上場はスタートアップエコシステムへの“恩返し”。
マネーフォワード辻庸介が語るグローバルカンパニーへの成長戦略
上場はゴールではない──。IPOを経て、さらなる挑戦に踏み出しているベンチャー・スタートアップを取り上げる連載企画『After IPOの景色』。第1回は、フィンテック市場のパイオニア、マネーフォワードが登場。
2012年に創設された同社は、家計や資産の一元管理を可能にする『マネーフォワード ME』や、法人のバックオフィス業務支援の『マネーフォワード クラウド』などを展開している。
本記事では、代表取締役社長CEO・辻庸介氏に今後の展望を伺う。フィンテックの国内市場規模は、2018年度に前年比42%増の2,145億円まで成長し、2022年には1.2兆円に到達する見込みだ。「本当に面白くなるのはこれから」という市場のポテンシャル、そして2017年9月、東証マザーズに上場したことで「ようやくプロ野球選手になれた」マネーフォワードの新たなチャレンジに迫った。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- EDIT BY MASAKI KOIKE
20年の時を経て、フィンテックは“次のフェーズ”に
「フィンテック業界が本当に面白くなるのはこれからです」
辻氏はそう切り出した。そもそもフィンテックは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が先駆けて起こった領域だという。金融は数値を扱う領域なので、デジタライゼーションと相性が良かったのだ。そして昨今は、多くの領域でDXが推進されており、フィンテックのさらなる盛り上がりを後押ししている。
辻「お金」は、あらゆるビジネスに必要不可欠です。ですから、多くの業界でDXが進んでいくなかで、それらのビジネスと表裏一体である「お金」のデジタライゼーションも必然的に加速していきます。
「お金」のDXが加速するなかで、フィンテックは「次のフェーズ」に差し掛かっているという。PayPalが創業した1998年前後から、20年以上かけて「お金」にまつわるデータが蓄積されてきた。それが今、ようやくデータを“活かす”フェーズに移り変わっているというのだ。
『PayPay』『LINE Pay』『メルペイ』をはじめとするキャッシュレス決済の勃興、AIが融資判断するサービスの登場は、その一例だ。
法律にも後押しされている。2018年6月に施行された改正銀行法では、銀行などの金融機関に対して、APIを公開するための体制整備の努力義務が課せられた。
フィンテック企業は、APIを通じて各行のデータを連携することにより、利便性の高いサービスを提供できるようになった。
辻プロダクトの質が向上したことで、企業のフィンテックサービス利用も進んでいます。それに伴い、経営に関する数値のデータ化も大きな進展を見せている印象も受けますね。
もちろん、こうしたフィンテックの盛り上がりに、マネーフォワードも一役買っていると自負しています。
「日本を代表する経営者たちと、ようやく同じグラウンドに立てる」
隆盛するフィンテック市場で、マネーフォワードはこれまで以上に攻勢を強める。起爆剤は、2017年の東証マザーズ上場だ。辻氏は、上場時の心情を「ようやくプロ野球選手になれた感覚だった」と表現する。
辻ファーストリテイリングの柳井正さんが剛速球を投げ、ソフトバンクグループの孫正義さんがホームランを打ちまくっているのを、観客席から眺めていただけだったのが上場前。IPOを果たすことで、ようやく新人としてベンチに座ることができたんです。
「自分もついにこのグラウンドに立つんだな」とワクワクしましたね。トッププレイヤーたちと試合ができる、と。
上場後の資金調達額は合計110億円以上にのぼる。「上場によって多額の資金調達が可能になり、事業成長を加速させられています」と辻氏。株式の36%をキャピタル・グループやJPモルガンなど世界を代表する機関投資家に保有してもらうことで、成長角度も上がっているという。
辻企業のグローバル化は、「資本→人材→サービス」の3ステップで進めると成功しやすいと思っています。その見立てに基づき、現在は資本のグローバル化を進めていますが、これが思わぬ成長につながっている。
海外の機関投資家さんたちは、上場後の僕の発言をすべてメモしているんです。これまで言ったことが実現できているのか、会うたびに厳しくチェックされる。
徹底したプロフェッショナリズムに感服しましたし、投資家との信頼の積み上げ方を学ばせてもらっています。「経営者として、まだまだレベルアップしていかなければ」と身が引き締まりますね。
上場による信頼性の担保も、追い風となっている。取引相手の信頼性を重視する金融機関や会計事務所が主要クライアントであるため、これまで以上にスムーズにビジネスが進むようになったのだ。採用においても、候補者の質・量が目に見えて向上したそうだ。
資金・信頼性・人材を武器に、マネーフォワードは積極的なチャレンジに乗り出す。M&Aを加速させ、上場後には4社をグループに迎え入れたのは、その一端だ。
辻上場を経て、かなり本格的にM&Aに取り組めるようになった手応えがあります。未上場のスタートアップだと、M&Aに取り組もうにも限界がありますよね。投資家さんからも、「M&Aしてる暇があったら、上場してよ」と思われるでしょうし(笑)。
副次的な効果として、「嬉しい誤算もあった」と辻氏。グループ入りした会社の経営者が、マネーフォワードの経営陣としても活躍しているという。例を挙げれば、クラウド記帳サービスを提供するクラビスの代表取締役・菅藤達也氏が、執行役員として提携・M&A戦略を担当している。
「上場は責務」と断言する理由
新たなチャレンジに乗り出すマネーフォワードだが、“プロ入り”までの道のりは、決して平坦なものではなかった。
「フィンテック」「SaaS」といった概念が世間一般に普及していない時期は、投資家や証券会社にビジネスモデルを理解してもらうだけでも、高い説明コストがかかった。先例が少なかったゆえに、上場に備えてコーポレートガバナンスの構築やコンプライアンスの徹底遵守を進めるうえで、参考にできる事例も少ない。
