連載MBA再考

【ライフネット岩瀬×キープレイヤーズ高野】
結局、ベンチャー経営者は海外MBA卒を採用したいのか?

インタビュイー
高野 秀敏

1976年宮城県生まれ。1999年東北大学経済学部卒業後、新卒で未上場のインテリジェンスに入社。2005年株式会社キープレイヤーズを設立し、現職。30社以上の社外役員・アドバイザーを務める。

岩瀬 大輔
  • ライフネット生命保険株式会社 代表取締役社長 

埼玉県生まれ。幼少期を英国で過ごす。東京大学法学部を卒業後、ボストン コンサルティング グループ等を経て、ハーバード大学経営大学院を上位5%の成績で修了。2006年、副社長としてライフネット生命保険を立ち上げる。2013年6月より現職。

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MBA取得はベンチャー企業でキャリアアップを目指す若者にとって必要なのだろうか? ベンチャー企業専門の転職エージェント、キープレイヤーズ代表 高野氏がこの疑問をぶつける相手は、ライフネット生命代表取締役社長の岩瀬氏。

ハーバードビジネススクールで学び、2008年に同社を開業した岩瀬氏にとって、MBAで学ぶ意義とは?また、同じ経験を有した人材を積極的に採用したいと考えているのだろうか?

  • TEXT BY REIKO MATSUMOTO
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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ベンチャーはMBAホルダーのスイートスポットではない

高野まずはズバリ伺いたいんですけど、MBAに行くと起業やベンチャーに有利だとお考えですか?

岩瀬特別に有利ということはないと思います。日本で40代くらいまでの若手経営者でMBAを持っている人で、すぐ名前が浮かぶのは(楽天の)三木谷さんくらいですよね。どちらかというと、若くして起業した叩き上げ経営者と言える (サイバーエージェントの)藤田さんとか(GMOの)熊谷さんみたいなタイプの方が多い。

孫さんもMBAは持っていません。(ディー・エヌ・エー創業者の)南場さんは持っていますが、ご自身で「MBAに行っても(起業には)意味がなかった」と仰ってましたよね。こうしてざっと考えただけでも、MBAホルダーで起業している人はそれほど多くない気がします。

では、創業者ではなくスタッフとしてはどうなのかというと、ベンチャー企業で採用する側からすると給料が高すぎる気がしています。マーケットバリューと能力が釣り合わない。外資系企業のようなフィールドではMBAで培った能力が存分に活かされると思うんですけどね。

私達のようなベンチャーで、泥臭い地上戦も必要な立場の企業では、MBA以外の力も必要となるケースが多々あります。早稲田やグロービスのような日本のMBA取得者は当社に何名かいますが、海外のMBA取得者は採用したこともありませんし、面接に来たこともありません。

私自身が海外のMBA取得者なので、それなりに色々なものを見ていて、MBAに行けば目線が上がるということは重々理解しています。その分、日々環境が変わり、明日はどのような業務を頼まれるかわからないベンチャー企業のような環境下ではスキルが発揮しづらいだろうな、というのも正直な意見です。

もちろん否定してるわけではなく、要は彼らにとっても採用するベンチャーにとっても、スイートスポットがあるということです。

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人間は脳みそからしか変われない

高野じゃあ、起業やベンチャーに興味がある人にはあまりMBAはオススメできませんか?

岩瀬取得しに行くこと自体は良いと思います。基本的に人間は脳みそからしか変われませんが、海外にいくとものすごく人生が変わります。

どういうことかというと、海外のMBAに行って、世界中から学びに来ている人、教えに来ている人と接すると、これまでにない発想ができるようになるんです。

実際、(ニトリ創業者の)似鳥さんだとか(セブン&アイ・ホールディングスの)鈴木さんも、アメリカで見たものに衝撃を受け、それを日本に持ち帰って成功を収めていらっしゃる。

海外にいると、日本で暮らしていたときの常識が180度ひっくり返されるような体験をたくさんしますから。MBAでなくとも、海外に行ったことがきっかけで人生が変わる人って多いと思うんです。

ただ、MBAで学んだ後にどのような道に進むのが良いかをしっかり考えることは重要だと思います。

高野自分が将来働きたい企業と、その企業が求める人材像のミスマッチが起きないようにすることが大切だ、と。

岩瀬そうですね。加えて、海外の感覚に慣れると、「今さら大企業に入って課長からやっても…」って思う方も少なくないかもしれません。海外は出世スピードが早く、外資系だと30代で役員という人も多いですよね。

私も日本の生命保険会社の経営者としては若いと言われますが、同じ業界でいうと、いま世界で一番大きい保険会社であるアクサ(アクサ生命保険)のCEOは44歳。

だから、年齢と役職や報酬の関係性に対してそのくらいの期待値を抱いている人にとっては物足りなくなるかもしれません。

高野たしかに海外MBA取得のための留学中にグローバル基準に慣れてしまうと大変そうですね。一方で、先ほど少し触れられていましたが、最近ベンチャーにも国内MBAホルダーが増えているように思います。

岩瀬私も肌感では増えている印象を持っています。採用候補としても、国内MBAホルダーのほうが採用しやすい。というのも、給料のプレミアムを期待していないからです。

にもかかわらず、そのような人達は、他の人よりも外の世界に多く触れているし、ある程度の年齢になっても学ぶ意欲が高くて自己投資している。採用側ととしても歓迎したい人材です。

