3.5兆円の未開拓領域「LabTech」に挑む。
POL・加茂倫明に訊く、フロンティア開拓の哲学
開拓精神に溢れるイノベーターたちは、テクノロジーを武器に、インターネットの「外」にある既存産業で変革を起こしつつある。
印刷業界のラクスル、製造業のキャディ、衣服業界のシタテル…FastGrowでも、レガシー産業の変革に取り組むスタートアップの挑戦を紹介してきた。
本記事で紹介する株式会社POL代表取締役の加茂倫明氏も、「研究」という未開拓領域に挑むパイオニアだ。同社は優秀理系学生の採用プラットフォーム『LabBase』を主軸に、着々と実績を積み上げてきた。2019年3月には、新規事業として、企業の研究開発における産学連携のパートナー探しをサポートする『LabBase X』も正式リリースしたばかりだ。
加茂氏はPOLがビジネスを展開する領域を、「Lab(研究)」と「Technology(技術)」を掛け合わせ、「LabTech」と定義する。「いち当事者の理系学生に過ぎなかった」彼は、いかにして未踏の市場を切り拓いてきたのか。3.5兆円規模のLabTech市場において、初手にあえて新卒人材領域を選んだ事業戦略から、スタートアップが陥りうる過度な「選択と集中」への警鐘、そして61歳の共同創業者とスタートし、現在は4分の1を新卒社員が占めるユニークな組織体制まで、POLの軌跡と経営哲学を徹底的に紐解いていく。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
3.5兆円のLabTech市場。未だ手付かずな原因は、アカデミアとビジネスの“分断”にあり
POLが展開する研究関連市場について聞くと、加茂氏の受け答えは、きわめて明朗かつ力強く、まさに「開拓者」と形容するに相応しかった。
加茂研究関連市場に存在する課題を、テクノロジーを活用して解決するこれがPOLのビジネスコンセプトです。「Lab(研究)」×「Technology(技術)」で「LabTech」と呼んでいます。僕が勝手に創った言葉なんですけどね(笑)。
研究関連市場は「巨大で旧態依然」だという。市場規模は、トータルで3.5兆円前後。POLがメイン事業『LabBase』でビジネスを展開してきた理系人材市場だけでも、転職市場などを含め、3,000億円のマーケットサイズを有する。さらに2019年3月に正式リリースを果たした新規事業『LabBase X』でターゲットにしている研究委託市場は、2.2兆円もの規模を誇る。
その他にも、6,700億円規模の科学機器市場、1,400億円規模の試薬市場など、複数の関連領域がある。個々の領域にはそれぞれ特有の課題が存在するが、POLはこれら全ての領域へのビジネス展開を目指しているのだ。
国外では、LabTech市場で頭角を表すスタートアップも現れはじめている。研究者向けのSNSサービスを運営するベルリン発のResearchGateは、累計1億ドル(約110億円)以上を調達。研究委託のマーケットプレイスを運営するサンフランシスコのScience Exchangeも、累計7,250万ドル(約80億円)を調達した。
一方で日本国内に目を向けると、理系院生向けのキャリア支援事業を展開する株式会社アカリク、株式会社ドリームキャリアが運営する理系学生向けの就活情報サイト『理系ナビ』といったプレイヤーも存在するが、国外に比べると「ほぼ未開拓のブルーオーシャン」だと加茂氏は言う。
加茂日本は、アカデミアとビジネスの距離がかなり遠いんです。欧米だと、大学教授がベンチャー企業を興したり、逆にバイアウト経験者が大学に戻ってくることもよくあります。企業が研究室にスポンサーとしてつくケースも少なくないですしね。
片や日本では、研究関連市場は「なんだか難しそう」とビジネスパーソンに敬遠されがちですし、アカデミアサイドも、新しいサービスに対する許容度や積極性があまり高くない。
「一人ずつ地道に口説くのが、最も効率が良かった」LabBaseが登録シェア1位を取れた理由
国内企業が研究関連市場でのビジネスに消極的だった理由は、他にもある。まず、市場規模の問題。複数領域を足し合わせた総計のマーケットサイズは3.5兆円規模に達するとはいえ、個々の領域は比較的スモールサイズだ。
