“次代のSalesforce”、CSツールより誕生!?──Asobica代表・今田氏に訊く、ユニコーン続出の“カスタマーサクセス×SaaS”の未来
SponsoredSaaSの盛り上がりは言わずもがな、現在、“〇〇×SaaS”で急成長するスタートアップは続々と生まれている。そんな中、昨今FastGrowが注目している領域の一つに、“カスタマーサクセス×SaaS”がある。
カスタマーサクセスとは、ブランド・プロダクトの“より良い”をユーザー達と共創し、その実現を目指す動きだ。そんなカスタマーサクセスが打ち出す具体的な提供価値、その提供手段については、まだまだ明確な答えが出ていないと感じる者も多いはず。一方で、「自社の事業においてカスタマーサクセスを重要視していきたい」といった読者に向け、今回その道のプロフェッショナルを紹介しようと思う。その名は、“Asobica”。
同社は、“遊びのような熱狂で、世界を彩る”をミッションに掲げ、“カスタマーサクセス×SaaS”の領域でユニコーンを狙うスタートアップだ。このAsobica、過去にもFastGrowで独占取材をした経緯もある。
直近2022年7月には27.2億円の資金調達も実施しており、この“カスタマーサクセス×SaaS”という領域において、今最も熱いスタートアップであると言えるだろう。本記事ではそんなAsobica代表取締役の今田氏に、当領域の業界構造や市況感についてグローバル規模で語っていただき、その情勢下における同社のポジションや優位性について話を伺った。
世界ではユニコーンも複数誕生している“カスタマーサクセス×SaaS”のポテンシャルを見逃すな。
- TEXT BY YUKO YAMADA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
大手小売や飲食業界においても重要課題と認定される “カスタマーサクセス”
TwitterやInstagram、TiktokをはじめとしたSNSの台頭により、誰もがコンテンツを気軽に投稿したり、情報を拡散できるようになった。Instagramでバズを生んだ商品が大ヒットし、食べログの口コミが集客につながる。企業経営の物差しは“販売数”だけでなく“顧客満足度”へと変化しつつあるのだ。
この変化は、ビジネスモデルの潮流にも現れている。昨今、サブスクリプション型のビジネスモデルが世に浸透したことで、企業は自社サービスに対するエンドユーザーの利用継続率向上にリソースをさくようになった。すなわち、本記事のテーマである“カスタマーサクセス”に取り組む企業が著しく増えているということだ。(この潮流に関して詳しく知りたい方は前回の記事を参照)
つまり、企業側の一方通行でサービスの情報発信を行うのではなく、エンドユーザーと双方向のコミュニケーションを図り、文字通り“共に”サービスを作り上げていくことが昨今の企業経営において重要視されているのである。
そんなカスタマーサクセスの領域でSaaS事業を展開するAsobica。同社のプロダクト『coorum(コーラム)』は “ファンのブランドへの熱狂を加速させる”ことをテーマに、顧客ロイヤリティの向上を実現する“カスタマーサクセスプラットフォーム”だ。
この『coorum』は、企業のプロダクト・サービスを利用するエンドユーザーの行動データを収集・統合し、その分析までをワンストップで支援できる機能を持つ。この分析をもとに生み出される“データドリブンな施策・戦略”により、企業側はエンドユーザーの顧客満足度を高めながら、ロイヤリティの向上・LTVの最大化を実現していくことができるのである。
本プロダクトの導入先は、今やSansanやマネーフォワードといったSaaS業界を牽引するリーディングカンパニーにとどまらず、グリコやカインズ、EPOSやリクルートといった多種多様な大手企業にも及んでいる。一体、どのようにAsobicaはこの『coorum』を広げていったのだろうか。
