連載CxO図鑑
「アウトプット」と「言葉」の両軸で語る、泥臭い“なんでも屋”──FOLIO CDO 広野萌
日本のスタートアップシーンにおいて、独自のCxOを配置する動きが活発になっている。
COOやCFO、CTOといった役職が一般化しつつある一方、CSO(Strategy)、CCO(Culture)、CWO(Workstyle)など、企業体系・事業戦略に合わせたCxOを置く会社がみられるようになった。
こうした背景には、企業独自の社会の展望・戦略がある──。
本連載『スタートアップのCxO図鑑』では、各社のCxOへインタビューを行い、 その設置に至った経緯とストーリーに迫る。
第2回は、オンライン証券サービス「フォリオ」を運営する株式会社FOLIO(以下、FOLIO)でCDO(Chief Design Officer)を務める広野萌氏に話を伺った。
聞き手は、デザイン領域に特化した編集ファームweaving inc. CEO / デザインビジネスマガジン「designing」編集長の小山和之が担当。広野氏がFOLIOのCDOとして担う役割の変遷から、CDOに求められる資質までをお聞きした。
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
“変化球”的なデザインから、メディア露出まで。幅広い業務を担う
広野氏は、早稲田大学文化構想学部に在学中から、Web制作などのデザインを実践で学んできた経験を持つ。日本最大級のハッカソン「Open Hack Day」最優秀賞をはじめ受賞歴も多く、自らスタートアップを共同創業した経験も有する。
ただ、大学卒業後は「一度大きな組織で社会の流れやお金の動き方などを学び、それから独立しよう」と考え、ヤフー株式会社へ入社。新規事業・全社戦略の企画やアプリのUX推進などに携わったのち、2015年にCDOとしてFOLIOを共同創業した。インタビューは広野氏の現在の役割を伺うところからはじまった。
小山2015年の創業から3年。プロダクトもリリースし大型調達も実現、スタッフも120人まで増えて、創業時と比べると役割も変化されたかと思います。今は、主にどのような業務に時間を割いていらっしゃるのでしょうか?
広野リソースの半分ほどはデザイン作業に割いています。メインのUIを担当する機会は減りましたが、新規サービス・新規機能のコンセプト設計やUXデザインリード、社内資料やリリース文言などの細かいコミュニケーションデザインといったデザイン作業は今も僕が行なっています。
残り半分は、会社組織がうまく機能するための、あらゆる業務に充てています。いわゆるディレクター職がおこなう領域のプロジェクト企画・設計・進行や、組織間のコミュニケーション設計(忘年会の幹事含む)など、既存の役割分担では漏れてしまうタスクを積極的に拾っていますね。
小山立ち上げ期のスタートアップならわかりますが、120人規模まで拡大しても、そこまで幅広く担当されるのは珍しいのではないでしょうか。一般的にはCOOやその管轄で担当する印象があります。
広野誤解を恐れずにいうと、FOLIOの場合COOが担う“オペレーション”は証券業務におけるオペレーションが中心だったので、僕は一般的なスタートアップで想像されるようなCOOの業務の一部をやってきたのかもしれません。
小山強いて言うなら「組織」をデザインされているイメージでしょうか。
広野そうですね。会社のミッション・バリューの策定をリードしたり、開発組織がどうあるべきかという議論もよくします。「良いサービスは良いチームからしか生まれない」と思っているので、モチベーション高く働ける環境を整備するために、できることには何でも手を出しています。
小山組織の話でいうと、デザイナー陣がいるチームはどのように運営されているのでしょう?
いわゆる「デザインマネージャー」の役割を果たすCDOもいらっしゃると思うのですが、半分はデザイン作業に従事し、半分は全社組織となると、デザインチームをほぼ見れないのではないでしょうか。
広野そこは明確に役割を分けていますね。デザイナー集団のマネジメントはデザインマネージャーに任せています。顧客体験・デザインという観点からサービスのあるべき姿について経営陣を巻き込んで議論をしたり、新規サービスアイデアの体験価値を最大化するため、そのアイデアを最速で形に落とし込むことに専念しています。
「頑張らなくてもできる」ことしかやらない。組織拡大にあたっては、自分より優秀な人だけを採用
小山創業直後と現在では、広野さんが果たされている役割も変化してきていると思います。組織のフェーズごと、どのように変わってきたのでしょうか?
広野プロダクトに関して言えば、創業直後はとにかく人が少なかったので、UIデザインからフロントエンドまでカバーしていました。
社員数が50人を超えたあたりで、デザイン作業はデザイナーに移譲してプロダクト責任者を担当。もう少し人数が増えたタイミングで、デザインマネージャーにデザイン組織を任せ、僕はより全社的な顧客体験の価値最大化に注力するようになりました。
ただし、前提として、僕は自分の役割を固定して動くタイプではありません。昔も今も「できることはなんでもやってしまおう」というスタンスを貫いています。その時々の「ここは誰もやらなさそうだ」と思った領域に手を出し続け、人手が足りなくなってきたらメンバーをアサインするか、新たなメンバーを採用する。その繰り返しです。
小山新しいメンバーを採用する時の基準は、どのように置いているのでしょうか?
