コロナ禍で揺れるEdTech市場の“ダークホース”。
市場シェア10%に迫るSaaS企業、POPERの成長秘話
ITで教育を変える「EdTech(エドテック)」スタートアップといえば、AIを活用した学習プロダクト『atama+』を提供するatama plus、学習管理プラットフォーム『Studyplus』のスタディプラスなど、生徒をエンドユーザーとしたサービスが思い浮かぶ。
本記事では、それらとは異なる切り口で事業を展開し、市場トップシェアの座を獲得しているEdTechスタートアップを紹介する。「『教える』をなめらかに」をミッションに掲げ、塾・予備校向けの業務管理・コミュニケーションアプリ『Comiru』を提供する、POPERだ。
2015年の創業以来、教育マーケットでもニッチな「塾・予備校の業務支援システム」領域で、トップランナーとして走り続けてきた。2017年1月には、アクセラレータープログラムの『Open Network Lab』で優勝し、現在までに数億円規模の資金を調達。利用生徒のID数は国内の塾・予備校の業務支援サービスでトップ、市場シェアの10%獲得も視野に入っている。
代表取締役の栗原慎吾氏にインタビューし、コロナ禍にも後押しされ高まる事業ポテンシャルと、「三度目の起業」であるPOPERを軌道に乗せるまでのストーリーを聞いた。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
隠れたレガシー市場「塾・予備校の業務支援システム」で、圧倒的No.1
『Comiru』は、塾業務を効率化するアプリだ。授業後に講師が手書きで作成していた「指導報告」、塾・予備校が保護者に郵送した用紙をもとに銀行で口座振込を実施していた「請求業務」から、保護者とのコミュニケーションまで、アナログで手間のかかった業務をアプリ上で行える。
少子化が進むにつれ、縮小していくかにも思える教育マーケットだが、意外にも「塾・予備校の業務支援システム」領域は成長市場だという。
栗原アナログ業務が多く、IT化の余地がかなり残されています。新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛の影響で、子どもたちも塾や予備校に通いにくくなっています。リモート教育の必要性は高まっており、今後はIT投資額がますます増えていくはずです。
塾・予備校業界には、「業務システムは地域最大手の教室に倣う」という慣習がある。そこに目をつけた栗原氏は、まずは各都道府県の最大手にアプローチする営業方針を取った。2020年5月現在、京都府・滋賀県・広島県で最大手に導入されている。
その戦略は軌道に乗りはじめ、利用生徒のID数は国内の塾・予備校の業務支援サービスで1位。全国で約50,000教室ある塾・予備校のうち、約4%にあたる1,800教室に導入が完了している。2021年4月には複数の大手学習塾の導入が決まっており、契約教室数は国内シェアの約10%にあたる5,000に達する見込みだ。
現在は競合の業務支援サービスも複数存在するが、POPERが最初に市場へ斬り込んだプレイヤーだった。
栗原POPERは“すごいテクノロジー”を持っているわけではありません。パイオニアとして市場を切り拓き、数億円規模の資金を調達して一気にアクセルを踏んだことで、シェアを拡大できたのだと思います。
POPERは三度目のチャレンジ。挫折から学んだ、起業の鉄則
順調に歩みを進めている栗原氏だが、起業家として芽が出るまでには、険しい道のりがあった。
POPERは、三度目の起業だという。一度目は、新卒で入社した化学・電気素材メーカーのスリーエムジャパンの同僚と立ち上げた。しかし、モチベーションは高かったものの、20代前半でビジネス経験も少なく、事業を成長させることはできなかった。
キャッシュが出ていくだけの状況で、資金繰りも厳しくなり、1年後には解散。異なる強みを持つメンバーと起業すること、精神的な余裕を担保するためにも「食い扶持」を確保することの大切さを学んだ。
そして、インターネット広告代理店のオプトに再就職。「もう一度チャレンジしたい」という気持ちは拭いきれず、友人に誘われて学習塾を立ち上げることになり、二度目の起業がスタートした。経営のみならず、講師としてもフル稼働。生徒と同じ目標に向かっていく高揚感に取り憑かれ、約3年間、塾経営にのめり込んだ。
一方で、塾・予備校マーケットに潜む課題を体感したことで、三度目の起業へのモチベーションも沸き起こってきた。
栗原塾経営のあらゆるプロセスに「ITを活用すれば効率化できるのではないか?」と思えるポイントがたくさんありました。当時は2010年代前半で、スマホが普及しはじめていたタイミング。そうして思いついたのが、アプリで塾・予備校の業務を効率化する『Comiru』でした。
学習塾を経営するなかで、思ったんです。生徒が塾・予備校に来てくれるのは、「この人に教わりたい」と信じられる教師がいるからだと。知識の伝達そのものではなく、教える人が果たしてくれるコーチング機能こそが価値なんです。
