スドケン氏を支えた男が明かす、上場準備で“絶対に言ってはいけない一言”──Kaizen PlatformのIPOを支えた「縁の下の力持ち」に聞く
2020年12月、東証マザーズ市場への上場を果たしたKaizen Platform。「スドケン」の愛称で知られる代表取締役の須藤憲司氏が有名だが、彼が「着実に積み上げていく男。頼れる縁の下の力持ち的存在」と評価する人物がいる──経理財務部部長を務める、公認会計士の朝井秀尚氏だ。
どんなに優れた起業家でも、一人だけの力でIPOを実現することはできない。企業成長の舞台裏には、必ずそれを支えた「縁の下の力持ち」が存在するはずだ──。成長企業のIPOに不可欠だった、創業者以外のメンバーたちの姿と想いに迫る連載「新規上場さんいらっしゃい!──IPOを支えた重要人物に突撃」。
第1回は、Kaizen PlatformのIPOを支えたキーパーソンを紹介する。あずさ監査法人で公認会計士として10年間のキャリアを積み、ペット保険のスタートアップを経て、2017年12月にKaizen Platformに入社した朝井氏。以後、IPO準備のプロジェクトの中核として尽力してきた。
上場準備においては、細かなルールや規定を定めなくてはならず、ビジネスサイドに負担を強いる場面も少なくない。「それでも、『上場に必要だから』という説明は絶対にしませんでした」と話す朝井氏。彼が、Kaizen Platformの上場を後押ししてきた軌跡からは、「縁の下の力持ち」に求められる“謙虚さ”の内実が浮かび上がってくる──。
- TEXT BY ICHIMOTO MAI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「タダでスドケンさんに会えるなら」
軽い気持ちで向かった面接での衝撃
「自分が正しいとは思っていない」。朝井氏は取材中、その言葉を何度も繰り返した。
スピード重視で駆け抜けているスタートアップにも、上場準備においては、ルールや決めごとに基づき、計画通りに事業を進めていく堅実さが求められる。しかし、その変革をトップダウンで進めてしまうと、従来の勢いが失われ、組織に歪みも生じかねない。
社会の公器たる企業への成長と、スタートアップらしい勢いの維持は、どうすれば両立できるのだろうか。その秘訣を探ってみると、冒頭で紹介した朝井氏の口癖にヒントが眠っていた。
朝井氏は現在、経理財務部部長として、決算書類の取りまとめや資金繰り管理などを担当。経営企画グループも兼務し、中期経営計画の作成に携わっている。
そんな朝井氏は、大学在学中に公認会計士の資格を取得し、新卒であずさ監査法人に入社。自ら志願し、IPO支援を手掛ける事業部に配属された。
朝井自分が社会人になった2005年は、堀江貴文さん率いるライブドアのフジテレビ買収騒動が話題になった時期。ITベンチャーが社会的に注目を集めているのを見て、「これから伸びていく会社と一緒に働きたい」と思ったんです。配属されて実際にベンチャー・スタートアップのIPO支援に取り組むようになると、新たな挑戦の絶えない会社を支えられることに、大きなやりがいを感じました。
監査法人で10年を過ごした後、ベンチャー・スタートアップに対する想いが抑えきれなくなった朝井氏は、ペット保険事業を手がけるスタートアップに入社した。「業績も良いし、人も良いし、働きやすい。すごく良い会社」だったというが、一方である迷いが朝井氏の胸中を去来するように。
朝井このままで良いのかな、と思ったんです。スタートアップとはいえ保険会社だったので、規制の影響が強く、メンバーのチャレンジをお手伝いする機会は限られていました。しかも、ほぼ毎日が定時帰り。充実はしていたものの少し物足りなさを感じていた矢先、友人から偶然、Kaizen Platformが経理を募集している話を耳にしたんです。
朝井氏は以前から、代表の須藤氏の発言をメディアで目にしており、考え方の鋭さや話の面白さに好感を持っていたという。「スドケンさんにタダで会えるなら」。そんな軽い気持ちで面接に向かったものの、朝井氏の心はそこで大きく動かされることになる。
朝井初めて会うタイプの方だと感じました。監査法人や経理にはロジカルなタイプの方が多いのですが、スドケンさんはロジカルなだけでなく、とにかくビジョナリーだった。「Webサイト改善や動画クリエイティブ制作を担うグロースハッカーたちが、いつでもどこでも自由に働ける環境をつくりたい」という話は面白そうだなと思いましたし、今後の社会の動きや同社の事業計画について聞いても、その内容は腹落ちすることばかりでした。
しかも、そのときスドケンさんは、会社のリアルな業績も見せてくれたんです。いまでも忘れないのが、見せてもらった売り上げのグラフが、こう……右肩下がりなんですよ(笑)。さらにアメリカ法人から日本法人に組織再編したときに、コーポレート部門がかなり苦労したらしく、経理も含めていまだに落ち着いていないと聞いて。隠し事をしない正直さに惹かれましたね。