今田プロダクトの立ち上げ当初はBtoB SaaS企業向けに特化してサービスをスタートしました。理由としては、Asobicaとして“カスタマーサクセス向けのSaaS”と謳っている以上、そのカスタマーサクセスが事業の中核を担っているSaaS企業にこそ、まず『coorum』の価値を認めてもらう必要があったからです。
なかでも “SaaS業界を代表するリーディングカンパニー”に直接フィードバックをもらいながらプロダクトを磨いていくことで、最短最速の事業成長を描けると感じていたんです。
結果、そこで十分な知見や成功事例が得られたため、今はマーケットを拡張する段階へと入りました。現在は主にBtoC エンタープライズ企業に向け、小売や飲食、金融業界などにも展開を進めています。
SaaSの台頭に付随して、あらゆる業界でカスタマーサクセスの重要性が高まっている。「そんなこと、とうの昔に知っている」と読者は思うかもしれないが、実態は想像の遥か先をゆく。それは『coorum』のサービスサイトに掲載されている導入事例をみれば一目瞭然。そこではSaaSに代表される“サブスクリプション・ビジネス”を主とした企業に限らず、小売、店舗、飲食チェーン、メーカーなどの企業までもが、カスタマーサクセスを“事業成長における重要課題”だと認識しているのだ。
世界ではユニコーン続出。
国内ではまだプレイヤー数社のCS×SaaS領域
カスタマーサクセスを重要視し、そこへの積極投資を図るといった企業経営の潮流はなにも日本に限った話ではない。当然、この流れは既に世界でも起きている。
読者にとっては釈迦に説法かと思うが、“時流を知る”ということは“グローバル単位で何が起きているかに目を向ける”ということ。そこで世界のカスタマーサクセス×SaaSトレンドを長年に渡って俯瞰してきた今田氏に、業界の力学を問うてみた。
今田単刀直入にいうと、このカスタマーサクセス×SaaSの領域は、“グローバル単位でみると”既にレッドオーシャン化しています。プレイヤーによって、顧客ロイヤルティを測る指標であるNPS(ネットプロモータースコア)*をプロダクトの起点にするのか、もしくはエンドユーザーの行動データドリブンなのかなど、価値提供へのアプローチ方法は様々です。
なかには時価総額1兆円プレイヤーもいますし、Asobicaのようにコミュニティを起点にカスタマーサクセス・プラットホームを展開する企業だけで見ても、世界では既にユニコーンクラスの企業が生まれているんです。
一方で、国内におけるカスタマーサクセス×SaaSの市場はまだまだこれから。我々Asobica含め、類似サービスで言えば規模の大小あわせて僅か数社程です。グローバルでは5〜7年前がちょうど今の日本と同じ市況感だったので、日本でもレッドオーシャン化するのは時間の問題と言えるでしょう。
海外の主要プレイヤー紹介
Qualtrics(アメリカ)
概要 |
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・2021年にナスダック上場。時価総額は1兆円を超える |
・米国フォーチュン誌が発表する『Fortune 100』(グローバル企業の総収入ランキングトップ100)の85%以が導入 |
Gainsight(アメリカ)
概要 |
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・米国カスタマーサクセスベンダー最大手 |
・同社CEO ニック・メーター氏は、あの“カスタマーサクセスの青本”とも呼ばれる「カスタマーサクセス──サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則」の著者 |
・2022年にはコミュニティプラットフォームのinSided社を買収 |
Khoros(アメリカ)
概要 |
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・米国マーケターから絶大の信頼を得るレビューサイト『TrustRadius』において2022年度10のカテゴリーでにおいてトップアワードを受賞 |
