【メディア人必読】
PVこそ資産だ。高広伯彦に聞くウェブメディアビジネスの本質
デジタルメディアの数は日に日に増える。目新しいものが一つ立ち上がったかと思うと、類似媒体がまた一つ立ち上がる。そのいずれもが揺るぎないポジションを確立できるかというとそうではない。立ち行かなくなり、当初の勢いを失う媒体も後を絶たないのが現実だ。
このボラティリティーはウェブメディアが旧来メディアに比べて日が浅いからか。先日のマネタイズを考えるイベントでもそうだったが、試行錯誤が依然続いているようだ。
しかし、高広伯彦氏は異を唱える。イベント当日彼のフェイスブックには、マネタイズの話をしろ、と投稿されていた。メディアビジネス成功の正解は何なのか?伝説のアドマンに時間をもらった。
- TEXT BY REIKO MATSUMOTO
- PHOTO BY YUKI IKEDA
- EDIT BY MITSUHIRO EBIHARA
広告の多様性
ウェブメディアの収益モデルは、広告売り上げ、EC含むユーザーへの課金などがあります。もっとも重視すべきマネタイズ手法は何でしょうか?
高広明らかに広告です。コンテンツ課金は、たとえば見込みユーザー数が1万人だったら、購読料×1万にしかならないわけです。あっというまに天井が見えてきます。
一方で広告はサイトの成長に合わせて売り物が増え、そして売り先を増やすことができる。昔と違って、広告枠そのものを純広、プログラマティック、アドネットワークなどのいろんな取り引き形態で販売できる。
日本だと、グーグルアドセンスなどのアドネットワークだけで広告収益を獲得しようと思ってる人が多いですが、実際には広告枠の取引形態は多様になってきていて、あらゆるメディアがこの恩恵を受けることができるようになってきてるんですよ。
では、その中で一番良い広告手法は何でしょうか?
高広何が一番良いかを言うのは難しいでしょう。その理由として、ウェブ広告は常に新しいものが出てきて変化するし、メディアのコンテンツカテゴリーやサイトのデザインにもよります。あるメディアでは動画広告がベストかもしれませんし、ディスプレイ広告、ネイティブ広告かもしれません。
しかし、それぞれのメディアにとってどの広告手法がいいかということを決める上でもっとも重要なのは、UI/UX。これが大きな課題となります。
スマホだとディスプレイ広告・動画広告などはユーザーが見る画面に占める割合が大きい。広告スペースとして大きいわけです。広告主にとっては画面占有率が大きいことは嬉しいかもしれないですが、ユーザーにとってはウザい。
最近流行りの記事の上に覆いかぶさるような動画広告も同様。ネイティブ広告はそうしたスマートフォンを使うユーザーが増えた時代における一つの答えだとは思います。
UI/UXが非常にスマートフォン向けだということです。これが結果として広告の効果も高め、ユーザー、メディア、広告主の三方良しの広告フォーマットになっています。
しかし私は、広告フォーマットよりも広告の多様な取引形態を理解し、それらに対応してメディアビジネス、つまりこの場合は広告ビジネスということですが、を設計することが重要だと考えています。
メディアが立ち上がった当初の、PVがまだまだ小さいときは通常のアドネットワークを利用する、そこから徐々にプログラマティック、純広と移っていくビジネスモデルを組むのが理想的でしょう。
よく「PVが少なくてまだまだ広告主に売れないんですよ」という話を耳にしますが、一方でPVが増えてもそのPVを広告主に直接売る部隊を作らなかったりするのは勿体ないですね。
アドネットワークでは広告単価のコントロール権をメディア側は持てないけれども、純広やプログラマティック・ダイレクトという取引形態だと媒体側に広告単価の決定権があります。これによって収益性の高い広告ビジネスを展開することができるという流れです。
ただ、日本ではメディアという世界において、メディア運営やコンテンツ制作に興味がある人が大半で、ビジネス戦略に興味がある人は圧倒的に少ない。
だから「アドネットワークいれて、チューニングして、この場所のほうがクリックされるから」という観点でしか広告収益を見ていないメディアが多い。これは非常にもったいない話だと思います。自ら収益機会を逃してるに等しいわけですから。
アドネットワークや、アドネットワークを束ねただけの「日本型SSP」(*1)の場合、その枠に何の広告が出てくるかコントロールできてないことになりますし、広告収入のコントロールも実際できない。
チューニングしてクリックを増やしてもその枠をメディアとしてどう売るかということを考えていない。どういった広告が出るかというのはメディアの質に影響するというリサーチもあるくらいで、広告のコントロールはメディアそのものの「ブランディング」にも影響します。
つまり、広告ビジネス戦略を考えるというのは、「メディア・ブランド」と「マネタイズ」の双方に関わってくるのです。これができておらず、アドネットワークだけに頼ると、この2つが犠牲になってしまっているのです。
(*1)日本型SSP:もともとSSP(Supply side platform)は媒体の多様な取引を管理し、収益を向上させるものだったが、日本では「SSP」と言えば複数の「アドネットワーク」を束ねて、もっとも収益性の高いものを出すという仕組みとして理解されている。このタイプのものは、日本以外では「Ad Network Mediation」と呼ばれており、SSPの一機能として備わってるものはあるものの、すなわちSSPではない。
コンテンツ課金は幻想
先日のマネタイズイベントでは広告の話よりも課金の話で占められた感がありました。デジタルの世界ではなぜコンテンツ課金が難しいのでしょうか?