ですから、授業や教材をデジタル化するのではなく、教師が教えることに集中して最大限に価値を発揮できるように、バックオフィス業務をIT化したいと考えました。コンテンツ支援で「教える人」をディスラプトするのではなく、業務システムで「教える人」を支援しようと。
ただし、着想後すぐに起業したわけではなかった。「子供たちと一緒に学ぶことが楽しくて、やめられなくなってしまったんです」と栗原氏。当時受け持っていた生徒たちが卒業するまで、3年間は塾講師にコミットすると決め、走り切った。
取れた契約は「半年で1件」。PMFまでの道のり
3年間の塾経営を経て、2015年、満を持してPOPERを創業。
初めてエクイティファイナンスを実施した2017年1月まで、社員は栗原氏のみで、業務委託のエンジニア数名と一緒にプロダクトを磨き込む日々が続く。創業融資と自己資金、そして並行して続けていた塾講師の給与で運転資金を捻出していた。「日中はPOPERの経営、夜は塾講師と二足のわらじを履き、生活費をなんとか稼いでいましたね」と栗原氏は振り返る。
モックアップ段階から、手紙やテレアポ、展示会などでアウトバウンドの営業活動を進めたが、「全く良い反応がいただけなかった」という。最初の半年で受注できたのは、「栗原さんが頑張っているから」と温情をかけてくれた1社だけ。それでも、諦めなかった。
栗原ありがたいことに、その唯一のお客様から、たくさんのフィードバックをいただけたんです。それをアジャイルで改善していくなかで、プロダクトのクオリティを高められました。おかげさまで、創業から半年を過ぎると、少しずつ引き合いが増えていき、PMFしつつある感触を得られましたね。
しかし、創業融資と自己資金だけでは、やはり限界があった。開発組織が業務委託メンバー中心だったため、プロダクトの改善スピードが上げきれなかったのだ。
栗原氏はエクイティファイナンスの道を探りはじめる。2016年末、アクセラレータープログラムの『Open Network Lab』に参加。見事に優勝を勝ち取り、翌2017年1月には4,000万円を調達した。
栗原資金調達は、とても苦労しました。少子化の影響もあり、塾・予備校業界は、ベンチャーキャピタルの方々から、市場として小さく見られがちでしたから。「学校教育の“裏”」といったイメージが先行する、陽の当たらない業界だったんです。
特に業務支援の領域では、エクイティで資金を調達したスタートアップがほぼいなかった。市場シェアをアピールするだけでなく、「業務支援で得たデータで集客領域に広げていく」という横展開戦略を描くことで、なんとかポテンシャルを理解してもらいました。
調達後は、エンジニアを中心に組織を拡大。2017年夏にはクレジットカード決済機能、2018年春にはLINE連携機能を実装した。プロダクトにさらなる磨きをかけていくなかで、インバウンドの問い合わせも増えていったという。
コロナ禍にも即時対応、新プロダクトのリリースを前倒し
事業拡大の先に、栗原氏が思い描くのは「教える人のための集客プラットフォーム」だ。
先述のように、栗原氏がPOPERを立ち上げた原点には、「教える人」が発揮できる価値を最大化したい想いがある。『Comiru』をグロースさせた先には、生徒と先生をマッチングするプラットフォームを構想しているという。大手の塾や予備校だけでなく、能力や志の高い教育者と生徒が出会える機会にあふれる社会をつくろうとしているのだ。
2020年4月に、オンライン授業の運営と動画コンテンツ制作を支援する塾向けのシステム『Comiru Air』のβ版をリリースしたのも、その構想がもとだ。
栗原『Comiru Air』はもともと、2020年6月にリリースする予定でした。新型コロナウイルス感染症の影響で、オンライン授業のニーズが急速に高まったため、2ヶ月前倒すことに決めたんです。
社員数は現在30人ほど。上場に向け、60人規模まで拡大していく予定だ。マネジメント層を中心に、採用活動も加速していく。
栗原『Comiru』はファンが多いプロダクトです。セールスがお客様から「ありがとう」と言っていただけることも多いですし、それをエンジニアへ積極的に共有していく文化もあるため、メンバーは大きなやりがいを感じてくれています。バリューとして「誠実」「謙虚」を掲げているので、自己中心的な人はおらず、居心地も良いと自負しています。
昨今は新型コロナウイルス感染症の影響で、世界的に「教育を変えなければ」という認識が広まっていますが、POPERはその一端を担っている手応えがある。「『教える』をなめらかに」というミッションへの共感はもちろん、「やれ」と言われずとも自ら動き、結果的に周囲が巻き込まれていくような推進力のある方に、ぜひ力を貸していただきたいです。
こちらの記事は2020年06月12日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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