・20を超える特許技術を取得するCXプラットフォームを開発 |
・1日あたり5億件を超えるデジタル取引を扱い、世界各国で2000を超えるブランドと提携 |
ベンチャー界隈で飛び交う「米国SaaSは日本に比べ、桁が “2つ” 違う」といった言葉に代表されるよう、日本においてSaaS市場はまだまだ未成熟。とはいえ、国内SaaS市場はCAGR(年平均成長率)約13%という高水準を維持していることからも、SaaSの“核”とも言えるカスタマーサクセス領域のプロダクトが今後伸びていくことは間違いないだろう。
プロダクトが解くべき問いは世界共通、グローバル規模でみればライバル続出のレッドオーシャンがこのCS×SaaS領域だ。一方で、日本においてはまだまだ未成熟。しかも、その解、つまり価値提供のアプローチ方法は複数存在し得るというのだから、伸び代でしかない。最前線でしのぎを削るプレイヤーですら、まだ正解を模索している状況なのだ。このような余白だらけのマーケットで、前人未到の“勝ち筋”を作る戦いに挑む、それがAsobicaなのである。
「世の中が変わるど真ん中に立って、マーケットリーダーになれるチャレンジが面白いんです」。穏やかで理路整然たる口調とは裏腹に、今田氏が発する言葉は常に熱を纏う。いわば“青い炎”と形容するのが相応しいだろうか。また、後の章で詳しく紹介するが、取材中に一貫して感じ取れたのは同氏の“No.1にこだわり続ける姿勢”だ。「この人となりゆえ、今のAsobicaがある」と言っても過言ではない。では、彼を彼たらしめる要素は一体どのようにして形成されてきたのだろうか。その物語の始まりは、Asobica創業前に遡る──。
Asobicaの核、“熱狂”や“チームで大事を成す姿勢”は、大学時代のダンス部から生まれた
「なんでもいいから、1番になれ」──。
幼少期に父親から何度も告げられたその言葉は、「一番でなければ歯痒い」という今田氏の価値観を築き上げた。ソフトボール、柔道…次々と舞台を変え、それぞれのフィールドで一番を目指してのめり込んだという。その中で経営者として必要なマインドとも言える、“自分の得意なこと”かつ“ライバルがいない”場所で戦うマインドを培った。
中学ではソフトテニスで地元福井大会で優勝を果たすが、“全国大会の壁”を知り挫折。「もっと全国で勝負ができるものを見つけたい」──。そこで大学時代に出会ったのが、当時まだ競技人口の少ないブレイクダンス。ここでの体験によって、今田氏の価値観は根底から覆されるのだ。
入部したダンス部は、4年生の引退に伴い、部員は今田氏ただ1人。「どうせなら学内で一番規模が大きい部活を作ろう」と部員集めに奔走するものの、4ヶ月経っても状況は全く変わらない。部活としての体を成さない状況に、大学側から廃部を迫られた。
“人を巻き込むことの難しさ”に挫折しかけたが、今田氏のなかで諦めるという選択肢は存在しなかった。何度も何度も趣向を変えて部員を募集。そのひたむきな姿勢が徐々に共感を呼んだのか、部は1人、2人と数を増し、最終的には70人のメンバーが所属する大学一の大所帯となる。
「たかが学生時代の部活だろう」と侮るなかれ。直近で27.2億円の資金調達を達成し、2019年にForbes Under30 Asiaにも選ばれた今田氏の原点は、「間違いなくここにある」と強く頷く。
今田自分ひとりの力で1番になることだけが当時のモチベーションでしたが、ダンス部の経験を通じて、「1人でやれることってなんてちっぽけなんだろう」と痛感したんです。仲間を巻き込んでいくうちに『「このチームに入ってよかった」と思ってもらいたい』、そうした想いが自分のモチベーションの源泉へと変わっていきました。そして最終的には、“チームを作って大きなことを成し遂げ、世の中にインパクトをもたらす”、これこそが自分が最もワクワク、そして熱狂できることなんだと気づいたんです。
「残りの人生すべてを懸けてこの熱狂にコミットしたい」と、心からそう思えましたね。
