「定量化なくして改善なし」──EX→CXを武器に非連続成長を狙うヤマシタ、キーエンスに次ぐ?その緻密な組織設計を暴く
Sponsored「その組織戦略は、計測可能か?」
こと事業戦略においては、緻密な計画を立て、ゴールに向かうためのPDCAを徹底している企業は多い。しかし、組織戦略においてはどうだろうか?そもそも、定量化していない。あるいは、その方法が分からないという声も多いのではないだろうか。
そんな悩みに答えるべく、日本随一と言っても過言ではない、組織づくりの定量化・仕組み化に取り組んでいる企業を紹介したい。
その名は株式会社ヤマシタ。1983年創業、介護福祉レンタル事業やリネンサプライ事業で実績を持つリーディングカンパニーだ。一見するとレガシーな業界に見えがちだが、同社は読者の馴染みあるテクノロジー領域のベンチャー / スタートアップをも凌ぐ次世代型ビジネスモデルで急成長を遂げている企業である。
前回は、ヤマシタの3代目代表・山下 和洋氏への独占取材で、「EX(仕事のやりがい、体験) → CX(お客様の感動体験)」の考え方を強く取り入れた組織戦略や、それを基に産業変革をもたらすビジネスモデルについて伺った。
そして今回は、代表の弟であり人財本部長の山下幸 彦氏と、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズやAmazonなどの人事・人財開発領域の責任者を歴任したのち、現在は幸彦氏と共にヤマシタの人財戦略を推進する菅原氏に取材を実施した。
計れないものは、改善できない──。本稿ではこの言葉の重要性をしかと噛み締めてもらえたらと思う。
- TEXT BY YUKO YAMADA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
人事たるもの、「従業員がハッピーになれる環境」を事業視点で構築せよ
前回の代表取材では、2030年を見据えた長期ビジョンやラストワンマイルを活かした在宅介護プラットフォーム戦略について語られた。
これを実現する上で核となるのが、ヤマシタの人財戦略「EX(仕事のやりがい、体験) → CX(お客様のより良い体験)」である。これは、従業員の仕事のやりがいや体験(EX)の向上が、顧客の感動体験(CX)の向上に繫がり、結果的に事業成長を促進するというものだ。
そんなヤマシタが組織づくりにおいて重視している点が2つある。1つ目は、「会社の未来や目指す姿から逆算して達成に至るプロセスを具体化すること」。2つ目は、「組織開発・人財マネジメントのプロセスを仕組み化し、従業員の評価システムと連動させて給与の引き上げを実現すること」である。その理由を紐解く上で、まずはヤマシタが人財戦略に「EX → CX」のモデルを採用した背景から見ていきたい。
菅原私が2022年4月にヤマシタに入社した際、社内には既に「EX → CX」の考え方が導入されていました。その考え方は非常に素晴らしいものの、単に仕事のやりがいや体験(EX)が高ければお客様の体験(CX)も良くなるという「相関関係」だけでは、成果に結び付きません。
入社当時のヤマシタは「相関関係」でしたが、今はEXの向上がCXの向上に繫がり、収益が生まれているケースが一部で確認できていました。
そこで「EX→CX」のサイクルを回し、EXの向上でCXが向上するという「因果関係」ができれば、組織全体の生産性に繫がる可能性が高まる。それを私はヤマシタの事業で証明したいと考えているんです。
菅原そもそも、人事は単に人事業務だけに留まらず、事業全体の視点から人事機能を活用して、従業員全員がハッピーになれる環境、そうした組織づくりが重要だと私は思うんですよ。
山下その通りですね。ヤマシタの経営の根底には「人財こそ会社の財産である」という想いがあります。前回の取材で代表の山下がお話しした通り、私たちは創業以来、常に「従業員の人生をより豊かにする」ことを目指してきました。
これは私の個人的な見解ですが、どんなに素晴らしい企業であっても、全従業員の個人的な感情や生活水準を100%満足させることは難しいと思うんです。しかし、企業は最高の体験を従業員に約束することはできる。
「ヤマシタでの体験が、あなたが人生で望む方向性と合致してさえいれば、それは間違いなくポジティブなものとなる」と私たちは考えています。ヤマシタがES(従業員満足度)ではなく、あえてEXにこだわる理由はまさにそのためです。
