人、熱量、礼儀……CFOだから知る、財務諸表にあらわれない強さとは?
イングリウッドが売上250%の高成長を続ける理由
「売る」を極めている会社。こう聞いたとき、どんな企業が思い浮かぶだろうか。
営業利益率50%を超えるキーエンスや、東洋経済の2019年ROE(株主資本利益率)ランキングで1位に輝いた北の達人コーポレーションが挙がるかもしれない。
一方で、非上場企業の中にも注目すべきプレイヤーがいる。「商品を売る最強の集団」を掲げるイングリウッドだ。同社が展開する事業は、EC販売、ECコンサル、デジタルマーケティング、AIシステム開発。社員1人あたりの売り上げは1億円を超え、ROEは100%以上、売り上げの成長率は250%をマークしている。
イングリウッドの躍進をさらに後押しするのは、現在、取締役兼CFOを務める堂田隆貴氏のジョインだ。監査法人やコンサルティングファームでの経験が豊富で、「経営の目利き」のプロである会計士・堂田氏が、あまたある企業の中から同社を選んだ理由は「財務諸表にあらわれてこない、経営哲学の妙」だった。「『モノを作って、売る』商いの流れの全てを知り尽くしている」というイングリウッドの根幹を成す「商いの哲学」とは?
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
財務のプロが入社を即断した理由は、財務諸表の外にあった
財務のプロフェッショナルである堂田氏を招聘したいと考える企業は多いはず。ほかにも多くの選択肢がある中で同氏が転身先にイングリウッドを選んだ理由は、意外にも「偶然と直感」だった。
M&Aアドバイザリーファームから事業会社への転職を検討していた際、信頼する知人が、代表の黒川氏を引き合わせてくれたのが始まりだったという。
堂田開口一番、「ようこそ」と言われて(笑)。「あれ?」と思ったのですが、どうやら僕が入社する前提で話が進んでいたみたい。でも、話が終わる頃には入社を決めていました。
もちろん、売り上げや利益額についても教えてもらいましたが、それで入社を決めたわけではありません。創業時の想いや事業モデルに惹かれたことに加え、言語化は難しいのですが、「この人と働いてみたい」と思わせる人間的な魅力もありました。だって、初対面の僕に「一緒にアメリカンドリームをつかもう」と熱く言ってくるんですよ?
堂田氏は、大学在学中に公認会計士の資格を取得したのち、新卒で中央青山監査法人(現:PwCあらた有限責任監査法人)に入社。監査業務に従事して8年が経った頃、「もっと深くクライアントと関わりたい」という想いが強まり、グループ会社であるPwCアドバイザリーに転籍した。
PwCアドバイザリーは、M&Aを専門とする財務・税務のコンサルティングファーム。クライアントのM&Aチームに入り込み、取締役会をはじめとするクライアントの会議体に提出する資料を共に作成するなど、「自分が価値を提供している実感が持てる」日々を送った。
その後、住友商事へ出向。インフラ事業を展開する海外企業のM&Aチームに所属し、自らプロジェクトを推進する楽しさを知ると、事業会社への転身を考え始めた。そんな折、冒頭で述べた黒川氏との出会いがあった。
事業ドメインは“あらゆる商い”
イングリウッドの事業は、大きく4つに分けられる。世界中から仕入れた商品を販売するEC事業、ライセンスを持つ海外ブランドの商品などを販売するセールス・ライセンス事業、クライアントのEC事業をサポートするデータテクノロジー事業、そして、CRMからマーチャンダイジングまで、AIを利用して一括管理するシステムを提供するAI事業だ。
これら4事業の根底を支えているのが「商いの哲学」だ。2005年8月の創業から6年間は、セールス・ライセンス事業をメインで展開していた同社。ひたすら「モノを売ること」で蓄積したノウハウと哲学こそが、最大の強みなのだ。
堂田ECコンサルティングを手掛ける会社は少なくありませんが、イングリウッドのように、長年にわたって自社で販売実績を積み重ねている企業は稀です。
自分たちでモノを作り、売ってきたからこそ、クライアントの商品企画から製造、物流まで一気通貫でサポートできる。「モノを作って、売る」商いの流れの全てを知り尽くしていることこそが、僕たちの武器なんです。
ここまでの話を受けて、「要するに、強いECの会社でしょ?」と感じた読者もいるかもしれない。しかし、「自分たちをECの会社だとは思っていない」と堂田氏。イングリウッドのミッションは「商品を売る最強の集団であり続けること」。ECはモノを売るための手段でしかなく、遠からず「オフライン販売」も射程に入れているという。
堂田オフラインでの販売網も持っていますし、実店舗を持つクライアントを支援する事例も増えてきました。国内の消費者向けEC市場の規模は約19兆円ですが、オフラインの小売業は約145兆円。今後はここに斬り込んでいきます。
アメリカの子会社や中国向けを中心に、グローバル展開も進めています。国内/海外、オフライン/オンライン、上流/下流……場所や領域を問わず「モノを売ること」が、イングリウッドのビジネス。こんなにも幅広く商いに携われる会社はないと思いますよ。
どこか楽しげに語る堂田氏。会計士としての立場で企業を外から数字で見ていた頃と比べて、大きなやりがいを感じているのだろう。事業推進のダイナミズムを肌感覚で味わえていることを、心から喜んでいるように感じられた。
営業チームなしでも、“15年”仕事が途絶えなかった
商売力を武器とするイングリウッドは、「どんなモノでも売れる商人」の育成に力を入れている。その姿勢が端的に表れているのが、来客への対応だ。昨今はiPadなどのタブレット端末で受け付けを済ませる企業も珍しくないが、商売の基本である「礼儀」を徹底的に重視するイングリウッドは、そうした風潮に倣わない。
