“ムーンショット”に“代理経験”!?──キャディ、ユーザベースが紐解く、非連続な事業成長を生み出す人材と組織のつくり方
社会課題を解決したい、世の中にインパクトのあるビジネスをしたい。そんな想いから経営者を志ざし、起業やスタートアップのCxOとして挑戦する人は多い。しかし、優秀な事業家人材となる道筋は、そのルートだけなのだろうか?他には存在しないのだろうか?
その疑問を解き明かすべく、2022年2月に開催されたFastGrow Conference 2022では二人の“事業家”を招き、『事業家人材を輩出する、スタートアップの共通項とは?』をテーマにセッションを開いた。
登壇したのは、製造業における特注品の“発注者”と“全国の加工会社”をテクノロジーでつなげ、多重下請けピラミッド構造から“強み”をベースにフラットに繋がる構造へと変革する、製造業の受発注プラットフォーム、『CADDi』を展開するキャディの代表取締役社長・加藤勇志郎氏。もう1人は、ソーシャル経済メディアの『NewsPicks』や経済情報プラットフォームの『SPEEDA』を提供するユーザベースの代表取締役Co-CEO・佐久間衡氏だ。
2社の事業成長を牽引する二人が考える、“経営人材になるために必要なスキル”とは何か。そうした人材を育む組織とは、一体どのようなところなのだろうか。
- TEXT BY HARUKA FUJIKAWA
9割の売上を失うリスクを取り、2~3倍の事業成長を狙う
まずマイクを握ったのは、キャディの加藤氏。同氏は前職のマッキンゼー・アンド・カンパニーで、中国やアメリカなどにグローバル展開する製造メーカーの事業支援を行った経験を持つ。この支援の過程で同氏が気付かされたのが、製造業が抱える“構造的暴力”の課題だった。
その課題を解消すべく、「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」ことをミッションに掲げ、2017年にキャディを創業した。このキャディ創業の経緯や加藤氏が事業にかける想いについては、ぜひ下記のインタビューもご一読いただきたい。
100年続く“構造的暴力”を変革。マッキンゼー出身者が立ち上げたキャディは、「マッチングシステム」で180兆円市場に挑む
そんな加藤氏に「事業家に必要なスキルとは何か?」と問うと、同氏は一人の事業家としての考えを語った。
加藤私の見解では二つあって、一つは、“自分自身のモチベーションをコントロールするスキル”です。
一見、新規事業のアイデアとしてチープに感じるものも、ストーリーや戦略が大ヒットして急成長する事業に発展することもある。だからこそ、常に自分自身のポテンシャルを狂ったように信じ続け、モチベーションを保ち、向上させ続けることが重要です。
加藤もう一つは、“非連続な事業成長を生み出すスキル”です。
2〜3倍の非連続的な事業成長を実現するためには、例えば現状の事業範囲にとどまらず、新しい業界や、海外への展開可能性を模索する必要があります。他にも、プロダクトの磨き込みを継続しながら、同じ事業領域で常に2〜3倍増の売上を獲得するなどといった努力が必要です。これらを実現するだけの力が、事業家には求められると考えています。
そう語る加藤氏が率いるキャディは、どのようにして非連続な事業成長を実現しているのだろうか。事業の成長戦略を練るうえで、同社のなかでキーワードとされているのが“Focus(以下、フォーカス)”だという。
加藤フォーカスすべきだと判断したこと以外には脇目も振らず、とことん注力する。キャディでは特にここ2年、そうした意思決定を徹底してきました。
例えば約2年前に、5,000社にのぼるキャディのお客様のなかから、一時的に5%の250社だけにサービスを提供するといった決断をしました。もちろん残りの95%のお客様についてはお断りをすることになったのですが、その際はお断りしたお客様のことをないがしろにするのではなく、「将来事業が大きくなった際に必ずまたご一緒したい」とお伝えしました。そこから、約3カ月で事業は5倍成長を達成することができました。