山下それはお客様に対しても同じです。福祉用具を例にとると、私たちは福祉用具が正しく効率的に使われるサービス体験を設計し、最高の体験を提供することを重視しています。この「EX → CX」の好循環を生み出すために、私たちは従業員の成長支援や仕事のやりがいに焦点を当てているのです。
財務・顧客・プロセス・人財。
4つの要素を連動させたヤマシタの経営戦略
ヤマシタでは、『長期ビジョン2030』において年間850億円の売上達成を目指しているが、その実現に向け、菅原氏が導入したフレームワークがバランススコアカード(Balanced Score Card、以下BSC)だ。
一般的に、経営戦略を策定する際は企業の利益率が重視されがちだが、BSCは財務、顧客、プロセス、人財の4つの要素を連動させることで、バランスの良い経営戦略が実現可能となる。
菅原BSCを用いると、計画フェーズでは、企業は年次ごとの目標を財務、顧客、プロセス、人財ポートフォリオの視点から機能設計をブレイクダウンしていくことができ、最終的に個人単位の目標管理制度(Management by Objectives、以下MBO)にまで結びつけることができます。また実行フェーズでは、個々の活動の集合がプロセス、顧客、財務に本当につながっているか、エラーが起きていないかを検証することができます。この計画と実行の行き来をすることで適切なPDCAが回ります。
つまり、企業の戦略と従業員のキャリア目標を擦り合わせ、従業員一人ひとりの目標を設定し、成果までのプロセスを管理することができる。そして、人財の観点から、年次ごとの目標達成に向けた成功要因(Critical Success Factor、以下CSF)を特定して、定量的な達成指標(KPI)を設計していきます。それが一般的にBSCを活用したモデルです。
具体的にいうと、ヤマシタでは2030年のBSCを2023年まで各年次のBSCにブレイクダウンしています。ここから毎年の財務目標を実現する顧客、プロセスのKPIを設定し、それを実現する営業所の数や所長、リーダーの数を決定し、次年度の所長を現在のリーダー層から選出していきます。
その際、BSCを用いて個人レベルまで落とし込み、組織内のパイプラインマネジメント(将来のリーダーや重要ポジションを担う候補者の育成や確保するプロセス)が仕組み化されているため、組織全体の目標達成に必要な人財を効率的に選定することができるのです。
その結果、例えば通常10年間を要していた所長への昇格が、わずか4年というスピードで実現できるようになるなど、早期に成長・昇格できる人事制度を設計できるというわけです。
また、ヤマシタでは「能力開発」の施策としてAI診断を用いて、リーダー(上司)と従業員(部下)による1on1の対話の可視化を行い、従業員のEX向上に力を入れている。
菅原診断の結果、なんと上司の話が会話の6割以上を占めていることが明らかになりました。つまり、部下は上司の話を受け身の状態で“聞くだけ”になっていたのです。
自走する組織を目指す上では、従業員自らが積極的に意見やアイデアを出し、自己選択をしていく方が、仕事に対するコミット度合いが高まります。そこで、上司は部下に対し端的に問いかけながら、部下が自分の意志でキャリアを選べるような取り組みを行っています。
菅原そして従業員自らが「何をしたい」「自分はこれができる」といった会話ができるようになると、さらにEXが向上し、かつMBOにより個人の成長スピード(スキル)が上がれば、CXが向上する。
そして売上が上がるとさらにEXが向上するという好循環が起こる可能性が高い。そのため、ヤマシタでは実際に従業員たちの日々の現場活動を定量的に観察し、ロジックの正当性を検証しているのです。
こうした人事制度を設計するためには、単に人事業務に留まらず、経営全般を深く理解している必要がある。
例えば、既存事業を中心に“連続的”な成長を目指す企業の場合、内部登用で事業を推進するメンバーを抜擢することも1つの選択肢だろう。しかし、ヤマシタは自社に知見のない組織戦略で“非連続的”な成長を目指している。そのため、同社では新たな知識やノウハウを持つプロフェッショナルな人材を積極的に登用しているのだ。