たとえばLabBaseが現在ターゲットとする理系新卒市場は、400億円ほどの規模。既に人材ビジネスに取り組む大手企業が、既存事業とバッティングするリスクを負ってまでチャレンジするモチベーションは、なかなか湧きにくい。
また、理系学生特有の慣習の存在も大きい。理系学生の就職は、教授からの推薦や研究室出身者の紹介で行われることが一般的だ。よって文系学生のように、就活サービスに登録し、自ら就職先を検討する習慣があまり根付いていない。
しかし、近年は理系学生の意識も変わりつつある。「学生自身で就職先を決めるべき」、「推薦で行ける企業以外にも、ベンチャーを含め広く検討したい」と志向する潮流が生まれはじめているのだ。それにも関わらず、理系学生特化の就活サービスは、ほぼ存在していない。そのギャップを狙ってビジネスを展開しているのが、採用プラットフォームLabBaseだ。
2017年3月のリリース以降、順調にシェアを伸ばしており、登録学生数は1.3万名を超えた。中でも旧帝大では理系院生の約3人に1人が登録している。企業側のユーザーも徐々に増えてきており、2019年5月現在、約130社が有料契約中だ。
LabTechビジネスの第一歩として人材領域を選んだのは、加茂氏にとって「最も身近な課題だった」からだ。大学の先輩が就職活動に困っている姿を目の当たりにし、事業アイデアを着想したという。改めて人材領域からスタートしたことのメリットを振り返ってもらうと、自身も学生である立場を活かし、ユーザーを説得しやすかった点に加え、「キャッシュフローが黒字化するまでのスピードが速かったこと」を挙げてくれた。
加茂人材領域は、お客様がお金を払ってくれるレベルの価値が生まれるまでに必要なボリュームが、比較的少ないんですよ。一人でも優秀な学生さんを集めて就職が決まれば、企業様は採用単価の相場からして100万円前後の価値を感じていただけます。
また、企業の話を聞いていくうちに、「優秀な理系学生を200人集めれば、成果報酬型じゃなくてもお金を払ってもらえる」と分かった。ですので、まずは学生集めに専心していました。
加茂氏が最初に行ったのは、「研究室を、ひたすら訪問していくこと」だ。前提として、理系学生は研究が忙しく、なかなか就職活動に時間が割けない。だからこそ推薦やOBの紹介を活用しているのだが、「もっと選択肢を広げたい」という気持ちは潜在的に抱いている。
しかし、ニーズが潜在的な層に対して、広告がメインのマーケティングではうまくいかない。広告は顕在層の刈り取りに適しているケースが多いからだ。そうした状況下では、ユーザーのもとを直接訪れ、自らの口から価値を伝えていく手法が、最も獲得効率が良かった。
また、理系新卒人材市場ならではの特徴として、ユーザーが研究室に集まっている点が挙げられる。あらゆる領域を見渡しても、ここまで特定の場所にターゲットユーザーが集まっているビジネスモデルは、なかなか見当たらない。営業に訪れる場所が少なくて済むので、オフラインでユーザーを訪ねるマーケティングの獲得効率が、さらに良くなるのだ。
実際に学生と話をする際、加茂氏自身が現役の理系学生だった点も、大きな効果を発揮した。
加茂人を動かすために必要なことは、メリットを提供するか、感情を揺さぶるかの二択だと思っています。LabBaseの立ち上げ時は、後者がかなりうまくいった。
感情は、ストーリーによって動かされます。そこで大事なのが、「なぜこの人がこれをしているのか」、「主人公は誰か」という点。僕自身が現役の学生で、当事者でもあったので、ストーリーに共感してもらいやすかったんです。学生さんに対してはもちろん、企業への営業や、投資家さんと話す時も、同様に刺さりやすい。
「当事者の目線で共感してもらい、感情を動かす」思想は、現在まで貫かれている。組織拡大に伴い、加茂氏が研究室へ赴く機会は減ったものの、LabBaseのユーザー獲得チャネルの5割前後が、全国にいる100名弱の学生インターン生によるものだ。北海道大学から琉球大学まで、各大学の学生インターンが、自身の大学でサービスを広めている。残り5割も、先輩が後輩に勧めることによるリファラル獲得や、LabBase上のメディア経由のものが大半を占めており、広告にはほぼ依存していない。
「選択と集中」への拘泥が機会損失に。スタートアップは、いかにして新規事業と向き合うべきか?
