安定と挑戦をハイレベルに両立。知られざる大型ベンチャー・弥生の、積極成長と社会変革への「事業コンシェルジュ」戦略に迫る
Sponsored会計ソフトでお馴染みの弥生が、リブランディングともいえる改革を推進中だ。「会計ソフトをなくしたい」とさえ言うから、何やら穏やかではない。
サービス内容については、何となく想像がつくだろう。主力商品はデスクトップアプリとクラウドアプリの『弥生シリーズ』で、マーケットシェアは7年連続ナンバーワン(同社リリースより。MM総研調べ)を誇る。個人事業主向けクラウド会計ソフトではシェア53.9%(同上)を占め、弥生シリーズの登録ユーザー数は250万を超えている。
順風満帆に見える弥生だが、岡本氏は顧客について想像もしなかったことを口にした。
「お客様の目的は、会計ソフトを買うことではないんです。決して嬉しい買い物でもなく、むしろ会計などやりたくはない。小規模事業者の方々の本来の目的は、あくまで事業を継続、成長させることですから」
顧客のそうした課題にこれまでも応えてきた弥生だが、もっと踏み込んで事業の役に立てるのではないか。それが、事業コンシェルジュ構想だ。
2022年3月1日、オリックスグループを離れ、米投資ファンドKKRのもとで非連続的な事業成長を実現していくこととなった弥生。その圧倒的なアセットを活用した戦略について、岡本氏に詳しく聞く。
- TEXT BY YUICHI YAMAGISHI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
“ベンダー”を明確に脱却、「事業のことならなんでも」のITカンパニーへ
「社会の変革をリードする存在になりたい」と岡本氏は力強く話す。
しかし社会を変革するには、少なくとも10年から20年の長期を要する。そのため弥生は、社会を変革する長期のビジョンを見据えつつも、いま目の前にある顧客の課題解決を通じて弥生を成長させていく。長期ビジョンと目の前の課題解決、これら2軸を同時に加速させていくのが、弥生の描く成長戦略のグランドビジョンだ。どう社会を変革したいのかは、後述する。
目の前の課題解決において、これからの弥生で中核を担う価値提供が、先述の「事業コンシェルジュ構想」。
一般的にコンシェルジュとは、ホテルに在籍しているスペシャリストで、おすすめの観光スポットなどを案内し、ときにはレストランやイベントなどのチケット手配まで行ってくれる。宿泊客のお困りごとに応えてくれる頼もしい存在だ。
弥生がめざしているのはまさに、スモールビジネスのあらゆる悩みに応えるコンシェルジュだ。
岡本実は事業コンシェルジュ構想を2008年より進めてきました。当社のミッション・ビジョン・バリューにおいて、ビジョンとして「事業コンシェルジュ」になることを掲げています。十数年に渡って成長させてきた取り組みを今後はさらに強化していきます。
私たちは、業務ソフトウェアメーカーとして「仕組み」を作っていますが、一般的にはメーカーは、お客様がソフトをどう使うのかには深く立ち入りません。例えば、文書作成ソフトという「仕組み」を提供することと、お客様が文書作成ソフトで何を作って事業にどう活かしたいのかは、それぞれ別々の課題であることと似ています。
しかし現実問題、お客様は会計ソフトを使う際に「どの勘定科目を使えばいいのか」「どういった仕訳にしたらいいのか」迷います。あるいは、そもそもどんな勘定科目が存在するのかすら検討もつかずに困っていらっしゃる。勘定科目や仕訳といった言葉も最初はよく分からないでしょう。
そんなお困りごとに対して、AIによる自動仕訳の範囲を年々広げると共に、弊社カスタマーセンターが直接サポートするサービスも充実させてきました。また必要に応じ専門家である会計事務所をご紹介するというサービスも提供しています。他の会計系SaaSスタートアップさんたちと比較すれば、実務に関するデータの蓄積は圧倒的ですから、当社ほど適切なアドバイスを行うことができるサービス事業者はほかにないと自負しています。
会計ソフトを提供するだけで終わらず、ソフトを使う際の困りごとにまで寄り添っている点は、まさにコンシェルジュの姿そのものだ。
ホテルでのコンシェルジュの使命は、宿泊客の顧客満足度を高めることにある。そのためには、ホテル周辺の街や観光地そのものに魅力があり、飲食店と良好な関係を日頃から築いておく必要がある。弥生も同様に、会計事務所とパートナーシップを結び、自社だけでは提供しきれない顧客の課題を補完する、ラストワンマイル・サービスを提供している。
現在、弥生がパートナーとして提携している会計事務所の数は1万1,000超と、国内最大級の会計事務所ネットワークを誇る。弥生がハブとなり、会計事務所の税理士が、顧客に対して価値提供を行う。まさにコンシェルジュと街の関係と同じだ。
