「ESGはN-2期から」では、手遅れだ。
VCが本気で考えた“ESGロードマップ for Startup”を実践論から学ぶ

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インタビュイー
北原 宏和

東京大学法学部、カーネギーメロン大学ハインツカレッジ、南カリフォルニア大学ゴールドスクール卒。総務省にて地域活性化、ボストンコンサルティンググループにて情報通信、金融、製造などの幅広い業種での中期経営計画策定、新規事業開発プロジェクト経験を経て、アーキタイプベンチャーズに参画。

伊能 詩吹

エン・ジャパン株式会社にて、法人営業として主に新規顧客の獲得を担当。その後、医療系スタートアップMICINの立ち上げ期に入社し、医療機関向けの営業、インサイドセールス部署の立ち上げ、メンバーの採用等を経て、アーキタイプベンチャーズに参画。

布施 元大郎

慶應義塾大学法学部政治学科卒。三菱商事にて、衣料品の原料調達・及び最大手衣料品メーカーのサプライチェーンを担当。その後FLUXに参画。

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ESGという言葉の本質を理解している起業家はどのくらいいるだろうか。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の3つを考慮して事業活動を行う考え方や取り組みを指す。環境配慮やエコ、いわゆるE(Environment)のイメージが強く、資本力のある上場企業が取り組むべきもので、スタートアップとは無縁……そう考えている起業家も少なくないはずだ。

しかし、ESGはスタートアップにとっても成長を促進させる取り組みといえる。すでに実践例も少なくない。

なぜ、スタートアップにESGが必要不可欠なのか。この点について、社会課題を解決するB2Bテクノロジー系スタートアップへの支援を行うArchetype Venturesにおける取り組みから探っていきたい。なお、紹介する具体例は、マーケティングSaaSを提供するFLUXが行ったeNPS*に関するエピソードだ。

*……ベイン・アンド・カンパニー、フレデリック・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標であるNPS® (Net Promoter Score)を、社内の従業員(Employee)のエンゲージメントを計測するために活用する指標のこと

  • TEXT BY RYUSUKE TAWARAYA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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世界でスタートアップが戦うために必要不可欠な概念「ESG」

北原ESGについては、現在取り組みが進んでいる上場企業だけではなく、スタートアップにとっても当然、重要なものです。ただ、リソース制約が厳しい中で社会課題の解決に立ち向かっているスタートアップに上場企業などと同じ水準の取り組みをフルセットで求めても、実効可能性は低い。

だから、誰かがスタートアップに適した形に組み換え、実践を促し、改善を繰り返して洗練させなければなりません。そのために私たちは今、取り組んでいます。

Archetype Venturesでパートナーを務める北原氏の力強い言葉から、この記事を始めたい。昨今、毎日のように話題には上がるものの、スタートアップ界隈ではまだまだ議論が十分ではないこのテーマ。

まず、ESGの概念そのものについておさらいしよう。Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の3つを考慮し、事業活動を行う考え方や取り組みのことだ。ESGの起源は古く、1920年代に米国キリスト教協会がタバコ、アルコール、ギャンブルなどの企業への投資を除外したことが始まりと言われている。

そこから、80年以上の歳月が経ち、2006年にコフィー・アナン国連事務総長が「責任投資原則(PRI)」を提唱したことで注目が集まった。昨今、ESGを最重視するかのような投資ファンドが増えていることを、読者諸君もご存知だろう。

とはいえ、「もともと、ESGはスタートアップ企業に向けて生まれた概念ではない」。このように、北原氏は語る。

北原グローバル化が加速し、環境問題をはじめとした社会課題は国境を簡単に超えて影響を及ぼし合っています。

国家や国際機関がその解決について話し合ってきましたが、それだけでは対応できなくなっています。そこで、民間企業の力を借りようと始まったのが国連グローバルコンパクト、金融機関の力を借りて民間企業の取り組みを促そうとしたのがPRIやESGです。

国家や国際機関だけでは解決できないグローバルアジェンダにマーケットの力でアプローチするというコンセプトなので、自然と上場企業の実践を念頭においた言説や解説が中心になるわけです。

簡単に前提の話をしたが、だからといってスタートアップがESGに取り組む必要がないわけではない。たしかにスタートアップはリソースも限られる。特に、シード〜シリーズAの期間は事業拡大への奔走が最優先となろう。