この会社は、いまは絶好調というわけではないかもしれない。でも、スタートアップらしいチャレンジングな姿勢がある。そんなメンバーを支えたいし、自分ならIPO準備をはじめ貢献できる部分がきっとある──。そう感じた朝井氏は、他社を検討することなく、Kaizen Platformへの入社を決めた。2017年12月の出来事だった。
苦しむ朝井氏を救った、須藤憲司の一言
それから現在に至るまで約3年間、「期待通り……いや期待以上のカオスさでした」と笑う朝井氏。
朝井どんどん新しいことに挑戦する社風は予想通りでしたが、「そこまでいろんな問題が起きる?」と驚きの連続でしたね。大事なことを後から知らされて、「それ勝手に進めちゃったの!?」と面食らったことは数え切れません(笑)。知らない間に新商品ができていて、すでに顧客に販売済みだった、なんてこともありましたね。
自ら望んだとはいえ、変化の激しいスタートアップで働くって、思ったより大変だな……そう感じていたある日。自分の心を見透かしたのか、スドケンさんが会食の帰りに、こんな言葉をかけてくれました。「スタートアップでは、不確実で不安定なことに慣れなければダメなんだ」と。
自分には、何でもカッチリと進めたがるところがありました。でも、その言葉を聞いて、自分の思い通りにならないことにイライラするのではなく、不安定でゆらゆらとした状態のまま物事を進めることに慣れようと思い直しました。
そう話す朝井氏の口調からは、謙虚さがにじみ出ていると感じた。会計士として10年以上のキャリアがありながら、とにかく腰が低い。須藤氏の率直な言葉を素直に受け止められたのは、自分の考えを押し通すことに固執しない、朝井氏のパーソナリティによるところが大きいだろう。
また、控え目でありながらポジティブなのも朝井氏の魅力だ。いまも日々たくさんの問題が起きるというが、「『うっ』と思いながらも普通に対応できるようになりました」と笑顔で話す。
朝井全ての問題が解決することはないので、何事も長期戦を前提に、優先順位をつけて対処しています。「改善すべきことがある」という状態は一見ネガティブですが、裏を返せば、より良くなる可能性があるということ。楽観と悲観をうまく使い分けて、状況を捉えられるようになりましたね。
「上場のために必要なんです」は絶対に言わないようにした
朝井氏の入社時、Kaizen Platformはすでに上場準備に動き出していた。IPOチームに加わると、監査法人などで積み重ねてきた朝井氏のキャリアは存分に活かされた。
朝井監査法人で働いていたので、監査法人が気にするポイントは当然知っていますし、ペット保険のベンチャーでは証券審査まで携わったので、そのフェーズでの要所もわかる。これまでの経験から、監査法人や証券会社などのIPO関係者が抱いている「会社のあるべき姿」を理解しているのは、大きかったと思います。
対外的なやりとりでは、過去の経験が通用した。しかし、社内のメンバーとのコミュニケーションは、一筋縄ではいかなかった。
Kaizen Platformは自由な社風ゆえ、ルールらしいルールはほとんどなかったという。しかし、証券審査をクリアするためには、事業運営に際して新たな決め事を整えなくてはならない。ルールの導入を事業部に依頼した際に、朝井氏はメンバーとのコミュニケーションにおける大事な点を学んだという。
朝井「何のために、このルールが必要なんですか?」と聞かれたんです。Kaizen Platformのメンバーはみんな「何のためにこの事業があるのか」を大事にしている。それと同じで、「何のために」と問うのは、ごく自然なことだったと思います。
それを聞いて、ルールを導入する目的を改めて考えさせられました。スタートアップがどうすれば、上場に向けて「良い状態」になるのか。自分はそれを知っているつもりでした。でも、ルールの導入によって会社らしさが奪われてしまうのなら、それはその会社にとって「良い状態」とは言えないのではないか……。
最終的には、画一的なルールの導入をお願いするのではなく、ルールを設定する目的に鑑みて、必要な部分だけ設定するよう細かな調整を行いました。これは結構大変な作業でしたね。
例えば、決裁フローのルールを新たに導入する際は、ルールに従うことによって自分の身を守れる点や、確認する時間を節約できる点、適切な階層で適切な決裁権を持つことによって、決裁権者の成長にも繋がる点を強調して説明した。
しかし、どの程度までルールを導入すれば、会社にとっての「良い状態」になるのかという問いに正解はなく、試行錯誤しながら見つけていくしかない。朝井氏はそれを、メンバーから教わった。
そんな朝井氏が、上場準備で「これだけは絶対にしない」と決めていたことがある。
朝井ルールの導入にあたって、「上場するのに必要なんです」という説明は一切しませんでした。そもそも上場は、会社が成長するための手段であって、目的ではないはず。それなのに、上場を唯一の目的のように振りかざして、有無を言わさずメンバーに対応してもらうのはおかしいですよね。