LabBaseの提供開始から2年、新規事業のLabBase Xが正式リリースされた。企業が共同研究先を効率的に探すための研究者データベースだ。創業初期に事業アイデアは浮かんでおり、半年以上前からβ版の運用もはじめていたが、正式リリースのタイミングにはかなり気を配ったという。
スタートアップが新規事業を立ち上げる際、社内外の状況を勘案し、リリースの効果が最大化するようにタイミングを慎重に判断するのがセオリーでもある。POLでは、β版の運用によってユーザーのニーズや課題がクリアに見えはじめ、課題解決の手法やマネタイズの見通しも立ち、「イケる感」が一定値を超えたタイミングでリリースに踏み切った。
また、社内状況の観点でも、新規事業に十分なリソースを投下できるだけの組織体制を整えたという。もともとリソースが少ないスタートアップが、生半可な気持ちで新規事業に手を出してもうまくいくはずがないだろう。「たとえ自分がリソースの大半を新規事業に注ぎ込んだとしても、既存事業がしっかりとグロースしていくような、強いチームを創り上げる必要がある」と加茂氏は語る。
こうして社内外の諸条件が整い、アクセルを踏んだのが2019年3月。巷では「スタートアップは、まずは一つのプロダクトを圧倒的に成長させるべき」と示唆する言説を耳にすることも少なくない。しかし加茂氏は、「選択と集中」に拘泥しすぎることに対し、警鐘を鳴らす。
加茂「選択と集中」をしすぎると、機会損失が生まれ、長期目線で見ると会社の可能性を狭めることになります。その結果、特定の市場環境下においては、会社の規模が一定以上スケールしにくくなると思います。もちろん、リソースが分散しすぎると何も立ち上がらないので、結局はグラデーションです。絶対的な答えなんてないし、どのくらい選択集中すべきなのかは、ケースバイケース。
ただ僕たちは、他のスタートアップと比べると、あえてリソースを分散しているほうだと思う。ブルーオーシャンで参入障壁が高い市場なので、ひとつの事業の推進スピードが少し落ちても、致命傷になりにくい。また、比較的小さい規模の領域が併存している市場構造ゆえに、複数の事業体で斬り込まざるを得ません。だからこそ「選択と集中」をしすぎないようにしているんです。
加茂氏は「リソースの選択と集中」の必要性は認めつつも、ある一つのトピックについては、「選択と集中はすべきでない」と明確に言い切る。それは「市場に対して張るアンテナ」だ。
加茂「アンテナの選択と集中」をしてしまうと、いま手がけている事業領域以外の動向に、気づくことすらできなくなってしまう。たとえばPOLなら、人材事業だけにアンテナを張っていると、産学連携のニーズには気づけない。機会損失を防ぐため、「工数の選択と集中」は行っても、アンテナは広げたままにしておくべきだと思うんです。
初手は「氷山の一角」を狙え。未開拓市場に斬り込む際のポイント
加茂氏は未開拓市場でビジネスを展開することの魅力を、「提供価値のユニークさ」に見出す。前提として、「POLがなくても、様々な領域で課題解決に取り組む人びとや企業がいるので、全体として社会は良くなっていくはずだ」という。だからこそ、「自分がやらなかったら、解決しない」と思える課題を選ぶことが、大きなやりがいにつながるし、熱量が乗って人も巻き込みやすい。
そうしたユニークな市場を切り拓くための要諦を訊くと、「最初の一歩は顕在化している一角を狙うこと」と答えてくれた。
加茂将来的には大きな潜在市場を狙っていくとしても、まずは氷山の一角、すなわち顕在化している市場から攻めていくべきです。POLも研究関連という大きな市場を見据えつつも、まずは事業機会が顕在化している理系新卒採用市場から戦いはじめました。
また、バーティカルな領域に斬り込んでいくためには、その分野に対する理解度を圧倒的に高めていくことも必須だ。他社の追随を許さない、プロフェッショナルにならなければいけない。とはいえ加茂氏はもともと、いち当事者に過ぎず、研究関連市場に関する知見は決して多いとは言えなかった。そのギャップを埋めるべく行ったのが、「早い段階から、あえて積極的に情報を公開していくこと」だ。
加茂特定の産業に長い間従事したのちに起業するのであれば、プロフェッショナルな段階からスタートできます。だけど、僕はそうじゃなかった。だからこそ、創業初期は「市場への理解を深めること」を最優先にしていました。
