連載CxO図鑑
ユーザーの理解者たる“覚悟”はあるか?
熱狂的コミュニティを生み出す仕掛け人──ミラティブ CCO 小川まさみ
日本のスタートアップシーンにおいて、独自のCxOを配置する動きが活発になっている。
COOやCFO、CTOといった役職が一般化しつつある一方、CSO(Strategy)、CDO(Design)、CWO(Workstyle)など、 企業体系・事業戦略に合わせたCxOを置く会社がみられるようになった。
こうした背景には、企業独自の社会の展望・戦略がある──。
本連載『スタートアップのCxO図鑑』では、各社のCxOへインタビューを行い、その設置に至った経緯とストーリーに迫る。
第3回は、スマートフォン向けライブ配信アプリ「Mirrativ」を運営する
株式会社ミラティブでCCO(Chief Community Officer)を務める小川まさみ氏に話を伺った。
ユーザーとのあらゆる接点をディレクションし、「Mirrativらしさ」を保ち続ける小川氏。CCOとして、ユーザーはもちろん、ミラティブのチームメンバーまで含めた「コミュニティ」を統括している。学生時代の鮮烈な原体験を胸に「短期的な会社の利よりも、ユーザーさんの求める本質を優先する」小川氏の、熱烈なコミュニティ愛に基づく経営スタイルに迫る。
- TEXT BY HAYATE KAWAJIRI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「Mirrativはこういう表現はしないよね」ユーザーとのすべての接点に気を配り、運営との架橋に
小川氏が初めて「コミュニティ」の魅力を感じたのは、中学生のときだ。スピッツのファンサイトに入り浸り、さまざまな年齢のファンたちと、夜な夜な語り合った。
小川年の離れた人とでも、好きなものが同じなら盛り上がれると知りました。ファンサイトで自分の世界が広がった体験をきっかけに、インターネットコミュニティの持つ可能性に惹かれるようになったんです。
大学卒業後はモバイルサイトを運営する会社に就職。前職のAppBank株式会社ではアプリ制作のディレクターを務めた。
さらに会社の意向により、「スプリングまお」としてYouTubeやニコニコ生放送といった動画、生配信の演者を担うことにもなる。当時はゲーム経験もほぼゼロだったという。
小川正直にお話しすると、「『HP(ヒットポイント)』ってなに?」と初歩的な疑問を持つほど、最初はゲームに疎かったんです(笑)。それにも関わらず、徐々にのめり込んでいきました。視聴者のみなさんが、優しく教えてくれたからですね。ユーザーさんに教えてもらう関係性があったから、プレイヤーとしても成長できたし、ゲームの魅力も知ることができた。
演者としての経験が、ユーザーさんとのインタラクションの持つ力を気づかせてくれたんだと思います。
ファンサイトと、動画・生配信。二つの原体験を経て、「人と人とがつながるサービスをつくりたい」一心でサービスを運営するMirrativチーム(当時は株式会社ディー・エヌ・エーが運営)にジョインした小川氏。彼女はCCOの役割を「ユーザーさんと運営の気持ちをつなぐこと」と定義する。
アプリレビュー欄やお問い合わせフォームによるコメントの収集、グループインタビューやオフ会といったリアルイベント実施、新機能リリースのお知らせ、アプリアップデートの通知文言…あらゆるユーザーとの接点を、ミラティブでは“コミュニケーション”と捉えている。これらすべてを統括するのが、小川氏の役割だ。
小川ユーザーさんとのあらゆる接点をディレクションしています。「Mirrativはこういう表現はしないよね」「このコミュニケーションだとユーザーさんから誤解されちゃうよね」…そんな風に気を配りながら、一貫した「Mirrativらしさ」を保てるようにしているんです。
“ウェット”なコミュニケーションを創出する。Mirrativに「普通ではありえない」熱狂が生まれている理由
全てのユーザー接点を管掌する小川氏の職務範囲は、「カスタマーサクセス」や「カスタマーサポート」、「コミュニティマネージャー」にとどまらない。プロダクトの方針や、マーケティングメッセージ、ゲーム会社さんとのタイアップキャンペーンまで、ユーザーとの接点が生じるあらゆるポイントに及んでいる。「ユーザーさんからの質問や要望に、直接触れられる場に身を置いておく」ため、グループインタビューや「運営だより」の発信、運営による配信など、実務的な仕事も欠かさない。