Archetype Venturesが描くスタートアップ向けESGロードマップ。詳細は後のセクションで触れる

今は大企業を中心としたESG投資の流れがあるが、世界に目を向ければ、全世界のESG投資の運用金額は35.3兆米ドルで、全運用資産のうち35.9%と経済の基本となりつつある(GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020から)。

つまり、この先スタートアップにとっても当然、他人事ではなくなるということ。いや、他人事ではないどころか、急拡大を狙うスタートアップだからこそ、フェーズごとに注力領域を決めて地道に取り組む必要性があるのだ。そんな考え方を、この記事では学んでいこう。

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最優先事項は「人的資本」。
ESGのファーストステップ

今回取材したArchetype Venturesは、B2B Tech事業への投資と支援に特化した独立系VCだ。そんな存在が今なぜ、さまざまある社会的なテーマのなかから、ESGを選んで意識的に取り組むに至ったのか。

北原今まで、社会課題×B2B Techという文脈で投資を行ってきました。事業それ自体が、大きな社会課題を解決していくように、支援してきたんです。

スタートアップもVCも増える中、もう少し具体的なテーマにフォーカスした活動を私たち自身がしていくことも必要なのではないか、という議論を始めたんです。それで、トレンドを考えたらやはりESGは外せないなと。

伊能ESGは大企業や機関投資家だけでなく、スタートアップやVCでも重要視されるテーマになりつつあります。いち早く取り組まなければと考えたわけです。

だが、成長途上のスタートアップにとって、本当に必要な取り組みになるのだろうか?そんな疑問が、読者の頭にも浮かんでいるだろう。もちろん、北原氏がその点を考えていないわけはない。Archetype Ventures流の「ESG for スタートアップ思想」を深めている。

北原スタートアップがESGに目を向けすぎると、あるべき事業成長を阻害する恐れもあります。そうなってしまえば本末転倒ですよね。なので私たちとしては、事業成長に紐づくような取り組みを検討しています。

大企業においては、国際サステナビリティ基準委員会(International Sustainability Standards Board、略してISSB)の指標*が重要視されます。その取り組みの中には、PCの電源効率を高めたり、太陽光発電を取り入れたビルにオフィスを置いたりするなど、スタートアップでも検討できるものがいくつかあります。

ですが、スタートアップはリソースが限られるわけですから、事業ステージを意識して、内容によっては「あまり本質的ではない、もっとほかにすべきことがある」と割り切って考えるべきものもあるでしょう。

*……たとえば、化学業界を念頭に、温室効果ガス排出量や取水された淡水の総量といった具体的な指標が示されている(大和総研「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)設立の公表と基準策定の方向性 」による翻訳とまとめなどを参照)

成長途上のスタートアップやVCから「ESGは重要である」というメッセージは、まだあまり聞こえてこない。それもそのはず、日本のメディアで語られるESGのほとんどが、大企業による実践を前提としたものばかりだったためだ。

今回は、その背景にある課題にしっかり切り込みたい。北原氏は、冒頭に触れた「ESGを実施することによって発生するコストとリターン」の問題が内在していることを指摘する。

北原再生可能エネルギーの活用、排出量取引によるカーボンニュートラル実現といった、よくあるESG活動を実施しようとすれば、結果としてコストが大きくなってしまうんですね。潤沢な資金や人材をもつ大企業にしか、こうした実践はできないでしょう。

再エネ関連スタートアップであれば、自社の存在意義に関わるところであり、そういった取り組みも必要でしょうが、スタートアップ一般にそのような活動を一律に求めるべきかは疑問です。さらに言えば、アーリーフェーズでは資金調達がラクになるわけでもありません。なので、取り組みたくても、優先順位は下がってしまうのが当たり前なんです。

VCの立場でも、スタートアップにESG支援を提案したところで、「PMFや事業成長をまずは優先したいのに、優先度の低い取り組みを強制されてしまうのでは?」と疑念を抱かれ、敬遠されかねないので、ことさら主張しないのかなと。

では、スタートアップはどの観点でESGに取り組むべきなのだろうか。伊能氏は、「ESGのうちS、つまりSocialの面ですね。特に“人的資本経営の実践”に注力すべき」と話す。