情報を効率的に集めるための戦術の一つとして、「構想段階にも関わらず、プレスリリースを打つ」施策を実施しました。サービス開発前の段階で、「もうすぐリリースされます」と発信した。そのリリースに対するリアクションで、サービスの魅力やニーズが測れると思ったからです。しかも、興味を持ってくれた人に話を聞きながらプロダクトを開発したほうが、より価値あるものをより早く創れるじゃないですか。
加茂もちろん、ヒヤヒヤしましたけどね(笑)。お客さんがつきそうになってからエンジニアを採用し、爆速でプロダクトを完成させなければいけなかったので。当時なんとか口説いて採用できたエンジニアがいるのですが、彼がジョインしてくれなければ、POLは立ち上がっていなかったと思います。
「最初は小さな炎でもいい」人を動かす熱量を、いかにして育むか
市場への理解が深まったら、先述のように工数の「選択と集中」のバランスを取りつつ、事業を拡大していく。その際に何よりも大事なポイントが、「ステークホルダーの感情をひたすら動かすこと」だ。以前FastGrowで取材した、製造業の変革に取り組むキャディも「まずは共感を得ることが大事」と強調していた。未開拓の市場に斬り込もうとする際は、メリットを提供するだけでは不十分なのだ。
加茂「ユーザーと提供者」という淡白な関係でなく、「POLや加茂君が言うなら何でもするよ」と言ってくれる“ファン”をいかにして増やしていけるか。そのためには、先ほどもお話したように「ストーリー」が大事で、だからこそ僕は大学に所属し続けている面もある。いち当事者として、「いかに研究関連市場を良くしたいか」を、魂を込めて語っています。
多くの人を動かせるほどの熱量を、加茂氏はいかにして育んだのか。両親が大学関係者、かつ自身も理系学生ではあったが、「創業当時は、研究関連市場に今ほどの思い入れはなかった」という。「当時の熱量が10なら、今は2,000くらいになっている」と断言するほどの熱狂を生み出せたのは、「熱量10の時から、1,000くらいの気持ちで語っていた」からだ。
加茂当時持っていた熱量の、100倍増しくらいで語るようにしていたんです。すると自然に、自分の内に秘められた熱量も、100倍増しになっていく。
自分の発言を一番聞いているのは、自分の耳です。自分が、自分に洗脳されていく。そして僕が語るビジョンに共感してくれた仲間が入ってくると、彼らからの刺激を受けて熱量が高まる。さらに「LabBaseで人生変わりました!」と言ってくれる学生さんの声も聞くようになると、ますます熱が増していく。そんな好循環が生まれるんです。
2019年5月、東京大学で学生や研究者のスタートアップ活動を支援する馬田隆明氏によるブログエントリー「『情熱を探そう』というアドバイスはもうやめよう」が話題を呼んだ。「モチベーション格差」という言葉も生まれるほど、ビジネスパーソンの「情熱」への関心が高まりつつある現在、加茂氏のスタイルは大いに参考になるだろう。
加茂最初から人生を捧げられるほどの情熱があったわけではありません。小さな炎を、大きいかのように語り続けているうちに、気づけば大きくなっていたんです。はじめから大きな炎を探さなくてもいいと思います。
共同創業者は「61歳」。半年で4倍に組織拡大しても、基盤を崩さなかった理由
POLには2019年5月現在、約40名の社員が所属している。2018年11月から半年で4倍以上に増えた計算になる。急速な組織拡大に、いかにして対応していったのだろうか。
特にPOLは、学生起業から始まったスタートアップだ。中途でスキルや経験が豊富な人材を採用したはいいものの、創業初期から所属していたメンバーとの不和が発生する事態も想定できる。しかし加茂氏は、徹底的にカルチャーマッチを重視して採用活動を進めることで、組織の基盤を維持した。
加茂拡大期は、どうしてもスキルや経験を最優先に人を採りたくなってしまいます。だけど根本的なマインドセットがPOLにフィットしていないと、他のメンバーとの軋轢が生じてしまう。採用面談では、この部分を最も重視して判断しています。
モチベーションが「他者」にも向いていること、素直さ、謙虚さ、成長意欲、やりきる力…こうしたマインド面を最重視して採用しています。もちろん、結果的にスキルや経験が豊富な人材に来てもらうこともありがたいし重要なのですが、そうした面は二の次です。定量的にスコアリングできるものではないので、「採ってみたら、良くも悪くも違った」経験を繰り返し、徐々に目を鍛えていっています。
