「あらゆる市場のルールを変えたい」
データの価値を信じ抜く、インティメート・マージャーが目指す“革命”
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上場はゴールではない──。IPOを経て、さらなる挑戦に踏み出しているベンチャー・スタートアップを取り上げる連載企画『After IPOの景色』。第6回は、国内最大級のデータプラットフォーム『IM-DMP』を展開するインティメート・マージャーが登場。
企業のデータビジネスをトータルでプロデュースする同社は、2019年10月に東証マザーズへ上場。「アドテク企業」と認知している読者もいるかもしれないが、代表取締役社長の簗島亮次氏は「アドテクは手段でしかない」と断言する。
アドテク事業で蓄積したWeb上の行動データを武器に、あらゆるマーケットにおける「データ活用」を推進するインティメート・マージャー。すでにセールステックやフィンテックなど、他領域への展開をスタートしている。
「プロ野球もデータが勝敗を分ける」時代、上場によって増幅した挑戦機会を活かし、いかにして「データ活用における革命」を起こしていくのか。幼少期よりその価値を信じ続けてきた簗島氏に、勝算を聞いた。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
あらゆる市場で“1%”から革命を起こしていく
「アドテクってぶっちゃけ、“もう進化しない”感ありますよね(笑)。『アドテクの新生』みたいな会社も、最近全く聞きませんし」
アドテクに、「一昔前のトレンド」といった印象を抱く読者も少なくないだろう。その感覚を簗島氏にストレートに伝えると、上記のように答えてくれた。しかし、アドテクから先進性が失われていることは、インティメート・マージャーの展開に何ら支障をきたさない。
簗島僕らのミッションは「データ活用における革命を起こす」こと。アドテクは手段でしかありません。データが持つ力で、あらゆる領域の非効率性を解消し、市場のルールを変えていきたい。
そのための第一歩として、アドテクを選んだだけです。すでに多くのデータが集まっており、それを活かして効率化に取り組むプレイヤーも現れはじめていて、事業として着手しやすかったんです。
インティメート・マージャーは、データプラットフォーム『IM-DMP』を展開している。同社が提携する大規模メディアやインターネットリサーチを通じて、扱うデータ量は年間1.9兆レコードにのぼるという。これは、日本のインターネット利用人口の約9割にも及ぶ規模の、属性や通信環境にまつわる情報が得られるということだ。
『IM-DMP』で取得したデータは、広告配信媒体、アクセス解析ツール、MA・CRMツール、インターネットリサーチやポスティング、ダイレクトメールの送付など、多様なチャネルに展開可能。インティメート・マージャーは、これらを活かしたWeb広告の獲得単価の改善やブランディング広告の評価方法まで提案している。
簗島氏は、同社の取り組みを「あらゆる市場の“1%”を変革すること」と表現する。インターネット広告分野では、例えば運用型広告において約1%のシェアまで事業を広げてきた。
インターネット広告市場はもちろん、その他の市場においても「革命」を広げていく。「あらゆるマーケットにおいて、1%近くは、データを活用した効率化の余地が残っている」と簗島氏。決済、人材ビジネス、ヘルスケア、不動産、物流……インティメート・マージャーの「革命」は、あらゆる市場をターゲットにできる。
「1%」と聞くと小規模に思えてしまうかもしれないが、数兆円規模の市場であれば数百億円規模に達するうえ、複数の市場に進出すれば規模は巨大化する。あらゆる市場に進出し、その「1%」ずつを変えていくことで、データが本来持っている価値を波及させていくことを狙っているのだ。
すでに、セールステック市場では、2018年7月よりリードジェネレーションツール『Select DMP』を展開。2020年3月には新生銀行とタッグを組み、信用スコアリングサービス事業・クレジットスコアを立ち上げ、フィンテック市場へも進出している。
“今この瞬間”のデータを蓄積。アドテク事業で培った強み
多領域への展開を進める際に武器となるのは、アドテク事業で蓄積したWeb上の行動データだ。
たとえば、セールステック領域におけるデータ活用に取り組む企業は他にもいる。しかし、インティメート・マージャーのように、リアルタイム性を持つWeb上の行動データを保持しているプレイヤーは少ない。