高広課金についてうまくいったと言われてる例を挙げるとすると、昔韓国であるブログプラットフォームが行った施策をあげることができるでしょう。そのプラットフォームではブログを設置し投稿すること自体は無料。
しかし、ブログに書かれた文章を飾るためのフォントは有料だったり、ブログをデコレーションすることについてお金が掛かるという仕組みになっていました。これが大受けしたそうです。
今の日本で言うとLINEと似ています。LINEでメッセージを送る際、スタンプに課金する。自分自身のメッセージを着飾ることについてお金を払ってるんです、ユーザーは。
つまり、サービスに参加することに対しては人はお金を払うということなのでしょう。でも、デジタルの世界でコンテンツを読む・見るという消費することにはお金を払うことはしなくなっている。
ここでちょっと整理をしておきたいんですが、ひとくちに「メディア」と言っても人によってそれが何を指すかはまちまちになってしまうので、「メディア」をGoogleやFacebook、Twitter、Instagram、LINEなどの「プラットフォーム」と、コンテンツを生産して配信する新聞や雑誌的なモデルである「コンテンツ・パブリッシャー」の2つに分けて理解をしておく必要があります。
このうち「プラットフォーム」側の提供しているものはユーザーが使っているプラットフォームそのものであり、これらの事業者は自らがコンテンツを生産し配信することはまあありません。ユーザーは自らがそのプラットフォームのプレイヤーとなって、事業者のプラットフォームを「サービス」として利用し、コンテンツを日々投稿しているわけです。
そしてその「サービス」をより楽しむために課金に応じる。これが上記の韓国のブログやLINEの例。フリーミアムが働きやすい事業でしょう。
一方で「コンテンツ・パブリッシャー」は、コンテンツを日々生み出し、配信していくというところに非常にコストがかかる。コストがかかるからこそ、それら「コンテンツ・パブリッシャー」は、「こんだけ手間をかけて価値のあるものを提供しているのだから、お金をとってもあたりまえのはず」と考える気持ちもわかります。
しかし、ユーザーはそれらを買ってくれない。コンテンツ課金も継続的な購読収入も難しい。これはコンテンツというものが「所有」という感覚をもたらさないものだからだと思います。
つまり、コンテンツが“物理的なモノ”だったとしたらまだ買われるかもしれない。もともと書籍や雑誌はそうだったわけですが。しかしデジタルの世界、重さのない世界、昔言われた「アトムからビット」の世界になると「買う」という行為に躊躇しやすくなるんじゃないかという気がします。
別の観点から見ると、その「重さのある」世界というのは物理的な形がある世界で、その「重さ」がある種の“価値”を表現していたように思います。
しかしながらデジタルの世界になると“価値”の表現が難しい。
「これが価値あるコンテンツです、買ってください」とユーザーに伝えても、ユーザーにとってはその“価値”を計る基準がないわけです。
また、コンテンツ課金や購読料収入というのは結局のところ、(課金ユーザー数)×(平均単価)で表されるものであり、売上の天井は見えやすいうえに、ユーザーに課金させるためのマーケティングコストがバカにならないという悪循環に陥りやすい。
このユーザーから見たときの「価値」の問題と、ビジネスとしてのスケールのしにくさが、コンテンツ・パブリッシャーにとって、課金モデルを難しくする理由ですね。
課金モデルとしてそこそこ成功していると言われている、noteや文春、有料メルマガはコミュニティー的な要素、権威ある書き手の文章が「価値」あるものとユーザーが認識しやすいからこそ買われると考えます。
ただ、スケールするか?というと個人が潤うレベルくらいにはなるでしょうが、事業体としては厳しいかと思います。
広告ビジネスのモデルは、メディアの成長とともに大きくすることもでき、かつ取引形態が多様化しているので、課金モデルよりも柔軟かつ時代に応じた戦略を組めるので、やはりメディアにとって、ここではほぼコンテンツ・パブリッシャーのことですが、重要な収益源だと考えますよ。