(再掲)Archetype Venturesが描くスタートアップ向けESGロードマップ

伊能結局、企業においてほとんどの問題が“人”に起因するんですよね。スタートアップは人数が少ないのでなおさらです。

だからこそ、従業員が組織で働いて感じる幸せや存在価値を大切にしないといけなくて。そこをVCが支援していくことで、スタートアップエコシステム全体が良い方向に変わっていけば良いなと思いますね。

北原有形商材であれば、原材料の調達から製造過程、労働環境など、環境負荷を減らす取り組みも必要です。でも今はB2BのSaaS事業を中心に、無形商材を扱うスタートアップが多いので、優先度が高いのは人的資本になりますね。

もうひとつがGovernanceで、法令遵守と企業統治です。既成概念を取っ払って新しいプロダクトやサービスを生み出すスタートアップだからこそ、法規制があいまいな領域に踏み込んでいることも少なくありません。挑戦と同時に、守りも早くから意識することが、長期的な成長には不可欠になっていくでしょう。

そして、シリーズAで優先株式で調達する頃から、マネジメントの進化に合わせて、ガバナンスも整えていく必要があります。経営者個人による方針決定から取締役会による組織としての方針決定ですね。

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「重要だが緊急性は低いテーマ」だからこそ、
第三者のバックアップが必要だった

そんなArchetype Venturesの投資先であるFLUXは、FastGrowで何度も取り上げている今注目のスタートアップだ。創業わずか3年目の2021年3月、シリーズAラウンドで10億円の資金調達を実現した。そして5年目の今期、組織現場でも手を組んでeNPSの取り組みを始めた。

ここからは、創業期から全社の組織開発に携わる同社取締役COOの布施氏からの説明も合わせて、具体的にひも解いていく。

布施今回のArchetype Venturesさんとの取り組みをする前から、自社で独自フォームを使った従業員サーベイを続けていたんです。eNPSの測定に加えて、組織状態においての重要項目を毎月取得しているため、「多くのメンバーが働き甲斐を強く感じている」という手応えはありました。

しかし、本当に客観性があるかと問われると、そうではないかもしれないと感じていました。やはり我々がアンケートをとると、どうしても「自社の経営陣すなわち評価者が、その内容をチェックする」ということを、メンバー一人ひとりが無意識のうちに考えて回答してしまうと思うんですね。

だから、外部の方に入っていただきたいと考えていたタイミングだったんです。北原さんと伊能さんから今回の取り組みについてお話をいただいて、二つ返事で「やりたいです!」と回答させていただきましたね。

北原FLUXさんがシリーズAラウンドの資金調達を発表してから1年ほど経った2022年4月ごろのこと。ちょうど我々もESGプログラムを構想していて、タイミングがばっちり合ったんです。

伊能それに、創業期から伴走していたこともあり、CEOの永井さんが組織づくりに並々ならぬ熱意を持っていたことも知っていたので、提案はしやすかったです。実際に問いかけてみるとすぐに「めっちゃいいですね!」とお返事をくれたので、具体的な検討がすぐに進みました。

FLUXのCEOである永井氏が熱意を持つのは当然のことだ。FLUX創業前に勤めていた、外資系の戦略コンサル企業であるベイン・アンド・カンパニーは、アメリカでも有数の働きやすさを持つ企業である(過去14年間、「働きやすい企業ベスト100」において常に、アメリカの大企業におけるトップ4にランクインしている)。

そうして始まったこの取り組み。両社の間でどのような調整を経て、実行段階に進んだのだろうか。

北原FLUXさんはすでに従業員サーベイをしていたので、「我々が入る必要性はあるのか」という議論はまず起こりました(笑)。その中で、「第三者観点でアンケート項目の客観性や整合性をチェックしてほしい」という要望をいただき、まずは実施していたアンケート項目の精査から始めました。

伊能FLUXさんは次なる調達ラウンドや上場に向けた事業成長のために、従業員数を急拡大させていたのにもかかわらず、離職率が低かったという前提がありました。なので、しっかりした調査ができればまずは良さそうだと考えたんです。