もちろん一時的にはキャディにおける9割の売り上げを失う可能性がある、リスクの大きな決断でした。しかし、2〜3倍の事業成長という目標に対し、できることを“全て”やるのでは、結果、1.1倍の成長しか見込めないと思っています。大きなリスクを背負い、ヒリヒリした状況のなか意思決定をし、非連続な事業成長を生み出す。それができる人が事業家です。
さらに加藤氏は、非連続な事業成長を生み出すためには、「自ら大きな意思決定をする経験の積み重ねが不可欠である」と述べたうえで、そのための環境選びにおいては「事業規模の大小は関係ない」と続ける。
加藤重要なのは、事業や会社の規模ではなく、その会社に“非連続な事業成長を求められる環境”があるかどうかです。また、“売り上げを失う覚悟を持ち、ヒリヒリした状況下で意思決定をしている仲間”が周りにいるのかどうかだと思っています。キャディでは、私だけでなく事業責任を担うミドル層全員に対して、常に「いかにして2〜3倍の事業成長を達成するのか」を思考するよう求めています。
これは、大手企業や中小企業、またはベンチャー・スタートアップといった企業規模やフェーズの如何によらず、いずれの環境でも経験を積むことができます。重要なことは、“その会社がどれほど大きいビジョンを掲げているのか”であり、そのビジョンの規模感によって得られる挑戦機会も変わってくるでしょう。
いまだ言語化されぬ事業の“暗黙知”に気づき、習得せよ
続いてユーザベースの佐久間氏。これまで個人、法人、機関投資家に対し金融サービスを提供するグローバル金融機関・UBSで財務戦略アドバイザリー業務に従事した後、執行役員としてユーザベースに参画した。
同氏もまた、自社の新規事業立ち上げやその後の非連続な事業成長に寄与してきた経験から、“事業家に必要なスキル”についての見解を語る。
佐久間事業家にとって大事なスキルは2つあると思っています。一つは加藤さんもおっしゃっていた“モチベーション”。新規事業はうまくいかないことがほとんどなので、「自分は絶対にできる」「プロダクトで世界を変えることができる」と信じ続けることは必要ですよね。
佐久間もう一つは事業推進における“暗黙知”を身につけること。“形式知"は勉強すれば誰でも身につけられます。しかし、世の中にはまだまだ言葉にするのが難しく、暗黙知化している知識や技術が多い。様々な事業フェーズでどのように意思決定すれば良いのか。情報がないなかで、どのような行動をとり、どの情報を参照するのか。まだ世の中で言語化されていないものを、いかに習得できるかが肝になります。
これまで『SPEEDA』で約2,000社の企業に対してサービスを提供してきた佐久間氏。現在、新規事業開発に関心を持ち、積極的に取り組んでいる企業はベンチャー/スタートアップのみならず、大企業においても多く見られるという。
佐久間モノやサービスのソフトウェア化が加速し、競争環境が激化する世の中では、顧客に刺さるプロダクトも目まぐるしい速度で変わっていきます。それによって、テクノロジーを使ったサービスを提供する企業だけに限らず、世の中の殆どの企業において事業創造に対する思考の変化が求められています。
村田製作所の中島社長のインタビュー記事をNewsPicksで出したのですが、彼は「これからは新商品の販売比率を40%に増やします。そうやってどんどん新しいプロダクトをつくっていかないと、顧客のニーズに答えられない」とコメントしていました。
これは世界ではGoogleやAmazon、国内ではリクルートといったテックジャイアントにおいても同じ。新しいプロダクトを“つくらなくてはいけない”のではなく、“つくり続けるのが当たり前”の世の中になってきているんです。ゆえに、新規事業を起こし続ける会社こそが生き延びる時代になったのではないでしょうか。
“ムーンショット”に“代理経験”。
紐解かれる事業家育成ノウハウ
ここまで“事業家に必要なスキル”について主に議論してきた2人。そこから話題は“そのスキルを身につけるために必要な環境、組織づくり”に及んでいった。
加藤私たちは事業家人材を育成するために、まずは事業家マインドを醸成する“文化づくり”を大事にしています。例えばキャディのカルチャーブックにある「ムーンショットで飛躍する」という言葉。