海外に出るのはハードルが高いけれど、今より目線を上げて全体を俯瞰できるようになりたい、マネジメントサイエンスのようなビジネスフレームワークを習得したい、色々なケーススタディを読んで勉強したいという人にとっては、働きながら通える国内MBAはすごく良い影響を及ぼす気がします。

加えて、MBAに行くことで、別会社、別業界にいつでも相談できる社会人の友人も増えます。

(自社に)応募が来たらポジティブな印象にはつながると思いますね。

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グローバルリーダーとは「人の心を動かして、行動を変えることができる人」

高野私のもとに転職相談に来る人の中には、海外で働くことに憧れて外に出たものの「日本のほうがより活躍できるんじゃないか」と思って日本に戻ってくる人も多いんですけど、「とりあえず一度海外で働いてみたい」と思う人についてはどう思われますか?

岩瀬「東京ディズニーランドに行きたい」「キャビンアテンダントになりたい」などの、誰しもが一度は抱く漠然とした憧れで「海外で働きたい」と言っている人が多い気がします。

海外といっても、韓国で働くのか、ニューヨークで働くのか。一口に「海外」といっても場所それぞれで全く異なります。

シリコンバレーやニューヨーク、ロンドンで働くことに憧れるのはいいことですが、何のために働くのか?ということがついてこないといけません。

そもそも海外にいる人は、国籍だとかどこで働いているかということを全く気にしていません。

たとえば「あなた何人?」て尋ねると、「お母さんはフランス人で、お父さんはアイルランド系アメリカ人」だとか、アメリカに行ったら明らかに中国出身の風貌の人が「カリフォルニア出身です」と言っていて全く中国語しゃべれないとか。

「どこにいたいか」ではなくて「何がしたいか」を中心に考える人が多いから、こういう状況になっています。

いろいろな国をまわって、そこにいる人達と接していると、結局仕事はどこに行っても同じだし、人の心を動かすものというものは不変で、場所によって変わることはないということがよくわかるんです。

実際に海外でオフィスに入って仕事してみると、日本にいるときとほとんど同じことをしてるんですよ。話のウケるポイントは一緒だし、プレゼンがあれば資料を作り、営業をするならお客さんと電話する。「日本でやってきたことを堂々とやっていたら通用する」ということがわかりますよ。

ダボス会議のようなリーダーが集まる場にしても同じです。英語さえできれば問題ない。

よく、「世界で活躍できるグローバルリーダーって結局どんな人ですか?」と聞かれることも多いのですが、私の定義は、「どこにいても、相手がどこの国の人でも、しっかり仕事ができる人」です。

もうちょっと広げると、スティーブ・ジョブズがプロダクトを通じて、ピカソが作品を通じて、あるいはガンジーが行動を通じてそうであったように、「人の心を動かして、人の行動を変えることができる人」だと思っています。

これはグローバルリーダーだけじゃなく、リーダーの下にいるグローバル人材に関しても同じことが言えるでしょうね。

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専門性に磨きをかけるべし。ベンチャーで重宝するのは「一度経験している人」

高野そういうリーダー人材ならどんな企業も積極的に採用したいと思うんですが、岩瀬さん自身が、とりわけ創業期に採用してよかったと思うのはどんな人ですか?

岩瀬これから自分たちが実現させたいコトの経験がある人ですね。一度同じようなことを成し遂げた実績をもっている人は、ほとんど指示しなくてもやってしまえるわけですから。

創業したての頃は、「こうしたい」というビジョンはあれど、創業メンバーすら「じゃあ何をどうすればいいか」ということをあまりわかっていないし、指示したり一緒に考えたりするような時間もないため、目的だけ共有すれば指示しなくてもやってくれる人は重宝されると思います。

たとえば当社(ライフネット生命保険社。以下同様)の場合、別の会社でネットバンキングの立ち上げに携わって仕組みを作った経験があるスタッフがいたのですが、そういう人がネットで生命保険を提供する仕組みを作ってくれるのは心強いですよね。

ベンチャーは、スタッフに十分に教えている時間が誰にもない。「その会社が求めている何かが、最初から上手くできる人」に創業期の採用要件は尽きる気がします。

高野たしかに、万能で優秀そうだからなんとなく採用してみたものの、今の会社のフェーズでは活躍フィールドを用意できなかった、という中途採用のミスマッチはベンチャーではよく聞く話です。

では最後に、MBA取得を検討していたり、将来リーダーを目指していたりするようなハイキャリア志向の20代にアドバイスをお願いします。

岩瀬「なんでもいいから好きなことをトコトンやってみてください」ということですかね。色々な人に会って、ビビッとくるものがあったらやってみたらいいんじゃないでしょうか。

総じてどんな分野においても将来的に人より一歩抜きんでるためには、とにかく専門性を身につけるべきですね。

当社のようなネット保険の事業であれば、ネット保険の事務を経験したことがある人が欲しいし、保険の営業なら保険営業したことがある人が欲しいのは当たり前です。

要はジェネラリストよりも専門スキルがある人の方が、採用する企業にとっても価値があるということですね。

今は自信を持てる専門性やスキルがないとしても、自分がやりたい目の前のことを一生懸命やり続けることで、自ずと道は開けてくると思います。

こちらの記事は2017年09月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

松本 玲子

写真

藤田 慎一郎

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