小川氏が意識しているのが、「ウェットなコミュニケーションが起きる環境を創り出すこと」。例えば、Mirrativでは配信に入室したら「●●さんが入室しました」と出る。すると、配信者が観に来てくれたユーザーに気づき「●●さんいらっしゃい」と挨拶が生まれ、視聴者がシェアしたら配信者に通知が来る…“ウェット”なコミュニケーションを発生させるための仕掛けを、あらゆるポイントに仕込んでいるのだ。
また「普通ではありえない」が、配信者とつながっている別のユーザーが配信しはじめたら、その配信へのリンクをつけられる「配信リンク」機能まである。
小川自分の視聴者が他の配信に移動したら、視聴数が落ちてしまいますよね。だけどMirrativでは、むしろ進んでそうする文化ができていて。友達の家に、自分の友達が訪ねて行くイメージです。
実際に移動して「●●さんの配信から来ました」と言うと、配信者が「ありがとね、じゃあ俺もリンク貼っておくわ」と言って、相互リンク的な状態ができあがる。友達同士がどんどん繋がっていく現象が起きるんです。
またMirrativは「中の人との距離が近い」と評されることが多い。これも小川氏の熱意の賜物だ。
小川代表の赤川と2人で定期的に顔を出して運営配信を行うなど、情報をいち早く届け、ユーザーさんを“巻き込む”ことを強く意識しています。「運営サイドと話したい」と思ってくれるユーザーさんを増やしたいんです。
また、障害などで運営に対しての不安や不満が募ったときほど、責任感をもって誠実なコミュニケーションをとることを意識しています。熱意をもって真摯に向き合うことで、必ず相手にも想いが伝わるはずですから。事実、ユーザーさんへの対応が評価され、良い口コミが広がっていくことも往々にしてあるんです。
多岐にわたる担当領域の成果は、OKRで目標管理し、振り返りを行っている。コミュニティに関わる仕事は、定量的な効果測定が行いにくいイメージが抱かれがちだ。しかし、ミラティブでは3ヶ月ごとに「毎日配信をするユーザー数」「SNSのエンゲージメント数」といった指標をKRに設定し、運用している。
事業のタイミングによって、注力すべき指標は変化する。四半期ごとに「いま最も課題に感じている点」に対して目標を掲げ、コミットして…とブラッシュアップし続けているのだ。
自分にとって、ミラティブとはなにか?──チームメンバーも含めた「コミュニティ」をマネジメント
2019年5月現在、CCO(Community)を置いている組織は決して多くない。ロールモデル不在の中、小川氏は「他社で活躍するコミュニティマネージャーや経営者の話を積極的に聞きに行きました」と語る。有益な情報を集めたうえで、組織にどういった価値を付与できるかを試行錯誤し、小川氏自身が情報発信することもある。
小川コミュニティの価値は、まだまだ世間に認知されておらず、ノウハウの供給も足りていないのが現状です。そのためnoteでの発信やコミュニティマネージャー同士の情報交換を通して、その価値を社会に伝えていきたいと思っているんです。
自分たちのサービスを熟知し、ユーザーさんと一緒にサービスを盛り上げていきたいと考える方々が、さまざまな手段を駆使してコミュニティを創っていける世界になったら素敵ですよね。
また、ミラティブといえば「採用候補者様への手紙」の公開や多数の副業メンバーで構成されるチームなど、ユニークな取り組みが話題を呼ぶことが少なくない。メンバー同士やチームの最新状況を理解しあうための交流会「プレミアムエモイデー」も、毎月開催されている。
小川氏は、これらのカルチャーを醸成することにも一役買っている。彼女が統括する「コミュニティ」の構成員には、ミラティブのチームメンバーも含まれているのだ。
小川コミュニティ運営だけでなく、組織の雰囲気づくりも重視しています。「プレミアムエモイデー」では、最近あった心動かされたエピソード──すなわち“エモいこと”をシェアしてもらいます。新しいメンバーも、その話を聞いたり自分が話したりすることで、心理的安全性を感じてもらえる。メンバーの一人ひとりに「自分にとって、ミラティブとはなにか」を考えてもらう機会を創り出すことも意識しています。