事業コンシェルジュ構想ではさらに、起業を考えている人たちにもアプローチしていく。現状では、起業家に寄り添う存在として弥生の名前が第一想起されることはない。なぜなら、起業の段階で利用される弥生のサービスは存在しなかったからだ。
そこで新サービス「起業・開業ナビ」を立ち上げ、起業家の起業構想や会社設立、資金調達などをサポートできるようにした。同様に事業承継などでも、弥生が事業コンシェルジュとして役に立てる存在をめざしている。
つまり、「事業のことならなんでも相談を受け、本質的な支援ができるITカンパニー」といった姿をめざすことになる。果たして、そんな企業変革が可能なのだろうか?その裏側について、ここからじっくり深掘りしていく。
二桁成長の企業体質を実現するため、KKRとともに見据える勝ち筋
これまでも年率5〜6%成長を果たしてきた弥生だが、今後は年率で10%以上の二桁成長をめざすという。この変化の背景にはもちろん岡本氏の想いも強くあるのだが、それ以上に影響を与えているのが2022年3月のKKRによる株式取得だ。
以前はオリックスグループの金融系企業として、安定的な利益の創出こそが最も求められることだった。しかし、これからはより積極的な成長であり、自社の事業そのものをトランスフォームしていくことが至上命題の一つとなったのだ。
KKRはグローバルに活動する投資ファンド。岡本氏はこの投資背景について笑顔で語る。
岡本投資ファンドが企業に価値を付加する方法は主に2通りあります。
1つは、コストダウンやリストラクチャリング(事業の再構築)を強力に推し進める、いわば「事業再生」のケース。もう1つは「もっとできる!」と、短期的な採算度外視も含めて成長を模索する関わり方です。弥生とKKRの組合せは明らかに後者で、「一定期間であれば投資だと考えて、利益を犠牲にしてもいい」とさえ言われます。
その間のような振る舞いで「粛々淡々と実行する」「現状維持する」は許容されません。「この事業計画では物足りない」とKKRさんから言われるのが今です。
現状に安穏としてきたつもりはありませんでしたが、やはり雰囲気は変わりましたね。以前であれば「できない理由」が言えました。ですが現在は、「どうすればできるか?」を考え抜いて実行し続ける必要があります。私たちとしては、やれることが増えたので大歓迎。経営者としても新たなチャレンジを楽しんでいます。
その具体的な取り組みについても聞いてみよう。単に新規事業を模索するというのでもないのが特徴的だ。
岡本一般的に、事業の新たな成長を目指す場合は、新規事業を模索します。しかし新規事業には、先行している企業がすでに存在しているレッドオーシャンであることが常です。
ところが弥生の場合はあまりそれがありません。まだまだ余白が多いのです。スモールビジネスは多くの課題を抱えていますが、一般的にはそれを経済合理性をもって解決することが困難だからです。ただ、既にスモールビジネスとの強い関係性を築いている弥生であれば話は別です。
そのため、私たちの場合は競合企業が多くいるところで新規事業を始める、という発想よりも、いかにスモールビジネスの課題解決を実現していくかに注力できます。この環境は、かなり恵まれていると思います。
10年スパンで実を結ばない事業には取り組みづらいものですが、すでに顧客接点が多く、スタート地点から有利なのは当社の強みです。経営基盤がそれなりにあるからこそ、長いスパンで捉えて社会を変える仕込みができるといえるでしょう。
30年以上もの間マーケットのナンバーワンで多くの人にご満足いただき、関係性と信頼を積み重ねてきました。それだけに、できることが多いのはありがたいことです。こんな会社はほかにないと自負しています。
一方で、改革を一気に実行することはできません。ご提供したいサービスは山のようにありますが、優先順位をつけて、3年、5年、10年スパンでどんな新しい価値をどういう順番で積み上げるのかを考えながら、実践していきます。
しかも成長が単年度で終わるのではなく、継続することが重要だ。例えば、2023年10月に開始され、消費税の仕入税額控除の金額を正しく計算するために導入されるインボイス制度がある。その際に、「一発屋」で終わってしまっては意味がないのだ。
岡本インボイス制度による需要が急増したとしても、その反動から翌年以降はさっぱりなのでは、まったく意味がありません。私たちにとっての成長とは、いかに多くのお客様に対して、いかに多くの価値を継続的に提供できるかにかかっています。
提供する価値を高めることによる既存プロダクトのアップセル(客単価向上)や250万以上の登録ユーザー数を基盤とした新しいプロダクトの展開などを継続的に進めていきます。
事業者のあらゆるお悩みやお困りごとにお応えするのが事業コンシェルジュ構想です。必ずしもお客様の大きな悩みでなくてもいいのです。小さなことでつまずくこともありますから。いつでも、何かあったら真っ先に相談できる相手に、弥生をイメージしてもらえること。そんな未来をめざしています。
会計ソフトは、もはや「なくす」べき?
