連載MBA再考
起業家志望の若手はMBAに行くべきか、行かざるべきか?
REAPRA CFO松田竹生に聞く
起業を志す若手にとってMBAは必要か、はたまた不要か。
現在REAPRAでCFOを務める、MBAホルダーの松田竹生氏に自身のMBA取得の経緯やそのメリット、これからの起業家についてなど、さまざまな話をうかがった。
- TEXT BY SAKYO KUGA
経営者になる人はMBAに行く?
松田氏がMBAを志した経緯にはちょっとしたストーリーがある。それは同氏の高校時代まで遡る。
慶應義塾高校の野球部に所属していた同氏は、野球一色の高校時代を過ごしていた。当時のある大学生コーチが、野球を指導する傍らグラウンドでよく英和辞書を読んでいた。松田氏は不思議に思い、その理由を尋ねると、「MBAに行くんだよ、俺」と返答されたのだ。
松田当時MBAが何か知らなかったんですね。だから何ですかそれ?って聞き返してしまいました(笑)
“欧米の価値観の中では経営者は専門的職業の一つで、経営者を志す者はMBAに行き経営を学んだ後、経営をする”。先輩からこんな話を聞いた松田氏は、漠然と憧れのようなものを感じ、経営者という「専門的職業」に興味を持っていった。
大学卒業後は公認会計士の資格を取得し、監査法人トーマツに入社した松田氏。ただ、元々どうしても監査がやりたいというわけではなく「経営者になる」という漠然としたキャリアの方向性を探る中で、MBAに行くことは入社前から決めていたこともあり、トーマツに約7年務めて休職。テキサス大学オースティン校経営大学院に行くことを決めたのだった。
テキサス大学は「ランキング上位」「暖かくて安全」
松田氏がMBA取得にあたり、なぜテキサス大学オースティン校経営大学院を選択したのか。その理由を聞くと、
ランキングも気にはしていて、トップ20位には行きたいという気持ちはありました。また既に結婚していて、1歳になる娘がいたこともあって家族でも安心して住めることや、僕も妻も寒いところは苦手で(笑)、できるなら温暖で住み易い地域を希望していました。それと会社派遣ではなくプライベートな留学だったので、2年間のトータルコストという点でも大都会でなく、都市機能はあるけど田舎すぎない、みたいな地域が現実的かなと考えていました。結果的に自分が選べる選択肢の中から同校を選びました。他の選択肢がどうだったのかは結果的にはわかりませんが、個人的にはオースティンに行ったことは非常に満足しています。
英語に相当苦労
「英語はかなり苦労した」と語る松田氏。帰国子女でも海外居住経験者でもなく、MBA取得以前の海外滞在期間は、トーマツ時代の研修プログラムでロサンゼルスに滞在した4ヶ月が最長。ディスカッション中心のMBAの授業には当初はついていくのがやっとで、大量のホームワークやリーディングにも手を焼いた。しかしMBA取得のための2年間の英語の苦労は、ビジネスで英語を使う基礎を身につける機会として大いに役立った。
MBAホルダーとなった後のキャリア選択
MBAを取得後、どのような道を歩み、現在のキャリアを築いてきたのかその選択を簡単にかいつまんでいく。
MBA取得後は監査法人トーマツを退職し、MBA期間中にインターンに参加したリーマンブラザーズ証券東京支店に入社、投資銀行業務に従事した。当時、堀江貴文氏が代表を務めていたライブドア社によるニッポン放送の買収案件に携わったTMT(テレコム・メディア・テクノロジー)チームにジョインし、幅広い業務を経験。しかし、元々、コーポレートファイナンスの実務を経験した後に「経営できる機会」を探そうと考えており、少なくても3年程度は投資銀行で働くつもりではいたものの1年弱で退職した。その理由にMBAが関わることになる。
当時まだ数名しかいなかったベンチャー企業エニグモとの出会いだ。先輩を介してエニグモがCFOを探していることを知った松田氏。最初はCFOを探すことを手伝ってほしいという先輩の話だったが、最終的には意気投合、結果として松田氏自身がCFOとしてエニグモにジョインすることになる。
当時のエニグモはまだマンションベンチャーでしたが、これも経営といえば経営だと思ったのと、もともと経営者になりたいという目標のスタート地点に立てると考えたら、どうしてもやってみたくなりました。それとベンチャー企業をゼロから立ち上げる起業家のエネルギーを目の当たりにし、一緒に働いてみたいと強く思ったのも背中を後押ししました。
MBAで学ぶ前はベンチャー企業の経営をするイメージはあまり持っておらず、それなりのサイズの会社を経営することこそ経営という意識を持っていた。