この離職率が、上場前後、そして将来ずっと同じようにうまくいくかというと、そうではない可能性もあります。むしろ、「このまま低離職率が続くわけではない」と考えて、気を引き締めて施策を打ち続けたほうが当然良い。なので我々の視点を入れ、現状を的確に確認するタイミングであると結論付けました。

布施企業への投資活動全般において今後、ESG観点がさらに強く重視されるようになるでしょうから、資金調達に関する重要なテーマだと認識しなおしています。しかし、アーリーフェーズではどうしても緊急度は低いので、外部の方に入ってもらわないとなかなか前進しない取り組みでもあります。

ESGは、明日からいきなり実践できるものではないと思っています。少しずつ浸透させて、それに理解を示した人が集まる流れが必要だと考えていました。先を見据えて、ESGに共感できるメンバーを増やしておかないと、IPO後の組織設計が難しくなると考えて取り組んでいます。

eNPSの取り組みであれば、組織コンサルティングやeNPSの専門家に依頼する手もあったはずだ。なぜ、そのなかでもArchetype Venturesとともに取り組みを行おうと思ったのか。布施氏は次のように語る。

布施今まで我々がやってきた従業員サーベイを下地にディスカッションしてくださる方でないと、難しいと思っていました。その点、Archetype Venturesさんとは今まで積み重ねてきた信頼関係がありますし、スタートアップとESGの両方の文脈で理解が深いチームであるから、ぜひお任せしたいと思いました。

伊能外部やコンサルティングではないVCの価値って、「資本関係があること」なんです。つまり、我々も同じ船に乗って、同じ方向に向かおうとしているわけです。

だからこそ、従業員にしてみれば、「そんなVCだからこそ会社と一緒になって主体者として何か改善してくれるのでは」という期待値が生まれるんじゃないかと。

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自社とVC起点、どっちもやるから、
明確な成果が得られた

さて、こうした背景から始まった、Archetype VenturesとFLUXがタッグで取り組むeNPS調査とESG意識アンケート。気になるのは、具体的な取り組み内容とその進め方だ。

前述のロードマップは、あくまで大きな絵である。誰がどのような役回りで、どのような実行を担ったのだろうか。

伊能FLUXさんが実施していたアンケート項目を参照しながら、まずは我々の方で適切だと考える項目を作成しました。それを基に、今回のESGサーベイを社内で主導して下さった布施さん、鷲田さん(社長室 人事採用広報部 マネージャー)とすり合わせを行いながら確定させていきました。その後、FLUXさんの全社員向けの定例ミーティングでアンケート概要を説明し、従業員のみなさんから回答をしてもらう形をとりました。

北原特に項目作成で参考にしたのは、海外で使われているアンケートツール『Culture Amp(カルチャーアンプ)』です。項目で測定したい抽象概念と、それに沿った質問が整っているんです。

伊能バイアスがかからないように、質問の順番も工夫しましたね。人って整合性をとりたがる習性があるので、質問同士が影響し合わないよう、慎重に設計しました。

「ESG=難しい」、そんなイメージがついて回る。大企業が、担当役員を置き、チームを組成し、場合によっては海外にまで足を運んで実態を確認し、施策を企画して実行する。そんな想像をする読者もいるかもしれない。

しかし、目指すべき成果に優先順位をつけ、一つひとつ分解してみれば、さほど難しいものではない。その企業規模に応じて、MUSTの事項を着実につぶしていくことが重要だと北原氏は語る。

北原もちろん、ESGを満たすものはすべて着手した方が良いのですが、すべて実行するのは現実的ではありません。ですので、何をして何をしないかの優先順位付けこそが肝心です。

シード〜シリーズAではまず、基本的なハラスメント対策ですね。シリーズA以降は IPOに向けたガバナンス面の強化が第一になります。並行して、人的資本をはじめとしたSocial面にフォーカスしていくのが良いでしょう。特に、企業価値向上にかかわりやすい「リーダーシップ」「エンゲージメント」といった、人的資本経営に関する事項の強化が重要になります。

日本でのIPO後は、まず東証グロース市場でのアクティブ運用対象となることを意識して、ESG活動報告をいかにして伝えていくかが重要になります。東証プライム市場までくると、インデックス投資の対象になる可能性もあるので、いよいよESGスコアそのものも影響力を及ぼし始めることも認識する必要がありそうですね。