堂田お客様が弊社にいらっしゃる場合、約束の5分前には必ずエントランスでお迎えするようにしています。お客様が到着してから自席を立つビジネスパーソンも少なくないと思いますが、イングリウッドではご法度です。「相手の時間を無駄にしない」は、商売の基本中の基本ですから。
商売において重要なのは、顧客と尊敬し合い、信頼関係を築くことだと思うんです。そのためには、お客様にきちんと挨拶をするなど、当たり前のことをないがしろにしてはいけません。
その哲学を最も体現しているのが、代表の黒川氏だ。
堂田イングリウッドには営業チームがありません。創業以来、基本的に全ての新規顧客との取り引きが、クライアント、株主、金融機関などの紹介から始まっているんです。黒川が人と人、企業と企業の信頼関係づくりを重視してきたからこそ、数多くのご縁をいただけているのだと思います。
今でも、黒川はお客様の来訪をロビーで待っています。その姿勢を徹底し続けることで、組織全体に「商いの哲学」が浸透していきました。
背中で語るだけでなく、ノウハウ化にも注力する。研修資料には、事業計画の立て方やファイナンスの知識、マーケティングやデザインなどの現場で活きる技術まで、ありとあらゆるビジネスのノウハウが詰まっている。その1,400ページに及ぶ資料は、経営陣やマネジャー陣によって定期的にアップデートされ続けている。
堂田イングリウッドから、“商いのスーパースター”を輩出したいんです。商いの力さえつけてもらえれば、独立してもらっても構いません。
優秀なメンバーが抜けてしまうのは会社にとって痛手です。でも、将来的に取り引き相手になってくれればWin-Winですし、何より活躍する姿を見るのは嬉しいですから。
初の資本提携も実施、上場に向けて加速していく
CFOとしてジョインした堂田氏だが、実は最初の半年間は財務面というより、広くバックオフィス体制の整備を手掛けていたという。
堂田当時の社員数は50人ほど。若い中途採用のメンバーが多く、一人ひとりが自立して動いていた半面、誰がどのチームにいて、どのような仕事をしているのか、見えにくい側面もありました。
まずは、こうした組織課題に一つひとつ対応していったので、金融機関や投資家の対応に注力できるようになったのは、入社から半年ほど経った頃ですね。でも、こうした経験も、イングリウッドに来たからこそできたことであり、これまでにない濃密な時間を過ごせたと思っています。
この期間のおかげで、一人ひとりの若いメンバーとの向き合い方も変わりました。納得いくまでとことん議論することを徹底し、膨大な時間をかけてコミュニケーションしたおかげで、社内の信頼関係をかなり強化できました。
もちろん、ファイナンス面の変革も着実に進めている。そもそも、イングリウッドは15年もの間、自己資金のみで事業を運営してきた。この事実について、堂田氏は「奇跡的」と表現する。黒川氏が過去にFastGrowで語ったように、「短期間での資金調達や経営成績に一喜一憂せず、長期間粘り強くチャレンジ」を続け、順調に業績を伸ばしてきた。
一方で、堂田氏の加入に勢いを得て、新たな急成長へのアクセルも踏み始めている2020年3月に日本郵政キャピタル、4月にみずほキャピタルとの資本提携を実施。金額としては合計7億円以上で、株式上場も視野に入ってきた。
堂田バックオフィスの体制も整い始め、本格的に攻めに出るフェーズに差し掛かりました。上場はあくまでも一手段ですが、事業の成長には必要なステップだと捉えています。
事業面では、オフラインビジネスに力を入れていきます。日本のEC化率(消費者向け)は2019年時点で約7%弱。まだまだ伸び代はありますが、アメリカや中国に比べて国土が狭い日本では、EC化率が爆発的に高まることはなく、リアル店舗市場の比率が依然高いままだと予想しています。だからこそ、オフラインでさらに売り上げを伸ばしていきたい。新型コロナウイルス感染拡大の影響など、懸念はありますが、中長期的な視野で事業戦略を立てていきたいです。
目下の課題は、さらなる仕組み化だ。研修制度を充実させ、知識の共有に励んでいるとはいえ、「依然としてマンパワーに頼っている部分もある」と堂田氏。とはいえ、代表の黒川氏が属人的に大きな価値を生み出し続けていることを全く否定しない。
堂田僕たちは本気で、世界一の「商い」のプロ集団を目指しています。挨拶ひとつもないがしろにしない「商売人」気質を持つ方は、ぜひ仲間になってほしい。ハードスキルも重要ですが、顧客から「この人と働きたい」と思ってもらえるような、ソフトスキルに秀でる人とお会いしたいです。
企業に大きな利益をもたらすのは、革新的なビジネスモデルや最先端のテクノロジーを駆使したサービスだけではない。もちろん財務の強さも重要だが、CFOの立場にある堂田氏が強調したのはそこでもなかった。
前時代的とも取られかねない「人と人とのつながり」に重きを置く“商いの哲学”が、イングリウッドの唯一無二の武器だ。それこそが、営業チームを置かずとも躍進を続けられているゆえんだろう。
この武器は、一朝一夕で得られるものではない。雨垂れ石を穿つ。自らの哲学を長年信じ続け、こだわり抜いた先に突破口を開いたイングリウッドの挑戦は、これからが本番だ。
こちらの記事は2020年08月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
校正/校閲者。PC雑誌ライター、新聞記者を経てフリーランスの校正者に。これまでに、ビジネス書からアーティスト本まで硬軟織り交ぜた書籍、雑誌、Webメディアなどノンフィクションを中心に活動。文芸校閲に興味あり。名古屋在住。
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