そこへAmazonなど超巨大企業で人事・人財開発領域の責任者を歴任してきた菅原氏や、元マッキンゼーで現在、経営企画責任者兼HC事業部本部長補佐を務める川村氏が参画し、彼らの活躍によりヤマシタの長期ビジョンにおける解像度がより明確になった。
山下ヤマシタの目指す方向性を具体的に示すことができたことで、直近2年以内にヘッドクラスのメンバーがヤマシタにポテンシャルを感じて続々と参画しています。例えば、元アクセンチュアの小川はDX推進責任者として参画し、現在、デジタルを活用した社内改革を推進しています。
組織づくりはまだまだ始まったばかりですが、こうしたプロフェッショナルなメンバーたちと共に、介護業界でこれほどまでに定量化した組織戦略に取り組んでいる企業は稀ではないでしょうか。
「仕組み化」と「定量化」により、早くも事業成長を実感
ヤマシタでは、「EX → CX」を起点として組織戦略が走り始めたばかりだというが、その手応えは確かに感じ始めている。
山下売上に関しては、明らかに成果が出始めていますね。
ヤマシタは全国に約70ヶ所の営業所があるため、現時点で100%完璧にできているわけではなく、まだまだ成長の余地はあります。それでも、売上を継続的に増やしていくという点において、「これを守れば成果が出る」という「型」を標準化できたことは大きな成果だと思います。
山下この資料から分かる通り、売上力を強化する「型」はとてもシンプルです。
具体的には、1番から9番までの項目に対して、各営業所でどれだけ定着しているかを計測します。実際に、これらの項目がしっかりと浸透している営業所では、パフォーマンスの向上が顕著で、新規のお客様の獲得にも繫がっていますね。
ヤマシタでは売上力強化の「型」の進捗度が2023年6月時点で32%だったが、同年12月には65%にまで上昇。その結果、2023年の全体の売上は4月〜6月期に昨対比で平均5%増加だったことに対し、7月〜11月期には平均16%増え、さらに11月〜12月では23%の増加を達成している。
しかも特筆すべきは、ヤマシタでは全てデータに頼っているわけではない。本部のメンバーが実際に営業所に入り込んで、売上強化の「型」が定着しているかどうかを実地で確認していくのだ。
そして、組織内に「型」を定着させる過程の中、所長とリーダーの間で「型」に対する解釈や理解の認識がズレている場合は即座に矯正。「この項目ではこのような行動を取る」と明文化した上で、営業所内で情報を共有していくといった緻密ぶりを見せている。
菅原現場に入って細かい解像度で進捗を管理している企業は、日本においては、キーエンスが挙げられると思います。キーエンス出身者の方々からもお話をお聴きする機会がありましたが、徹底した仕組み化で高収益を生んでいらっしゃいました。ヤマシタも現地現物現実を重視しつつ、EX/CXを高める仕組みをスピーディーに構築し、データを活用してカイゼンしています。
ビジネスモデルの違いからキーエンスでは、こうした進捗管理を1分単位でトレース(追跡)していると思うのですが、顧客対応要素を事業に含む、私たちヤマシタでは1日ベース、もしくは数時間ごとをベースにトレースしていきます。そして、従業員の行動に対してお客様の反応まで確認していくのです。
山下こうしたプロセスにより、営業所の売上アップだけでなく、現場の従業員の実力が向上し、市場価値の向上に直結していることは、私たちにとってこの取り組みの大きな成果と言えます。
というのも、以前は各営業所の従業員がそれぞれのスタイルで、セールスを改善しようと取り組んでいましたが、成果に結び付いていないケースが多くありました。対し、今では所長とリーダーが一枚岩となって従業員と共に営業所を運営し、それが売上の拡大に繫がっていることはデータを見れば明らかです。
また、この「型」はセールスだけでなく、事務や配送など様々な業務の領域においてもお客様対応の質を向上させることができ、能力開発の「型」としても事業成長に役立っています。
「EXを重視するなら、役職で呼び合うのはやめましょう」。入社2日目の声も受容するカルチャー
「日本ではキーエンスのような一部の企業でしか徹底できていない定量化した組織づくり。なぜ介護福祉の老舗企業であるヤマシタが実現できるのか?」と疑問に思う読者もいそうだが──。
山下それは菅原がヤマシタに加わり、組織設計の全体をデザインしてくれたことが大きいと思います。