このように、企業のステージごとで、やるべきことも変わってきます。

布施今回、どんなアクションをどんな順番で取れば良いのか、ToDoベースで進めていくことができました。地に足のついた取り組みで、思い描いていたような「ESGに関係しそうなものを漠然と進めてみる」といったイメージとは違いました。

これなら、スタートアップでも実践できると感じましたね。

ESGに着手しようとしても、何から手をつけたら良いかわからなかったり、判断がつかず膠着してしまったりするスタートアップも少なくないだろう。布施氏は、今回ESGの第一歩を踏み出せたことで、「今やらなくても良いこと」が見えたと振り返る。

布施今までは、漠然と不安があって何から始めたら良いかわからない状態でしたね。このステージで、今やるべきことと、やらなくても良いことがわかったのはとても大きな収穫です。

「スタートアップで、ESGに取り組むことは事業成長のブレーキになるかもしれない」という懸念を持っていた北原氏も、今では「取り組みにチャレンジをした事実こそが価値である」と語る。

北原調査結果が仮に悪かったとしても、外部の人を入れ、立ち向かって取り組んだこと自体が「ESGに本気で取り組んでいる」というメッセージ性を持っているんです。

大企業だけでなく、スタートアップこそ、小さな一歩でいいのでまずは踏み出してみるべきだと思いますね。短期的な成果につながらずとも、長期的には採用活動や資金調達に間違いなくプラスに働きます。

まずは始めてみること。それだけで、十分価値のある取り組みになるのかなと。

だがもちろん今回の取り組みは、「始めてみた」だけにとどまらず、興味深い考察がいくつも生まれた。実際の調査結果から、それぞれの目線から振り返ってもらう。

伊能まず、シンプルにeNPSの数値とアンケート結果が非常に良くてビックリしましたね(笑)。

北原指摘することが何もないくらいで(笑)。

布施ありがとうございます(笑)。それでも、今までの社内サーベイよりも若干数値が悪かったので、やはり社内調査では評価点を高めにつけてしまうバイアスが多少とはいえあったんだと感じましたね。

今回のように客観性を持って取り組めなければ、見えてこない気付きなので、非常に良い機会だったなと思います。

北原回答結果を個人が判別できる形でFLUXの経営チームに共有しないことを、全メンバーにお伝えしたうえで実施したんです。このように心理的安全性が担保された状況でも、良い結果が出るというのはすごいですよね。

そして、同時に行ったESG意識アンケートも合わせて確認すると、三者三様の課題意識を感じたようだ。

北原印象的だったのが、数値の平均を見たときに、さほど男女で差がなかったところですね。カルチャーマッチを重視した採用や、入社後のオンボーディングが、しっかりできていることも、合わせてわかりました。

伊能入社して1年未満の人と3年以上の人でも、同様に、差があまりなかったんです。

これってすごいことですよね。もしかしたら、他のスタートアップでもちゃんと調べればこうした結果が出るのかもしれませんよね。ちゃんと調査して、それを外部に発信して、ということをやっていかないともったいないと感じました。社会的な評価を受けられる余地が、もっとあるはずなんです。

布施メンバー一人ひとりが、私の想定よりもだいぶ強く社会的意義を求めていることがわかって、意外でした。友人や家族から「FLUXって何をしている会社なのか」「どういう価値提供をしているのか」といった質問が増えてきていることが背景にあると感じています。

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VCが取り組む意義、
それは、優秀な人材をスタートアップエコシステムに呼び込むため

投資先の支援を受けてのeNPS調査について、その裏側に迫ってきた。「いったいどういった成果があるのだろうか?」と疑問を感じて読み始めた読者もいただろうが、どちらかといえば、ユニークな取り組みに小さくない意義があると感じられたのではないだろうか。

特に、Archetype Venturesがスタートアップ向けにしっかり考え込んで落とし込んだロードマップの妥当性は、印象的なものの一つとして持ち帰ってもらえるものになっていると言えるはず。そこで改めて、現場での手応えについて北原氏・伊能氏に聞いてみた。