このダンス部時代に「いつかは自分でチームを作って事業を立ち上げたい」とすでに起業を決意していた今田氏。そのための下積みとして「3年間だけ会社に入ろう」と、新卒ではファインドスターグループに入社。“世界で一番起業家を輩出する”というビジョンに惹かれたと語る。
今田氏は「すぐにでも新規事業を手がけたい」と息巻くものの、最初に配属されたのはセールス。決して彼自身が望んでいた通りのキャリアスタートではなかった。そんな同氏は、一体どのようにして事業家としてのキャリアを掴んだのだろうか。「今思うと、本当に面倒くさい社員だったと思います(笑)。」と謙遜も交えながら今田氏は答える。
今田入社直後、すぐに社長に「新規事業を作りたい」と直談判したんです。当然のごとく「まず結果を出さないと無理だよ」と言われたので、自分が配属された営業で過去のセールス記録を塗り替え、圧倒的な実績を作ろうと考えました。今思えば本当に単純な、若さゆえの決断ですね(笑)。
当時はビジネスパーソンとしてなんのスキル・経験もなかったので、とにかく行動量で勝負。「社内の先輩や同期が毎月30件商談へ行くなら、自分は60件行こう」と、成果に対する熱量と覚悟だけは誰よりもあったと思います。
今田氏の新規事業への強い想いは瞬く間に結果に現れる。入社からわずか数ヶ月で歴代のセールス記録を更新。歴代最短での昇格も達成し、その後新卒10ヶ月目にして、念願の新規事業を任されるようになったのだ。
ややもすると、FastGrow読者であればこの手のストーリーはよく見聞きするかもしれない。だが、新規事業に熱狂する今田氏はここでピリオドは打たなかった。本業での圧倒的な成果と同時に、副業でもビジネスセミナーを主催。若手ベンチャー界隈の大物たちを巻き込むなど、活躍の幅を社外にも広げていったのだ。
今田副業でビジネスセミナーというジャンルを選んだ理由は、学生時代のセミナーや授業がとても退屈だったからです。もしもドラマや映画のように、セミナーにもエンターテイメント要素が加われば、退屈な時間が楽しい時間に変わるんじゃないかという仮説がありまして。
そこからドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』をバイブルに、演出や音響、照明などに予算をすべて投下。300人規模が集まるロックフェスのようなビジネスセミナーを開催することができたんです。
なんと、このセミナーにはラスクル代表取締役社長CEO 松本恭攝氏、クラウドワークス代表取締役社長兼CEO 吉田浩一郎氏、SHOWROOM代表取締役社長 前田裕二氏、落合陽一氏など、日本を代表するような錚々たる事業家がゲストとして参加していたという。しかも、今田氏はこれら事業家陣と面識は一切なく、全て“FacebookのDMで”声かけを行ったというから驚きだ。
「全く名前を知られていない人間でも、熱量さえあれば人を動かすことができるんです」と謙遜混じりに語る今田氏。こうしたイベントの企画・実施は、全て本業の新規事業開発の傍らで開催したもの。ひたすら熱量高く、全力で駆け抜いていった3年間。今田氏は着実に活躍の舞台を広げ、実績を積み上げていった。そこから果たして、どのようなきっかけでAsobicaの創業に至ったのだろうか。
今田氏の言葉のままに表現すると、「3年で辞めると決めてコミットしていたから」とのことだが──。
行きつけの焼き鳥屋が、今のAsobicaのプロダクトに活きている
「入社当初から『3年経ったら辞める』と周囲に公言していたので、自ずと辞めざるを得ない状況になっていました(笑)」と、今田氏は軽く笑みを浮かべながら当時を振り返る。時折見せるこうした破天荒な一面も、関わる人々を魅了する要素の1つ。
当初の計画通りファインドスターグループを3年で退職した今田氏は、起業に向けてまずはミッション作りから始めた。参考にしたのは、新卒時代に社長から勧められた書籍『ビジョナリーカンパニー』の“ハリネズミの概念”(『ビジョナリーカンパニー2』)だ。