メディア(=コンテンツ・パブリッシャー)にとって本当に重要なこと
メディア(コンテンツ・パブリッシャー)はコンテンツを作るだけだと足りなくて、「情報をデリバリーし続ける」という意識が重要に思います。
「作って、届ける」ことを定期的におこなっているからユーザー(読者)からのエンゲージメントが高まるし、そこに価値が発生する。
ソーシャルメディアを通じて、個々のコンテンツが読まれてることでPVが伸びたと騒がれるメディアさんもいますが、実際にはメディアへのエンゲージメントを獲得できてるわけではないので、「コンテンツが読まれている」という事実を換金化(マネタイズ)することは難しい。
やはりメディア(コンテンツ・パブリッシャー)は、「コンテンツ・プロダクション」と「コンテンツ・デリバリー」の2つを持ってして、自らのユーザーをちゃんと維持し続けることが大事なんじゃないでしょうか。
昔、初代のWired Japan編集長で現インフォバーンの小林弘人さんがおっしゃってましたが、「メディアとはコミュニティ」であり、メディアビジネスとはコミュニティビジネスだと思うのです。
なので、メディアはコミュニティの構成員であるユーザーにコンテンツを届け続けることで、ユーザーの維持を行い、そのユーザーたちがコンテンツを読んで生み出すPVを、広告主にそれらユーザーに「リーチできる権利」として販売する。
つまりメディアというコミュニティのパワーを換金化するための仕組みが「広告」なのです。もし、「課金」をやるにしても、「広告」ビジネスにプラスアルファ少しの売上・・・ぐらいに考えたほうがいいでしょう。
パブリッシャーにとってとにかく大事なのはコンテンツを出し続けること、そしてコンテンツが消費されること。そしてユーザーのコンテンツ消費の行動を換金化すること、です。その軸で考えると課金はナンセンスですよね。
儲けるには1000ページの収益性を追え
抑える指標はありますか?
高広RPM(Revenue Per Mille)を常に念頭におくべきでしょう。RPMは「広告が1000回表示された場合における収益性」。つまり現在の自分たちのメディアが1000ページあたりいくら収益を上げているかという、メディアのお金としての価値です。これをいかに上げていくことを考えるかがとても重要です。
例えば、ディスプレイ広告で売っている枠をネイティブ広告に替えて単価を上げるとか、一方で動画広告枠を新たに設けてページあたり収益をあげるとか。
あるいは現状同じ値段の枠をカテゴリーごとに切り売りして高く売れるカテゴリーの枠を検証するとか。RPMをあげる方法はいくつもあります。
ただ、多くのメディアが広告主側の数字である「CPM」を基準にしてますが、これは正直、媒体の収益を考える指標としてはふさわしくありません。ここではその理由について細かくは述べませんが。
それと、ページあたりCTR(pCTR)を把握するも効果がありますね。1ページに広告が4つある場合の総クリック数と、3つしかない場合の総クリック数を比較すると意外と変わらないことが多い。
このとき、pCTRが同じということになります。ということは、1広告あたりのCTRが、広告3つのほうが高いということなんですよね。つまり、広告効果が高い。そうすると枠として高く売れる、収益性が高くなるわけです。
変に聞こえるかもしれませんが、メディアによっては広告の数を減らしたほうが1広告あたりの価値が上がるということになります。これでRPMが上がる。
繰り返しますが、基本的に多くのパブリッシャーがCPMしか見てませんが、それは単なる広告枠の金額。大切なのは「1000ページあたりの収益性をいかにして上げていくか」です。
新聞・雑誌、テレビは物理的な広告枠が決まっていますが、ウェブは広告枠が無限に増えていきます。なのでページあたりの収益性が大事。PVが増えてRPMが下がっていたらどこかがおかしい。そしてページが増えていけばいくほど多様な売り方に対応しなければいけません。
PV増加でRPMが下がるのは広告枠が埋まりきっていないことが多い。アドネットワーク、プログラマティック、手売りの純広とグロースしてきてRPMが下がったら、自分たちで売り切れなくなったときです。