北原今回初めての試みで、そもそも受け入れてもらえるか不安だったところからのスタートでした。ただ、そんな中で布施さん・鷲田さんが初回からとても前向きに協力をしてくださったので、結果として滞りなくメンバーの皆さんからのご協力も得られ、調査結果の回収と今後に向けての振り返りまで想定通りに進めることができました。手探りながら少しずつでも形にできたことが、一番の収穫ですね。

スタートアップのこの若いフェーズでやるからこそ、意義深いんです。なぜなら、どうしても事業目線の課題にばかり目が向いてしまいがちな時期ですから。

今後は、他の投資先スタートアップにも展開できたら良いですね。しかしながら、今回はたまたま条件が重なってうまくいった側面もあると思っていて。企業ステージや事業領域、カルチャーによっては、良い反応を得られないこともあるので、より多くの人に適切に判断してもらえるように、コミュニケーションを設計することが重要ですね。

伊能FLUXさんに賛同してもらえたことは非常に大きかったです。今回の結果を受けて、FLUXさんがさらに成長し、「自分たちもやった方が良いかな」と考えるスタートアップが出てきたら、これほどうれしいことはないですね。

でも、我々としては今回で終わらせないことが重要です。継続にこそ価値がある。FLUXさんだけじゃなくて他のスタートアップに受け入れてもらうために、ESGに対しての意味づけや適切なタイミングを理解する必要があると感じています。

VCと投資先スタートアップが協力して、ESGの観点から組織づくりに本気で取り組み、長期的な成長を描いていく。短期的な優先度を高めるための取り組みを、しっかりと進める。

こうした動きは、伊能氏の言葉を借りれば、「同じ船に乗っている」からこそであり、まさに理想だと感じる読者もいるのではないだろうか。

だからこそ、両者ともに「続けることが重要」と力を込める。その裏に抱く、今後に向けた想いや展望を最後に聞いてみた。

北原スタートアップエコシステム全体に、優秀な人をもっとたくさん呼び込めるよう取り組んでいきたいですね。もしかしたら大企業に勤めている人たちは、スタートアップがESG経営を実践しているなんて想像もできないかもしれません。

ですが、Environmentの面で、環境問題にまっすぐ挑戦するスタートアップもあります。Governanceの面で、新たなSaaSを提供しようとするスタートアップもあります。FLUXのように組織づくりに情熱をもってSocial面を強化し続けるスタートアップもあります。こうした実態がすでにありますし、さらに伸ばしていくことができる。

だから今回のようなeNPSの結果も、ESG×スタートアップの大事な一つの切り口として、しっかり伝えたり広げたりしていきたいんです。地道に繰り返していくことで、「ESG観点でイケているスタートアップが日本にもたくさんある」ということが社会に伝播していけば、スタートアップエコシステム全体への人材流入も少しずつ増えていくのではないかと思っています。

伊能「スタートアップだから、ESGはまだ考えなくて良い」みたいに思わないでほしいですね。

いきなり大きな動きをする必要はありません。大企業とは全く異なる取り組み方でいいんです。まず第一歩を踏み出してもらえたら、そしてその支援を私たちができれば、と思っています。

布施VCさんと一緒にeNPSの取り組みをすることの重要性を強く理解できたので、今後も定期的にやっていこうと思います。

現状、事業は順調に成長していますが、1年後には今見えてない課題が生じて、壁にぶつかるかもしれません。定期的に調査を行って、先回りして施策を打ち続けるサイクルが、今後は重要になるのかなと思っています。

ESGの取り組みの1つ、eNPSについて具体的な取り組みをうかがってきた今回の取材。3名の話から、「ESGは別に難しいことではない。やればできるけれど、優先度が高くならない。だから最初の一歩が重要」「B2BのSaaS系のスタートアップなら、環境負荷を考えることはほとんどない。人的資本が重要」など、スタートアップにおけるESGの本質が見えてきたのではないだろうか。

Archetype Venturesが整理し、FLUXが先駆けて実践し始めている「ESG for スタートアップ思想」も、大いに参考になることだろう。多くの起業家・経営者が、アーリーフェーズから実践を検討することで、日本のスタートアップエコシステム全体がより良い方向に進化していくよう、ぜひ、繰り返し読んで学びを深めてほしい。

こちらの記事は2022年10月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

俵谷 龍佑

写真

藤田 慎一郎

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