このハリネズミの概念とは、(1) 情熱をもって取り組めるか、(2) 世の中に価値(経済的原動力)があるか、(3) 世界一になれるか、この3つの円が重なる領域に集中することを解いた、経営における戦略論である。今田氏は、この理論を用いて事業を作ろうと考える。
今田「残り50〜60年の人生の時間を何に使いたいか?」と問われたら、迷わず「熱狂する時間」と答えます。一方で、世の中には思った以上に退屈な時間やつまらない体験が多い。そのギャップを埋めるチャレンジというのは自分にとって人生を賭けるに値するテーマなのではと思いました。これが(1) の自分が情熱を持って取り組めること。
(2) に関しては、まさに前述のビジネスセミナーから着想を得ました。一見退屈に見える時間を、仕組みやテクノロジーによって“熱狂する時間”に変えるチャレンジというのは、世の中にとって必要だという確信が持てたんです。
こうしてハリネズミの概念の上記2つはすぐに答えが見つかったが、最後のピースである“世界一になれるか”という問いに対しては最後まで悩んだという。
今田この20年間はITによる効率化が進み、利便性が向上した時代でした。Amazonではワンクリックでいつでも買い物ができる。しかし、こういった物質的な豊かさがある程度満たされると、次に人は“心の豊かさ”を求めるようになると思うんです。
例えばキャンプとか、最近で言うとサウナとかですね。好きなもの、自分がやりたいことに夢中になる。そういった、理論理屈・合理性といったものとは対局に位置する、感情や精神面の充足を後押しするような領域に参入している企業は、僕が起業した当時においてはほとんどいなかった。よって、この領域で勝負をすれば、世界一になれる可能性があるはずだと考えたんです。
そこから生まれたのが、“遊びのような熱狂で、世界を彩る”というミッションでした。
まず何よりミッションが重要で、事業形態はそれに紐づくものであるという強い信念のもと、会社を経営してきた今田氏。創業当時の事業は悔しくもクローズさせ、ピボットを決意。決して順風万端というわけにはいかなかった。事業の数字自体は決して悪くはなかったのだが、彼が描くビジョンの大きさに対し、当時の事業は器としてギャップがあったのである。
Asobicaとして最初にリリースしたサービスとは、独自トークンを活用しコミュニティの熱量を高められる仕組み『fever(フィーバー)』だ。FastGrow読者ならご存知の方も多いのではないだろうか。今でいうNFT・web3領域のこのサービスには、シニフィアン共同代表 朝倉祐介氏、KSK Angel Fund代表 本田圭佑氏など名だたる個人投資家からの熱視線が集まり、一躍スタートアップ界隈での注目を得た。
β版開始からわずか半年余りで250社以上の導入実績、コアなファンも多数存在し、トラクションとしては申し分ないと言えよう。それでもピボットに至った理由、「ビジョンに対して事業の器にギャップを感じた」とは、一体どういうことなのだろうか。
今田確かに事業として成長していける手応えは感じていました。しかし、どうせ人生を賭けるなら世の中に大きなインパクトを出せるチャレンジがしたいと思いまして。数値化すると、少なくともARR100億円は最低ラインとして達成しなければいけないと思っていた。ただ、そこまでいける確信がどうしても自分の中で持てなかったんです。
そんな『fever』の課題は2つありました。1つめがビジネスモデルの観点。このサービスはフロー型のビジネスモデルで、いわゆるゲームビジネスに近しい側面があった。具体的には、クラウドファンディング型の収益構造で、コミュニティが発行するトークンの売買が増えれば増えるほど、その手数料で収益が上がる仕組みでした。前職時代にSaaS事業に取り組んでいた自分にとって、ボラティリティが激しいこのモデルでARR100億円の売上を目指せるロードマップを描けなかったというのが理由です。
