M&Aはパートナー選び──イグジット後も過去最⾼益を更新し続ける、ゲームエイトの軌跡と展望
2018年、日本企業によるスタートアップのM&Aが、件数・金額ともに過去最高を記録した。米国に比べ、日本はIPOによるイグジットの割合が多いことで知られていたが、状況は少しずつ変わりつつある。
M&Aを果たした起業家は、ロックアップ期間を終えると退任し、次のチャレンジへと進むことが多い。しかし、そうした通説に囚われず、別の選択肢を選ぶ起業家がいる。株式会社ゲームエイトの代表取締役・西尾健太郎氏も、そのひとりだ。
同社は、2015年末に株式会社Gunosyの連結子会社となった。その後も主力事業であるメディア『Game8 [ゲームエイト]』は、売上・営業利益ともに、継続して過去最⾼益を更新し続けてきた。
いまではGunosyグループ全体に対して約15%、利益面で貢献しており、代表の西尾氏は2018年9月よりGunosyの執行役員を兼任した。ゲームエイトも含め、2社の経営に携わっている。
M&A後も同じ船に留まり、結果を残し続ける道を選んだ背景には何があったのか。そして、どのような展望をもって事業に取り組んでいるのか。西尾氏の終わらぬ挑戦の軌跡を辿る。
- TEXT BY HAYATE KAWAJIRI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「期待値調整」の密度が、イグジット後の経営を左右する
2019年3月現在、Game8は月間2,000万人が訪れる国内最大級のゲーム総合情報サイトへと成長している。月間PV数は2億を超えており、ゲーム好きにとっては馴染み深い存在なのではないだろうか。
“若くしてイグジットを果たした”という華やかな経歴が意外に思えるほど、どこか落ち着いた雰囲気が漂う西尾氏。M&A後も事業を成長させ続けるための秘訣は、「期待値調整」の一言に集約されるという。「親会社との認識のミスマッチが生じないように、密なコミュニケーションを取ることが大切だ」と西尾氏は語る。
西尾自社とM&A先企業との間で、事業成長に対する「期待値調整」を絶対に怠ってはいけません。M&A時に売る側と買われる側で相反する利益の落とし所を探すプロセスで、どちらかの意向が強まりすぎてしまうと、将来的に経営の自由度が低くなり、経営者のモチベーションが下がる原因となりえます。そうならないために、M&A後も密に期待値調整を行い続ける必要があります。
経営者視点で売却そのものを目的としたM&Aであれば、交渉時の金額感さえ折り合えば基本的には問題はありません。しかし長期的に戦っていくためのパートナーを選んだつもりだったのに、「思ったのと違った」という結果になったら悲しいですよね。
「期待値調整」の重要性をよく認識している西尾氏は、Gunosyグループに入って約3年経った現在でも、毎週欠かさず担当役員とのコミュニケーションを行なっているという。
西尾直属の担当役員である竹谷祐哉さん(現・Gunosy 代表取締役)、過去には福島良典さん(前・Gunosy 代表取締役、現・取締役 ファウンダー)との1on1を、毎週欠かさず行なってきました。コミュニケーションにズレが生じそうな場合は、他の役員にも定期的にこちらから話しかけるようにしていますね。
そうした地道な努力の甲斐あって僕らは、当初の計画比100%以上の成果を達成できていることもあり、自由にやらせていただいています。
「市場選択」と「スピード感」が、急成長を支えた
2014年、株式会社Labitの一事業としてはじまったGame8。当時は、キュレーションメディアが盛り上がりを見せていた時期。新興ウェブメディアが乱立し、大企業に買収されたり、数千万〜数億円の資金調達を実現したりするメディア企業も珍しくなかった。
「年々増えていくスマホの可処分時間に、まだまだビジネスチャンスがあるのではないか?」と模索する中で西尾氏が選んだのは、もともと好きで馴染み深かった、ゲーム領域。「いま振り返ると、この市場選択が大きな成功要因でしたね」。
西尾Game8が成長した要因として「伸びているマーケットに、スピード感を持ってリソースを投下できたこと」が大きかったと思います。
「ゲーム情報を集めたスマホメディア」という市場は、まさしく伸び盛りでした。スマホ向けメディア市場が伸びていることに加え、ゲーム市場が拡大していたことも追い風となりました。
さらにゲームは、新作が出るたびに新しい市場が広がります。急速に拡大を続ける市場だからこそ、スピード感を持ってリソースを投下できる会社が勝ちやすかったんです。
西尾氏はサービスが拡大していく手応えを得てゆき、2014年8月には分社化も果たした。その後メンバーも増え、「チーム」としての形を整えていく。
しかし事業が順調に成長するにつれ、子会社としての制約もあり、組織体制や資本政策に悩むことも多くなっていったという。
「ゲーム好きだけを集めて組織をつくっていきたい」と想いを膨らませ、MBO(マネジメント・バイアウト)も検討するようになった西尾氏に訪れたのは、信頼する知人からのM&Aの誘いであった。
西尾MBOを検討するようにはなっていたものの、その準備ばかりに終始し、事業成長のために割く時間が減ってしまったら本末転倒になってしまう。「どうしたらいいものか」と悩んでいたときにM&Aの打診をしてくれたのが、もともとLabitを創業初期から支えてくれた同志であり、当時GunosyのCTOを務めていた松本勇気(現・DMM.com CTO)だったんです。Gunosyの創業メンバーは学生時代からの知人が多かったことからも、M&A後のイメージがしやすく、100%子会社化することを決断できました。
リソースの確保を求めて事業売却を検討していた西尾氏が、交渉時に気を配っていたのは「自社への投資合理性を示すこと」だ。
西尾特に、親会社のROI(投資利益率)には注目すべきです。親会社のROIと比較する形で、ゲームエイトへの投資効率の高さを証明しなければ、買収してリソースを投下し続ける経済合理性を理解してもらえませんから。
プレイヤーから「社長」へ
グループ入りを経て獲得したメリットとは?