実は以前のヤマシタでは、HRの領域がどうしても情緒的になりがちでした。例えば、部下が上司に気に入られようと忖度したり、上司が感情に基づいて部下を評価したりと。そのため、ヤマシタでは公正な評価を行うために、かねてより「ITを活用した科学的な組織戦略を取り入れたい」と考えていたんです。
ですから、経営チームとしても、新たな組織設計のロジックの導入には全員が前向きで、「やってみよう」という姿勢でした。そのプロセスの中で抵抗が生まれたり、議論が停滞したりといったことはありませんでしたね。
菅原組織戦略が好調な滑り出しである要因は、ヤマシタが持つ、“柔軟に受け入れる姿勢・カルチャー”にこそあると思っています。
私が「ヤマシタに入社して良かった」と感じたことは、出社して2日目の経営会議でのことです。当時から既に、社内の相手を役職名で呼び合う慣習の廃止を進めていたそうですが、代表の和洋さんに対しては皆さん「社長」と呼び続けていました。
「これではせっかく決めた名前呼びの文化が浸透しないのでは?」「EXを重視する企業であるならば、こういった点こそ変えていきたい」と思い、皆さんに「“社長”ではなく、“和洋さん”とお呼びしませんか?」と提案したんです。すると皆さん「ぜひそうしましょう」と即決してくれて、結果的に名前呼びの文化の浸透が加速するに至ったんです。
本来、入社したばかりの新参者の声に対しては、「あなたはこの会社に入ったばかりで、まだ何も分かっていないでしょう」と反発を受けることが往々にしてあります。
しかし、ヤマシタでは「確かにそうだ。私たちはEXを掲げている組織。今日から役職名で呼び合うことはやめよう」とすぐに提案を受け入れてくれました。その受容度の高さとホスピタリティには驚かされましたね。
菅原些細な話に聞こえるかもしれませんが、「神は細部に宿る」と言われています。そうしたカルチャーが根付いているからこそ、入社して間もない私が掲げる組織全体の理念体系や戦略体系、人財の組織戦略の提案に対して、幸彦さんはすぐに経営会議にかけてくれたのでしょう。
また、バランススコアカード(BSC)に関しても、ヤマシタのような従業員2,000名を超える大手企業であれば、通常は導入まで数年単位の時間を要します。しかし、私の提案からわずか1年半で、すでに一部の事業部ではKPIが計測できる状態になっている。このスピード感は、日本企業の中でも屈指のものだと思いますね。
会社に受容度があるということは、キャリアを築く上で自分を許容してもらえる、心理的安全性の保証を意味する。ヤマシタにはそれが十分に浸透していることがうかがえるエピソードだ。しかし、これだけ菅原氏の提案が即座に反映された理由には、彼が持つ豊富な知識や経験も大いに関係している。
山下私たちが菅原の提案を受け入れている理由の1つは、それが全て体系的に、かつ学術的に証明されたモデルだからです。
バランススコアカードにおいても、何年も前から『ハーバードビジネスレビュー』で取り上げられておりますし、既に企業で実装され、定量的な結果をもたらすモデルであることが分かっています。
私たちは、今後さらに従業員数が増えていく中で、オリジナルなアイデアや独自の枠組みに頼って事業を拡大していくことは難しいと考えています。これは代表とも話し合っていますが、ヤマシタ独自のアプローチを加えることは良いとしても、土台は既に世にある標準モデルを採用しようと決めているんです。
新しいメンバーに対し、ヤマシタがなぜそのフレームワークを採用するのか説明する際にも「既にこの領域で成果が出ている」と話せば理解を得られやすい。そうした理由からも、私たちは既に世の中で「ベスト」とされている手段を選択しています。
従業員を不幸にする最大の悪手は、「会社の宣言」と「組織の実態」が乖離していること
事業拡大のため、ヤマシタがHRやEXといった領域に注力していることは明らかだが、何もそれだけが理由ではない。取材を進めていくと、組織のNo.2である幸彦氏自身、従業員に対して特別な想いを持っていることを披瀝してくれた。
山下家の次男として誕生した幸彦氏。長男の和洋氏は、生まれながらにして3代目の経営者として育てられてきたと前回の取材で伝えた。一方、2歳年下の幸彦氏は元々ヤマシタに入社する予定はなく、不動産会社のセールスとしてキャリアをスタートさせていた。