また、“未来の”メンバーとのコミュニケーション機会を創出するために、カジュアルな採用イベント「カジュアルエモイデー」のファシリテーターも担当しています。
CCOに向いているのは“繊細な人”。ユーザーの心の機微を、常に意識する
「コミュニティ」への注目がますます高まっていくなかで、CCOを配置する企業も増えてくるだろう。小川氏は「CCOを志すのであれば、ユーザーさんの声を代表する意識を持つべきだ」と語る。
小川まず前提として、会社に対しての想いが強く、CEOに意見をぶつけられる人でないければCxOになるべきではないと思います。中でもCCOは、経営者目線かつユーザーさんに一番近い立場で、「どんなコミュニケーションを取るのが、ユーザーさんのためになるのか」を自分自身に問い続ける必要があるのです。
一見、華やかな盛り上げ役のような印象を受けるCCOであるが、向いている人物像は意外にも「第三者目線で見え方に気を配れる、繊細な人」だという。コミュニティは、運営者とユーザー双方によって生み出されるもの。だからこそ、サービスに内在するストーリーを紡ぎ上げていくことが、CCOに求められるのだ。
小川サービスに対する温度感は、常に変化します。成長しているときや苦しいとき、時期によってユーザーさんの反応も変わっていく。ですから、各タイミングで適切な対応を取るために、常に真摯にユーザーさんの心の機微に向き合っていく必要があります。
ユーザーさんの小さな変化を察知し、全体像として捉える。そのイメージを言語化し、施策に落とし込んでいくことが必要なのです。
「短期的な会社の利よりも、ユーザーさんの求めている本質を優先できるか?」CCO設置は、“本気”の表明と同義
インタビューの終盤、「どのような組織にCCOを設置すべきか?」と訊いた。
小川ユーザーさんとのコミュニケーションが多い企業は、CCOを置くべきです。特にミラティブのように、コミュニティがプロダクトの一部となっている企業にとっては重要度が高い。
CCOを設置する際も、形だけでは意味がない。ユーザーの声に耳を傾けることなしに「Community Officer」を名乗るのは、内実が伴っていないのだ。
小川CCOを置くことは、「本気でユーザーさんの声を聴いていくぞ」と意思表明をしていることと同義です。短期的な会社の利より、ユーザーさんの求める本質を優先する覚悟が必要だと思います。そうすれば結果的に、サービスはユーザーさんに求められるものになり、会社を成功に導くはずです。
リリース直後から運営に携わり、ミラティブの中心人物として、組織内や運営としての“顔”となっている小川氏。今後の課題は、ユーザーの“その後”だ。
小川ユーザーさんや運営メンバーのストーリーを知る仕組みは、もっと整備すべきだと思っています。配信者さんを取り上げてインタビューしたり、番組をつくって配信者さんに出演してもらったり…成長プログラムや出口戦略を考えるフェーズに来ているんです。
自らの業務範囲を制限せず、会社のミッションに向かってサービスや事業への貢献をしていく小川氏。そのミッションドリブンな姿勢は、経営者に関わらず、すべてのビジネスパーソンが見習うべきであろう。
コミュニティの価値が見直される時代変革のなか、小川氏が貢献するのはMirrativに留まらないはずだ。今後も増加していくであろう、すべてのCCOやコミュニティマネージャーにとってのロールモデルになることを予感させる。
総額45億円の大型資金調達を達成し、"NEXTメルカリ"として注目を集めるミラティブとCCO小川氏の動向に、期待が膨らむばかりである。
こちらの記事は2019年05月23日に公開しており、
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執筆
川尻 疾風
ライター・編集者(モメンタム・ホース所属)。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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