連載株式会社in3
【事例】味の素グループが経営戦略の自分ごと化促進に活用する、組織開発の手法とは
Sponsored前回の記事では、株式会社in3の代表・平井朋宏氏が、大企業における組織開発の必要性を説いた。
同社は組織開発のアプローチの1つとして、企業の戦略や理念などを社員が自分ごと化するために、ダイアログデザイン™という手法を用いたツールの開発を行っている。
実際、そのツールを導入すると、いかにして社員の行動が変わっていくのだろうか。
味の素グループの事例を通じて紹介する。
- TEXT BY YASUHIRO HATABE
- PHOTO BY DAISUKE OKAMURA
グローバル食品企業トップ10クラス入りを目指して
「実物を見てもらったほうが早いと思って用意しました」と、味の素・人財開発グループの大垣健氏は会議室のテーブルに大きなマットを広げた。
柴草私たちは、このマットを使って行うワークショップを『ASVワークショップ』と呼んでいます。
「ASV」とは「Ajinomoto Group Shared Value」の略語であり、“創業以来一貫した、事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組み”のこと。
味の素グループでは、「うま味を通じて日本人の栄養状態を改善したい」という、“事業を通じた社会課題の解決”の考え方を、グローバル化や事業展開などあらゆる場面で一貫して、創業以来100年以上受け継いできた。
そして現在、同グループでは、さらなる高みを目指して「2020年までにグローバル食品企業トップ10クラス入りを実現する」という目標を掲げている。
しかし、その目標を達成するためには、グループ全体が一体となり、これまで以上のスピードで、“事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組み”を加速させることが不可欠であった。
こうした理由から、「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)」が定められ、その社内浸透を推進するタスクフォースのリーダー柴草氏は、大垣氏ら5名のメンバーと共に、同グループ3万3000人に対して、ASVの理解と実践の促進を図っている。
「ASVセッション」での課題
当初、大垣氏らは、ASVの理解促進のために「ASVセッション」という独自のワークショップを国内外グループ全体で始めたという。しかし、参加者の満足度は高かったものの、概念を知ること・学ぶことが主眼になり、行動にまで落とし込めないのが課題になった。
大垣ASVは『概念』ではなく『取り組み』です。ですから、社員一人ひとりが自分の仕事を通じてASVを実践している状態が理想でした。
ASVを全社員に浸透させたその先に、「実践」が生まれなければならないが、現実はそこが乖離していたのだ。
大垣実践につなげるためにはどうしたらいいのかを模索するために、ある会社に話を聞きに行きました。
その会社も企業理念をグローバル全体で浸透させる取り組みを行っていたのですが、in3と開発したツールを導入することで、効果を上げていると聞きました。
『これは良さそうだ』と、in3にコンタクトを取り、出来上がったのが最初にお見せしたマットです。
このマット(ラーニングマット™)は、参加者のインタラクティブな対話と、チームの相互理解を引き出しやすい特殊な構造になっているという。
自社の戦略や理念などの要素を「言葉として知っている」状態から、参加者自らが、自分にとっての意味を再発見し、それを周りのメンバーと共有・共感する。このプロセスを通じて、腹落ち感と当事者意識を醸成し、「自発的な行動を促進できる」のだ。
創業以来、脈々と受け継がれてきた志・価値観を探求する
味の素グループが開発したマットは、大きく「過去」「現在」「未来」の3つのパートで構成されている。最初は「過去」のパートで、グループの創業以来の歴史を学ぶ。
大垣創業者の志から始まる約100年の歴史が時系列でまとめられており、これまでにどのような挑戦や苦難があったのか、
その背景にどのような社会課題や経営的な意図があり、社会に貢献してきたのかが分かるようになっています。
その過去の挑戦や苦難が、巡り巡って自分の今の仕事につながっていることを、ディスカッションを通して発見していくのです。
ここでは、仕事に対する考え方や志、価値観の背景にある、これまでの成長を牽引してきた先駆者たちの思いにも触れるという。
参加者たちは、対話を通じてそれらの言葉の意味を探求することにより、企業アイデンティティに対する共感を深め、自社へのエンゲージメントやロイヤルティを引き出す仕掛けとなっている。
グローバル全体での「今」の取り組みを知り事業を通じた社会課題の解決を実感
次に、「現在」のパートでは、社会課題を解決してきた味の素グループは今、グローバルで取り組んでいるASVにより、どのような社会課題を解決しているかを確認していく。