しかし、2013年5月、先代の代表であった父・山下 一平氏が事故で急逝し、和洋氏がわずか25歳の若さで代表に就任。その際、和洋氏から「ヤマシタの事業を手伝ってほしい」と頼まれ、幸彦氏は入社を決意する。
山下私はヤマシタの事業について何も知らずに入社したため、中に入ると規模も大きく事業もしっかりしており、「こんな会社だったのか」と率直に驚きました。
生前の父は多忙であり、かつ山下家はそれなりに豊かだったのですが、この組織であれば納得だと思ったんです。しかし、一つだけ気がかりな点がありました。私が社会人1年目で勤めていた会社の従業員よりも、ヤマシタの従業員たちの方が明らかにハッピーに働いているようには見えなかった。それがとてもショックだったんです。
山下私はヤマシタに入社し、勉強のためにと、工場や物流、セールスをはじめ、リネンサプライ事業、福祉用具のレンタル・販売事業の両事業をCOOというポジションとして経験し、2022年11月に人財本部長になりました。
その中で、従業員という立場から現場でヤマシタの制度やプロセスを見ていると、働いている従業員たちが報酬に対して、上司に対して、あるいは会社に対して不満を抱えているのを肌で感じる機会が多々ありました。
「ヤマシタを選んでくれた人たちが、ここに入ってよかったと思える環境にしたい」──。
もともとヤマシタに入社予定のなかった私が、若い頃から様々なフィールドで貴重なチャンスを与えてもらえたからこそ、今度はその恩恵を従業員に還元したいと強く思っています。
幸彦氏にとって、従業員を見ず、ただただ事業を拡大していくことは、ヤマシタで働く動機にはならない。従業員がハッピーであり、その上で顧客に良いサービスを届ける。そして会社が成長をし続けていく、そこに幸彦氏は強い信念を抱いているのだ。
「EXの高い会社をつくること。これが実現できれば、私自身が掲げている第一ステップの目標を達成できる。もちろん、そこがゴールではなく、常にEXを高め続けていくことが大事なのですが」と幸彦氏は静かに、そして謙虚に言葉を重ねる。
では、幸彦氏が考える従業員がハッピーな状態、そうではない状態とは具体的に何を意味するのだろうか。
山下「ヤマシタはこういう会社だ」と宣言していることと、組織の実態が一致していることが何よりも大事なことです。
つまり、「入社してみたら実態が違った」ということが最もアンハッピーな状態です。月並みですが、経営も現場の従業員も皆がベクトルを揃えて一丸となっていることが、組織としてハッピーな状態ではないでしょうか。
菅原とても共感しますね。組織的な観点でいえば、仕事がシンプルで、皆と一緒に協力し合えること。何より自分が楽しめて、その結果、周りに良い影響を与えられることがハッピーな状態です。そして、自分で選択できるという「自己決定感」こそが、EXの本質だと考えています。
私はコーアクティブコーチングという資格を取得しています。その中では、人生で最も重要なのは、自分のありたい姿を追い求めて、自己変革をし、それをやり切り、人生を全うすること。その実感がある時に、人はエクスペリエンスが最高になるといわれているんですね。これは誰しもが持っている能力です。
「自分の人生なのだから、組織においても自分自身がありたい姿を実現するためにチャレンジを選択できる、そういう事業組織を目指している」と菅原氏は述べる。そんな彼にとってEXが重要だと感じる理由は、菅原氏自身の原体験にあった。
菅原やはりまず、楽しくないと良い仕事にはならないんですよ。私自身、過去に上司から抑圧されながら仕事をしていた時期がありました。その時、気持ちはドン底に落ち込みます。一方で、「本当に自分の人生はドン底なのか?」という疑問も湧いてくる。
「この会社にしがみつかなければ」「この上司に気に入られなければ」と思いながら、自分にとって嫌な環境でも、自分でそこに身を置くことを選択しているわけです。
考え方を変えて、転職してもいいし、今は働かずにいたっていい。そういう選択肢を意図的に増やせるような生き方や、組織においても選択肢の幅が広ければ広いほど、人はハッピーな状態になると私は思います。
業界シェアを獲得し、介護業界の給与水準を向上させる
前回の代表・和洋氏の取材では、ヤマシタは今後、介護福祉領域に留まらず、観光や美容など高齢者が楽しむサービスへの拡張も視野に、在宅介護のプラットフォーマーとして産業全体の変革を目指す構想を打ち明けてくれた。(詳しくはこちら)