簗島「今この瞬間に発生しているニーズ」についてのデータを大量に保持しているのは、アドテク事業に取り組んできた僕らならではの強みです。もとから市場に蓄積されているデータに、刻一刻とアップデートされるWeb上の行動データを掛け合わせることで、大きく効率化が進んでいくんです。
「強み」を失わないため、変化の激しいアドテク市場において、最先端を走りつづける。2018年5月に施行されたEU一般データ保護規則(GDPR)の影響もあり、昨今では、世界的にデータ活用への逆風が吹き荒れている。アドテク業界でも、当たり前のように行われていたcookie利用への規制強化が議論されるようになった。
逆風に流されることなく、インティメート・マージャーは周到に手を打っている。前提として、「広告効果の改善だけなら、cookieを使わなくても十分成果を出せるケースも多い」と簗島氏。cookieをはじめとしたデータそのものを売ることで収益を上げているアドテク企業も存在するが、インティメート・マージャーはデータの“活用”を提供価値としているため、それらの企業とは一線を画しているのだ。
そして2020年3月、戦略的PR事業を手がけるベクトルと共同で、プライバシーテック企業・Priv Techを設立。パーソナルデータ関連の法律に準拠し、外部ツールや広告プラットフォームと連携する際の同意を取得・管理するプラットフォーム『Trust 360』の提供を開始した。
簗島そもそもインターネット広告って、クリック率がだいたい1%、さらにそこからコンバージョンに至る確率は20%ほどしかないんです。つまり、コンバージョンに至るユーザーさんは、全出稿の0.2%だけ。99.8%の広告は意味がないともいえます。
だから、事前にユーザーさんへ同意を取ることで、この非効率を解消したい。許諾が取れたデータのみを活用して広告が配信されるようになれば、ユーザーさんが不快な思いをすることもなくなりますし、企業としても効率的に広告費を使える。関係者に納得してもらえる形でのデータ活用を、世の中に広げていきたいんです。
ゆくゆくは、ユーザーさんがデータを提供することで、何らかの対価をもらえるような世界を実現したい。たとえば、「いま何の情報を欲しているか」を開示したら、金銭的報酬がもらえるシステムだってありえます。ユーザーさんが積極的に情報を開示することで、データを提供する側といただく側の双方がハッピーになる世界が理想です。
石油は、そのままでは使えない。「21世紀の石油」も活用法が重要
簗島氏の「データ活用」への想いは、幼少期より時間をかけて醸成されたものだ。
投資家の祖父、統計解析研究者の母を持つ簗島氏は、「データを活かす」ことが当たり前の家庭環境で育った。大学在籍時には平尾丈氏(現・じげん代表取締役社長)との起業も経験。飛び込み営業からテレアポまで手がけていくなかで、社会に潜む多くの非効率性を感じとる。会社自体は数年で畳むことになったが、「データをうまく使えば、もっと効率化できるプロセスがたくさんある」と考えはじめた。
以降、プログラミングや統計を積極的に学び、データの可能性を模索しはじめる。株取引から短歌づくり、大喜利まで、多様な営みをデータ・ドリブンに再現できないか探求する。大学院に進学後の2010年には、世界的なアルゴリズムコンテスト『RSCTC 2010 Discovery Challenge』に出場。胃がんの原因となっている遺伝子情報を機械学習で分析する精度を競い、世界3位の実績もおさめた。
同年にはグリーに入社する。ソーシャルゲーム事業に3年間携わったのち、さらに多くの領域におけるデータ活用を志し、2013年にフリークアウトへ転職。半年後には、機械学習の研究開発を手がけるPreferred Infrastructureとのジョイント・ベンチャーとして、インティメート・マージャーを創業した。DMP事業をスタートするも、はじめは「データ活用」の文化が根づいておらず苦戦したという。
簗島当初はデータそのものや、データが使える環境を、商品として販売していました。でも、いくら良質なデータをたくさん提供しても、それを活用できる人がほとんどいなかった。
「データは21世紀の石油」なんて言われますよね。でも、よく考えてみると、それだけじゃ不十分なんです。だって、石油そのものは太古より存在しているはずなのに、その価値は20世紀まで見出されなかったんですよ?石油を加工した商品が生まれたのは、人類の歴史においてはごく最近のことですから。