ただし採用すると決めたからには、しっかりとパフォーマンスを発揮してもらい、幸せにする責任があることは肝に銘じています。メンバーと真摯に向き合いながら、自分のマネジメント力も磨いているんです。
また、POLは学生起業ではあるものの、「年齢は関係ない」と思いやすい空気感が、創業初期からあったという。なぜなら共同創業者の吉田行宏氏が、現在61歳と、加茂氏と大きく年が離れているからだ。 元株式会社ガリバー・インターナショナル(現株式会社IDOM)の専務取締役で、各種ビジネスメディアへの寄稿も多数、2018年には著書『成長マインドセットー心のブレーキの外し方』を刊行した吉田氏は経営のプロフェッショナル。いち学生であった加茂氏が起業するにあたり、多大なサポートをしてくれた。
吉田氏との出会いは「偶然」だったという。加茂氏が大学1年生の頃に参加したピッチイベントで知り合い、当時抱いていた事業構想を相談。その際、圧倒的な戦略思考力、また事業戦略と同じレベルで組織戦略を重視する姿勢、そして人間としての器の大きさに、圧倒された。
加茂「加茂君が起業家として成功する上での、一番のボトルネックは何だと思う?アイデア云々ではなく、一緒に覚悟を決めている仲間がいないことだよ」と言われ、目が覚めたんです。当時は事業のことばかり考えていましたからね。とにかく、組織戦略に関する知見が群を抜いていた。もちろん事業戦略についても造詣が深く、一緒にディスカッションしているだけで、みるみるうちに事業構想が磨かれていく。
さらに人格も素晴らしくて、とにかく目線が他者に向いているんです。還暦過ぎて、もう働かなくても生きていけると思うのに、「世界に通用する経営者を残し、社会に貢献したい」一心で、必死に働いている。何歳になっても謙虚で、とても素敵だと思いました。みるみるうちに「この人と一緒にやりたい」という想いが強まり、3回目の事業相談の際に、共同創業しようということになりましたね。
社員の4分の1以上が新卒社員、全国に散らばるインターンをリモートでマネジメント
POLの組織体制には、特筆すべき点がもうひとつある。社員の40人中、12人が新卒入社したメンバーである点だ。50人以下のスタートアップでは、育成前提の新卒社員ではなく、中途採用で即戦力となる人材を集めることが一般的だろう。POLの新卒比率の高さは、異常とも言えるほどだ。
加茂POLを、僕が死んだ後も残る、社会に大きな価値を提供し続ける会社にしたいんです。ただ、変化の激しい現代、永続する事業はないと思っているので、その時代時代に合った強い事業を創り続ける、サステナブルな組織を創り上げることが肝要となります。しかも、組織のDNAは会社が大きくなってからだと変わりにくいので、創業初期でぶれない軸を持つことが大切です。
そういった意味で、新卒はすごく大事。POLの経営理念を心から体現し、会社と一緒に成長していける人材をできるだけ増やすことが、永続する組織を創るうえでとても重要だと思っています。
エンジニアから営業、マーケティングまで、職種もバラバラだ。マインドセットとカルチャーフィットを重視して採用し、会社の状況と個々人の希望を鑑み、全体最適でロールをアサインしている。
とはいえ、「すべてのスタートアップが、新卒採用を重視すべきなわけではないと思う」。POLはユーザーが学生なので新卒メンバーの視点が役立ち、かつ積み上げ型のSaaSモデルゆえに、売上の予測がつきやすく、将来の育成まで見込んだ人員採用がしやすい。また、新卒入社のメンバーは全員がインターン経由で、「この人ならPOLのカルチャーにフィットするだろう」と確信を持てた点も大きい。
インターンのマネジメント体制も特徴的で、全国の大学にメンバーが散らばっているがゆえに、リモートでのやりとりが基本だ。研究室訪問のサポート、各大学で開催されるイベントの企画と集客など、さまざまなアンバサダー業務を任せているが、「しっかりとビジョンを伝えることと、情報と権限、そして責任を積極的に渡すことで成長環境を用意してあげることは大事にしている」。
インターンに関しては、採用面接も、ジョイン後の定例ミーティングもオンライン。ただ、定期的に全国の学生を集めての合宿も開催している。「リモートでのマネジメントは難易度が高いので、僕らもまだまだ試行錯誤中です」と加茂氏は自認するが、基本的には、学生が地方にいながら成長できる体制ができ上がっているといえよう。