柴草ASVアワードという、ASVを体現した施策やプロジェクトを表彰する取り組みをグループ全社で行っているのですが、そこで入賞した取り組みが1枚ずつカードになっており、参加者は自分にとって共感度の高い事例を選んでマットの中心に並べます。
たとえば、入賞した事例に「ベトナムにおける栄養改善への取り組み」があります。
ベトナムでは、国民の栄養に対する知識や問題意識が十分でないことから、農村部では栄養不良、都市部では栄養過多という社会課題があるんですね。
これを解決するために政府や教育機関と協力し、栄養士養成制度の創設や学校給食の品質向上等を実現させ、ベトナムにおける栄養課題の改善に大きく貢献しました。
われわれグループが事業を通じて解決すべき社会課題は、「健康なこころとからだ」「食資源」「地球持続性」の3つがありますが、これらの事例は、どんな社会課題を解決しているのか、『創出した社会価値』は何かをディスカッションしていくのです。
参加者は、カードに書かれたプロジェクトと創出されたと思う社会価値を線で結び、その理由を対話・議論し合うことで、実際にどのような取り組みが行われているのか、それがどのような社会価値や経済価値を生み出しているのかを実感し、ASVの理解をさらに深めていく。
各事例について概要は知っていたものの、日頃、自分ごととして深く考える機会はないため、このワークショップを通じて、参加者間で新鮮な気づき・発見が生まれるという。
自社の将来の「ありたい姿」を一人ひとりの行動に落とし込む
最後に「未来」のパートでは、自分たちの「ありたい姿」が実現できた時、社会、顧客、株主、従業員といったステークホルダーからどのように思われるかをディスカッションする。
自分たちの「ありたい姿」とは何かを書き込み、それを実現するために自分たちはどのような組織をつくればいいのかを話すのだ。
ここで重要なのは、ASVは自分たちの自己満足ではなく、社会から必要とされ、認められて初めて、その真の実現と言えること。参加者にも、内部の視点(自分たちがどうしたいか)から、外部の視点(社会や顧客がどう求めるか)を意識してもらうことが、ASV実践化に向けたキーになる。
そして、セッションの最後には、参加者一人ひとりが、今日から具体的にどんなアクションを起こすのかを書き込んでいく。
大垣ここはとてもこだわったところで、『私はこういう行動を増やします/減らします』という書き方をしてもらいます。
主語は、会社でもチームでもなく「私」であることがポイント。しかも、大きな目標ではなく、小さくてもいいので実行できることを書いてもらう。
そうすることで、一人ひとりがASVを自分ごと化し、明日からでもスタートできる取り組みになるのです。
in3に相談した当初は、いかにASVを実践につなげるかに考えが偏っていたという。そこでin3は、ASVを「実践」「行動」につなげる前提として、組織が提供すべき事業価値や事業活動の本質的な目的を明確にして、一人一人が理解することの必要性を説いた。
大垣未来のことを考える前に、拠り所となる企業アイデンティティ、創業時からわれわれ組織に刻まれてきた精神を理解し、腹落ちした上でないと、当事者意識は生まれない。
ASVワークショップは、その辺りのコンセプト固めにかなり時間を割きました。
グループの一体感と多様性の尊重を同時に育む
in3と開発した新しいスタイルのASVワークショップは、新卒入社者・キャリア採用者、昇格者などの研修で実施するなどスタートさせたばかりだが、これから、本格的に海外も含め味の素グループ、グローバル全体の従業員へ広げていく予定だという。
柴草3年前にM&Aでグループ入りしたアメリカの会社で実施したのですが、確かな手応えがありました。
ASVワークショップは1回約3時間。この短時間で、M&A先の企業の従業員にとっても、パートナーとなる味の素グループの「過去」「現在」「未来」を理解し、行動の指針まで導き出せる。
「自分もグループの一員なのだ」という意識を芽生えさせ、会社へのエンゲージメントやロイヤルティを高める効果を発揮しているという。
柴草対話主体で進めるので、一つの物事に対して自分と他人が思っていることは違うという気づきがあったという声もありました。
一緒に働く仲間との視点の違いや、共感ポイントが見えてくるので、そういう意味でも良いツールだなと思っています。
in3のツールを導入するまでは、参加者が受け身になりがちで、なかなか自分ごと化しきれないことが課題だった。
しかし、in3のツールを導入により、一人ひとりの主体的なディスカッションを引き出すことができ、小さくても少しずつ行動につながっているという。
今はまだ、この新しいASVワークショップは始まったばかりだ。会社がトップダウンで行う強制的な取り組みという位置付けではなく、現場主導で誰もがファシリテーターになって取り組めるものにすることで、グループ全体に浸透させていきたいと、両氏は語ってくれた。
こちらの記事は2018年07月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
畑邊 康浩
写真
岡村 大輔
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