ムーンショットとは、“月にいくことは決して飛行機の延長ではなく、あらかじめ月に行くことから逆算・計画しなかったら実現できなかった”ということ。成長し続けるには、一見不可能とさえ思えるような高い目標を掲げ、どうすればそれを達成できるか考え抜き、具体的な行動目標にまで落として実行することが必要です。
キャディでは、採用面談時から全メンバーに対して「ムーンショットで飛躍する」という言葉を伝え続けたり、OKRの運用方針にもこのスタンスを反映させている。このように、「“ムーンショット”を目指す姿勢こそがキャディのカルチャーなんだ」と言わんばかりの取り組みを、積極的に行っているのだ。
佐久間先ほど私が事業家に必要なスキルとして挙げた“モチベーション”と“暗黙知”。それら両方を身につけるためには、成功している起業家、事業家の隣にいることが一番なんじゃないかと思っています。
佐久間例えば、近所に東大に合格した人がいる高校生は「俺でも東大に合格できるんじゃない?」と思うことがあります。実際に、社会的認知理論では、自分と似ている誰かが先に成功していることを観察・体験すると、その人は「あの人ができたから私もできるはず」といった“自己効力感”、自分も出来るんじゃないかという自信を得られると言われている。
この東大受験の話と事業家の話は同じこと。つまり成功している起業家や事業家の隣にいると、事業を立ち上げたり、成長させたりする“代理経験”が積めるんです。ソフトバンクの孫さんの伝記を読んでモチベーションを得ることも代理経験の一種ですが、やはり本で読むくらいだと、その自己効力感は長続きしない。いかにリアルで濃い代理経験が積めるかどうかが大事ですね。
加藤氏が提唱する“ムーンショット”、佐久間氏が説く“代理経験”。それぞれ興味深いメッセージを発信してくれた。ぜひ今日から、読者においてもこの視点を踏まえて事業家へのキャリアを選択していってはいかがだろうか。
さて、そんな金言が飛び交うセッションもまもなくお開き。最後は両者から“事業家人材を輩出する組織”について意見をうかがい、幕を下ろすこととしよう。
佐久間やはり“モチベーションの持続”と“暗黙知の伝承”ですね。それらが人から人へ、組織から組織へ循環し続ける会社こそ、事業家人材を輩出できるのではないでしょうか。
私と一緒に新規事業をつくっている人が、今度はリーダーの立場となって、新規事業を立ち上げる。そしてまたそれを側で経験した誰かが別の事業を立ち上げる、といった代理経験の連鎖から、世の中を大きく変える新規事業が生み出されるのだと思っています。
加藤先ほども述べましたが、大事なのはまず“フォーカス”すること。GAFAを考えてみても、各社それぞれが突出して売り上げを伸ばすサービスや事業を持っていますよね。コアとなる事業があるからこそ、そこから派生して生まれてくる新規事業に対しても、レバレッジを効かせることができます。
加藤そしてフォーカスした後は、“ムーンショット”で目標を考え、それを行動に移していく。非連続で事業成長させることを最重要のプライオリティと捉え、日々の目標や行動に落とし込んでいけば、必ずや大きなイノベーションを起こせると思います。そして、そういった環境の中に優秀な事業家も自ずと生まれてくるのではないでしょうか。
「盲目的にベンチャー/スタートアップ・キャリアを選べば事業家になれるわけではない」──。加藤氏と佐久間氏の話を経て、そんな気づきを得られたのではないだろうか。と同時に、改めて「自分も事業家人材としてのキャリアに挑戦していきたい」と意気込んでいることだろう。ぜひ、今回の加藤氏・佐久間氏の知見をインプットし、一人でも多くの事業家人材が生まれるきっかけとなれば幸いだ。
こちらの記事は2022年04月20日に公開しており、
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1998年生まれ、広島県出身。早稲田大学文化構想学部在学中。HRのスタートアップで働きながら、inquireに所属している。興味分野は甘いものと雑誌と旅行。
連載FastGrow Conference 2022
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