そして今回の取材で明かされた「EX → CX」の組織設計は、その構想をスピーディーに実現するための人財戦略である。ヤマシタがCXの向上を通じて目指す目的とは何か。それは最終的に高齢者の「自立」を促すことである。
その理由は、昨今、高齢化の加速により、介護を担う女性が8割を超え、さらに女性の社会進出に伴いビジネスケアラー*が増加。その介護負担が社会課題となっているからだ。2030年にはビジネスケアラーが約300万人に達すると予測されており、さらに、介護離職と合わせた経済損失は約9兆円に上ると推測されている。(参考)
そして高齢化社会に伴い、社会保障負担が増えれば、可処分所得(自分で自由に使える収入)が減少する。一般的に可処分所得が減ると、国民は消費行動を抑制する傾向があり、個人消費が約40%を占めるGDP(国内総生産)に影響が出る。
さらに、景気が悪化すると出生率も低下し、国民の人口が減ることでこれがさらなるGDPの減少に繫がる。こうした負のスパイラルが現在の日本で起こっているのだ。
菅原ヤマシタが取り組んでいることは、まず業界全体のシェアを拡大し、それに伴いヤマシタの従業員の給与を引き上げることです。
これにより、他社も追随して業界全体の給与水準が向上できる可能性があります。良い仕事を生むためには、優秀な人材が欠かせません。「この会社に入りたい」と自社に魅力を感じてもらうことが重要です。
国税庁の調査によれば、介護業界の給与水準は14業種中10番目となり、全産業の平均年収が460万円と言われる中、介護業界の年収は410万円と比較的低い水準となる。
菅原実際、ヤマシタでは給与引き上げに向けて2022年度の昇給原資(給与の増加や昇給を実施する際の財源)を1.7倍に増額しました。
さらに、2024年4月からは、賃金に一定時間分の残業代を見込んで支給をしていた「みなし残業制度(固定残業代制度)」を原則廃止します。それにより実質的には給与が15%程度増加すると見込まれています。
また、従来は年に1回だった昇給・昇格の機会を、2024年度ではまず昇格から年に4回に増やします。先ほどもお伝えした通り、昇格を迅速にできる人事制度を導入しているため、昇給できるチャンスは高いと考えています。
従業員の給与を増やすためには、当然、売上高を増やす必要がある。そこに向け、ヤマシタでは生産性を向上させるビジネスモデルの構築にも着手し始めている。
菅原大きく2つの戦略があります。1つは、DXを活用して業務プロセスを効率化させること。
その1つとして、紙の契約書のサインを電子化に切り替えました。従来、紙の契約書類に署名をもらうために30分以上かかっていましたが、電子署名に切り替えたことで5分程度で完了します。これは顧客にとっても効率的であり、時間を節約することで生産性を高めていきます。
2つ目は、福祉用具事業を起点としたビジネスモデルの拡大です。
2040年頃には、65歳以上の高齢者の割合が最大化し、生産年齢人口の減少が同時進行で起こるため、労働力不足は深刻化し、社会保障の財源が危機的な状況となることは免れません。
さらに約69万人の介護人材が不足すると指摘されており、予防ケアに向けたビジネスモデルの拡大が急務です。現在、ヤマシタでは上海で福祉用具レンタル事業の70%のシェアを持っており、天津でも企業を立ち上げました。今後もアジアでの事業展開を積極的に進めていく予定です。
一方で、日本国内においても介護予防に焦点を当て、さらに言えば、高齢者が福祉用具を必要としない自立した生活を促進することが理想です。介護が不要な状態を目指すことで、高齢者の医療負担が減少し、介護をする家族の負担も軽減できる。
さらに、社会保障の費用負担が下がれば、次世代の貧困の予防にも繫がります。ヤマシタが在宅介護支援に注力する理由はここにあります。
業界変革に挑む若き力よ、仕事は「名詞」ではなく「動詞」で語れ
ヤマシタが「EX → CX」の組織設計を実行していくためには、組織を牽引し、変革を推進できる人材が必要だが、まだまだそのリソースは十分ではない。
特に同社では、今後、新規事業やM&Aなども積極的に手がけていくにあたり、若手の経営人材を求めている。具体的には、どんな人材の参画を望んでいるのだろうか。
山下こちらも2つ考えています。1つは我々が挑んでいる介護福祉という、まだまだトラディショナルなフィールドにおいて、「この業界の生産性向上に挑戦したい」「業界を変革していきたい」という意欲のある人。