「M&A以前は、完全に“プレイヤー”として事業を進めていた」と語る西尾氏。Gunosyグループに入ってから、社長業に専念し、組織づくりに本格的に取り組めるようになったという。
西尾親会社の役員陣にも壁打ちしてもらいながら、幹部やエンジニアリソースの強化に取り組んでいきました。おかげさまで、現在のゲームエイト社では幹部人材も補強され、社員数も30名から100名近くまで増えています。
開発メンバーに関しても、Gunosy社とリソースを共有できることもあり、大きなトラブルに見舞われることなく増やし続けることができました。
またM&A後は、上場企業水準での予実管理やリスクコントロールに気を配る必要が出てきたが、「長期的に考えて必要なことなので、前もって経験できて良かったと思います」と西尾氏。そして何より、事業成長だけでなく、西尾氏自身の成長スピードの加速にもつながった。
西尾Gunosyグループに入ったことで得られたことは2つあります。ひとつは成長スピード。親会社の意思決定ひとつ取っても、「自分ならどうするか」と仮説を立てた上で責任者に直接話を聞きに行けるなど、経験値を得る効率が圧倒的に上がりましたね。
もうひとつは、上場維持の大変さを学べたこと。普通にスタートアップを経営しているだけではなかなか分かりませんが、「上場後も事業を成長させ続けるためには、人生を賭けるつもりで挑まないといけない」と間近で体感できました。
西尾氏は現在、Gunosyの執行役員も兼任している。しかし、見据えているのはあくまでも「『ゲームエイト社』の成長」だ。
西尾ゲームエイトで代表取締役を勤めているのも、Gunosyで執行役員を担っていることも目的は同じく「ゲームエイト社の企業価値を最大化し続ける」ためです。Gunosyの役員会議や意思決定の場に参加しているのも、ゲームエイト社の事業インパクトが増えてきたことから、グループ全体の経営を通して自社の見通しを広げるためです。これまでと同様、自分の視座も上げていきたいと考えています。
“ゲーム好き”を集めた組織で、
ユーザーのライフサイクルを豊かにする
ますますの躍進を見せるゲームエイト。今後はゲームメディアという枠組みを超え、ゲームプレイヤーの「ライフサイクルそのもの」を豊かにしていけるよう、事業開発を進めていきたいと西尾氏は意気込む。
西尾ゲームで遊ぶ前、どのソフトで遊ぶか考えるとき、イベントに参加するとき…ゲームの接点は、プレイ時間だけではありません。Game8では、そうした接点をどんどん押さえていき、ゲーム好きな人がより幸せになれる世界を作りたいと思っています。
また今後は、Web領域での強みを活かしつつ、事業シナジー前提の投資も進めていく予定だという。
「実は、ゲームエイトの社員は、ライターアルバイトからの登用が多いんですよ」
インタビューからの帰り際、西尾氏が付け加えてくれた言葉だ。ゲームエイト内の記事は基本的にゲーマーである内部ライターによって執筆されている。そして活躍が認められたライターたちは、社員として登用されることも少なくないそうだ。
彼らはゲーム好きで社内カルチャーにもフィットしているので、営業からディレクターまで、職種を超えて幅広く活躍してくれるのだという。生粋の“ゲーム好き”が集まった組織だからこそ、ユーザーに愛されるサービスや事業作りに邁進できるのであろう。
組織について熱く語る西尾氏は、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
こちらの記事は2019年04月12日に公開しており、
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執筆
川尻 疾風
ライター・編集者(モメンタム・ホース所属)。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
連載M&A後の起業家たちの挑戦
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