2つ目の成長戦略は先述の通り、中長期的に「社会の変革をリードする存在になる」ことだ。
具体的に岡本氏がめざしているのは「会計ソフトをなくすこと」。やや誤解を生みそうな表現だが、会計ソフトをなくすとは、すべてがデジタルで自動化された世界を指す。
もちろん、会計ソフトを使ったことがある人なら分かるだろうが、すでにある程度は自動化されている。銀行口座やクレジットカード履歴と連携し、経費などを半ば自動的に仕訳してくれる。それをさらに推し進め、半自動から全自動へ、会計ソフトが勝手に裏側で走っていて、ユーザーは結果を確認するだけで済む世界がやってくる。
岡本私たちは、これまでにない価値の創造をめざしています。
会計ソフトには入力作業が必要ですが、その常識を変えたいのです。私たちのアプリは、購入したら嬉しい性質のものではありません。普通、ゲームソフトなどを買えばワクワクします。でも会計ソフトはワクワクしません。
なぜならお客様は、入力作業をやりたくて会計ソフトを購入しているわけではないからです。必要だからという理由でご購入・ご利用いただいています。つまり、私たちの会計ソフトを使うこと自体は、お客様にとって目的ではありません。
こここそが重要なポイントです。
「会計ソフトには入力作業が必要」という、その常識と前提を私たちは変えていきたい。お客様が真に求めているのは、集計結果や記入済みで一式が揃った申告書類が欲しいだけです。もっというとそれすらも、ただただ業務を継続させ、事業を成長させたいから必要なだけです。
だからこそ私たちは、会計ソフトを提供するだけで完結するのではなく、業務の効率化や事業の成長を目指すお客様の事業そのもののお手伝い、ご支援に携わりたいと考えるに至ったのです。
会計情報も給与情報もデジタル化し、国で一元処理することは理論的には可能だ。今は紙ベースで情報処理を行っているために物理的な制約が生じ、事業者単位で行うことに合理性が生まれているに過ぎない。
岡本直近での一つの取り組みとして、私たちはまず「従業員とのやり取りをすべてデジタル化」しようとしています。
給与計算業務や年末調整。さらに銀行の明細の取り込みにとどまらず、インボイス制度にデジタルで対応すれば、自動帳簿付けが可能になります。すべてがデジタル化され、手入力が要らない世界をめざしています。バックオフィス業務には入力が必要という常識を取っ払い、結果だけが得られ、必要なときに確認するだけで済むようになります。
ちなみに弥生では「電子化」と「デジタル化」の使い方を区別している。
「電子化」は、紙での情報がベースにあり、それを電子データにしただけのものを指す。 弥生がめざすのは「デジタル化」で、デジタル化とは「デジタルを前提に業務の在り方そのものを見直し、変革すること」だという。
岡本私が当社の代表に就任する前、コンサルタントとして起業し、スモールビジネスを営んでいた時期があります。実はその時、弥生を使っていた元ユーザーなのです。中でも年末調整業務は、年末進行の忙しい時期にやりたくないことの筆頭でした。
そもそも年末調整は、戦後間もない1947年(昭和22年)にできた制度で、当然ながらその頃はデジタルもパソコンもなく、紙の業務として組み立てられましたから、事業者が担うことに一定の合理性がありました。従業員一人ひとりが申告書作成を行う代わりに、事業者に責任を負わせてまとめて処理させる仕組みにしたのです。
昭和も平成も終わった令和の現在でも、この仕組みは変わっておらず、今でも多くの事業者が紙ベースで年末調整を行っています。ところが技術面ではすでに、すべてをデジタル化すれば、国が一元的に処理することも可能になっています。
まずは給与計算や会計などのバックオフィス業務を徹底して自動化していく。デジタルで業務がつながって自動化されるのが「業務3.0」であり、その世界ではやがて「会計業務自体がなくなっていく」ような姿になるわけだ。
岡本私たちは年末調整業務を含め、紙が前提となっている全ての業務をデジタルありきにしていきたいのですが、当社一社だけでは成し遂げられません。弥生だけが問題提起しデジタル化を推進しても、面で広がっていかないため、業界内の他の業務ソフトウエア企業と協力しながら、行政を巻き込んで業界全体で機運を高めていきたいと考えています。
