクトを改良できれば、『良くなった。使える』という率直なフィードバックと共にプロダクトの導入を検討してもらえる。
沼倉は、「これがエンタメ領域のC向けサービスだったら、『ふーん。いいね』で大したフィードバックを受けることもなく終わっちゃう。企業向けのプロダクトの方がやりやすいと思いますね」と話す。
VR元年を越え、多くの企業がVR領域に参入してくる状況で、「SYMMETRY」は受け入れられるのか?競合優位性について伺うと、高田と沼倉は自信をもって「使いやすいこと」というシンプルな回答を挙げた。
高田3D CADのソフトを作っていたメーカーが新たにVR用のプロダクトを作るとなると、どうしても「これまでの開発の延長線上」というアプローチになってしまう。なかなか「VR体験によるユーザーの感動をどう作るか?」という部分にまで意識が向かないと感じています。その点「SYMMETRY」では、直観的な操作性を重視しています。
沼倉僕たちはゲームなどのエンタメ事業の経験を活かして「とにかく、ユーザーが使いやすいプロダクトにしたい」という思いでプロダクトを開発しています。単なるプロダクトの使いやすさに加えて「SYMMETRY」を使ったときにどんな体験をユーザーに提供できるかを意識しています。
「新技術なんて難しそうだ」と考えている人にも、VRによってワークフローが変革されることを体感してほしいです。
“部屋の中の象”が育たない空気を醸成するために
DVERSE Inc.で求められている人材は、“好奇心を持っている人”。好奇心を大切にするカルチャーだからこそ、社内で四半期に1回、役員を含む全メンバーたちが、自分の好きなことや興味のあることについて発表する場を設けている。テーマはVRに限らず、ときには美術館に行ってみたり、ときには「建築物を作ってみよう」とレゴを組んでみたりと様々。
また、エンジニアたちは月に何度か、「撃つ」や「はじく」など簡単なテーマを決めて、1時間の昼休み中にゲームを作るプチハッカソンを開催する。高田は「1時間だからクソゲーしか作れない」と笑うが、メンバー同士で刺激を与えあう環境が、DVERSE Inc.の自由な発想の源のようだ。
思ったことを率直に伝え合うカルチャーも大切にしている。企業経営をしていると、状況が意図せず悪い方向に進んでいる、誰かが「これはマズいんじゃないか」と察知していても、周りに気を遣ってそれを全体に伝えらず、その間に問題が悪化していくことは日常茶飯事。
みんなが見て見ぬふりをする問題のことを英語で「Elephant in the room(部屋の中の象)」と表現するが、DVERSE Inc.では、部屋の中の象を育てないカルチャーを醸成するために、他のメンバーがいる場でもあえて沼倉と高田が言い合うこともある。
VRは新たなコミュニケーションツールとなる
昨年10月には、世界的な音響機器メーカーであるゼンハイザーとDVERSE Inc.が共同で、VR空間における立体音響シミュレーションの実証実験を開始したことが発表された。グローバル市場に積極的なぶん、海外を行き来することも多い。
沼倉は、「これからのDVERSE Inc.では、グローバルに向けてビジネスができる人材、マネジメントができる人材が必要になってくる」という。
今後DVERSE Inc.では、どのような世界を実現していくのか?「SYMMETRY」では、VR空間上での音声チャットが可能なことを考えると、3D CADのソフトウェア市場に加えて、現在Skypeなどが担っているオンラインミーティングの市場も狙える。
同社が目指しているのは、VR技術によって既存業務を単純にVRに代替していくのではなく、“仕事のやり方”そのものに変革をもたらすことだ。
沼倉パソコンによって、今まで手書きでやっていた作業がExcelやWordで圧倒的に速くなったこと、携帯電話によって外出先でも連絡できるようになったこと。VRはそれと同じくらい、新しい世界をもたらす可能性を秘めています。
僕たちのやっていくべきことは、「VRでは、こういうことが実現しますよ」という新しい提案です。その第1歩が、3D CADだった、ということなんです。
VRは、パソコンとスマホに続く“第3の波”になると世界的に期待されている。沼倉は、いずれVRが“仕事のやり方”だけではなく“人間同士のコミュニケーション”も変えていくと信じている。
沼倉自分の頭の中にあるイメージを仮想空間の中で具現化して、他人と共有できるというところが非常に面白いんですよね。突き詰めると、VRはコミュニケーションツールだと思うんです。ビジネスだって、結局はコミュニケーションじゃないですか。
今はデザインや建築の領域でVRソフトを開発していますが、そこに限定せず、これからも“イメージを具現化して、みんなと共有する”ことについて、さまざまなアプローチをかけていきたいと思います。
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