この場合、純広を自動取り引きできるプログラマティック・ダイレクトでオペレーションコストを下げていくことを考える段階です。ここまでいくとメディアの広告ビジネスとしては相当成熟してることになります。
私はPV至上主義者
PV、ユーザーが大切な資産ですね。
高広そうですね。世の中には「PV至上主義」という言葉があって、ライターやジャーナリズムの視点からは忌み嫌われる言葉になってしまってます。
これはPVが集まれば何書いてもいいのか?という批判でもあり、結果として質の悪いコンテンツが増えることへの警鐘だととらえています。
しかし広告ビジネスの文脈においては、PVが増えることによって広告枠という販売できる「製品」の生産量が増え、物が売れるんだから、PV至上主義で間違いない。
一時「枠から人へ」という言葉が出てきましたが、メディア側から見ると一番換金化しやすく、スケールしやすいのは「枠」。
「人」ではないのは、1人の「人」、つまりユーザーや読者の滞在時間が長く、読むコンテンツページ数が増えれば「枠」が増えて、売り物が増えるから。
広告主から見ると「人」へのリーチが欲しい。メディアから見ると、ひとりの「人」へのリーチを複数の広告主に売ることができるのが「枠」なので、「人を売る」のではなく「枠を売る」のが正しいし、それは結果として(メディアのビジネスからみた)「PV至上主義」の重要性です。
しかしかといって、やたらと読者を増やしてPVを稼げばいいという話をしているわけではありません。「このメディアはどこにフォーカスしているのかが分からない」ということになると良質なユーザーは集まらないし、広告主も出さない。
頻繁に来てくれる読者プラス新規を集めていってメディアのパワーを大きくしていく。PVが生まれ、そこに設置された広告枠を売る。
これは一見「古いやり方」に見えるかもしれませんが、これはそもそも「古いか新しいか」の話ではなく、「メディアは何を換金化してビジネスするか?」の話です。
「メディアビジネスの基本的なモデルは変わらないが、売り方が新しくなってきてる」、これが正しい理解でしょうね。なので相も変わらず、メディアにおいてPVは最大の換金できる資産なんです。
集まったPVをどう売るか考え、そして売る努力をしなければなりません。アドネットワーク頼みだけではそりゃ儲かりませんよ。
足を使って売りに行け
高広それとデジタルの広告の世界では広告主はメディアの中身をちゃんと見てないのが現実。メディアレップや広告代理店がメディアの価値を伝えて、広告メディアプランを作ってるなんていうことはほぼありません。
よく聞く話ですが、「エクセルの中に並んだメディアの1つ」として広告主に提出されるだけです。なので、ウェブメディアが広告主に買われるようになるためには、広告代理店やメディアレップに頼るだけでなく、やはり自分たちで直接広告主のもとへも行かないといけない。
商流が結果として広告代理店、メディアレップ経由になったとしてもね。
広告の取引形態の種類を知り、広告フォーマットを理解して広告商品を作り、広告主の広告目的を想定して売りに行く。こうしたことをメディア側でも自分たちで考えて、広告商品を売りに行くようなメディアになれば、きっと大きく成長していくものだと思います。
メディアビジネスって本当は色んなやり方がある。なのにそれらを知らずに、「ウェブメディアは儲からない〜」って嘆いているのは勿体無いですよ。
色んなやり方が転がってる上に、新しい、まだ決まってないやり方も生まれてることがおもしろいのだから、皆どんどんチャレンジしていけばいいのに。
こちらの記事は2017年09月16日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
松本 玲子
写真
池田 有輝
編集
海老原 光宏
連載スタートアップ的メディア論考
8記事 | 最終更新 2017.11.22おすすめの関連記事
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