デジタル化を前提にすれば、社会の仕組みを大きく変えられます。すぐには変えられませんが、5年後や10年後には大幅な社会変革を起こせるでしょう。
AWSや楽天といったメガベンチャーからも人材が集まる、チャレンジングな社風が弥生流
ここまで聞くと、元は保守的な企業だったかに思える向きもあるだろう。ところが弥生は、その古風な響きの名に反して、もともとチャレンジングで、フレキシブルな社風だったという。ちなみに「弥生」は、旧暦の3月のことで、決算が集中する3月を象徴に、中小企業の経理業務をラクにしたいとの想いから名付けられた。
岡本リブランディングや今年の株主変更が作用して、何か新しい取り組みを始めるきっかけになったわけではないんです。先に述べた通り、事業コンシェルジュ構想は2008年からスタートしていますから。
もともと「やりたい人が、やりたいことをやる」風土の弥生。
岡本チャレンジ風土は元からあった会社で、意欲的な提案に対して「どんどんやったらいいよ」と伝えて任せます。やりたい人がやるのが一番ですから。例えば、先にお話しした仕訳相談のサービスも社員の提案です。
決まったルーティン・タスクだけを行っていることはないですし、エンジニアの開発言語や方法論、テスト方法なども、柔軟に新しい技術を取り入れています。
なぜか当社はイメージで、レギュレーションがガチガチに固まっていて、古いプログラム言語を使い、創造性や新しい創意工夫のない会社だと思われてしまっているんです。
弥生は創業が1978年と歴史があり、社名の影響もあるかもしれませんが、レガシーなイメージを持たれることが多いのです。中途採用の面談などでも「意外にフレキシブルな会社ですね」と言われます。イメージに反すると驚かれるわけです。
実際に弥生は、保守的なイメージとは真逆だ。その証拠に、AWS出身者がCTO(最高技術責任者)を、総合系コンサルティングファームならびに富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)出身者が営業推進部長を務めるなど、ベンチャーよりは安定感のある規模感ながらチャレンジングな社風に惹かれて入社してきたメンバーが多く集まっている。
岡本社員数は800名超と、決して小さくはないですが、安定感がありながら大企業ほどでもない規模。一人ひとりが何をやっているのかが私から見え、把握できる距離感です。柔軟性を持てるちょうどいい大きさだと思いませんか。
私たちの挑戦を良しとする社風に対して「できることがいっぱいあり、かつスピード感を持って取り組める」と捉えていただきたいのです。
また、やりたいことをやりたい人に任せる際に私が意識しているポイントは、経営方針を伝える上で「なぜそうするのかを説明する」ことです。トップダウン式にただ「Aをやろう、次はBをやろう」と伝えるだけでは、想定外のことが起きると、柔軟な対応ができない硬直した組織になってしまいますから。
だから私は常々「なぜ私たちはAをやるべきなのか、Bをやるべきなのか」を伝えます。
計画の背景や、競争環境の前提などがみんなと共有されていれば、また何がしたいのか目的が伝わっていれば、右折するのは目的ではなく、あくまで手段だと理解してもらえます。達成したいことをその目的も含めて伝えることが大事ですし、いつもそれを意識しています。
私たちと一緒に働いてほしいのは、組織の一員として粛々とやるだけではなく、自分ごととして事業の将来を考えられる人です。
何を実現したいのかを共有し、どう実現するのかをみんなで考えた上で、経営や周囲を動かしていける人。そんな方をお待ちしています。
岡本氏はもともとコンサルタント出身だけあって、あらゆる角度から客観的に弥生を分析している印象だった。CTOいわく技術面にも明るい代表だと評判だ。もともとあったチャレンジングな社風が、リブランディングを経てどう社会に変革を起こしていくのか。年末調整や確定申告の作業が世の中からなくなる日を楽しみにしたい。
こちらの記事は2022年07月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山岸 裕一
写真
藤田 慎一郎
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