だが、起業家こそが社会で一番尊敬されるべき職業という価値観が浸透しているアメリカでMBAを学んだことで、松田氏はベンチャー企業に関心を持ち始めた。例えば、MBAで5回失敗して6回目にチャレンジ中のベンチャー経営者による「失敗からのラーニング」という授業があったり、オースティンが発祥のDELLがベンチャー企業からグローバル企業へ成長していく様に身近に触れたりしたこと等で“ベンチャー”をよりイメージできるようになっていた状況だったことが、以降のキャリア決定の舵取りの大きなポイントになった。
その後、2010年に同社の上場前にエニグモを離れ、某PEファンドへの入社を決めていた松田氏。そんな矢先、ベンチャー企業でのCFO経験があり、米国グルーポン本社との買収交渉窓口となれるCFOを急募していたクーポッド(現グルーポンジャパン)に誘われ、急遽同社へのジョインを決意。米国本社からの資本参加交渉から始まり、3年ほど同社のCFOとして急拡大を支え、日本法人が米国本社の100%子会社となることを見届けた後に退任。2013年末にシンガポールへ移住する運びとなった。
REAPRA構想へ
現在、松田氏はREAPRAのCFOとして、東南アジアを中心とした50社以上の投資先スタートアップの支援を中心に活躍している。しかし、同社CEO諸藤周平氏(エス・エム・エス創業者)とは移住先のシンガポールで何をするか決めかねていたときに出会った。
諸藤とは、シンガポール移住後に出会いました。自ら創業した会社を10年以上経営した後、30代半ばでスパッと離れ、東南アジアという縁もゆかりも無い場所で更に大きいインパクトを出すことを模索している姿に衝撃を受けました。知人を介して初めて会ってから3ヶ月ほどして、REAPRAの破天荒な構想を聞き、じゃあ一緒にやりましょうかということになりました。
2015年1月から現在に至っている。
ベンチャー企業のCFO実務にMBAは活きるのか?メリットは?
これまで松田氏の経歴をうかがってきたが、果たしてMBA取得は活きたのか。
MBAが経営の実務に役に立ったかと言われると…どうですかね。僕自身にとって、直接的にはそんなに役には立っていないかもしれません。
MBAはCFOの実務にはあまり活きてはいないようだ。ただ、こうも語ってくれた。
かなりの資金を投下してMBAを学びに行き、それをどう活用し、卒業後に何をするかは個人でまったく違います。MBAに価値があるかと問われると、それは結果論でしか判断できない気がします。お金をかけてでも行くべきかと問われると、結果的に自分は意味があったと思えますけど、全てのビジネスパーソンに当てはまるわけではないとは思います。
MBA取得の影に隠れる真の価値に気付くことこそが重要である、そんな風にも見て取れる。
松田氏にとってMBAを学んで良かったと思う点についても聞いてみたところ、社会人を離れ、学生として濃密な時間を過ごすことで、キャリアや人生について再度、ゼロベースで思考できたこと、様々な国の人々と議論することで、価値観や思考を柔軟に保つこと、多様性を受け入れることの重要性を体感できたこと、だという。また海外経験がほとんどなかった状態だったこともあり、日本人としてのアイデンティティを深く考える機会にもなり、日本以外の枠組みで教育を受けた経験はビジネス以外でも大きく自分自身の人生には影響を与えることになったし、結果的に多様性があるシンガポールを拠点に東南アジアで経営をすることにも活かされていると感じられるという。
「1秒でも早く起業しろ!」
起業を考える者もMBAを学んだほうが良いか、という問いには以下の即答が返ってきた。
起業するなら1秒でも早く起業したほうがいいんじゃないですかね。
経験を積んで起業する。それも間違いではないが、起業は0から1を作ること、あるものを壊しながら新しい価値を作る仕事である。すでにそこにある仕事で経験を積むこととはある意味で対極に位置するもので、それを長く続けてしまうとことで“ないものを見ることが難しくなる”こともある。つまり、自分で0から事業をやりたいという人は、事前に学ぶより行動しなければならないのだ。
ただ、もう1度社会人をやり直すとして、起業家じゃなければMBAに行く可能性は高いと思いますね。
松田氏が言うように、起業家をサポートする立場を目指すのであれば、MBAは、視野を広げる、人生を豊かにする要素として大きな影響を与えてくれる存在なのだろう。
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