2つめは、時間軸の問題です。当時ブロックチェーンに強い可能性を感じており、その技術を『fever』にも活用していました。しかし、2018年前後のブロックチェーンはハイプ・サイクル(特定の技術の成熟度、採用度、社会への適用度を示す図)でいうところの黎明期。尚且つ法規制自体も追いついておらず、当時は何度も金融庁に足を運びましたが、国内でサービスを運営するには障壁が多すぎた。タイミング的には1歩、2歩先を行き過ぎていたという反省があります。そこから、世の中を変えるためには“半歩先”の世界を変えていく、そのバランス感が大事だと気づきましたね。
そうした変遷を経て誕生したのが、カスタマーサクセス向けSaaS『coorum』だ。このプロダクトには、どのような想いが込められているのだろうか。
今田取り組みたいと思ったテーマ、すなわち、コミュニティを軸とした”顧客中心”というスタイルは『fever』から変わっていません。ただ、次は対象を法人向けにしました。『coorum』は企業とエンドユーザーの接点を構築し、双方向のコミュニケーションを通じて、エンドユーザーにとって居心地の良い体験を作り出すという思想が起点です。
このプロダクトを生み出す上でインスピレーションを受けたのは、僕が新卒時代から足しげく通う焼き鳥屋なんです。なぜここへ訪れると心が満たされるのか、それは、僕自身が店主の想いや人柄の良さを知っているからなんですね。勿論、店舗スタッフの接客の質もずば抜けて高い。そしてその裏側には”新規を増やさずリピート客に徹底的に寄り添う経営方針”があることを知った時に、「これこそが自然とお店に通いたくなる所以だな」と理解できたんです。
一方、近年ではCRMの発達によって顧客との関わりもデジタルに置き換えられてきています。これにより、企業側がエンドユーザーの顔をありありと思い浮かべることが難しくなっている。つまり、焼き鳥屋の店主のように一人一人の顔を知り、性格を理解しながら、想いのこもった接客をする事自体がとても難しくなってしまっているんです。
そんな自身の体験と、昨今の企業〜顧客間の関わり方を見ながら、「焼き鳥屋の店主のような接客をデジタル上でも再現できる仕組みを作りたい」と思うようになりました。こうした背景から、企業と顧客の距離を近づけ、手に取るように顧客の理解が深まり、そして顧客と向き合えるサービスを構想するに至っていきました。
「“熱狂”する時間や空間を作りたい」というAsobicaの想いは決して美辞麗句ではない。同社が目指す世界観は、『coorum』というプロダクトの設計思想に色濃く表れているのだ。
ミッションドリブンな経営者──。ここまで読み進めた読者は今田氏に対してこのような感想を抱くのではないだろうか。と同時に、同氏の経営者としてのブレない芯の強さや冷静な決断力こそがAsobicaの強みを築く、とまで想像するかもしれない。
一方、穿った見方をすれば「スタートアップ経営者にありがちなワンマン社長では?」との声まで聞こえてきそうなところ。しかし、驚くことなかれ。Asobicaが生み出す熱狂の源泉は、“ボトムアップ・ドリブンな組織”なのだ。
上座は避ける。
今田氏の徹底した組織哲学は、メンバーとの食事シーンにも現れる
「ボトムアップ型の組織を体現しています」。とはいえ、“言うは易く行うは難し”。実際のところはどうなのだろう。ここでFastGrowはいやしくも「裏を取ろう」との思惑で、取材に同席していたインターン生の加藤氏にも急遽質問を投げかけてみた。すると、見栄えの良い言葉など考える隙もないほど、即座にこう答えてくれた。
加藤今田さんは、いい意味で社長感がなく、インターン生である私に対しても「これに関してはどう思う?」「加藤さんはどうしたい?」とすごく対等に意見を求めてくれます。
また、入社当初は「今田さんは社内で一番偉い人。気が合わなかったらどうしよう…」と緊張していたんですが、いざ中に入って活動してみると社内の皆からいじられる役回りで、衝撃でした(笑)。ただ、そのおかげでインターン生の立場でも組織の代表と安心してラフに話ができるようになったんです。
“いじられる役回り”という意外過ぎる一面にFastGrow取材陣は驚きつつも、その事実には今田氏なりのこだわりがあるようだ。