「悩み」と「課題」は違う。POLの躍進を支える、加茂氏のポジティブマインド
インタビューの終盤、加茂氏に「これまでハードシングスはあったのか?」と尋ねると、なんと「一度もない」と返ってきた。驚くべき返答だが、よくよく話を聞くと、「壁はあったが、辛いと感じなかった」だけだという。
加茂僕は基本的に、すごいポジティブ思考だと思うんですよ。ただ、厳密には、「将来に対するポジティブ」と「足元に対するネガティブ」の両方が混ざっているイメージです。将来に対してはとても楽観的だし、社会を良くできる自信しかない。だけど足元では、悲観的に考えることも多いです。「見逃している課題はないか?」「将来課題となり得る芽はないか?」と、かなりシビアに見ています。だけど大枠や長期視点ではポジティブなので、目の前にネガティブなトピックが降ってきても、「辛い」とは感じません。
加茂メンバーにもよく言っているのが、「課題」と「悩み」は違うということ。「辛いことはなかった」とはいえ、課題は常に山積みです。事業面も組織面も、解決しなければならない問題ばかり。
でもそれは、ぼやっとしたネガティブな心理的な負担、すなわち「悩み」とは違います。多くの人は、「悩み」に囚われているがゆえに、辛くなってしまっていると思うんです。解くべき問いを明確化し、「悩み」を「課題」に昇華させる。そうすれば、考えなければいけない問題で頭に負荷がかかっても、「ただ解くべき問いがいくつかあるだけ。悩んでも仕方ない」とポジティブになれる。
躍進を続けるPOLの今後の展開構想は、大きく3つ。まずは、プラットフォーム化。現行のLabBaseとLabBase Xに加え、研究者や学生が日々の研究生活で使える機能をどんどん増やしていく。研究室のインフラとなる「LabTech事業群」を構築していくという。
2つ目が、「科学技術版のY Combinator」構想。既存の2事業やプラットフォーム化を進める中で、POLには研究に関する膨大な情報が集まってくる。それぞれの研究者の最近の実績、保有技術、応用可能性、パートナーシップを組みたい企業…あらゆる情報が集積されるなかで、研究室発の事業シーズを、どこよりも早く認知できるようになる。そのシーズに投資し、インキュベートしていく構想だ。
そして、グローバル展開。加茂氏は「研究に国境はあまり関係ない」と語る。実際にLabBase Xを運営する中でも、日本企業が「海外の研究者の情報を知りたい」と思うニーズが顕在化していることを目の当たりにすることも多く、逆に海外企業が日本の研究者の情報を求めるケースも少なくないという。「世界で一番、研究者や科学者にまつわる課題を解決できる会社になり、彼らが真にポテンシャルを発揮できるようになれば、科学や社会の発展スピードを数倍加速させられるのではないか」と加茂氏は意気込む。
最後に、「こうした構想を実現するための、一番のボトルネックはなにか?」と質問した。「僕の成長ですね」と、即答だった。
加茂どんなに優秀なメンバーがいても、リーダーの器以上に、会社は大きくならないと思います。僕が経営者として、どれだけ高い志を心から信じ、戦略を考え抜き、仲間を集め続けられるかが、POLの成長における一番の変数。常に自己鍛錬し、成長し続けていかなければいけません。
あともう少し足元の話をすれば、LabTech事業群を創っていくにあたり、さらに強い組織にしていくことが急務です。未開拓の市場で学習しながら仮説検証し、事業を立ち上げられる人材を集め、強いプロダクトを開発できるチームを組成していきます。
インターネットは元来、現実の「外」、すなわちサイバースペースに希望を求めるイノベーターたちが切り拓いたフロンティアだった。
「研究関連市場」という未開拓領域で果敢にビジネスを展開する加茂氏は、かつてインターネットビジネスが持っていたフロンティア・スピリッツを、正統に受け継いでいると言えるだろう。
レガシー産業を変革するスタートアップ次々と勃興している昨今。加茂氏がLabTechを推進してきた過程から、学べる点は多いはずだ。数兆円規模の未開拓領域に挑み続ける加茂氏を、今後も応援し続けたい。
こちらの記事は2019年06月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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