「上場のため」という言葉は、ともすれば金科玉条になってしまいがちだ。しかし朝井氏は、決してこの言葉に頼らなかった。メンバーへの説明や細かい調整を怠らなかった朝井氏がIPOを率いたからこそ、Kaizen Platformはもともと持っていた「会社らしさ」を失うことなく、上場企業へと成長できたのだろう。
朝井仕事に限らず、押し付けられるのって嫌ですよね? 夏休みの宿題だって、やれって言われると急にやりたくなくなるじゃないですか。それと同じです(笑)。
そもそも、メンバー同士で考えが異なるのは当たり前だし、バックオフィスに迷惑をかけようと思っている人なんて誰一人いないんです。会社を良くするために、それぞれの立場で正しいと思うことをやっている。そんなメンバーの気持ちは、汲まないといけませんよね。
IPOは途中で誰も「ここまではOKです」と言ってくれない
2020年12月、Kaizen Platformはついに東証マザーズ市場への上場を果たした。上場承認がおりた当時の心境について、朝井氏は次のように振り返った。
朝井「ほっとした」が正直な感想です。IPOって、途中で誰も「ここまではOKです」とは言ってくれないんです。証券会社は、証券審査の結果が出るまで状況を教えてくれないし、東証は上場承認日まで何も言ってくれない。九割九分大丈夫だと思っていても、最後まで何があるかわかりません。
そんな状況だったので、承認日に東証から電話がかかってきて「承認が決裁されました」と言われた瞬間は、とにかく安心しました。いままでやってきたことは間違ってなかったんだと、込み上げてくるものがありましたね。
それと同時に、今後に向けて身が引き締まりました。社会的責任をより一層問われる立場になったからこそ、世間の期待に応えるために、より多くの点を改善していかなければいけない。ようやくスタートラインに立ったなという気持ちです。
重責を果たした朝井氏を、代表の須藤氏は「着実に積み上げていく男、縁の下の力持ち」と評している。朝井氏はこの言葉をどのように受け止めているのか。
朝井自分で言うのもなんですが、なんだかんだ粘り強く対応してきたので、そのことを言っているのだと思います。地道に、やるべきことをやってきた。ただそれだけです。
そう潔く言い放った朝井氏。社内から厚い信頼を獲得できるのは、自分の実績をことさらに主張するのではなく、まるで武士のような謙虚さを兼ね備えたビジネスパーソンなのかもしれない。
では逆に、3年間Kaizen Platformで働いてきた朝井氏の目に、須藤氏はどう映っているのだろう?
朝井メディアで見ていたときから、印象は全然変わらないですね。世の中を捉える感度や分析力は健在ですし、性格に裏表がないのも、面接の時から変わっていません。
一緒に働くようになってから知ったのは、思ったことを率直に言ってくれる人だということ。たとえば、「お前は遠慮している部分がある。社内でうまくやっていけるかどうかは、それを打開できるかにかかっているよ」と言ってくれました。要所要所でもらった言葉は、はっきりと記憶に残っています。
「縁の下の力持ち」に求められる2つのマインド
Kaizen Platformの成長の陰には、朝井氏というキーパーソンが存在した。どうすれば朝井氏のように、「縁の下の力持ち」としての責任を果たせるのだろうか。
朝井一つは、諦めないことですね。会社って生き物なので、良いときもあれば悪いときもある。悪いときはいつ終わるかわかりませんが、やるべきことをやっていれば、いつかは必ず良くなる。そう信じて、折れずに地道に積み上げることが一番大切です。
もう一つ持っておくべきなのは、柔軟性です。日々いろんなことが起きますが、それを受け止めつつ、会社としてどう対応すべきかを考え続ける力が大切だと思います。
今後はファイナンスの知見をさらに高め、経理や業務フロー構築の面で新規事業の推進を支えていきたいと語った。
言葉の一つひとつが謙虚さにあふれ、口調は控えめだが、その言葉からは秘めた熱さが伝わってきた。スタートアップで働く楽しさを、朝井氏はいま、全身で味わっているのだろう。
こちらの記事は2021年03月01日に公開しており、
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フリーライター。1987年生まれ。東京都在住。一橋大学社会学部卒業後、メガバンク、総合PR会社などを経て2019年3月よりフリーランス。関心はビジネス全般、キャリア、ジェンダー、多様性、生きづらさ、サステナビリティなど。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
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