今田ベースとしてはトップダウンよりもボトムアップな組織を意識しているんです。社長の顔色を伺っていたらメンバーは主体的に動けないし、意思決定が遅れてしまいますからね。
社長は何もしなくても勝手に偉く見えてしまうものなので、意図的に組織の中で“偉く見えないようにいかにフラットな状態にできるか”を考えています。例えばですが、みんなと居酒屋にいっても自分は上座には座らないなど、そういった細かいレベルでメンバーからの見え方を気にしています。
繰り返しにはなりますが、僕1人ではできることに限界がある。そしてその根底には「チームでことを成したい」という大学時代からの譲れない想いがあるんです。
また、事業における様々な意思決定の場面でも、メンバーへ任せる、メンバーと共創するといった姿勢を常日頃から貫いていること。
今田Asobicaのメンバーに対しては、日々の意思決定において「こうすべき」よりも、「こうしたい」という個人の意志を確認するようにしています。やるべきことだとわかっていても、人間はそう簡単には動けません。
例えば健康が大事だとわかっていても、規則正しい生活はできないし、筋トレで鍛えたいと思っていても続かないのと一緒です。つまり、あらゆる意思決定において“何を選んだか”という選択以上に、“熱中してやれるか”といった側面の方が実行可能性に影響を与えると考えています。
何かに迷った時は、自分の情熱が傾く方を実行してほしい。また、個人の成長という観点でも、どれだけ意思決定の打席に立つ機会を提供できるか、そしてそこで選んだ選択を正解にしていく試行錯誤の機会をどれだけ提供できるかが代表としての重要な観点だと思っています。そうした機会を提供するための環境作り・仕組み作りが、今の僕にとって最大の役目ですね。
メンバー一人ひとりがオーナーシップを持って働くAsobica。その根底にあるのは、メンバーから今田氏に対するリスペクトとビジョンへの強い共感なのだろう。社長という権威を振りかざさなくても信頼関係が構築できているその背景に、今田氏の経営者としての器が垣間見えた。
ここまでで、Asobicaという組織やプロダクトの裏に流れるDNA、いわば“Asobicaイズム”を掴むことができたと思う。“熱狂”という名の下に社内外を問わずファンをつくっていく様は、チームで大きなことを成すという今田氏の公言通りだ。
さて、そんな今田氏率いるAsobicaがのぼる今後のステージはどこだろう。最終章では、『coorum』を武器に同社が目指す展望について、見解をうかがった。
Salesforceのカスタマーサクセス版、それがAsobicaの目指す未来の姿
今後SaaS業界が更なる成長を遂げ、各社がLTV向上やチャーン抑制を目指すに伴い、拡大していくことが予想されるカスタマーサクセス領域。大きなポテンシャルを持つマーケットのリーディングカンパニーであるAsobicaは、今後どのような展望を描いているのだろうか。
ふと「ベンチマークしている企業はどこか?」と問うと、すぐさま「Salesforce」だという今田氏。一瞬、虚をつかれたかと間が生じる取材現場。その回答の意は一体どういうことなのだろう。探究心から話を掘り下げていくと、同社のビジョンを形作る“コア”に辿り着くことができた。
今田「どことも比べられない唯一無二の存在でありたい」という前提はありますが、やはりSalesforceの姿勢はとてもリスペクトしています。同社が提供しているのは機能ではなくビジョンです。機能はあくまでツール。それらを用いながら「こういうことを実現しよう」とビジョンを提供することで急成長してきた企業なのだと、僕は捉えています。
この企業は、CRMやセールスといったプロダクトのカテゴリー観点でみた時のみならず、SaaSという観点においても第一想起を獲得する企業です。しかも、グローバル基準で。
そういったスタンスやポジショニングは僕たちの目指す姿に非常に近い。ビジョンを売りながら、カスタマーサクセス×SaaSの領域で第一想起を取る企業。つまり「CS版のSalesforceとなること」が今のAsobicaの展望です。