かかった労力の大きさは計り知れないが、「いずれ乗り越えなければいけない壁だった」と辻氏。
辻小さな会社でスタートして、突っ走ってきたからこそ、整っていない部分はたくさんありました。でも、創業時から目標に掲げていた「グローバルで戦える企業」を目指すためには、盤石なバックオフィス体制を築くことも不可欠。上場準備は、いい機会だと捉えていました。
それだけではない。辻氏は「上場は責務」とまで考えていた。機能が十分とはいえなかった頃からサービスを信頼してくれていたクライアント、マネーフォワードのミッション達成にコミットしてくれたメンバーに報いることはもちろん、スタートアップエコシステム全体も見据えているからだ。
辻投資していただいた僕たちが金額を増やして返さなければ、VCは次世代のスタートアップに投資できなくなってしまう。日本のスタートアップエコシステムの成長を、止めるわけにはいきません。その一員として、無責任な経営をしてはいけないと思っていました。
20代メンバーも、積極的に経営ポジションに抜擢
「責務」を果たしたものの、緊張感のある日々は続いている。予実管理は上場前よりも厳しく見られ、「未上場時にはなかった緊張感がある」。それでも挑戦を続けるのは、「あらゆる人が、お金に関する悩みから開放される未来」を実現するためだ。
これまで個人には『マネーフォワード ME』、法人には『マネーフォワード クラウド』を提供し、お金にまつわる現状把握を手助けしてきた。現在は、その先の「活用」、すなわち課題解決のためのソリューションを提供するサービスの展開を進めている。
『マネーフォワード おかねせんせい』は、個人ユーザーの収支データを元に「貯めて、増やす」ためのアドバイスを提供。『マネーフォワード お金の相談』を利用すれば、ユーザーはファイナンシャル・プランナーに無料でお金にまつわる個別相談ができる。
法人に対しては、正確な予実管理を可能にする『Manageboard』を提供。2019年9月には、グループ会社のマネーフォワードシンカを立ち上げ、スタートアップを対象に、同社が培ってきた経営、財務戦略のノウハウを伝えはじめた。
着実に歩みを進めているようにも見えるが、辻氏は「まだ何もできていないと思っています」と語る。
辻僕たちの挑戦はスタートしたばかり。これまで集めたデータをもとにして、マネーフォワードのサービスを使っていただくだけで、しっかり得をできるようになる展開にしていきたいんです。もちろん、グローバルで通用するレベルで。
これからが本当のチャレンジだと思っているので、正直言って、株価などもあまり気にしていません。株価の変動に一喜一憂するくらいなら、一通でも多くメールするなり、仕事して社会に価値提供したほうが、将来的に株主も喜ぶに決まっています。
構想を実現に近づけるべく、経営陣の強化に取り組む。事業ごとにCxO陣を擁している体制を構築すべく、若手育成に注力。そのための第一歩として、現在は権限移譲を進めている。プライシングや、営業戦略、組織戦略に至るまで、各部門が立案する体制に移行しはじめているという。
企業間後払い決済サービスを提供するグループ企業・MF KESSAIの代表取締役社長を務める冨山直道氏は、30歳で抜擢。同社を60人規模にまで成長させ、昨年マネーフォワードの執行役員にも就任している。
また、新卒2年目のメンバーを新規事業の責任者に任命したり、新卒3年目の社員にベトナムでの事業立ち上げを任せたりもしている。
辻メンバーの能力と、課題の難しさのバランスを見ながら権限委譲していかなければ、若い才能を潰してしまう可能性すらある。経営者としてのセンスを問われていると感じますね。
グローバルでの急成長を志向するマネーフォワードですから、僕も若手メンバーも、全員でレベルアップしなければいけない。
一人の経営者の力で引っ張るフェーズは終わりました。グローバルで通用する会社をつくるには、世界で戦える人材を育てなければなりません。上場企業でCxOを務められるレベルの20代の経営者を、どんどん生み出していきたい。
いまの若手メンバーたちは、僕の若手時代より圧倒的に優秀ですから。
辻とにかく、マネーフォワードのビジョン実現に対して、僕たちは道半ばなんです。上場しているか否かは関係ありません。目指す未来を実現するためには、まだまだ仲間が必要です。
メジャーリーグで勝てる会社づくりを一緒に楽しめる人材に、ぜひジョインしてもらいたいですね。優秀でやる気のある人には、年齢関係なくチャンスを与えていきたいと思っています。
こちらの記事は2020年04月20日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
次の記事
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
おすすめの関連記事
買収巧者3社に聞く、成功に導くM&Aの型【M&Aクラウド主催 SNFレポート前編】
- ユナイテッド株式会社 代表取締役社長 兼 執行役員
M&A担当者はソーシングにコミットせよ!【M&Aクラウド主催 SNFレポート後編】
- ユナイテッド株式会社 代表取締役社長 兼 執行役員
スタートアップのOSは「人の気持ち」──マネーフォワード辻氏は、組織づくりの難しさをどう乗り越えたのか?
- 株式会社マネーフォワード 代表取締役社長CEO
組織の“多様性”を結束力に変える3つの秘策──Nstock・Asobica・FinTのCEOが実証する、新時代のスタートアップ経営論
- 株式会社Asobica 代表取締役 CEO
「デリバリーこそ、テックジャイアントに勝てる領域だ」──出前館の新代表・矢野氏が語る、業界No.1を狙う経営哲学
- 株式会社出前館 代表取締役社長
令和のスタートアップは、“Day1意識”と“半歩先”を同時追求せよ──組織・事業の成長を両立させるX Mile COO渡邉とファインディ CEO山田による経営論対談
- X Mile株式会社 Co-Founder COO