データも蓄積するだけでは不十分で、もっと“活用”の方法が広まっていかなければいけない。そう気づいて、データの活用支援までを射程に入れた、現在のモデルに切り替えました。
上場後のほうが、非連続的な成長を求められる
データの活用へと舵を切ったインティメート・マージャーは、2019年10月、東証マザーズに上場した。先述のように、プライバシーに関する社会的関心が高まっていた背景もあり、上場審査ではデータ倫理の観点を、特に厳しくチェックされたという。しかし、創業よりデータに対して真摯に向き合い続けてきたおかげで、何ら問題は生じなかった。
簗島僕たちのビジネスは、ユーザーさんにデータを提供いただくことで成り立っている。ユーザーさんに不誠実なかたちでデータを取得し、“正しくない”ビジネスモデルを構築するようなことは、絶対にダメなんです。
個人情報の観点でセンシティブな領域だからこそ、一つひとつの業務と誠実に向き合ってきて本当によかったなと、上場審査のタイミングで改めて実感しました。
上場によって、「データ活用における革命を起こす」というインティメート・マージャーの理想が、より多くの人びとに伝わるようになったという。IRやメディア露出をはじめ、あらゆるステークホルダーに対してのコミュニケーション機会が増え、「『アドテク』ではなく『データ活用』の会社」という認知を広めやすくなったそうだ。
簗島上場は、ミッション実現のための手段でした。実際、他領域への展開をはじめとした挑戦の機会もどんどん増えていますし、僕らの思い描く未来をより広く伝えられるようになり、成長ポテンシャルも高まりました。
ときどき「スタートアップは上場すると面白くなくなる」と言われます。でも、僕は逆だと感じていますね。未上場時は、手堅い成長が求められ、アドテク事業に多くのリソースを割かなければいけませんでした。
でも今は、「上場」という大きなマイルストーンがないぶん、自分たちで新たなゴールを設定しながら、自由に事業を推進できる。非連続的な成長可能性を追究し続けなければいけないプレッシャーすら感じています。
プロ野球もデータが勝敗を分ける時代
上場に勢いを得たインティメート・マージャーが目下取り組んでいる課題は、組織づくりだ。変化が激しい領域ゆえに、専門知識が陳腐化していくスピードも早い。メンバーの成長スピードが技術の速い変化に負けてしまわないよう、過去のデータから得た知見を活かし、自動化・システム化していくことが急務だと簗島氏は語る。
簗島昨今は、あらゆる領域で、組織づくりにおけるデータ活用の重要性が高まっています。メジャーリーグやプロ野球チームでも、データサイエンスに長けたチームが、コストをかけずに強いチームをつくれていますしね。
継続して成長する組織をつくるためには、まずデータを活用して知見をシステム化し、全員が同じ土俵に立てるようにすることが必須だと思っています。そうして初めて、メンバーが個性を発揮していく余地が生まれます。
並行して、アドテク以外の領域における専門性の高いメンバーの採用も進めている。すでに踏み出しているセールステック、フィンテックの知見を持つ人をはじめ、多岐にわたるメンバーを求めている。上場前は、データサイエンスやアドテクの知見を持ったメンバーを優先的に採用していたが、現在は多領域への展開を加速させるフェーズに変わったためだ。
簗島繰り返しになりますが、データの価値は、まだ世の中ではあまり理解されていません。僕らのサービスの価値を、お客さんにすぐには理解してもらえないこともままあります。
それでもデータの価値を信じ、誠意を持って前向きに業務に取り組める方に、ぜひ仲間に加わってほしい。最近では目的が曖昧なまま、とりあえず募集要項に「AI」「ビッグデータ」と書く企業さんも見かけますよね。でも僕らは、明確なミッションを持って、誠実に「データ」に向き合っていると自負しています。
データを提供する側と活用する側、両者がより良い関係を取り結べる未来を創ってみたい方は、一緒に「革命」を起こしませんか?
こちらの記事は2020年05月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
連載After IPOの景色
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