これまで同社はカスタマーサクセス×SaaSという前人未到の領域で、ステルス的に顧客ロイヤリティにおけるデータの収集・統合を行ってきた。今回、2022年の7月に27.2億円という大型資金調達を実施したにも関わらず、これまでAsobicaの名を耳にする機会が少なかったのはそのためだ。しかし、水面下での活動もここまで。その様はまさしく風林火山のごとく、これよりは“火”、つまり攻めに転じるという。
そんな事業家冥利に尽きると言えるこの瞬間で、Asobicaは共に事業を牽引する同志を募っている。同社が求める人物像とは、具体的にどんな人材なのだろうか。
今田本気で事業作りに取り組みたい人、その一言に尽きます。そして「事業をスケールさせたい」「世の中に大きなインパクトを与えていきたい」と、そういった意気込みのある人と一緒に働きたいですね。
現在Asobicaで活躍しているメンバーには、リクルートのトップセールスを経て、博報堂で大手企業を相手に手腕を奮っていた者。そして、東大在学中にプロダクトを開発し、起業経験がある者など、様々なバックグラウンドをもった面々が揃っています。
Asobicaにジョインしてくれた理由としては、今回ご説明したAsobicaが掲げる世界観や、「ユニコーンを狙える事業のインパクトに魅力を感じて」、という要素が大きいです。
ユニコーンを狙える──。そんな領域は実際いまの日本のスタートアップを見渡してみると決して多いとは言い切れない。「ただ“事業作りができる環境”を求めるだけでは物足りない。どうせやるなら、ユニコーンを目指したい」。そんな野心溢れる者にはうってつけの環境だ。
今田最後にもう少し具体的に魅力をお伝えしますね。カスタマーサクセス領域で事業を推進する際の特徴として、“マーケットの奥行きが広い”といったことが挙げられます。
一つのターゲットセグメントごとにプロダクト・事業部が切り分けられていくような、例えば“飲食チェーン事業部”といった具合ですね。このように各セグメントに対してバーティカルにアプローチできるくらい、この領域には奥行きがあります。
またこちらは先にも述べましたが、これからあらゆるサービスが“企業中心”から“顧客中心”に変わっていくと予想されます。企業からの一方通行なコミュニケーションから、企業とエンドユーザー双方向のコミュニケーションへと進化していく市場。そんな時代の転換期におけるメインストリームでマーケットリーダーになれる。僕自身、この可能性にワクワク、そして熱狂しています。ぜひそこに魅力を見出している方々と一緒に、このマーケットでユニコーンを目指し、熱狂していきたいですね。
思い返せば、19世紀アメリカのカリフォルニアで始まったゴールドラッシュ。国内外問わず大勢の若者が金脈を求めてこの地に押し寄せた。そこで、誰が一番儲かったのか──。もちろん金山を掘り当て一躍巨万の富を得たものも多いが、より堅実に利益を積み上げたのはツルハシ売りだ。
まさに昨今のSaaSの盛り上がりも似た構造を持つのではなかろうか。SaaSが持つ可能性は無限大、さらにこの勢いが拡大していくのは自明の理。ただ、掘り当てるのが難しい。その中でSaaSにおける“ツルハシ”は、カスタマーサクセス領域なのだと本取材を通じて確信した。
『「組織の先頭に立って事業づくりの推進をしたい」といったようなフロンティア精神溢れる人が集まる会社にしたい』。何度もそう強調する今田氏は、本気でこの未開の荒野で独自のレールを切り拓く覚悟なのだろう。
これからまさにレッドオーシャン化が進む領域で、CS版Salesforceを実現できるか。今後のAsobicaの壮大な物語の続編を、FastGrowも注目していきたい。
【イベント実施】Salesforce Ventures、千葉道場ファンドと、調達の裏側を語る!
こちらの記事は2022年07月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山田 優子
写真
藤田 慎一郎
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