そしてもう1つは、絵だけを描いて終わりにするのではなく、現場にも足を運んで実行までやり切れる人。そこに面白さを感じられる人に来ていただきたいですね。
菅原幸彦氏の言葉に付け加えると、業界や仕事を“名詞”で選ばない人がいいですね。「自分はこれがしたい」と“動詞”で語れる人こそ、プロアクティブに成し遂げることができる人だと思います。仕事はタイトルや規模、知名度ではなく、自己実現を成し遂げ、他者に貢献するものなので、自身の本質的変化を促せる場だといいと感じます。
菅原ヤマシタでは、「成長余地の大きい介護業界においてインパクトを与えることができる」と抽象的な目標を掲げながら、一方でそれを実現するために現場へ深く入り込んで一つひとつに向き合い取り組んでいきます。
この抽象と具体を高速で行き来しながら、自分たちの事業が日本に貢献できているか、従業員はハッピーであるかを問い続ける姿勢は、たとえ他の産業へ行ったとしても活きるスキルだと思います。
介護福祉業界が変化の過渡期にある中、今後、ヤマシタでは事業拡大に向けてさらに投資を増やしていく予定だ。「事業成長を実感できるこれからの3〜4年の間が、最も楽しいフェーズになるだろう」と、両者は口を揃える。
菅原ヤマシタには、短期間で濃度の濃いPDCAサイクルを経験し、成長できる環境があります。
私がヤマシタを選んだ理由は、業界に大きなインパクトを与えられるポテンシャルの高さ、スピード感のある組織環境、そして大手企業だからこその投資余力。その3つが揃っていたためこの環境を選びました。ぜひ、皆さんにも成長の環境としてこの場を楽しんでもらいたいと思います。
山下私たちは、介護の業界の危機に対し、この状況を変えるためなら「あらゆる手段を尽くしたい」という姿勢で臨んでいます。そのため私たち自身が変わることも厭いません。
この記事を読んでくださっている方の中には、今の環境で「チャレンジできない」「会社のサポートがなく、予算が確保できない」という問題を抱えている人はいると思います。しかしヤマシタではそのような問題はありません。
私たちは、ハンズオンで事業を牽引しながら現場のメンバーと多くの喜びを分かち合えるフィールドだと信じています。もちろんタフな環境であることは間違いありません。しかし、自分のスキルや能力を組織に貢献したいという強い意志を持つ人に対して、私たちは全力でサポートします。
業界の変革に向けてどんどん前へ進めてほしい──。
それこそが、私たちヤマシタにとっての願いに他なりません。
伸びゆく福祉・介護業界について知る
2/10にヤマシタとオイシックスの対談セッション実施
こちらの記事は2024年01月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山田 優子
写真
藤田 慎一郎
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
おすすめの関連記事
PKSHA上野山・STORES佐藤が今25歳に戻ったら「キャリア開発よりも“好き”を追求する」の真意とは──AI全盛期を俯瞰する起業家の想い
- 株式会社PKSHA Technology 代表取締役
投資家の目に魅力的に映るスタートアップの条件とは?──VC出身のCFOが語るX Mileの面白さ
- X Mile株式会社 CFO
この成長曲線は、5年後の理想につながるか?──新プロダクト・組織再編・M&Aまで、SaaS戦略をSmartHR倉橋・マネーフォワード山田が語り合う
- 株式会社マネーフォワード グループ執行役員 マネーフォワードビジネスカンパニーCSO
エンプラ攻略したくば、9割の「見えない現場の動き」を許容すべし──Asobica×ナレッジワーク対談に見る、スタートアップがエンタープライズセールス立ち上げ時に陥りやすい8つの罠
- 株式会社Asobica VP of Enterprise Sales
【トレンド研究】デリバリー市場の裏に潜む革命──クイックコマースと最新技術が変える「生活の新常識」
- 株式会社出前館 代表取締役社長
真のユーザーファーストが、日本にはまだなかったのでは?──「BtoBプロダクトの限界」に向き合い悩んだHERP庄田氏の、“人生の時間”を解き放つコンパウンドHR戦略
- 株式会社HERP 代表取締役