広野「自分より優秀な人を採用する」だけです。僕は基本的に「頑張らなくてもできる」ことしかやらないようにしているんです。
会社のフェーズが変わるにつれ、新たに取り組むべき課題が発生しますよね。それをまずは僕自身の手を動かしてやってみる。
やってみた結果、「身につけるにはカロリーがかかる」「頑張れば、できなくはなさそう」と感じた仕事は、その領域に強みを持つメンバーに任せるようにしているんです。
小山自分がやるべきではないと判断ができるものは、速やかに任せていくと。
すると広野さんの手元には「自分がやるのが一番良い」と思えるロールが残っていくということですね。その結果、現状残っているのは先ほど仰っていた仕事だけになる。
広野もちろん、まだまだ手をつけたいけれどやれていないことや、任せたいけれど適切な人に出会えていないものばかりです。ただ、僕の役割はアウトプットを最大化するために、チームが納得して動ける場づくりに徹することだと思っています。
小山優秀な人々を巻き込んで動かしていく、起爆剤的な役割を果たされていると。
広野わかりやすく言えば、合議の場を設け、進むべき方向へ議論が進むよう手助けするとかですね。まとまらない議論も、根拠のない自信と説得力を持って、「これでいけますよ!1回やってみましょう!」と言い切り、イニシアチブをとることもあります(笑)。
CDOに求められる資質とは、2つの言語力と「泥臭さ」
小山こうしてお話を伺っていると、広野さんは良い意味で、「CDOだからこうする」といった考え方を全くされていない印象を受けます。
広野していないですね。会社のステージに応じてCDOの役割も変わっていくものだと思いますが、当初はカタいイメージを持たれがちな証券会社であるにも関わらず、CDOを置いてデザインを大切にしていることを、世の中に広く訴えかけていきたかった。
個人的には、デザインの価値をもっと広めたいという想いをもっていて、業界の壁を越えたデザインカンファレンスである「Designship」などの活動を手掛けていますが、肩書きはあくまで目的ありきですね。
小山名乗り始めた2015年当時は、CDOという役職は日本ではあまり一般的ではなかったと思います。そこから3年ほど経ちますが、世の中におけるデザインの位置付けに変化は感じられますか?
広野当時よりは、デザインの重要性が理解されるようになったとは思います。あらゆる領域でテクノロジーが前提条件となりつつある今、技術だけでなくユーザー体験そのものを変えていかないと意味がないと、どのスタートアップも理解しています。一方、大企業などではまだまだ軽視されている部分も少なくない。CDOを設置しているところも非常に希有です。
小山その状況を踏まえ、広野さんはどのような資質を持った人がCDOになるべきだと考えますか?
小山絶対条件として、次の2つの資質は必要だと考えています。
1つ目は、「最速でアウトプットを出せること」。思いついたらすぐにプロトタイプがつくれて、アウトプットで語れるのがデザイナーの強みです。みんなが思い描いていることを最速で形にし、机上の空論ではなく体験してもらえる能力は、「Chief “Design” Officer」を謳う以上、最低限持っておかなければいけません。
2つ目は、「粘り強く議論できること」。先ほどお話したように、まだまだデザインの重要性は十分に認知されているとは言えません。社内と社外の双方に対し、粘り強くデザインの価値を語れる人でないとCDOは務まらないでしょう。
先日、FOLIOのリブランディングを行なった際も、コストやリソース面で数多くの懸念がありました。ただ、そこを粘り強く「今しかありません」とコミュニケーションし続けることで、実現できました。
小山「アウトプットで語る力」と、それを通して適切にコミュニケーションできる「言葉で語る力」の両方が必要ということですね。「CxO」としては、何か担うべき資質はあると思いますか?
広野これは僕の持論ですが、メンバーがやりたがらないような細かいタスクであっても厭うことなく拾っていけるような、ある種の“泥臭さ”が必要だと思います。会社のゴールと照らし合わせて今の組織に足りていない部分はどこかを常に考え、穴埋めしていく──自分の役割を決めすぎないことが求められるのではないでしょうか。
CDO不要の組織もある。これからCDOを採用したい組織にむけてのメッセージ
小山最後に、これからCDOを採用したいと思っている組織に向けたアドバイスをお伺いしたいです
広野まず、「CDOは全ての組織に必要とは限らない」点に気をつけてほしいです。会社が目指していく大きなグランドデザインがはじめにあり、そこからブレイクダウンした結果、CDOが必要か否かを考えるべきでしょう。事業戦略によってはCDOは不要となるかもしれません。
小山 では、どのような組織に必要となってくるのでしょうか?
広野 テクノロジーを駆使し、ユーザーに新たな価値を届けようとしている企業にはCDOが必要だと思います。
今までにない新しい体験を提供する際は、ユーザーはもちろん、内外のステークホルダーにもその価値をわかりやすく伝えなければいけない。そういった企業こそ、プロダクトと言葉の両面で魅力を語れるCDOが求められるでしょう。
小山そういった企業がCDOを採用しようとする際に、注意すべきポイントがあればお伺いしたいです。
広野「つくる」だけではなく「伝える」もできるかを良く見極めることですね。「この人はデザインスキルが高いからCDOになってもらおう」といった安易な思考は危険です。
小山優秀なデザイナー、すなわち「つくる」に長けている人であっても、必ずしも「伝える」能力が高いとは限らないですからね。
広野おっしゃる通りです。そして、“CDOだからやりたい”のではなく、“この事業に全力を傾けたい”という人でなければいけません。わかりやすく言うなら、「CDO募集中」という言葉だけ見て応募してくる人は避けた方が無難です。
「CDO」という言葉の華やかさに惹かれると、本来CDOが果たすべき“泥臭い”仕事や組織・事業への関心とは少しずれてしまいます。場合によっては、はじめはデザイナーとして採用し、一緒に働いていく中でCDOの適性を判断しても良いもしれませんね。
こちらの記事は2018年12月03日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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